第11話 思い思いのレセ・ヴィブレ
2021/04/09大規模修正&追加
騎士科実地研修、犠牲者一名。
騎士団の前捜査があったにもかかわらず発生した魔物によるもの。
報告を聞いたシルヴィ嬢がツァーボ先生、レイツォン先生を無表情で殴り飛ばした。
死者が出ることは稀にあるが、それは魔獣によってという想定だ。
学生に魔物相手をさせていては育つ人材も育たない。
お嬢様の一撃は墓荒らし全てを射程に収めていたため魔災は収束。
犠牲者の葬儀はその日のうちに簡易的に済まされた。
遺体を持ち帰ることはできなかったため、遺品である手槍を依り代にした。
後日騎士団による原因究明が行われる。
犠牲者以外の全八名は合格処理。
カール氏の班は随分と早いうちから課題をクリアしていた。
お嬢様の班も、本来なら浅い場所で宝食獣と遭遇するはずだった。
にもかかわらず、まるで廃坑奥に向かわせるように見かけなかった。
前調査後の魔物発生、見つかるはずの標的が見つからない。
おかしな点は潰していかねばならない。
* * *
――数日の経過。
ここのところ講義も入れていない。
徐々に蒸し暑く、寝苦しい夜が増え始めた。
セラも床に入っているだろう深夜。
鎮静作用のあるお茶を淹れてもらったのに、今日も落ち着かない。
じんわりと汗が浮かんできては薄い夜着が体に張り付いて気持ち悪い。
薄手の布団を跳ね除けたが、夜風は体の熱を奪ってくれなかった。
「うぅ……。」
殺せるだけの憎しみを向けられた、殺されかけた、死んでしまった。
恐怖は塗り替えた、燻っているのは後悔と昂ぶりだ。
あの日の衝撃全てを受け入れるほど、心の器は成熟していない。
魂の方は納得しているため、感情との差が久しぶりに気持ちをかき回す。
無理やり心を落ち着かせた揺り戻し。
最早何度目かも解らない寝返りを打つ。
「あつい……。」
掠れた声、水分が足りていない。
上半身を起こす。
寝返りのせいで顔や体に張り付いた長髪をかき上げて背中へ流す。
少しだけ首や胸元が涼しくなった。
ぼんやりと熱を帯びた眼差しは、何処を見るわけでもない。
ぽふっと軽い音をさせて、再び上半身をシーツへ沈める。
額に浮かんだ汗を人差し指で拭う。
「だるい……。」
水差しに手をのばす気になれなかった。
天蓋を視界に入れながら、ほんの少しだけ膝を寄せる。
すぐ横で静かに寝息を立てるカイゼルが羨ましい。
睡眠不足なんてもっての外。
ざわざわと乱れる心を落ち着けなければならない。
「ねむれない……。」
ことが動き出した以上、無為に日々を送るだけの猶予は少ない。
セラからも今後の動きについて報告を受けている。
汗を拭った細い指を口元へ移し、軽く食む。
ちく、と走る痛みが心地良い。
「……――っ」
ふっと肺に溜まった熱を吐いた。
しゅるりと足首を伸ばしてシーツを引っ掻く。
戦いの後味に引きずられているのなら、一番手っ取り早い逸らし方は――。
揺らぐ碧瞳が瞼に隠れ、後頭部を柔らかな枕に押し付ける。
魂の抵抗はそれだけに留まった。
どうせ汗まみれだ、後でもう一度シャワーを浴びよう。
ひりつくような感覚に体が浮く。
指を噛んで喉から漏れる音を抑え込む。
カイゼルを起こすわけにはいかない。
* * *
数夜儀式をこなし、心と体に折り合いをつけた頃。
貴族科から再び夜会に招かれた。
騎士科の面々が最難関試験を合格した祝いの場を提供するらしい。
開催者は初めての参加した夜会の折、挨拶の先陣を切った学生。
王室関係者で、確かグリース卿だったか。
開催理由は建前だ、今回の主目的は掴んでいる。
お嬢様の身分剥奪。
罪状は魔物発生の際、固定魔法により連絡妨害を行った件。
それによりワーン領の跡継ぎを亡き者とした件。
魔災を早期収束させたため、魔物を操る邪法を身に着けている可能性がある件。
随分と理由が弱いのは被害の規模が想定外に小さかったからだ。
「結局、私は何を学びに来たのでしたっけ……。」
思わず馬車に揺られながら独りごちる。
上手く行けば身分を失ったお嬢様が手に入る。
愛娘を盾にとれば、国防の要であるフォールンベルト家を操れる。
それが魔物騒動の目的だった。
班員と固定魔法を考えれば、お嬢様が一人だけ逃げ切れた可能性は非常に高い。
だが、そのためだけに魔災を起こすとは滅茶苦茶だ。
彼らの誤算はお嬢様の心が年相応に未熟だったこと。
ルゼイアという助けが居たこと。
「私の行動は最後だけでいいのね。」
意識を切り替え最終確認。
瞑目の後、開いた碧瞳は据わっている。
着用しているのは以前と同じイブニングドレス。
髪型は素直なツーサイドアップでアクセサリは最低限。
いくら筋書きが解っているとはいえ、今はまだ貴族身分。
追加で付け入る隙を与える理由はない。
「ええ、あちらが勝手に踊ってくださいます。」
「解りました。」
シルヴィ嬢が沙汰を聞き、王城で暴れて部下達に抑えられた。
気に入らなければ相手の身分を問わずに食らいつく。
そう見せることで意識を逸らし、こちらが動ける時間を作るためだ。
お父様とお母様には既に筋書きの相談も済ませてある。
その際に携帯用の専用連絡魔道具を渡された。
――この国から逃げ出せ、ということだ。
二人は契約と制約によって国へ縛り付けられている。
それでもお母様は最優先でお嬢様の固有魔法を解析した。
神業のバランスで刻印回路を即日で作るとは、相変わらず愛されている。
次は何時抱きつけるか解らない。
かつてのように飛びついて感謝したら盛大に喜んでもらえた。
横で少しお父様が寂しそうにしていたので、勿論そちらにも。
「レオンさんは大丈夫でしょうか……。」
気がかりなのは、何時も明るく振る舞ってくれていたクラス委員長。
あの日以来部屋から出ていないらしい。
今回の夜会も欠席する。
ハルト氏が言うには廃坑から抜け出る前に突然崩れ落ちたとか。
心は強く持ち続けていた、突然へし折られることは考えられない。
本人を訪ねようにも面会すらできなかった。
食事は最低限摂っていることをグラウンド家の侍女から聞いている。
現在に至るまで、彼女に何が起きたかは不明のまま。
「フォールンベルト家、ご到着です。」
夜会に関しては、基本的に以前と同じ流れだ。
ただし今回は紹介されるわけではないので正面門に馬車が止まる。
扉が空けられてセラが降り、その手を取ってお嬢様が降りる。
今回周囲から注がれる視線には愛玩動物を見定めるようなものが混じる。
顔や手足、体へ絡みついてくる蛇のようなそれを、胸を張って引きちぎる。
体つきに関してはそろそろ成長が止まる頃だ。
結局全体的には華奢なまま、育つ部分は相応に育っていた。
気づけなかったのは、いつも側で明るく振る舞う学友と比べていたからだ。
「フォールンベルト卿はご機嫌麗しゅう。」
周囲の不躾な視線を許さぬ涼やかな刃。
黒紫のドレスに身を包んだミズール嬢が近づいたお陰で視線が途切れる。
騎士礼服よりも柔らかな布地で織られたドレスは昔から変わらない。
お嬢様と同じようにレースとフリルで飾り立てられていた。
相変わらずあちらのご両親も娘を飾り立てることに情熱を注いでいる。
暗い色彩が着用者の色彩を際立たせるところもお嬢様と同じだ。
「ローズベルト卿もご壮健で何よりです。」
互いに挨拶を交わして会場へ向かう。
ハルト氏は――、流石に近づけないようだ。
ここで倒れられたら相談していたことが無駄になる。
代わりにカール氏、フュースト氏と珍しい面子で話をしている。
横目で確認したところでカリスト嬢が挨拶にやって来た。
「フォールンベルト卿、ローズベルト卿。本日はお目通り叶いまして光栄です。」
男装を思わせる黒と白の燕尾服風のドレス。
動きやすさを特に重視する彼女の領地を反映した姿だ。
視線を周囲に向けたのは、友人を探しているからだろう。
「ロベリア卿、今回はわたし達も来賓ですのでかしこまらず。」
「……グラウンド卿は、矢張り欠席されるそうです。」
「そうですか……。」
肩肘張らずにやり取りをしてきた学友が心配なのだろう。
あのムードメーカーが早く元気を取り戻すことを祈るばかり。
その頃には間違いなく、お嬢様はこの学園から去っている。
それが少し寂しい。
学友で集まれる者は、これで全員。
ルゼイアはそもそも留学生ということで声がかけられていない。
ラッティ氏は現在商業科のほうにかかりっきり。
それ以外の参加者は貴族科や商業科、騎士科他クラスからの出席。
墓荒らしの関係者は全体の三割程度と少なめだ。
「始まるようです。」
空気が沈む中、ミズール嬢が壇上へ視線を向ける。
現れたのは長身で身なりの良い男子生徒。
まずはぐるりと会場を見渡し、招待客の中で最も重要な生贄を確認。
挨拶を終わえたミズール嬢、カリスト嬢は各々が打ち合わせた位置へ移動する。
「今宵はお集まり頂き幸いです。また、招待させて頂きました騎士科の皆様は最難関単位の習得おめでとうございます。」
壇上、開始前の挨拶が始まった。
彼の視線は度々お嬢様で止まる。
随分と入念に鑑定するものだ。
今はその視線も怖くない。
「さて、此度は国防を担う新たな人材への祝杯。堅い挨拶は抜きに致しまして開始の宣言を、と申したいところではありますが――。」
男子生徒から視線が固定される。
カール氏よりも露骨で下心に塗れたものだ。
けれど最早動じる理由がない。
背筋を張り、逆に碧瞳の切っ先で見つめ返す。
その様子に男子生徒が一瞬言いよどむ。
一度目の夜会は花だった。
だが、今この場に在るのはよく研がれた白刃だ。
「……み、皆様に報告することが御座います。此度の騎士科訓練において、魔物が確認された件の真相につきまして。」
先に視線を逸らしたのは男子生徒のほうだった。
これが魔獣による負傷者ならば騒ぎになることもなかっただろう。
だが騎士団が動いたにも関わらず、魔物が現れたというのは見過ごせない。
ざわり、と周囲に不穏な空気が漂う。
お嬢様を除いたクラスメイトも、その混乱にわざと乗じてくれている。
この場にある刃は一本だけではない。
「現れた魔物は墓荒らし、魔災の代名詞とも呼べるものです。にもかかわらず、とある女学生は外部への通信魔道具を無効化いたしました!」
猜疑の波が更に広がる。
失態を責める言葉を広げているのは相手の手勢だ。
この後の流れを円滑にし、自らの正当性を補強するためだ。
あわよくば大義を盾に仲間を増やそうとしている。
参加者を身内で固めなかったのはそのためだ。
固定魔法の事を知っている貴族科の者から先んじて視線が向き始めた。
カール氏とフュースト氏に広めておいてもらった。
「その結果、墓所領地を管理してくださるワーン領のご長男が命を落としました、実に嘆かわしいことです……。」
お嬢様の目が細められる。
輝く碧瞳は完全に隠れること無く、槍の穂先を思わせる。
一言一句、セラの暗唱通り。
彼は出来上がった台本を読むだけの存在に過ぎない。
だから、拳に力を込めても意味はない。
「王室による残留魔力調査の結果、フォールンベルト家が長女、エルエル・シル・フォールンベルト様がこの魔災を収めたことが判明致しました。けれどどうやって? 一学生が十年もかかる魔災を抑え込むことができるのでしょうか。何らか、魔物を従える技を有すると考えるほうが妥当では?」
ここに来て全ての視線がお嬢様へ突き刺さる。
喜色、好機、好色、猜疑、大まかにわけてこの四種か。
ここまでは彼らの筋書き通り。
ミズール嬢とカリスト嬢も、騒ぎに乗じて上手く意識を誘導してくれた。
「この件を危険視した我ら王室は、エルエル嬢に邪法習得の疑い有りとして、貴族、学生身分庇護、及び騎士爵位の永久剥奪を決定致しました。――とは言え貴方が外の世界で一人生きていけるとは思えません。申し開き次第で恩赦も考えましょう、如何か!」
王室の決定とは、編成される傍系と上級貴族の過半数が頷いたということ。
つまりお父様とお母様、近衛騎士団長と宮廷魔法団長も黙るしかない。
羽をもがれ、自身を守る籠が無くなった小鳥はよすが無くして生きてはいけない。
彼らは慈悲を乞う姿を、あるいは懇願の言葉を引き出したかったのだろう。
この場全ての視線を背負い、一歩を踏み出す。
ああ、これでやっと。
やっと拳から無駄な力を抜ける。
「必要ありません。国の決定とあらば従いましょう。」
無色透明な声色は、普段どおり澄んだもの。
一方で自分以外の発言を許さぬ冷たさと鋭さが含まれる。
ミズール嬢が怒った時と同じような絶対零度の冷たい言の刃。
誰が慈悲など乞うものか。
誰が懇願などするものか。
「ところであの場所で、私は不思議なものを見つけました。」
無数の視線に貫かれながら、一切臆すること無く言葉を続ける。
愛でられる小鳥は居ない。
揺らがない姿と言葉が視線を自らへ縫い止め続ける。
準備をしてきたのは、こちらも同じだ。
「貴族科の制服。切れ端ですが、何故廃坑にあったのでしょう。」
反撃が来ることを予測できなかった墓荒らしの面々は完全に固まっている。
全て台本通りに進むと言われていたのだろう。
そういう風にお母様が各貴族へ匂わせてくれた。
「ときに、母から伺いました。ヴィオニカ連邦国が共同開発で変わった魔道具を作ったそうですね? 何でも強制的に大いなる魔力の流れを止めてしまうものだとか。」
「な、にを……?」
壇上の男子生徒の顔色が青くなる。
お嬢様の全身分剥奪は決定した。
それは覆らないし、それでいい。
旗色が変わる、風向きが変わる。
集めた視線は全てを見届けるまで外させない。
「魔力が流れなければ空白ができ、その場所に魔物が生まれる。当然の摂理です。不思議に思いました、何故私達だけが魔物と遭遇したのか。」
この言い回しには慣れることができなかった。
単刀直入に切り込んでしまいたいが、今回は周りに伝えなければならない。
あの場所で誰が何をして、どうなったのかを。
「話を戻しましょう。制服の切れ端は、とある魔道具に引っかかっておりました。時間式で爆破の術式も編んでありましたが、私の固定魔法で後付の式が起動しなかったようです。」
す、とセラがお嬢様の横で手のひらサイズの箱を掲げてくれる。
これが件の魔道具。
伸びた突起のような部分、ほんの僅かに引っかかった布は上質なものだ。
内部式を探ったが、フェルベラント王国の――お母様達のものとは癖が異なる。
お嬢様が解析してもそうなのだ、錬金職人が見ればどこの国のものかすぐ判明する。
魔力を止める効果は玩具にしては危険過ぎる。
「グレイ卿へ伺ったところ、先だって制服を新しく仕立てた方がいらしたそうです。廃棄願いを出された制服の損傷箇所も不思議なことにぴったり合いました。」
「グレイ卿……!?」
「てっきり意中の相手でも探っているのかと。」
普段なら誰が制服を新しく作ったかなど、大した情報ではない。
壇上の少年がカール氏に視線を向けるが、本人は全くの知らん顔だ。
旗色が悪い相手の船に乗る貴族は居ない。
これで貸し借りは無し、という視線がこちらに向いた。
その建前は鳥肌が立つと言っておいたのに。
「騎士団が内部調査を行った後、別の騎士科クラスが私達よりも前に、全く同じ課題であの廃坑を訪れていたそうです。面白いと思われませんか?」
別クラスが試験を行ったのならばお嬢様たちの耳に入る。
試験内容とその振り分けは、重複を防ぐため前もって教員間で相談される。
そのため連続して同じ場所は試験場に選ばれない。
レオン嬢の侍女と、ツァーボ先生から得た情報のまとめだ。
相手は壁の中に入ってくる情報を操作できる。
だが、自分たちの腕を過信し、偽装が疎かになった。
結局お嬢様の組だけ深くまで潜ったのは、彼らが掃討したため。
ふ、とお嬢様が一転して柔らかく女神のような微笑みを浮かべた。
――ただし、それは断罪を告げる冷たい冬の女神のものだ。
「残留の解析は済ませております、誰の手で魔災が発生させられたのかも判明いたしました。」
最大の敗因は、わざわざ自分の手で行おうと勇んだこと。
お嬢様を競り落とすにあたって優位性を得たかったのだろうが、実に軽率だ。
「――この度は手ずから素敵なサプライズ・プレゼントをありがとうございました、グリース卿。」
「ひっ……。」
集まっていた視線がお嬢様から、壇上へ集まる。
猜疑、猜疑、猜疑、その圧力は一学生には酷く重い。
魔道具に残された体内魔力は指紋のようなもの。
中にはセラのように変質できる者も居るが、それでも根本まで解析すれば一致する。
あとは学生証の文字と比べれば難なく確認できる。
これら残留物を見つけてくれたのはセラだ。
合格報告に帰領するカリスト嬢の従者に扮して現地へ走ってくれた。
あとはハルト氏の作った地図を参考に経路を網羅。
お嬢様たちが襲撃を受けた場所の少し先に残されていたとのこと。
そんな場所まで護衛に殲滅させながら向かえば、頑丈でない制服は破れもする。
「共同開発の出資者であらせられるラウム卿、タオ卿、ムスト卿、カクト卿、ベヤズ卿。及びファムト商会の皆様にも、お礼申し上げます。幸いにも皆様この場にいらっしゃるようですので。」
列挙する名はラッティ氏とお母様が資金の流れを洗い出した結果。
我関せずを貫いて切り捨てるつもりだったのだろうがそうはさせない。
うち数名はまだ社交の場を開催していない。
それが意味することを察して狼狽えだす。
仲間を増やそうと数を招いたことが仇となる。
「では、貴族でなくなり、罪人となりました私が祝いの場に居るのも分不相応。皆様の今後の発展をお祈り致しております。」
嫌味なまでに整った一礼。
こうなってしまえば仲間が居ても、表立って動けない。
社交の場とはそういうところだ。
王室は国防の要である家系の令嬢を陥れるためだけに、魔災を引き起こした。
参加した者はそう認識し、周囲へ告げて回ってくれる。
最早この場に用はない、お嬢様はセラと共に騒然とした場を後にする。
躊躇いのない歩みを留める者は居なかった。
あとは学友たちが各々で状況をかき回し、時間を稼いでくれる。
この学園街は国の縮図。
本体が勢力を伸ばすためにも切り捨てる判断は難しい。
王宮内と学園内、両方が混乱している間に伸ばされる手を振り切る。
* * *
部屋の中は真っ暗だった。
一切のカーテンを締め切り、空けさせない。
外部からの視線を遮断するように、侍女が中に入ることにも拒否反応を起こす。
無理やり食事を摂らされているお陰で餓死こそしないが、状態は深刻だ。
「ありえない。」
意識を取り戻してからレオン嬢が暗闇の中で呟いた。
光を失った瞳と不安げな顔つき。
獅人は皆勇猛果敢。
幼い頃ならともかく、魔物相手に心を折られることはまずない。
にもかかわらず、現在のレオン嬢の状態は魔物に精神を壊された人のそれだ。
「ありえない、ありえない、ありえない、どうして、どうして、どうして。」
口からこぼれる疑問に意味はない。
反射的に最後に浮かんだ思考を繰り返しているだけだ。
魔物は世界を憎むことしかできない。
つまり生者と共に在ることができない存在だ。
それは鍵として用いた例外にも当てはまる。
「ありえない、どうして、なんで、ありえない。どうして、生者をまもるの。」
個々の体内魔力を他者が利用することはできない。
お嬢様の固有魔法が発動した時点で剣の魔道具が起動するわけがないのだ。
だが、仮に動かしたものが魔力でないのならば擬似的には可能だろう。
世界には自浄作用がある。
破られたカンバスを修繕するように種類を問わず魔力が流れる。
つまり、魔物でも的確な手順を踏んで世界を壊せば魔法の擬似再現が可能だ。
それができるのは知恵ある聖獣とは対極にして最悪の名として呼ばれる。
世界を改変することで破壊する、魔物の中で最もおぞましきもの。
伝承にはその魔物名が点在し、詩人の歌として酒場で物語が歌われることもある。
『魔王』
ルゼイアと呼ばれる魔物の正体を暴いた時、レオン嬢は精神を砕かれていた。
そういう回でしたので……。
改稿してもそういう回です。
第二章の基本改稿はここまでとなります。




