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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第〇章~序章前のテーマソング~
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第3話 止めに見事なアッパーカット

2021/03/05大規模修正

 ああ、頭がひどく重い――。

 診察結果は予想通り貧血。

 念の為にと緩やかな貫頭衣に着替えさせられた。

 朝食はあまり入りそうになかったので、暖かいスープを飲むにとどめる。

 食卓まで動いて倒れられてはたまらないと采配してくれたのだ。

 現在お嬢様はベッドの上に逆戻り。

 枕を背もたれ代わりにして上半身を起こしている。

 すぐ前にはベッドテーブルに乗せられた書物。

 横にはセラが座っている。

 文字通り、座学の時間である。


「さて、本日は復習としましょう。まずこの国、フェルベラント王国を構成する主な種族、その特性について」


 目の前には歴史書や人口分布、論文など様々な資料がある。

 だが復習と告げられた時点でそちらに手は出せないが、問題はない。

 当初持っていた知識の中に自分のような耳の長い人種は実在しなかった。


「いずれも、人とまとめられていますが――」


 そのため物心ついた頃、好奇心から調べたのだ。

 教えられるより自主的な行動のほうが頭に残る。


「まずは私たち竜人。竜を祖として、己の格にあった竜と共に生きる種族です。潜在的に体内魔力を多く有していますが、契約と制約を行わねば十全に振るうことができない特徴があります。この国では主に各々の相棒と共に防空を担うことを契約、そして制約としています。」


 当初思い至ったのはエルフという架空種族。

 だがその思い込みは即刻否定される。

 耳長の種族は数あれど、この世界にもエルフと呼ばれる種族は居なかった。


「きゅー。」


 主張するように、頭上の重しから可愛い声が降ってきた。

 体はだるいが、つい撫でようと腕を上げる。

 甘えるように硬い鱗の感触が手のひらに擦りついてきた。

 お嬢様の相棒は、現在頭の上に陣取ることで物理的に重みを加えている。

 黒い鱗に銀のたてがみ、青い瞳の幼竜、長めの尻尾が時々首筋をくすぐる。

 子猫ほどの大きさなため、首への負担は中々のものだ。

 とはいえペットではなく家族である。

 カイゼルには自分の部屋だって用意されている。

 授業もこうして一緒に受けることが基本だ。

 人語を話せないのであてられないのが羨ましい。


「私の場合、相棒は空帝竜のカイゼル。お父様が……ええと、近衛騎士団を引き連れて契約をしてきたとか……。」


「お嬢様の破天荒……こほん、お転婆ぶりは旦那様に似たのかもしれませんね。」


 お嬢様とセラ、二人そろって若干遠くを見る。

 そんな空気などお構いなしに甘えてくる相棒。

 同い年のはずだが弟のような立ち位置だ。

 子供の相棒になる卵を得てくるのは父親の役目だ。

 これに失敗するとはぐれと呼ばれ、あまり良い目で見られない。

 生まれてくる最愛の娘のためにと張り切った父親が、王の壁である騎士たちを引き連れて親竜との交渉に挑んだとか。

 ちなみに交渉とは、解りやすく力のぶつけ合いによって行われる。

 空帝竜は『帝』の字を冠するだけあり竜種の中でも最高位。

 その力は自然災害に例えられることもあるが、幸いにも犠牲者は出なかったらしい。

 とても気の合う相棒を得られたのは嬉しいが、それにしたって愛が重い。

 帰ってきたとき、やり遂げたぞと誇らしげな顔をしていたとお母様から聞いている。

 そのあとこってり叱られていたと衛兵長から教えてもらった。


「……んん。次にセラと同じ狐人。耳がよく、観察力、心の機微に敏感です。場に溶け込む能力に長けるため、この国では商人をはじめとして交渉人、従者としても重用されています。」


 長く考えても両親の溺愛エピソードが連想されるだけだ。

 咳払いして次の答えへ。

 セラの耳がほんの少しだけ動いた。

 身近な種族から告げることで、他種族を思い出す時間を作ろうとしていると察したためだ。

 この国は多種多様な種族によって構成されている。

 数を絞って答えたとしても相当な数になる。


「狼人は見た目で言えば狐人に似ています。身体能力が高く、最大の特徴は長の統率能力が群全体に影響すること。差はあれど同族以外にも効果を及ぼすとか。その特性から近衛をはじめ、騎士団や、護衛団の指揮官として登用されることが多いです。これに対し、特に単独で力を発揮するのが獅人。雇用に関して言えば狼人と同じですが、特に傭兵や冒険者として名を馳せる方が多いです。」


「連想して答えておりますね?」


「種族の説明順について、制約は課さなかったでしょう。」


 そこで、説明内に浮かんでくる順で種族の暗唱を行う。

 重複さえしなければ問題ないはずだ。

 実際セラは指摘こそすれど、咎めるような様子はない。


「狼人や獅人の雇い主として、鼠人。他人の心の中に入り込むことが得意な方です。また、危険察知能力に長けており、我が国での大商会は大抵彼らが取り仕切っています。その分命を狙われることも多いため、先述の方々を雇われます。」


「では、この国を占める最大数の種族とその特性で最後にしましょう。」


 このまま問題なく全種族を答えられそうだが、そうなっては授業時間に差し障る。

 なのでセラはこうして適度なところで切りあげる。

 恐らく次は別の知識をそらんじることになるのだろう。


「純人と呼ばれる種族です。彼らは目立った一切を持たず、能力として突出したものもありません。ですが伸びしろという意味では他の種族に並びます。他種族と比べ短命で代替わりが早く、王族をはじめ様々な地位として新たな思想を取り入れる役を担っています。」


 それは記憶の中にあった一般的な種族だ。

 可もなく不可もなく、だが薬にも毒にもなりうる。

 記憶の中で人間と呼ばれていた種族の立ち位置は、そういうものだった。


「よろしい。行動力はともかく記憶力が衰えていないのはなによりです。」


「セラ、そこはかとなく馬鹿にしていない?」


「変わらぬままでいて下されれば、と申し上げただけでございます。」


 ああ言えばこう返してくる。

 主と従者の関係としては異質だが、割といつも通りのやり取りだ。

 狐人はこちらの考えをある程度読んでくる。

 思った通りの場所に言葉が返ってくるというのは小気味好い。


「――では、少々難易度を上げましょう。世界を構築する主元素について。」


 次の復習内容は、突然の専門分野。

 これは見た目や特徴の話ではなく、感覚的な事柄だ。


「……魔力です。」


 竜人の説明の際に出した単語だ。

 答えるだけならばこの一言でいい。

 だが復習である以上、それで留めるわけにはいかない。

 相棒を撫でる手を一旦おろした。

 大人しくしてくれたのは空気を読んでくれたからだろう。


「常に流れ、留まることをせず、ありとあらゆる物質、生物、現象を働かせる見えないもの、聞こえないもの、触れられないもの、感じられないもの、けれど在ると確信せざるを得ないもの。」


 瞼を落として、きゅっと眉間に力を籠める。

 記憶を辿ってそらんじたのは専門書にかかれていた導入の一文。

 何とも曖昧なふわふわした表現ではあるが、そうとしか呼べないもの。

 それが魔の理に属するものでありお嬢様の魂を暴いたもの、魔力。

 この説明を行うとなれば相当数の文献から引用し、再構築する必要がある。

 真剣に思い出さなければ形をつかめない。


「これらは言の葉、本能、あるいは想いや願い。高いところから低いところへ水が落ちるような現象。それらすべてに宿り、あるいは魔法という力となり、あるいは奇跡という力となり、あるいは災害という力になります。」


 見えない、聞こえない、触れられない、感じられない。

 けれど確かにそこに在るもの。

 そういう意味では物理現象などにおける一種の法則とも近しい。

 だが、原子や分子がどうとか、熱エネルギーがどうとか、そういう類とはまた違う。

 きっかけ次第で想像を超える出来事を引き起こす要因であり、往々にして物理法則を捻じ曲げる。

 勿論、そう言った無茶な出来事が何の代償もなく起こせるわけがない。

 故に説明はもう一歩、危険性についての補足へ踏み込まねばならない。


「――大きすぎる魔力の流れが起こると、どこかに魔力が消えた場所、空白が出現します。基本的に時間と共に魔力が再び流れ、空白を埋めますが、それまでの間一切魔力の動かない『穴』が生まれます。その箇所へ何かが触れてしまった場合、存在が塗り替えられ……魔物へ変貌します。我が国をはじめとして、各国はこの魔物に対する対策に力を割いています。」


 小さな魔法程度ならともかくとして、大きな災害や分を超えた願いの先には破滅がある。

 空白の規模によって生まれる魔物の力は変われども、最大規模では一体が国を滅ぼすこともある。

 それらの根底にあるのは、まるで呪いのように刻まれた一つの本能。

 あるいはそれが願いや奇跡の代償なのかもしれない。


『この世界が憎い』


 魔物と遭遇した際には、その本能に飲み込まれない精神力が必要だ。

 万が一抗うことができなかった場合、そこで生物としての終わりを迎える。

 最終的には本能に飲み込まれ、同じ魔物に成り果てる。

 仮に命が助かったとしても心が壊されまともな生活は望めない。


「わたくしの表現でいうなれば無音、でございますね。お嬢様は魔力を色彩のように捉えられるそうですので。」


 魔力についての説明が難しい最大の理由が、この認識差だ。

 存在そのものは解らないはずなのに、何故か解る。

 だが捉え方は十人十色、千差万別。

 例えば、お嬢様は魔力の種類を色彩として捉えられるが実際に見えているわけではない。

 セラは魔力を聞くことはできるが、実際に音が鳴っているわけではない。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、第六感。

 さらにそれらから得られる感覚も人によって異なる。

 当然その情報を著した書物も表現がばらばらであり、一系統にまとめ上げることは極めて困難だ。


「そういえば、セラは魔物との戦闘経験はあるのかしら。」


「こちらに勤めさせていただく前の職場で少々。……積極的に遭遇したい相手ではありませんね。お嬢様?」


 こほん、と咳払いをされてしまった。

 あまり話をそらさぬように、ということだろう。

 そもそもセラは、あまり前の職のことを語ってはくれない。

 お嬢様専属の侍女の彼女が、何故自分の首に鈴をつけられたか今なら解る。

 立ち振舞に少しのブレもなく、常に無駄な力が入っていない。

 この姿勢は、武に身を置いていたもののそれだ。

 戦いを生業としていたのであれば、お転婆程度が敵うはずがない。

 その強者が遭遇したくないと明言するのだ。

 危険度を実感することはできないが知識として蓄えることはできる。


「魔力には二種類あります。世界をめぐる大いなる魔力(マナ)と、個々に宿る小さな魔力(オド)。あるいは体内魔力と呼ばれています。体内魔力のお陰で、私たちは様々な感覚をもって魔力を感じ、行使する呼び水にできるといわれています。この辺りを体系化し、構築したのが呪文、あるいは刻印です。……と、この論文を取りまとめたのは、お母様です。」


「確かに、お嬢様はお二方の血を引いておりますね。では、呪文による魔力行使と刻印による魔力行使の違いを。」


 行動力は父に、学問は母に、と言うことだろう。

 確かに復習でこの内容、十歳には難しすぎる。

 にもかかわらずある程度適応できたのは、雑学(サブカルチャー)を修めていたお陰だ。

 創作や想像というものは思わぬところで役に立ってくれる。

 ともあれ、最初の感覚部分を抜ければあとは体系立てられている。


「どちらも広義では魔法と呼ばれています。呪文による魔力行使とは、正確に表現するなら言葉を媒体にした魂へ記憶させた術式の励起です。この方式を取ることにより、かつては身長な魔力制御が求められていた魔法全般が比較的安全に行使できるようになっています。」


 魔法と聞いて真っ先に挙がるはこちらだ。

 内側から放つ魔力と外側の魔力の四則演算、方程式、そして回路の構築。

 呼び込んだ大いなる魔力を望む形に走らせる回路の作成と、事象を組み替える式の作成をリアルタイムで行う。

 魔力の流れる回路や式の作成は自身の魔力を用いるため、効率化を図らなければたちまち魔力が尽きてしまう。

 最悪魂が世界に削り取られる。

 そこで用いられるのが言葉という補助。

 決められた文言と一連の魔力制御を魂へと紐付け、発音で引っ張り出して魔力を行使する。

 これがお嬢様を苦しめた魔力と魂に関する記憶領域との関係性の話につながる。

 体系化された今となっては、魔法を自作するほどの熱心な研究者でなければ魔力切れを起こさない。


「刻印による魔法は、規模にもよりますが狭義的に魔道具と呼ばれます。先んじて魔力の通る道を刻み込み、起動するだけでより安全に現象を引き起こすことができます。その代わり、決まった形以外の結果が生じることはありません。」


 対してこちらは魔力を制御する訓練も、魂への記憶付けも必要ない。

 事前に魔力を通しやすい金属などを用いて式や回路を刻むため、一定の効果を確実に得ることができる。

 融通は利かないが、日常生活においてはこれだけあれば充分だ。

 それこそボタンを押したり、ツマミを調整するだけで決まった現象を起こしてくれる。

 故に同じ魔法に分類はされるのだが、刻印魔法はどちらかといえば便利な道具として扱われている。


「特に違う点は、呪文の殆どは魔力を物理現象化するため術者の判別が難しく、刻印は内部に術者の魔力が残留するところです。」


「……ふむ。論文の暗唱と言った様子はありますが、合格としましょう。」


「きゅふー。」


 息を吐く前に、頭の上の相棒が脱力する。

 先にギブアップしたらしい、労わるためにもまた撫でてあげよう。


「では、あとは自習にいたしましょう。わたくしはお嬢様が動けぬ間に入学手続きを進めることにいたします。護身術の件は――入学日までに身につけていただければ良いでしょう。」


「ありがとうセラ。やっと外に出られる……。あ、どうせならお茶を淹れてきてもらえる?」


「砂糖はいつも通り多めですね。かしこまりました。」


 決して狭くはない屋敷ではあるが、十年間もあれば箱庭の中は堪能できる。

 成長期にも入ったことだし、もう少し活動範囲を広げたいと言ってみた。

 過保護な両親だ、そうそう許してくれないと思ったが案外簡単に許可がおりた。

 目と鼻の先がお父様とお母様の勤務先であるためだろうか。

 向かう先は学園街。

 万人へ開かれた、身分に応じた教育と体験を受けられる区画だ。

 通学するわけではなく、専用の寮暮らしになるそうだ。

 できる事はきっと大きく増すだろう。

 ……入学の対価は護身術を学ぶこと。

 無いと願いたいが、若気の至りは避けねばならない。


「そうそう。わたくしも従者としてついてゆきますのでご安心を。」


「えっ、侍女長の仕事は!?」


「引継ぎは既に終わっております。」


 貴族の娘が従者もなしに家を離れるなどあり得ない。

 お嬢様のお転婆について来れたのはセラだけだ、そうなるのもやむなしか。

 活動範囲は広がれど、過保護からはまだまだ逃れそうにない。

 とはいえ気心の知れた大人がいてくれるのは、癪ではあるが心強い。

 だからその心を読んだ澄まし顔はやめて頂きたい。

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