第6話 迂闊すぎたアンブッシュ2
時刻は夕刻、場所は最初期に使っていた資材置き場の手前。
今は使っていませんが、この場所から各小拠点へ運んでいたので相当な広さです。
具体的には小さな村が一つ、簡易な柵込みですっぽり入るほど。
「見えてきました。あの様子ですと、思った以上に足元が見えませんね。」
薄闇に囚われても、魔力がある以上私の目で確認できます。
東の空から近づいてくる、山のようなシルエット。
設置地点の誘導に、最外周へ光源を置いてもらったのは正解でした。
体調のほうもぎりぎりまで休ませてもらったおかげで随分回復しました。
筋肉痛が残っていますけど、この程度ならお仕事に支障をきたしません。
「……僕としてはもう少し、二人の時間を楽しみたかったんだけど。」
着陸の際に生じる風圧や衝撃、音を抑えるのは相方のお仕事。
配置した光源魔道具へ魔力を流すのはミズールさんのお仕事。
当然ミズールさんの相方であるズーラも傍らに控えています。
私のお仕事は、着陸後の受領確認をはじめとした事務処理。
その三人だけなら良いのですが、この場には十数名の騎士が居ます。
領内警備の騎士は呼び戻せないので、お父様が追加で送ってくださいました。
……ですので、あまりそういうお話はしないで下さい羞恥で悶ます。
「ルゼイア様、奥方を大切になさるのは構いませんが、婚約者の立場もお忘れなく。」
あっ、こんな場面でそういう事を言いますか!
しかも耳打ちなんて、恥ずかしくて私でもなかなか出来ないのに!
他国の方を出迎えるので正装ですよね、着飾ってますよね綺麗だと思います!
何時もハキハキした声なのに、しっとりした声になるのも反則です!
その上、目を惹きつけるちょっと不満げな表情!
いえ、いえ解ります、地位あるものは責務を負うを忘れるなということですね。
でもなんですか、なんですかその羨まし……あざといやり方!
……カイゼル、何くすぐったそうにしてるんですか?
『だって! お、音で届くと結構ゾワッてなるから! エルだって耳弱いよね!?』
『そ、それはそれです! 今夜私もしますから覚悟しててください!』
『……それは、うん。今度はちゃんと気をつけるよ。』
『あっ。いえあのその!』
地雷発言に危うく羞恥で顔が爆発するところでした。
違います、違いますから! あの日のリトライなんて考えてませんってば!
わたわたしていると、ミズールさんとズーラからすっかり冷めた目が向けられていました。
あっ、膝枕から離れたくないってぐずってご迷惑おかけしました。
その間、光源配置の段取りしてくださってありがとうございました。
「こほん。今まで頑張ってくださったカールさんには感謝です。」
急いで表情を引き締めて、何事もなかったように振る舞います。
私は領主業務に必要な、横の繋がりが極端に狭いのです。
カールさんが間に入らなければ、墓荒らしによって領内はメチャクチャにされていたでしょう。
こちら側と墓荒らしの間に挟まれた苦労は想像に難くありません。
「エルエル様が戻られたので多少は楽になると思いますが、流石に彼も限界でしょう。」
「領内はともかく国境に関しての権限はありません。これからはローズベルト家にもお世話になります。」
領内に新たな国境を設けるわけですから。
しかも、複数の国を想定しています。
国境総括直々に監査を行うためにも、ミズールさんは領内に必要です。
お母様、こうなることを加味して婚約という手段を取りましたか?
「できる限りの仕事は行いますが、まだ領地に定住といきませんので。」
「……それは仕方ありません、エルエル様は挨拶回りもまだですから。」
カイゼルを囮にしたままなんて耐えられませんし。
放置していたらいずれベーラ領以上の惨事を引き起こすことでしょう。
しっかり呪いの大本を解析して、解体するまで止まるつもりはありません。
不本意ながら私なら、今更ゴシップが一つ二つ増えたところで誤差範囲。
やりすぎてしまう可能性はありますけど、ブレーキ役に期待です。
それより心配なのは、領地に留まる二人の関係。
「あ。私の居ない間、抜け駆けするのは禁止ですからね。」
カイゼルは存在の一部を知恵ある聖獣にできます。
目立たないよう行動するために、私の側に居るのは聖獣のほうが主でしょう。
もう半分の、肉体はここで囮役を続けることになります。
つまりその、ええと、身体的接触はミズールさんの方が多くなりますので。
「その話は、ひとまず置いておきましょう。」
「……は?」
予想以上に凍りついた声が喉からでました。
大丈夫ですか? 家の責務だとか、セツラさんに流されていませんか?
婚約者と言うのは口実ですよ? カイゼルに拘る理由、無いですよね?
「……。」
どうして弁明せずに目頭を抑えるのです…………はっ。
ズーラの呆れ果てた視線で思い出しました。
以前の通信で否定肯定どちらでも、私がウザ絡みすることは判明してました!
過去の失敗を繰り返さないためにも、深呼吸して気を落ち着かせます。
「それにしても、連邦国で見たときよりも大きく感じるね!」
カイゼルが話題を変えてくれした。
飛行船の駆動音は既に大部分を抑えてくれています。
危なかった、また暴走するところでした。
以前はフォローを無視してごめんなさい!
「比較対象の差でしょう。飛行船と呼んでましたけど、実際には大きな浮遊岩を加工して作られたものですから。」
「そろそろ指定位置ですから、足元を照らす頃合いですね。」
「ぎゃう。」
ズーラの声を合図に魔道具に白銀の魔力が流れます。
真上に来られると、上がほとんど見えません。
連邦国では比較対象が巨大な化石樹でしたので、小さく感じました。
着地地点に設置した魔道具が作動し、空飛ぶ山が空を覆います。
「こんなにも巨大なのか……。」
「……本当に着陸できるのか?」
「何だ、あの杭は……。」
照らし出された飛行船の下部を見て、騎士達がざわつきはじめました。
下部から尖った杭が幾つも突き出しているので、警戒心が生じたのでしょう。
気持ちは解らなくもないのですが、これはいけません。
「武器ではありませんので、焦って殺気立たないようお願いします。」
「王国の騎士がこの程度で慌ててどうしますか。」
私とミズールさん二人がかりで声をかけました。
何も戦争では無いのですから、安心させるために声色を整えて。
効果てきめん、緊張で硬くなっていた雰囲気が和らいだようです。
落ち着いてもらえたようで何よりです。
「これは惚けてるだけじゃないかな。」
呆れたようにカイゼルが呟きました。
解ってます、気づかないようにしただけです!
二人揃って気まずげに視線をさまよわせました。
金の姫、銀の姫の評判は伊達ではありません。
「……ええと。」
音色は違えど、どちらの声も人を魅惑し、惹きつけます。
おまけに身につけているのはどちらも魅力を際立たせる専用ドレス。
絢爛豪華な社交界において、ひときわ目立つ金銀美姫が完全装飾で揃い踏み。
あのでもあまりそういう目で見ないでください、やっぱり鳥肌がたつので。
……私、学園以外で社交の場に出てないはずなのですけど。
『エルの場合、そのせいで話題性が上がってるね。』
『……だいたい墓荒らしのせいです。』
ろくに参加する前に追放されましたもの。
面白おかしく囃し立ててくれた原因だって彼らです。
私もゴシップ関係は利用させていただきましたけど。
「……これでも、努力はいたしました。」
珍しくミズールさんも意気消沈しています。
外交と内政では緊張感の質が違いますので仕方ありません。
さておき、皆さんお父様が送ってくれた騎士。
きっかけがあればすぐに我を取り戻してくれます。
「それで、エルエル様。あの杭は本当に危険ではないのですね?」
「っ……ええ。発着場の必要がない、と言った理由があれですから。ルゼイア、もう少し強めの防音をお願いします。」
小声でミズールさんが聞いてきました。
杭周辺に生じ始めた魔力の流れにいち早く気づいたのでしょう。
でも音の調整はカイゼルがしてくれてますし、耳打ちしなくてもいいじゃないですか。
しっとり低めの囁き一つで耳から背中にかけてゾクッとしました!
……はい、責めてごめんなさい。そんな目で見ないでくださいカイゼル。
「騎士たちには認識阻害もかけておくよ。あ、ミズールさんは慣れた方がいいと思うから、効果を薄めておくね。」
「慣れる? 何を……なんですかあれは!」
着陸場は不要と伝えましたが、細かな理由は伝えていませんでした。
あの現場を見ていない方々、特に王国では刺激が強いかも知れません。
その事に思い至ったのはつい先程、弁明より早くミズールさんの手が飛んできました。
あっ、カイゼルがズーラに体当たりされてます。
「ぐえっ!?」
襟元を掴むと同時に握り込んで締めるのはやめて下さい!
幸いカイゼルの張り巡らせた認識阻害の効果は無言にして世界を騙すほどの精度。
私達の騒動には気づかず、ゆっくり降りてくる山塊の方を注視しています。
彼らの目や耳には届きませんが、杭が轟音を上げて高速回転しているのです。
国境総括の立場を考えれば危機感を覚えるのは当然でした。
大剣に手を伸ばさなかっただけ耐えたほうだと思います。
「ど、土台を打ち込みながらでないと最終的に水平が取りづらいので! そのための円錐螺旋穿孔柱です! 正確にはその後さらに周辺に対する横軸への刻印が、かふぅっ。」
「着地に! 問題は! ないと! 伺っていましたが! あんなもの想像できますか!」
あの術式は念のため作っておいたものなのですが、いつの間にか私名義で特許申請されていました。
確かに真銀採掘の効率も上がりますし、バシリスさん抜け目がありません。
巨大な杭が高速回転しながら地面に突き刺さっていく様子は圧巻の一言。
あの、でも、締まってる状態で揺さぶらないで下さい。声が出ませんし息が、血流が!
「ミズールさん、そこまで。見た目が成長しても、エルの本質はそのままってだけなんだから。」
ミズールさんより先にズーラが平静を取り戻したようです。
解放されたカイゼルがミズールさんを抑えてくれました。
やっと解放されて、空気と血液が身体に流れ込みます。
危うく意識が遠のくところでした!
「……けほっ、けほっ。」
これだけ騒いでも騎士の方々はこちらに意識を向けないのですから流石です。
……まさか魔王の力を使っていませんよね?
使ってない? 空帝竜の権能を同時行使しただけ? なら安心しました。
あと何か含みのある言い方をしませんでしたか? していない? 本当に?
「知っていたのなら、あなたも同類でしょう! ……エルさん、ルゼイア様。次からこのような事がある場合、情報共有を疎かに致しませんよう。解りましたね。」
あっ、敬称が変わると同時に声色が重くなりました。
これは怒ったカリストさんがレオンさんに接する時のあれですね?
敬称の差は、上級貴族としての矜持が働いたと見ました。
「は、はいっ。気をつけます。」
「ご、ごめんなさい。」
体内魔力による圧が非常に怖いです。
レオンさんと同じ立場の私達に反論の余地はありません。
それに逆らったら後が怖いので。
本気で寝取りにくるなんてことはない、はず、です。
だ、だって理由もありませんし……お、幼馴染属性だけでは弱いので。
『エルはもう少し僕を信用した方が良いと思う。』
『わ、解ってますけれどほら、男性的にですね? ミズールさんお綺麗ですし、情が湧いたりとか……。』
異世界に含まれていた好色な人物のせいで不安になります。
悪夢を通して知識だけでなく私の中の経験として根付いてしまいましたから。
……とっかえひっかえ人の妻を奪うなんて、控えめに言って最低ですね!
あ、でもミズールさんは第二夫人ですから……はわわわわ。
『しないから!』
即答されましたが、私の中に生まれたモヤが晴れません。
こんな事ならあの時怖気づかずにええと、その、ごにょごにょ。
あ、でも今夜向かうって伝えましたので……、うん。
何時もこんなこと考えてるわけじゃないですよ!?
……墓穴を掘る前に深呼吸しておきましょう、すーはー。
無理やり意識を切り替えました、切り替えたったら切り替えました!
「出迎えの準備は整っていますね!」
そうこうしている間に杭が埋まり、飛行船だったものの設置が完了。
地下ではさらに横方向へ術式が伸び、固定用の刻印結界が張られるとか。
その操作が終われば、操舵してきた連邦国の方が降りてこられるはず。
通例であれば領主邸等で行うのですが、現ファウベルト領に適した場所はありません。
この場での簡易的なやり取りになることは先方も承知です。
「はあ……。地上からの明かりはもう不要でしょう。それにしても、連邦国の技術は想像以上に発展しているのですね。」
ミズールさんが起動していた魔道具を切りました。
見計らったように浮遊岩に据え付けられた光源が順次起動。
内部の光源が点灯し、透明な扉の入り口が煌々と浮かび上がります。
ホールには大小様々な貨物が見えますが、何より目を引くのはところどころに印された歯車を覆う翼の紋章。
ようやく出来上がったファウベルト領の家紋となります。
「確か動力室と制御室のあった部分だよね。連邦国で見たときは思わなかったんだけど、このあたりの木々と比べると群を抜いて高い。」
「なのに夜空が覗けるなんて思いもしませんでした。水晶硝子の併用はマギク州では使われていなかった技術です。」
本体ですら元素材置場の敷地ぎりぎり、発着場のレーンは敷地に収まりません。
高さは最下層のレーンでも周囲の木々の頭を超えるほど。
部分部分に水晶硝子を用いることで、陽光を通す加工が施されていました。
動力炉は立地を考えて魔力と蒸気の複合炉、排煙も最小限まで抑え込んだとか。
技術協力はマギク州を筆頭に、議会でこちらに付くことが益になると判断した州。
……規格外の砲撃を生身で打ち消す相手なんて、敵にしたくないですよね。
「ええと、全体で三層構造。第一層が大型、第二層が中、小型飛行船用の発着レーン、第三層が要人専用用。内側に整備区画と検問所、大型待合室、店子、簡易宿泊場、あとは各所に昇降機を追加して頂きました。」
内部構造も一新されて、様々な施設を備えた建物に改装してもらいました。
そもそも内部は連邦国共有のブロック単位による規格構造だったそうです。
入れ替えるだけなので私が壊した箇所や各所の補修は難なく行えたとのこと。
時間がかかったのは、動力室まで開けた穴を吹き抜けに加工したところだけ。
費用はマギク州で受けた発言報酬と、連邦国からの賠償で全額賄ってもらいました。
「昇降機は助かります。領主邸は第三層屋上と伺っていますので。」
「うー……。」
構造に関しては見取り図込みで情報共有しています。
最上部、浮遊岩の最上部には私達の屋敷が設置されました。
ミズールさんは検問所務め、領主邸に住むことになります。
カイゼルの婚約者という立場上仕方ないとは言え、思わず威嚇しました。
「いつまで子どもで居るつもりですか。」
ミズールさんには容赦なくバッサリ切り捨てられました。
ぐう……でも確かに、嫉妬ばかりではカイゼルに悪影響を及ぼします。
ああもう、どうしてこう融通が利かないんですか私の感情!
乙女心はなんとやらと言いますけど、こういうことなんですか!
「えっと……、旧領主邸はどうするのかな?」
「……ぼ、冒険者ギルドを誘致するつもりです。」
「当面は領主からの依頼だけになるでしょうが、人手の確保としては良策かと。」
再びカイゼルからの助け舟。
すぐに途切れる話とは言え、時間稼ぎには充分。
ほどなくホールに昇降機が降り、見知った人物が出てきます。
――こほん。改めて貴族の仮面を被り直し。
「ようこそ、フェルベラント王国ファウベルト領へ。エルエル・ディム・ファウベルトが領主として歓迎いたします。」
「エルエル様はお久しぶりです。ルゼイエ・シル・フォールンベルト様、ミズール・シラ・ローズベルト様、並びに騎士の皆様にはお世話になります。ヴィオニカ連邦国マギク州より参りました、バシリス・レグル・マギクと申しますわ。」
ファウベルト領において、当然ながら私が代表者となります。
対する少女は縦ロールの多い金髪を揺らしてお辞儀を一つ。
化粧で隠してますけど、目の下にうっすらクマを確認しました。
さてはここまで一度も操舵を譲りませんでしたね?
「……噂通り銀の姫君も絶世ですわね。美男美女がこうも並ばれると心臓が止まりかねませんわ……。」
お辞儀の際、こぼした呟きは聞こえなかったことにしておきます。
増員された騎士たちの仕事は帰国まで連邦国の要人警護。
早速警護として周りを固めてくださいました。
周辺に魔物や魔獣は居ませんでしたが、襲撃者はそれだけとは限りません。
「さて、早速ですが簡単に内部の案内を致しますわ。積んできた物資の目録確認、細部調整のご要望は明日、明るくなってから伺いますの。」
「騎士の皆様もどうぞこちらへ。宿泊場も設けております。連邦国目線では気付けぬ場所もありますゆえ、ご意見いただけると幸いです。」
「では、先導のほどよろしくお願いします。」
先日村を回った折、恨みは元領主でなく王国貴族に向けられていました。
憎しみの範囲を広げなければやりきれなかったのでしょう。
同じように関与していたのがフェイル州だけであれ、矛先は連邦国に向くでしょう。
墓荒らしが扇動する可能性だってあり得ます。
今の私がすべきことは、あの村長と同じように領民を犯罪者にさせないこと。
「……ままなりませんね。」
気づかれぬようにこっそり息を吐きました。
そういった大衆の感情を排そうとしては逆効果。
落とし所を探ることが、領主である私の義務なのですから。
原因を作った墓荒らしを叩き潰すことも、もちろん私の為すことです。
更新に時間かかり過ぎて申し訳ないです。