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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第一章~ゴングが奏でるプロローグ~
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第6話 街中アングル2

2021/03/20大規模修正。

 時というものは偉大だ、様々なものを風化させる。

 同時に諦めというものは大切だ、考える余裕を生み出す。

 その二つが揃えば、お嬢様は再び仮面を被ることができる。

 とはいえそれまでに半刻も時間がかかってしまった。


「寮のすぐ前にもお店が並んでるのですね。」


「正確には商会同士の交易所かなー、あたし達も利用はできるけど。」


 お嬢様の言葉通り、寮を出てすぐ向かいにはいくつかの店舗が並んでいる。

 必要なものができた時、すぐに買いにこれるのはありがたい。

 あと結構魔道具が並んでいる、ちょっと見に行きたい。


「商業科はここを拠点にしてる人が多いからね。ちょーっと値は張るけど、品質は確かな物が多いよー。あとたまに掘り出し物があったり!」


 隊列は先頭がレオン嬢、ハルト氏、続いてお嬢様、背後にシルヴィ嬢。

 案内役である彼女は外に出れば思いの外普通に説明してくれた。

 もっといい加減な説明をされると思っていた。

 ただし説明のたびに振り返ったり、大仰な身振り手振りを披露してくれる。


「あ、でもラディ商会はこの場所は取れなかったみたい。街の方にあるからそのときに紹介するよ。」


 ハルト氏はものすごく居心地が悪そうだ。

 振り返るたび、下着は付けているのに弾む場所へ向かいそうな視線を逸らす。

 すごい胆力だが、それに気を取られて無口になっている。

 なお、絶対に後ろは振り向かない。

 つまりお嬢様の姿は頑なに視界に入れようとしない。

 正しい判断だ。

 お嬢様としてもあんな状態になられては困る。


「この交易所を抜けたら学園の敷地外! 忍ぶよー、忍んじゃうよー、楽しみだね!」


 一応そういうことにはなっているが、学園と街の境界はひどく曖昧だ。

 学舎の外であれ、街中での行動が授業になることもある。

 この街に住んでいるのは、何も学生だけではない。

 学生を指導する教員たちに寮を管理する寮母たち、学食で働く調理人たち。

 食材や日用品を仕入れてくる商人や、彼らを受け入れるための宿。

 彼らとのやり取りも学びと気付きの場。

 いわば壁の内側全てが学びの場なのだ。


「楽しむのは構いませんが、お忍びでしたらもう少し静かにしなさいな?」


「ちゃーんと切り替えまーす! それじゃ、大通りから行こう!」


 そんな中ではあるが、シルヴィ嬢の指摘は最も。

 予行練習とはいえきちんと心がけておかねば練習にならない。

 お忍び探検隊!と音頭を取りながら意気揚々と歩いていくレオン嬢へ続く。

 真正面から出発したらお忍びもなにも無いのではなかろうか。


「はい、まず後ろに見えますのは学園街のシンボルにして中央。この街全ての権限が集まる王立グレイン学園です! 外でいう王城みたいなところだね!」


「止まるなら止まると言ってくれ!」


 曖昧な境界を越えた瞬間に早速振り返り、悲鳴が上がる。

 ハルト氏がぶつかりかけ、一瞬でバックステップを決めた。

 膝はがくがくと笑っているのに良い反射能力だ。

 お嬢様にぶつからないのも凄い。

 満身創痍にも関わらず気配だけで位置を把握している。

 常在戦場の心得、なるほど打倒フォールンベルトを口にするだけはある。

 そういえば学園の正式名称を聞いたのは初めてだ。

 学園長は詳しい自己紹介前に退散させてしまった。


「……えっと、レオンさん。せめて一拍立ち止まってからにしてください。」


 それにしても心臓に悪い。

 咄嗟の動きを捉える動体視力は備えているが、対応できるかといえば話は別だ。

 突然背中が迫って来られるとヒヤッとする。

 シルヴィさん、拳を鳴らすほどの案件ではないです。

 大人しくするって言ったじゃないですか。


「おっと、ごめんねハルト君、エルさん、シルヴィさん。気をつけるよー。」


 最後尾の不穏な雰囲気は撹乱効果の扇子で広がらない。

 だがきっと、抑えられていなくとも彼女は笑いながら謝るだけだろう。

 レオン嬢の性格がつかめてきた、お転婆な頃だったら気が合ったに違いない。

 今でも結構親近感が湧く。

 ……目立つ行動はしません、お忍びですから。

 後ろにセラ並に怖い護衛が控えている。


「さて、それじゃあ続いて。メインストリート、栄光の道。学園から卒業して、各々志した地位へ向かうことからこう呼ばれているよ。見ての通り、一番活気のある通りだね!」


 時刻としてはぎりぎりお昼前。

 学園内の授業を受けている生徒も居るだろう。

 一方商業科の生徒にとっては単位とお金の稼ぎ時。

 着々と屋台が組み上げられつつある。

 組み上がる前から行列ができているところは、それだけ人気なのだろう。

 早い内から組み終わった店からは香辛料の焼ける香りが薄く広がりはじめている。

 そう言えば久しく厨房に入り込んでつまみ食いをしていない。


「……んん。見たところ飲食系の屋台が多いですけど、それ以外のお店は出ないのですか?」


「そうだねえ、お昼時過ぎたら古本とか古着がたまに出るね。でも魔道具とか、専用用品となると交易所か、街中の商会になるかな。じゃあご飯の後にそのあたり回ろうか!」


 過去の記憶を忘れるために咳払いして質問で誤魔化す。

 レオン嬢は親指を上げて、リクエスト承りましたと歩を進めだす。


「き、気が抜けない……。」


「拗らせてますわねえ。」


 すぐ後ろで戦慄するハルト氏はお疲れ様。

 だが隊列を変えると今度はお嬢様を視界に入れてしまうことになる。

 異世界には、見返り美人という言葉がある。

 レオン嬢ほど体型は主張していないが、バランスと言う意味では完璧だ。

 おまけに化粧と、異性の視線を知ったせいで年に似合わぬ色気が備わった。

 常に見られる意識をすると、磨かれる部分は多い。

 礼服や学生服であれば、いくら飾り立てられていようがその身分が盾になる。

 だが私服となれば話は別だ、令嬢姿ではないので盾になるものがない。

 幸いにも屋台設置に力を入れている者が多いため、こちらに向く視線は少ない。


「……。」


 とは言え皆無ではない。

 そして一度視線を向けられればそれが減ることはない。

 さくり、さくり、さくりと一同を通ってお嬢様に視線が突き刺さる。

 矢張りお忍びというにはお洒落すぎたのでは?

 普段のフリル満載ドレスと比べれば大変大人しい。

 けれど一同の中では浮いている気がする。


「はーい、この辺りから外からの商人さん用の宿が並んでまーす。その向こう側が職員さんの家族が住む民家だね。この辺りはあまり来ることもないから、商会方向に回るよー。」


 栄光の道を進むに従い、学園内に居を構えるお嬢様たちには関係のない区画だ。

 そのため説明もほどほどに、メインストリートから東に伸びる道へ曲がる。

 この時お嬢様は気づいていなかった。

 別に服装が浮いているのではなく、容姿が目を引いているという事実に。

 シルヴィ嬢が背後で睨みを効かせていたお陰で騒ぎにはならなかった。

 だが一行が大通りから離れたとあれば話は別だ。


「……おいあんな綺麗な娘いたか!?」


「やっべえ……俺ちょっと何科に居るか調べてくる。」


「よし情報料は払う。」


「ちょっと憂いを帯びた感じがまた……。」


「オレ、時々不安げにしてるところがツボったな!」


「レオンちゃん相変わらず凄えけど、後ろの楚々とした感じの子、いいなあ……。」


「ってことは騎士科か! あんな華奢な子が!? うっそだろしばらく騎士科の共通入れるわ。」


「三人侍らせるとか、あの男爆ぜればいいのに。」


「あとはクラスの特定だな、早速探ってくる。」


「男ども! 喋っててもいいけど屋台設営の手は休めない!」


 速攻思い知らされた。

 やめて、聞こえてるんです、風が音を運んでくれるんです。

 ほんと許して下さい恥ずか死にます。


 * * *


「……エルさん落ち着いた?」


「……なんとか。」


 大通りから移動した後、思わずうずくまったお嬢様。

 自然な動作にシルヴィ嬢の目にも視界からお嬢様が消えたように映った。

 その後は流石騎士と騎士見習いだ。

 何があったのかと一旦路地裏に避難して周囲警戒した。

 その理由を聞いて即座に脱力した。

 本日二度目の羞恥責め、ふぐぐと髪の一房を掴んで呻いていたのが数分前。

 顔に表情を出すなとあれほど言われて、あれほど訓練したと言うのにこれだ。

 大体セラが悪い、褒め殺しの訓練は受けていない。

 ……いや違う、お転婆な頃なら気にしなかったはずだ。

 異性視点が掛けられる言葉に自覚を促し、それが恥じらいに繋がっている。

 あの日好奇心から扉を開かなければよかった。


「まあ誰にだって弱点はあるよな。うん、よし。」


 ハルト氏はよくわからない自信をつけたらしい。

 女性慣れしていない弱点を晒してしまった後だ。

 こちらの弱点を見つけて優位性を得たのかもしれない。

 一度目やらかしたのは貴方ですからね、忘れませんからね!

 あと相変わらずこっちを見ませんね、助かります!


「折角のお忍びだというのに楽しまなくては損ですわ? もっと胸を張りなさいな。」


「無理です、恥ずかしさで死ぬかと思いました。」


「あはは、エルさん面白ーい。」


「結構本気ですからね!?」


「そんなに気になるなら、認識阻害の魔道具でも容易しておけば良いだろう。」


「……ハルトさん、それです! レオンさん、そういったものを扱う場所は!」


 がたっ。

 何かに座って居たわけではない、気分の問題だ。

 ハルト氏の指摘に学園街最初のお買い物が決定した。

 問題解決の対策ができれば、いつもどおりそれに向けて速攻行動。

 これ以上の精神攻撃は学園生活に支障をきたす。

 まだ編入初日、躓きも足踏みもしていられない。


「ラッティ君のところでも扱ってたと思うよ―、丁度今から行くとこにあるし優待券の出番かな? それじゃ、もう少しだから頑張ろーう。折角だし路地裏通って目立たなくしたげるね。」


 レオン嬢の案内で細い路地を抜けてゆくが、道は綺麗に清掃されている。

 各家庭や施設の小物が並んではいるものの決して不潔さはない。

 定期的に灯りの魔道具も設置されている。

 路地裏とは言え治安は悪くなさそうだ。

 問題は同じ道を歩いて戻れそうにないということくらい。

 にもかかわらず勝手知ったる何とやら。

 レオン嬢の歩みには一切の迷いがない。

 少しすれば大通りと同じような喧騒が耳に入ってくる。

 表通りの手前で一拍置いてくるりと振り返る。

 ハルト氏が再びバックステップを決めた。


「はい!この右手が学園街併設の冒険者ギルドです! 学生運営だから仮免許なんだけどね。商会へ行く前に、まず三人にはここで冒険者登録してもらうよー。」


 レオン嬢によるまさかの冒険者登録発言。

 免許制度らしい、そこはかとないお役所感がある。

 疑問に思ったらしくハルト氏が重い口を開いた。

 突然止まられたことに恨みがましそうな目を向けている。


「……何故オレ達に冒険者登録する必要が?」


「ふっふっふー、いい質問だねハルト君。」


 すちゃ、と懐から付け髭など取り出して応えるレオン嬢。

 無駄に仕込みが細かい。

 お転婆時代にミズール嬢ではなく彼女と出会っておきたかった。

 いや、ミズール嬢はミズール嬢でよくこんなお転婆に付き合ってくれたものだ。

 謝罪と共に感謝しなければなるまい。


「説明を受けたと思うけど、騎士科は卒業のために実地研修があるよね。その時に領地所属っていう肩書があると場所が絞られちゃうんだ。だから冒険者って肩書が必要になってくるの。」


「ああ、わたくしは職務上既に兼任登録しておりますの。なのでお二人ですわね?」


「そっか、シルヴィさん本職だもんね。」


 必修科目である実地研修は学園街の外に出る数少ない機会。

 修めた腕前の確認に各地に向かうまではいい。

 だが別領地所属の騎士となれば些か問題が生じる。

 仮に他人の領地で何かがあった場合、領主はその責任を負うことになる。

 逆に自身の領地であった場合、ひいきが発生する可能性がある。

 地位ある者は責務を負うのだ。

 一方でただの冒険者であれば問題はない。

 詭弁だがこういった物事で力関係は成り立っている。

 できる限り外の影響を受けたくない学園街が取れる最善の手だったのだろう。


「本当ならツァーボ先生が連れてきてくれる予定だったんだけど、シルヴィさんがのしちゃったから。」


「……あらあら。」


 レオン嬢の無垢な瞳の前に、シルヴィ嬢が露骨に目を逸らした。

 教員よりもタフネスのあるレオン嬢、恐るべし。

 ともあれ早く認識阻害の魔道具を手に入れたいが、そういうことなら仕方がない。


「なるほど、登録の際に認識阻害があってはいけません。先にそちらをすませるのですね。」


「ううん、可愛い反応もう一回見たいから。」


「くふっ!」


「レオンさん!?」


 付け髭のまま、当然といった表情のレオン嬢にハルト氏が吹き出した。

 セラとは違う角度からの打ち込み。

 一気に間合いを詰めて殴りかかってくるとは中々の手練だ。

 ハルトさんは吹き出すなんて余裕が出てきたじゃないですか?

 きゅっと目に力を込めて二人を睨みつける。

 こっちに視線向けても良いんですよ?

 今なら超レアな怒り顔見られますよ?もろとも自爆してやりますけどね!

 礼儀作法に抑えつけられたお嬢様の怒り顔に威圧感はない。

 ただただ可愛らしく拗ねた顔である。

 顔に出すならせめてそういう表情に、教えを実践してみせる。

 表情は一つの武器になる、お嬢様はその威力を充分に理解していた。

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