第9話 アクターたちの休憩所
2021/05/14大規模修正
ロウエル、正式名称はレフス帝国領秘湯窟ロウエル。
山のふもとにぽっかり空いた洞窟が入り口となる。
開設当初は北側からの出入りしか無かったらしい。
それも五十年立てば南にも受け入れ口が出来ている。
問題は道が全く整備されていないことだ。
ベーラ領では誰かが訪れることを考えていないらしい。
「……きちんと道を整備すれば、発展していたのに。」
道中の苦労を思い出し、思わずお嬢様がつぶやいた。
深く頷いて姉弟子と相方が同意する。
領主の怠慢どころか愚策である。
お忍びの場があるのならお金も落ちる。
領地が発展すれば自らの懐も潤うと言うのに。
――それがどうにも引っかかる。
「もし、既に充分な益が得られる方法を有しているのなら――。」
「道中のあの様子だと、考えつかないなあ……。」
引っかかった部分は、決定打に欠けていた。
情報が出てこない、ますますベーラ領に対する不信感が増した。
さて、ともあれお嬢様達は一応ロウエルの南口に到着ている。
王国と帝国の境目は、目に見えるほど差異がある。
こちら側は道も途切れ、草が生い茂っている。
一方帝国側はきちんと草が刈られており、道も定期的に整備されている。
「ははっ。こんだけはっきり目に見える国境、ってのも珍しいな。」
逃げ込む先、帝国のほうが良かったのではなかろうか。
そう思いはすれど、そうなれば今度は逃げる伝手がない。
ヴィオニカ連邦国の州長に和平を打診し、成立させたのはお母様だ。
連邦国ならばその伝手が使える。
道中もフォクシ嬢でなければ通過が難しかったところもある。
「さて、二人共臭いは平気か? オレはこの臭いにも慣れてるが……。」
空帝竜の分見は既に相方の中に戻った。
入り口からは温泉特有の臭いが漂ってきている。
確認されるまでもない。
薄くかいた汗が気持ち悪いし、道中の疲労もある。
臭いなど恐るるに足らず。
そもそも異世界の経験としてこの臭いも知っている。
「私は平気です。」
「僕も平気だね。」
お嬢様は勿論、相方の体はお嬢様の異世界記憶を参考に組み上げたものだ。
両者からの確認を取った後、三人で国境を超える。
洞窟に入ってすぐ、ひやりとした空気に包まれた。
外と大分気温が違う。
温泉の臭いはするが、熱は届かせていない。
張り巡らせたパイプを通し、氷室のほうから冷えた空気を運んできている。
風を流す回路を組み込んだ魔道具、熱を伝わらせないのは冶金の技術。
「これだけで生き返ります……。」
「ようこそ、レフス帝国領秘湯窟ロウエルへ! 三名様ですか、予約はされてます?」
涼を堪能していた所で走ってきた受付の犬人男性の声を掛けられた。
まさかこちらから来客があるとは思っていなかったのだろう。
それでも笑顔で応対してくれる。
「いや、してねえけど、予約限定だったりするのかい?」
「いえいえ、てっきり忍ばれた方かと思いまして! 日帰りでしょうか、宿泊でしょうか?」
一瞬視線がお嬢様へ向いた。
レースにフリルも控え目だが、上質な生地を使っている。
事前に来ることを知らされていたのならば、お忍び用の手順があったのだろう。
「部屋が開いてるようなら三人部屋で二日頼む。ああ、あと予約はしてねえがお忍び道具の貸し出しは使えるのかい?」
「飛び込まれる方もいらっしゃいますので問題なく! では入り口で立たせたままというのも我が国の流儀に反します。どうぞ奥へ。……ああ、履物はそのままで大丈夫です!」
レフス帝国の文化は、異世界における日本に親しい。
建物に上がる時は履物を脱ぐのが一般礼儀。
とは言えこの場は周囲を王国に囲まれている。
郷に入らば郷に従え、ある程度融通を利かせてくれる。
「すごいね、あちこちに管が張り巡らされてる。どれも基本的な断熱効果が高い金属だ、よくここまで綺麗に加工できたなあ。」
「風を一方向に通す回路も中々精密に組まれているようです、無駄がありません。臭いを軽減する意味合いもあるのでしょうけれど、……氷室から風を引き込んでいますね。」
移動と同時、早々にシャツを更に緩めにかかる相方。
一方お嬢様はケープを羽織り、フードを被った。
認識阻害は最大だが、どこにどんな目があるか解ったものではない。
「ふふふ、初めていらっしゃる方は皆さん驚かれるものです。臭いにもそうですが、内部の温度に!」
相変わらず見かけ次第解析するお嬢様と、同じ様な癖の相方。
フォクシ嬢は悪癖が始まった、と呆れ顔だ。
受付の犬人はその反応が嬉しかったらしい。
尻尾がぱったぱったと揺れていた。
洞窟内はきちんと床に木材が敷き詰められているため、素足でも問題はない。
壁も岩がむき出しというわけではなく、きちんと枠組みで補強されている。
年季の入った木目だが、古臭さは感じない。
「冶金学術国レフス帝国、この地を買い取ってから五十年ではありますが、常に最新の設備を心がけておりますので!」
「あぁ……どっかの領主に聞かせてやりてえ。」
「ベーラ領の方からすれば、他国の者が顔を利かせているのが気に入らないのかと。我々は共存を望んで居るのですけど、ずっとなしの礫です。」
洞窟の中で、温泉もあるというのに冷気はあれど湿気は少ない。
別途湯気を逃がす管も見つけた、また別材質だ。
いろいろな金属を組み合わせている。
薄暗い中ではあるが、所々にきちんと照明が設置されている。
帝国の飛び地とはいえ、王国のように領主が居るわけでもない。
彼らは一般的な出張商人なのだ、会話も国家間を気取ったものではない。
「さて、こちらが本受付です。三名部屋、二日滞在でしたね!」
大変快適で歩きやすい道だ、四半刻もせずに反対側へ抜ける。
北側の入り口にはそこそこ人で賑わっている、市もあるようだ。
客のほとんどに視線を強く向けることができない。
お忍びで来ている人が大半のようだ。
同時に貸し出される魔道具は相当効果が高い。
受付に入ってゆくと、そのまま対応に移る。
「部屋はいくつかございます。松、竹、梅で順に白金貨3枚、大金貨6枚、金貨6枚になります。お食事、お忍び道具は費用のうちに入っていますのでご安心ください。」
「あー……、梅、で。」
少し悩んだフォクシ嬢。
お嬢様も居るのだし、経費で落ちるのなら、と考えたらしい。
だが、無駄に贅沢を覚えると後でつらい思いをするのは自分だ。
そもそも別途食品の買い直しだってある、手持ちのお金を無駄には使えない。
「かしこまりました、では三名梅部屋、二日滞在ですね。部屋の鍵はこちらになります。」
三人揃って同じ文様の入った札が差し出された。
梅の花の下に部屋番号が数字で記載されている。
「お忍び道具は部屋の方にありますので、それまではご勘弁を。館内見取り図はこちらにもありますが、パンフレットはご入用ですか?」
「来るのも初めてだからな、頼むわ。……つーかすげえ親切だなレフス帝国!」
「おや、着物からてっきり我が国のこともご存知かと思いましたが。」
ぱちくりと目をしばたかせる犬人受付。
だが深い追求はそもそもご法度だ、感想を漏らした程度で追求はしない。
パンフレットも三枚渡された。
宿泊施設は上に伸び、温泉は地下にあるようだ。
もともとは鉱山だったのだろう、その穴を利用拡張して今に至る。
きちんと脱衣室は分かれているが、一部浴室は混浴。
認識阻害の湯着があるため、一部の垣根を取り払っているようだ。
勿論お嬢様はその区画に行くつもりはない、絶対にだ。
「お部屋のほうでは履物を脱いでお寛ぎください。お困り事が有りましたら受付か、腕章をつけている係の者までお願いします。では、まずお部屋までご案内致しますね。」
部屋の案内までしてもらえる。
よく言えば自由、悪く言えば投げっぱなしの王国では信じられないサービス。
それにしても道中の劣悪環境からあまりに差がある。
浮かれて初日のジンクスを忘れないようにしなければならない。
大抵何かあるのはことを始めた最初の日だ。
「念の為、気を張っとくか……。」
それは姉弟子も身を持って味わっているし、常に一緒の相方は言うに及ばず。
結局部屋に付くまで三人とも警戒は忘れなかった。
* * *
隣接する領地が領地なためか、ロウエル内には様々な露店も開かれていた。
湿気が籠もりにくく、涼しい環境を保ってもらえていることが大きい。
扱う品には生鮮食品も含まれる。
野菜の補給ができるのは非常に助かった。
「そろそろ焦がし玉ねぎも使って……、いえでも、出たらまたあの悪路ですし……。」
ケープの代わりにゆったりとした長着を着用していた。
フォクシ嬢や相方も着物の代わりに羽織っている。
全身への認識阻害効果がある貸し出し魔道具、着心地も大変良い。
現在は湯船に向かう途中。
受付で専用湯着を借りるついでに入り口近くに集まっている露店を覗いていた。
「あの状態じゃあ火ぃ使うのはきっついよな。大容量の保冷箱なんざ、高いし持ち歩けねーし。」
思い返すのは手入れを放棄された街道だ。
今日明日と休息は入れるが、目的地はベイル村。
またベーラ領を歩かねばならない。
「今晩またお母様に相談してみましょうか、顔を見せるついでに。」
連絡の主目的は状況説明ではなく、両親の暴走防止になっている。
クリムゾンクレイではセラを含めて大暴走。
あれ以来、できるだけ連絡するようにしている。
「どうしてもそういう話になっちまうんだよなあ……。」
とはいえあれが基本なのだ。
相談ならともかく、下手にねだれば何が贈られてくるか解ったものではない。
意識して、欲しい、の言葉は使わないようにしている。
とは言え情報総括に『万能』の二人だ。
既に水面下で何か作っていても不思議ではない。
「湯着、借りてきたよ。買い物は後のほうが良いんじゃないかな。」
平然と女性二人ぶんの着物を借りてくる相方。
元々が竜であるためか、照れや躊躇が全く無い。
とは言え相思相愛の間柄、体つきを伝えるのは少し勇気が要った。
当たり前のように水着を選ばれたので、とっくに知られているのだが。
「……いくつか取り置きしておいてもらおうと思ったので。」
「うっし、そんじゃあさっぱりして消耗したぶん、体力戻すかー。」
受け取った着物は認識阻害効果の付与された湯着だ。
随分と徹底しているが、大変ありがたい。
受付から下に降りると、流石に気温と湿度が上がる。
同時に独特の臭気も漂ってくるが、特に忌避感は感じない。
「では、ルゼイア、また後ほど。」
「うん、エルもフォクシさんも行ってらっしゃい。あ、マッサージは程々にね。」
いつぞや、フォクシ嬢の可愛らしい反応に対して諫言した時のことだ。
徹底的にマッサージされ尽くし、洗われ尽くして蕩けてしまった事がある。
流石に今回は藪を突くつもりはない。
しっかりと頷いておいた。
「あれは妹弟子が悪い。」
憮然とした表情を浮かべるフォクシ嬢。
不意をついたことは確かに悪かったかも知れない。
あと言い方もあったのかも知れない。
慌てるあまり取り繕うことができなかった、余裕は大切だ。
……でもやっぱり、着痩せするところはちょっとうらやましい。
更衣室で思わず自分のものと比べるお嬢様だった。
* * *
さて、かけ湯も終わって入浴時間。
秘湯窟と呼ばれるだけのことは有り、湯船は鉱山であった頃の名残を残す。
湯船の底はきちんと怪我をしないよう整えられているが、岩肌のほうはむき出しだ。
かと思えばうっかり触って怪我をしないよう徹底的に凹凸の計算がされている。
本当にこの几帳面さの一割でいい、ベーラ領の領主は見習ってもらいたい。
「すごく広いですね……。もともとは掘ってきた鉱石の集積所でしたっけ。」
広くくり抜かれた山の中を上手く利用している。
それでいて崩落を防ぐため、きちんと金属で補強が為されている。
おまけにそれをあまり見せないよう木々で目隠し済みだ。
物珍しそうに内部へ視線を向けるお嬢様。
髪は結い上げ取り外した扇子の中骨をピン代わりに髪を留めている。
白い肌は湯の暖かさにほんのり桃色に染まり始めていた。
不快な暑さではなく、体の筋がじわじわほぐれていく。
「あー……、生き返る……。」
その感覚に声を上げるのがすぐ側のフォクシ嬢。
髪の毛はそれほど長くないが、一応結わえて別途タオルで留めている。
やや荒れ気味で、体が火照れば薄っすらと傷が浮かんで見える。
それを補って余りあるしなやかな筋肉が取り巻く肉体。
修羅場をくぐり抜けた体とハスキーボイスは、今や脱力で溶けている。
おまけに白銀の髪が湿気を含み、ギャップが艷やかな空気を醸す。
二人共湯着は着用済み、認識阻害の効果は同じ鍵を持つ者同士では働かないようだ。
薄手の貫頭衣と腰紐と防御力はゼロに近い、むしろ攻撃力が増す。
……絶対に混浴スペースにはいかない、絶対にだ。
「おやおやー、昨日は見なかったお客さんが増えてるよ!」
軽く数十人は受け入れられる湯船だ、お嬢様達以外にも入浴中の人は居る。
お忍びであればお昼前の入浴など当たり前、何せ美肌効果が売りらしい。
そんなわけで新たな客が入ってきたらしい。
認識阻害の湯着着用は基本のため、視線を向けた所でろくに確認はできない。
「はいはい、一々報告しなくていいわ。というかチェックしてどうするのよ。」
あちらも二人のようだ。
見渡して報告する連れに対して呆れ声を返す女性。
声につられて確認したところ、背丈は呆れ声の女性がやや高い。
割とすらりとしたモデル体系と言ったところ。
その時点で認識阻害の効果を受けて視線が逸れる。
「やー、お隣失礼するよ! 裏口から入ってきたってお客さんかな。いいよねここー。」
「あ・な・た・は! そうやって、そうやってすぐ……!」
一方即座に距離を詰めてくる女性。
こちらは随分体の凹凸が激しい。
控えめに言ってフォクシ嬢を超えている。
連れの女性が呆れ声から怒り声に変わったが、全く気にした様子がない。
「あん? そんな話題になってたかオレら。」
「ごめんなさい。お忍び相手には詮索しないと何度も言い聞かせているんだけれど……、そうね、南からの道は随分と険しいでしょう?」
ため息交じりに雑談へ移行。
連れが離れようとしないので仕方無しに近くに寄ることになる。
即時気付かれぬ程度に警戒をするフォクシ嬢は腕の立つ護衛だ。
「魔獣が酷く多くて……。何より、湿気と暑さが応えました。」
応対はお嬢様が行う。
一応この場は王国ではなく帝国だ。
何かあれば帝国に属する知恵ある聖獣が動くだろう。
それでも相手が相手だ、警戒はしておかねばならない。
現在喧嘩売出し準備のところに押し買いに向かっているのだから。
「ああ……ベーラ領はもう少し頑張ってもらいたいわ。近くにこんないい場所があるのだもの。」
「損してるよねー、ちゃーんと道を作ったら維持するだけでお金が入るのに。」
「初期投資が惜しい、と思っているうちに意地になったのかもしれません。」
妙に近い女性を引っ剥がそうとしている女性だが、びくともしない。
雑談をするにしたって距離感というものがある。
お嬢様としては数少ない学園時代の楽しい思い出が浮かぶため、迷惑ではない。
が、それではフォクシ嬢が休まらない。
「いやー、貴族って面倒だよねー。あ、この場合は意地を張っちゃうのが面倒ってことね!」
「お嬢さん方はもう何日か泊まってるのかね? わざわざ確認に来たみてーだが。」
流石に近距離での応酬が長すぎる。
下手な会話はこちらの身分を明かしかねない。
貴族関係の話となればなおさらだ。
流石にフォクシ嬢が乱入すると、ごづんと距離が近い女性の頭に拳骨が落とされた。
「ぴぎっ!」
相当な力が込められていたらしい。
すごい悲鳴を上げてばしゃんと顔面から湯に顔が沈んだ。
実に容赦がない。
このやり取り、お嬢様の既視感は十中八九正解だろう。
「……ええーと。」
「だから急に近づいたら、引かれるって何度も言っているで・しょ・う!」
「ぎぶぎぶぎぶ! 揺すらないで揺すらないで結構痛いんだから!」
湯着の襟元を掴み、きゅっと手首を捻って締めながらの揺さぶり。
痛いのは首ではないだろう、すごく弾んでいる場所だと思われる。
モデル体系の女性が起こした突然の暴挙にフォクシ嬢があっけにとられている。
内心を読める狐人、行動に何の裏も無ければこの流れは困惑する。
「え、ええとー……、多分、警戒はしなくていいと思います。」
初めてのお忍びで見た光景だ。
距離感の近い女性は、話しかける際に視線を少しも逸らしていなかった。
普通ならば認識阻害に遮られ、誰が今日訪れた客なのか解るはずがない。
解った上で話しかけてきたというのならば――。
フォクシ嬢からの怪訝そうな視線を受けて、早々に答え合わせに移る。
「……ご卒業、おめでとうございます?」
「やー、ほらこうすれば絶対気づいてもらえると思ったよー!」
「むぐっ!」
揺さぶられからぬるりと抜け出した女性がお母様の如く抱きついてきた。
柔らかい胸部装甲にお嬢様の顔が埋まる。
そこまでは良い。
だが湯着は布製で、しっとり湯を吸っていた。
息ができなくなったお嬢様は慌てて引き剥がそうとする。
「……レオン?」
ぞ、と背筋が凍るように低く冷たい声が届く。
幸いにもその矛先はお嬢様を窒息させようとしている女性に向けてだ。
見えないが、なぜか般若の姿が脳裏をよぎる。
余波ですらこれなのだ、切っ先を向けられたなら獅人でも震え上がる。
「うひっ! や、やりすぎました、ごめんなさい!」
ぞぞぞ、と尻尾やら髪やらを逆立たせ、抱きついてきた女性から解放された。
冷たさに当てられてフォクシ嬢が既に臨戦態勢に入っている。
慌てて間に割り込んで止めておく。
レオン嬢にカリスト嬢、学園でよく一緒にいた二人だ。
相変わらず仲が良い……のだろうかこれは。
「レオンさん、随分とカリストさんに、ええと……。」
「カリストさんは絶対に怒らせないほうがいいよ、エルさん。」
しっかりと認識はできないが、声の重みからして真剣な表情だろう。
お嬢様はともかくフォクシ嬢ですら認識阻害の効果を受けている。
にもかかわらず簡単に看破する滅茶苦茶さ。
グラウンド家のおかしさは、既に従者で思い知らされている。
苦労人、カリスト嬢は般若の様相を解き、改めて近くに寄る。
これだけ騒いでも、少しすれば他の客から視線は逸れてゆく。
顔だけでなく全身の阻害となればここまで目立たなくなる。
「フォクシさんも警戒させてしまってごめんなさい。ある程度の話はカール君から聞いてるわ。」
「ここに来るだろうってことはセラさんから聞いたよー。」
流石万能、娘の行動パターンは把握済みのようだ。
いや、自分ならばどうするかとシミュレートしたのかも知れない。
だとすれば口では酷く言いながら、ちゃんと娘の腕を評価している。
「ったく、向かう先向かう先にうまいこと配置してくるなあ魔法団長さんは。……あんななのに。」
協力者であることを把握したフォクシ嬢。
準備の良さに呆れながら、思い返すのは親馬鹿している時の様子だろう。
「……それでそれで、ルゼイア君の横っ面、引っ叩いてくれたかな?」
ぱん、と拳を打ち付けるレオン嬢。
すっと思わず視線をそらすお嬢様。
そういえば、そういう意図を込めた手紙を受け取っていた。
認識阻害の効果を受けているはずのカリスト嬢、少しの間をおいてから口を開く。
「その様子だと、むしろ関係進展に繋がっちゃったみたいね。後で私達で殴りましょう、レオンさん。」
「ちっ! フリグさんの言ったとおりになったか!」
『……覚悟しておきます。』
「……ぶくぶくぶく。」
相方から返事があった。
思わず口まで湯船に浸かって隠れる。
大変申し訳無いです。




