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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第一章~ゴングが奏でるプロローグ~
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第8.5話 幕間セミナー

2021/04/07割り込み追加

 随分と濃厚な一日を過ごした翌日、早々に学生服が届けられた。

 形状は白のシャツに黒の上下。

 ズボンとスカートが選べるが、今日は時間がないためズボンにした。

 飾り気も少なく、腕部分に騎士科の腕章が縫い付けられている程度。

 他学科との違いはまず黒色の濃度。

 次に体術授業のため、頑丈な作りになっていること。


「……ところでセラ、どうして私の学生服にフリルとレースが増えてるのですか?」


 最早恒例となった装飾。

 地味な学生服を飾り立てるそれらは、流石に強い主張はしないよう抑えられている。

 具体的には色が制服に近いため、遠目ではあまり目立たない。


「こんな事もあろうかと、改造しておきました。」


「どうしてそこに力を割くの……!?」


 当たり前のように着替えさせられてから気づくお嬢様もお嬢様。

 そこはかとなくやりきった表情を浮かべるセラもセラ。

 お母様と共謀して徹底的に飾り付けることがライフワーク。

 今更なにか言っても無駄であることは痛感している。

 なお、護衛であるシルヴィ嬢も真っ黒なドレスだ。

 別に制服の大規模改造は咎められない。


「ところでお嬢様、そろそろ出なければ午前の一講目に間に合いませんよ。」


「帰ったらじっくり話し合いましょうね!」


 だからぎりぎりまで制服を出してこなかったのか。

 シルヴィ嬢はとっくに準備を済ませて寮の入り口で待ってくれている。

 捨てセリフを残して部屋を出た。

 左右に伸びた廊下をやや早足で過ぎ、階段を降りる。

 お嬢様の部屋は三階部分。

 階段昇降はいいトレーニングにもなるが、時間が少ない時は少々億劫だ。

 一気に飛び降りたい気持ちが強いが、お転婆をやらかすわけにはいかない。

 玄関口に出るためにはサロンへ入る必要がある。

 深呼吸して入室。

 予想通り同じように外へ向かう別クラスの子女たちと遭遇した。

 反対側の扉は男子寮に繋がっている。

 そちらからも学生が飛び込んできた。

 寝坊したらしく髪型が少し大変なことになっている。


「おはよう御座います。昨日から入寮致しました、エルエルと申します。忙しい朝ですので簡略的な挨拶になりますがご容赦願います。」


 右手を胸に宛てての目礼。

 レオン嬢が昨日のうちに知らせて回ったらしいので知られては居るだろう。

 一斉に向けられる好機の視線に気圧される。

 反応は様々。


「お、おはよう御座います。ごめんなさい、時間があまりないので自己紹介はまた今度!」


 急ぎ授業に向かうものもいれば、


「ふわあ、噂通り綺麗なんだねえ。」


 一講目は授業を入れないのか、感嘆の声をあげるもの。


「……。」


 惚けたような顔でこちらをじっと見つめてくるもの。


「……あっ、昨日街中でレオンさんといたすっげえ美少女!」


 お忍びに出た時に見かけたらしく、声を上げるもの。

 女子からの視線はそれほどでもないのだが、男子からの圧が少し怖い。


「……あっ。」


 すっかり忘れていた。

 認識阻害の魔道具を慌てて起動させる。

 つまみの調整はつるとフロントを繋ぐ部分。

 出力は速攻最大、これで顔に向かう視線を相当に逸らすことができる。


「そ、れでは私は一講目がありますので、失礼します!」


 慌てたせいで言葉が詰まる。

 後は何か言われる前に逃げの構え。

 焦って走るような真似はできないし、一歩を大きく取るなんて事も見苦しい。

 お嬢様から意識が逸れ、一講目の単語を聞いた生徒たちが慌ただしく動き出す。

 ……びっくりした。

 お忍びの時もそうだったが、好色を含んだ視線は身が竦む。


 * * *


 一講目のために急いでいた面々にはわけがある。

 この学園、講義を受ける際に事前申請は行わない。

 ならばどうするかと言えば、早いもの勝ちである。

 学ぶ機会は自ら勝ち取らねばならない。

 定員、あるいは教師の裁量で少し超えるくらい集まった時点で残りは切り捨て。

 そうなれば入れる別講義を探すことになる。

 スタートダッシュに遅れた分目当ての授業を受けられるとは限らない。

 受講として認められるのは開始から四半刻以内に講義を受け始められた者のみ。


「エルさーん、こっちこっち!」


 幸いにも定員前に教室へたどり着けた。

 やや前の席でレオン嬢の声が上がる。

 教室は半すり鉢状、一番底に大きめの黒板と教壇。

 初めての講義は共通科から歴史学を取る予定だ。

 昨日のお忍びの帰り、レオン嬢に受ける講義を尋ねられた。

 見知ったものが居たほうが良いだろう、ということらしい。

 クラス委員長として慣れるまでは一緒に受けてくれる。

 後はすぐ近くにモルグ氏が居てちょっと驚いた。

 顔が半ば隠れている上に青白い肌はぼうっと浮き出した幽霊のようにも映る。

 シルヴィ嬢に跳ね飛ばされていたはずだが回復魔法は大変便利のようだ。


「あら、モルグさんも復活が早いですわね?」


「おはよう御座います、レオンさん、モルグさん。お怪我の具合は大丈夫ですか……?」


 やらかしたのはお嬢様の護衛。

 申し訳無さで一杯だが、モルグ氏の方は気にしていないらしい。


「なに、事前に周囲の力量を計るのは護衛としては当然だ。手前を始め、何か言うようでは騎士を志せまいよ。良い訓練をつけていただいた。」


 落ち着かせるような声色のお陰で少しだけ気持ちが和らぐ。

 見かけで判断するつもりはないが、彼の雰囲気に不吉な印象を受けてしまう。

 それを自覚しているため、周りに対して自ら一歩引いていた。

 けれど小さな主張で周囲を驚かさないように気を配っている。

 持って生まれた性質というのは難儀なものだが、折り合いを身につけている。


「モルグ君はこんな見た目だけど結構あたしも助けてもらってるからねー。」


「レオン、そろそろ筆記用具を出した方がいい。またペン先が張り付いてインクが乗らなかったとあれば手前も庇いきれん。」


「うげぇ! そこはノート見せてよ!」


「はい、騎士科の方が一部慌てていますが授業を始めます。こちらは共通科、歴史学になります。定員となりましたので、以後の生徒は次の機会に受講下さい。」


 騒いでいる内に竜人の教員が教壇に立っていた。

 見渡せばみっしりと席が埋まっている。

 この講義は人気らしい――と思ったらこっそりレオン嬢が耳打ちしてくれる。


「半分はエルさん目当て。」


 その情報は要らない。

 思わず頭を抱えて突っ伏しかけた。

 認識阻害の魔道具を早急に工面しておいて正解だった。

 阻害効果がなかったらまた視線を集めていたところだ。


「さて。本日の講義は隣国、ヴィオニカ連邦国との歴史についてです。」


 さて、授業内容。

 ヴィオニカ連邦国は東の大峡谷を超えた先にある広大な樹林地帯を国土とする。

 樹上や浮遊岩島に築かれた州の総称だ。

 空を行くには大量に浮かんだ浮遊岩が邪魔をする。

 陸を行くには光も差しこまない湿った大地が足を阻む。

 海には面しておらず、かつて交通の便は非常に悪かった。

 特に純人が人口の大半を占めるため、生き抜くための様々な工夫が生み出された。


「その一つが蒸気機関。膨大に取れる木炭を燃やすことにより、圧力を用いた動力機関です。これは後の軍事転用に発展し――。」


 巨人族の脅威が無くなった後。

 その蒸気機関を用いた飛行船団で大峡谷を渡ってきたのだ。

 複数の集落から散在的に攻め込んで来られ、随分と厄介だったそうだ。

 だが、そもそも空は大半の竜人が得意とする戦場。

 小回りの利かない船団は幾度も退けてきた。

 名残として王国側東には、即席の砦として用いられた人工的な丘陵が残っている。

 最終的に州長たちとの交渉の場が設けられ、和平が成立。

 現在ではフェルベラント王国と技術提携をしている。

 王国から魔法式を提供することで、繊細な飛行技術を有する連邦国家として成立した。

 東の巨橋は二国共同で建てられた友好の証だ。

 大体がセラの授業で聞いた内容のため、既に頭に入っている。

 樹の上の都市や、空の移動が難しいほど岩が浮いている風景は一度見てみたい。

 思考がそちらに向かってしまい、少し油断した。


「――と、大まかにはこの通り。ではエルエルさん、我が国が得ている最たるものを挙げて下さい。」


「は、はい。」


 指名されてしまった。

 認識阻害は視線を逸らす効果はあっても、存在を消すものではない。

 当然指名されれば、視線が集まる。

 すぐに逸れるとはいえ、一時的にお嬢様へ降り注ぐ。

 少し息が詰まるが、レオン嬢は答えに窮していると判断したらしい。

 それとなくノートを見せてくれる。

 ありがたいフォローだ、心遣いはとても嬉しいのだが。

 これは王国の公用語であっているのだろうか。


「なん……ですの、これ。」


 シルヴィ嬢が眉を顰めた。

 近衛騎士団所属となればそこそこの国の言語も修めているはずだ。

 にもかかわらず該当する言語が存在しなかったらしい。


「……レオン、手前は何度も文字の練習を勧めたはずなのだが。」


 モルグ氏が呆れ超えで呟いた。

 そう言われてみれば面影は残っている、気がする。

 字が崩れすぎていて、全く読めない。

 レオン嬢の得意そうな顔への返しはともかく、表情を取り繕って答えを思い出す。


「真銀、ミスリルとも呼ばれる鉱石です。魔力伝導率が大変優れており、これによって作られる回路は非常に緻密かつ繊細、その上粘りがあるため、折ったり曲げたりしても効果を損なう事はありません。」


「流石は魔法団長の家系。さて、我が国ではこの真銀がほとんど採れません。一方連邦国では産出量は多けれど、利用するだけの技術がありませんでした。今では我が国からの技術提携により、蒸気機関と魔道具の二つの体系が組み合わさり――。」


 当てられた瞬間の視線は心臓に悪い。

 心構えのためをしていても油断は禁物だ。

 ここから先の説明は如何にして技術が融合していったか。

 そしてそれを取り入れどういったものが作られてきたか。

 代表的なものは蒸気を魔力で補佐した改良型飛行船。

 飛行船に用いた技術をより魔力に寄せたものは早馬と呼ばれる。

 記憶によるところのバイクや車に近い。

 技術融合がもたらした経済効果と急成長。

 一方樹林の下に吐き出される煙が更に光を奪った。

 その結果、広大なスラム区域ができてしまったこと。

 対応に各州が線路設置等の公共事業で雇用を作るも追いついていないこと。

 それが燻りとなって両国の間で再び牽制が行われていること。

 魔法はあれども奇跡は有限。

 浪漫と夢だけで世界は回らない。


「助けになれたようで何よりだよー。」


「あれは文字とは言いません。流石にわたくしでも練習を勧めますわ?」


「レオンさん、私からも強く勧めます。」


「シルヴィさんにエルさんまで!? そ、そりゃたまにあたしも何書いてあるかわからなくなるけど!」


「よし、少し教室に戻って話をつめよう。どうすればレオンの文字が読めるようになるか。」


 授業後は速やかにシルヴィ嬢とモルグ氏がレオン嬢を確保。

 三人がかりで一講時間、レオン嬢の文字矯正をクラス教室で論じた。

 あの文字は貴族身分持ちとしては危ない。

 字が下手程度なら問題ないのだが、雑なのは問題外だ。


「何でこうなるのー!」


 教室にレオン嬢の悲鳴が響いたが、残念ながら味方は居なかった。

レオンさんの字に関するエピソードがすっぽぬけていたので……。



猫と格闘しながら書いてました、お猫様強い。

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