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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第八章~アウェイ・ホーム~
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第4話 張り切りオーバーワーク

 無事に折り返し地点まで到着しました。

 計算して地面を抉ったので、深みは均一の仕上がりです。

 異世界には行きはよいよい帰りは怖い、なんて言葉がありました。

 本来の意味から大きく外れるのは承知の上ですが。


「はあ、はぁっ……、け、計算の上では、行けるはずです……!」


 抜けた魔力(そんざい)はだいぶ落ち着いたのに、体調が戻りません。

 ですがカールさんの連絡で次の荷車が用意されています。

 石の次に敷くのは、砂利と粘土の混合物に砂と大きな石。

 前者はともかく、後者のお陰で重量は行きと同じくらい。


「何もすぐに立つことはないだろう? もう少し休んでからのほうが――。」


 もう吹き出す汗を隠す余裕もありません。

 袖口やケープ、インナーから金の髪先に到るまで。

 ぐっしょりと濡れて張り付いています。

 カイゼルとやり取りで固定魔法が弱まるとは思いませんでした。

 計算外ではありますが、まだ誤差に収まるはずです。


「……時間は、有限、です。」


 ハルトさんの提案を即時却下。

 ボロボロだったとは言え、街道を剥がした後です。

 今日中に形にしなければ領民に影響が出るかもしれません。

 下手に止まると逆に疲れが溜まるんです。

 ですので、最初の一歩さえ踏み出せれば大丈夫。


「ぅぐっ……!」


 びしりと左腕から激痛が走りましたが、ギリギリ声は殺せました。

 荷車の交換で休憩を挟んだせいです。

 護衛がついていなければどうなっていたことか。

 お願いしていることはほぼ水分補給係りですけれど。


「……ふぅっ、こんなところで膝をついてたまるものですか。」


 荷車の後部を浮かせて、一歩をずしり。

 ヒールだったら先んじて引いた石で足を痛めるところでした。

 ひどい状態ですが、流石にもうカイゼルからの反応はありません。

 今反応されたら余計に私が危うくなることが解っているのでしょう。

 ……ちょっと寂しいのは秘密です。


「できるだけ領民は近づかせないようにする。」


 行きに比べて、帰りは見物に出る人が増えるでしょう。

 墓荒らし(グレイヴン)が潜んでいる可能性がある以上、弱った姿を晒すのは悪手。

 ハルトさんは行き以上に警戒範囲を広げてくれました。


「……助かり、ます。音を拾うのが、難しくて。」


 すぐ後ろで転がり落ちる石の音が原因ではありません。

 千切れそうな筋肉を補佐するため、固定魔法の制御に意識を奪われているせい。

 声をかけられても、行きの時と同じような返事をする自身がありません。

 進むごとに荷車は軽くなっているはずなのに、足への負荷は増すばかり。

 ギリギリなのは解っていたのに、行きのペース配分を見誤りました。


「――、――……。」


 一歩一歩、進んで集落近くを通る度に出てきた方が何か口にします。

 残念ながら耳に入れるだけの余裕はありません。

 出だしと違い、ハルトさんは私の状態を把握しているので助かります。


「……! ――、……。」


 度々領民の元へ向かい、おそらく見に来ていた領民を帰したのでしょう。

 何事か話声が聞こえてから、足音が戻ってきます。

 視界が狭まる手前で強引に水筒を口に押し付けられ、咳き込みながら何とか嚥下。

 口の中に苦味とえぐみが広がって、ふっと体の悲鳴が麻痺します。

 カールさん、感覚麻痺の薬まで準備して下さったんですね。

 でもこれ、入手困難な違法ギリギリの薬でしたよね。

 ……さては墓荒らし側の伝手を使いましたね?


「これだけ汗が吹き出してればあまり長くは保たない。水分摂取のペースをもう少し短くする。」


「……おねがいします。」


 この薬は一時的に疲労感を麻痺させるものでしかありません。

 うっかり頼りすぎれば肉体の限界を超え、二度と動けなくなる危険もあります。

 歩ききるには仕方ありませんが、理性側で抑えることにしましょう。

 頷いて同意の意志を伝えておきました。

 鍛錬は嫌いじゃないのですけれど、これは明らかにオーバーワーク。

 シルヴィさんに負けた時とは別の辛さがあります。


「そう、言えば、再戦の、約束がありました。」


 体の辛さが引いて少しだけ声を出す余裕ができました。

 いつもの声ではなく、掠れきって聞けたものではありません。

 体力が摩耗しているせいで、存在(まりょく)の維持が難しい。

 なるほど、思っていた以上に両者の結びつきは強いことを実感します。


「……少し時間を、置いて貰う必要がありそうです。」


 近い内に間違いなくファウベルト領に入られるでしょう。

 今日明日でやってこられても、私の体は十全に動きません。

 シルヴィさんだってそんな状況での勝負は望まないはず。

 目下の不安は、彼女が果たして領内で大人しくして下さるか。

 騒動を起こされると――、いっそのこと領内警備をお願いしましょう。


「ブツブツ言ってる暇があれば早く水を飲んでくれ!」


「もがっ。」


 短い時間での思考かと思っていましたが、体感時間が狂っているようです。

 摂取ペースが短くなったとは言え、次の吸水に気付かなかったなんて。

 なかなか水筒に口をつけなかったので、強引にねじ込まれてしまいました。

 相変わらず苦いしえぐみの強い水ですが、飲んだ瞬間汗が吹き出ました。


「ん、ぐっ……、んくっ……。」


 意識と体が遮断されているせいでしょうか。

 汗で濡れた喉が嚥下の度に激しく動き、体に足りなかった水分を流し込みます。

 周囲の風景は竜の息(ドラゴンブレス)を打ち出した場所近く。

 日は随分と傾いて、見晴らしが良くなった分影法師が長々と伸びていました。


「もう一息だ。ここから先に村はない、表情も取り繕わなくて良い。」


 そういえば、余裕の仮面を貼り付けたままでした。

 汗で服が張り付いてますから、顔だけであることはバレバレでしたけど。

 そこはそれ、領主としての意地があったと言いますか。

 墓荒らしに対しての警戒心があったと言いますか。


「今の状態でないと、ハルトさん、近づけないじゃないですか。」


 ですけれど、仮面を外せば認識阻害も働いていない状態です。

 自分の体を見直す余裕はありませんが、彼にとって近づきがたい姿でしょう。

 飲みこぼした水のせいで上半身のあちこちが際立っていますし。

 水分補給に近づけるのは、今の私が貴族という面を被っているから。


「ぐ……、た、耐えてみせるさ!」


「……早く、克服してくださいね。」


 さて、そんなふうに誤魔化しているうちにようやく引き終わり。

 石と砂利が敷き詰められた凹凸だらけの道が50キロに渡って完成です。

 ここまで来れば、帰りはルードさんに乗せてもらえます。


「水、はもう大丈夫。離れていてください。……あ、できれば、カールさんに連絡を。」


 大きな石が頭を出した状態では、到底道として機能しません。

 だからこれが、最後の仕上げ。

 空になった荷車から手を離し、歩んできた方向へ向き直ります。

 固定魔法を解除すると同時にがくっと膝が折れ、視界が下がりました。

 腕に鈍痛が走りましたが問題ありません、行きの時点で測量は終わっています。


「だから、少しは休めと言っているだろう!? ああ聞く気はないんだな解っていた!」


 ハルトさんの怒声を無視して、ケープを押し上げて翼をばさりと広げます。

 どくり、とこの次元に存在しない竜の心臓が鼓動を激しくし、金の魔力を生成。

 覚醒で生まれた翼を核としてその規模を大きく、細く長く。

 早く終わらせて、明日万全の状態で相方を迎えたいですから。

 ぽつぽつと顎から滴り落ちる汗が水たまりを作るのに時間はかかりません。

 こうして一日の間に無理が出来るのも、フォローあってのたまものです。


「――ふッッ!!」


 歯を食いしばり、虚脱感に抵抗しながら伸ばした翼を振り下ろしました。

 お父様は最高硬度の金剛鉱をもひしゃげさせますが、私は圧迫で手一杯。

 みしりと地面が揺れ、顔を出していた石が埋め込まれます。

 それでも入り切らなかった分は押し潰しました。

 ほんの少し中央に向けて盛り上がらせましたが、平らに、堅硬に。

 宣言通り、一日で全て終わらせ――まし――。


「カール、手伝ってくれ! 領主がまたやらかしたぞ!」


「ここまで疲労しているとは、万能殿の見立てが少し外れたな。待ってくれ胃薬が切れた!」


 覚醒が解け、土の上に体を投げ出した私の耳に届く音がとても遠い。

 薬の効果も切れたのか、全身から一斉に痛みの訴えが届きます。

 最も、それ以上に消耗したせいで意識を保てたのはここまで。

 大丈夫、この後のことはカールさん達に任せてあります。

 何の心配もなく私は意識を手放しました。


 * * *


 開け放たれた窓から風が入り込みます。

 初期のころ使われていた資材置き場に建てられた監督小屋。

 簡素なつくりなので、カーテンなんて立派なものはありません。

 人の世が騒がしくとも、小鳥のさえずりは変わりなく。

 彩り豊かな世界は小さな騒ぎに我関せず。


「……おはよう?」


「はい、おはようございます。」


 頭の上から聞きたくて聞きたくて堪らなかった声がします。

 翼を叩きつけてからの記憶が途切れ途切れ。

 ですが、きちんと夜着を身につけていました。

 カールさんの侍女が拭いてくれたのか、体もさっぱりしています。

 そこまで確認できて一安心。

 思う存分しがみついている腕に力を入れ――。


「あいたっ。」


「まだしばらく安静にしてほしいんだけど。」


 ようとしたら、全身に痛みが走り抜けました。

 こ、この程度の痛み、私の甘え欲求が上回ります。

 がっちりと固く締まった腰回りから、ちょっと柔らかい脇腹へ。

 更に肩へ手をかけたところで、脇下に腕が差し込まれました。


「途中声かけた僕も悪いけどさ、もう少し自分を大事にして欲しいな。」


 視点は世界から一人へ。

 困ったような笑顔を浮かべる相方。

 数日顔を合わせていませんし、絆も昨日後半は途切れていました。


「お互い、無理だと思いませんか?」


 ほら、カイゼルだって私を抱きしめてるじゃないですか。

 肩幅の広さや引き締まった胸板、この体(わたし)より逞しい腕。

 密着すると、鍛え込んでいた異世界(ぜんせ)の私を思い起こします。

 でも柔らく手入れのされた銀髪は、この世界(わたし)だけの特権です。


「それはそうだけどさ。……まさか様子を見に来たら、ベッドに引きずり込まれるとは思わなかった。」


「……学園時代からの癖になっているのかもしれません。」


 改めて見れば、カイゼルの座っているシーツが滅茶苦茶でした。

 まるでベッド際に腰掛けた瞬間を狙って強引に引っ張り込まれたような。

 魔力阻害の扇はそのままですので、地力の腕力だけで行ったのですね。

 自分のことながら、ちょっとびっくりです。


「ルゼイア様が覗き込もうとしたからかと。」


「くうっ、お嬢様、負けてられませんよ!」


 聞き覚えのある声が二つ、長い耳に届きます。

 そうでした。

 カイゼルが居るということはミズールさん達も到着したということ。

 あわわちょっと待ってください少し意識を切り替えます。

 婚姻発表済みとは言え、この状況を他の方に見せるのは。


「ん、んん?」


 痛みを堪えて少し離れようとしますが、全く動きません。

 逆に体を強く密着させられて、顔が首元に。


「もうちょっと待ってね、髪をまとめてるから。」


 あの、これ匂いがですね、すごく近くてちょっとその。

 すーはー。


「……セツラ、エルエルさんのドレスをセラさんから受け取ってきなさい。」


「くうっ……。かしこまりました。」


 ものすごく大きなため息と共に指示が飛びます。

 セツラさんが退室する気配と同時にカイゼルの腕が緩みました。

 腰ほどまである髪があっという間にまとめられています。

 鏡を見ないですむ分、私が自分で行うより効率的ですね!


「ミズールさん助かりまし……ひえっ。」


ファウベルト(・・・・・・)領主様(・・・)。ご自身の立場を解っておいででしょうか。」


 笑顔ながら、全く目が笑っていません。

 思わずカイゼルにしがみつき直しました。

 街道整備の件、仮に世界からのバックアップがなかった場合。

 私は一歩踏み出す前に自分の存在(まりょく)を失って命を落としていたでしょう。

 流出と供給の計算はきちんと行ってます、そんなことは起こりえません。

 ただ外的要因が加わった場合、話は変わってきます。


「……け、軽率でした。」


 それ以外の方法が浮かばなかったとは言え。

 おおよそ人の枠外に位置するような派手なことをしたのです。

 両親の血を言い訳に、常識外の行動を誤魔化すつもりでした。

 墓荒らしが知ればさぞ魅力的な力に映ることでしょう。


「ええと、今のところ僕がうまく囮になれてるから――。」


 唐突にベッドが軋んで二人ともども襟首を掴まれました。

 ミズールさんが身を乗り出してまで動く所は初めてです。

 先程まで貼り付けていた笑顔も引っ込み、完全な怒り顔。

 私にとってのセラが、ミズールさんにとってのセツラさん。

 ストッパーが席を外した今、出てきたのが素の表情でしょう。


「何のための国境総括だと思っているのですか! ローズベルト(わたし)に頼りなさいと言っているのです!」


 怒りの矛先は、思っていた方向とは違いました。

 きゅうと縦に伸びた瞳孔と、凛と張った声による圧力が重いです。

 私を襲撃する可能性が高いのは墓荒らし、魔物、魔獣、それに領民です。

 ミズールさんは地位ではなく、単純に幼馴染(わたしたち)の身を案じていたのでした。


「ごめんなさい、ご心配おかけしました!」


「ごめん、もっと強く止めておくべきでした!」


 こればかりは全身の筋肉痛も忘れて謝罪も仕方ありません。

 人手不足が続いているため、常に万全を期すことは難しいです。

 でも今回は一日待てば、ミズールさんとカイゼルが私と合流できました。

 地盤固めのことばかり考えて、焦りすぎていたようです。


「……結構、では話を戻します。本日、ヴィオニカ連邦国マギク州より、フェイル州から補償が到着します。時刻の確認は怠っておりませんね?」


 先程までの怒りをおくびにも出さず、ミズールさんが身を引きます。

 そうでした、部位にわけて送ることで想定より早く届くのでした。

 浮遊岩を改造した超大型飛行船ですが、こちらでは建築物として使わせてもらいます。


「せ、航行速度と位置から考えて、到着時刻は夕刻になるって連絡があったね。」


「その間に細やかなところを詰めましょう。」


「待って下さい、待って下さい。今更ですけれど、どうして二人ともこんなに早くに到着されているんですか?」


 叱られたお陰で頭が回り始めました。

 二人の出立は本日、朝から飛龍を使っても到着は午後になるはずです。

 空気の匂いから今の時刻は朝の早い時間のはず。


「王国内なんだから、エルに何かあればフリグさんが気づかないわけないよ。」


「申請済みの出立時刻は変更できませんが、道程は転移魔法で簡略化して頂きました。」


「えっ。ちょっとわけがわかりません。」


 魔法は魔力による願いの結果です。

 無理な願いは世界に歪みを生じさせるのは周知の事実ですが――。

 お母様がそんなヘマをするはずがありません。

 となればワープの理論を認めさせたということ。

 一体どんな術式を編んだんですか。


「エルエル様の姿を見るまで帰らないと仰られています。」


「……予想しておくべきでした。公務に支障をきたされても困りますから準備を……痛っ。」


「ではお嬢様、着付けのほどはわたくしにお任せ下さい。」


 いつの間にか部屋の中にはドレス数着を持ったセラがいました。

 ……本当にいつから居たんですか、全く気づきませんでした。

 ミズールさんが表情を取り戻せたのはセラに気づいたからですね。

 またも視野狭窄、いけませんいけません。


「午後からはわたくしは席を外しますので、今のうちにお世話をと。」


 物静かに言いますけれど、セツラさんの姿は見えません。

 ……理詰めと物理で黙らせてきましたね?

 体中が痛いので着付けをしてもらえるのは幸いですけど、その。

 もうしばらくカイゼルから離れたくないんですが。


「ではカイゼル様、お嬢様を支えてくださいませ。結婚指輪も忘れられませんよう。」


「ふぎゃん!?」


 そんな力技に出ますか!?

 ミズールさん仲間を見るような目をしないで!

 守ってくれるんじゃなかったのですか!

 あっ、諦めて背を向けないで、待って待って!

 そりゃあカイゼルは私の体を見慣れてあああなんで思い出すんですか!

 馬鹿、過去の私の馬鹿!


「何度も見てるからといっても慣れてるわけじゃ……。それに、エルはますます綺麗になってるし。ええと、まずは左手借りるね。」


「あう、あう、あう……!」


 デザインは好みですけど、一緒の指輪でだいぶ嬉しいですけど!

 もう少し雰囲気とか考えて下さい!

 面と向かって綺麗と言われ、情緒の振れ幅に体力がついてこれません。

 貴族の仮面?無理です無理です、こんな状況で被れるわけないです!

 この後の着替えは、私が悶え苦しむだけなのでカットします!

 ……お嫁に出ていたので致命傷ですみました。


 * * *


 着替えで精も根も尽き果てました。

 最終的に袖を通したのは、連邦国の議会で私が着ていたものに似ています。

 正確にはデザインを踏襲し、ファウベルト礼服として仕立てたもの。

 小さいけれど大きな違いは、扉に手をかけた左手を飾る指輪でしょうか。


「……ふへっ。」


 失礼、頬が緩みそうになったので押し殺したら変な声が出ました。

 髪型は扇子の中骨をヘアピンとして使い、編み込みハーフアップです。

 撹乱強度は最大、おまけにカイゼルの力でがちがちに固められました。

 取り込んだ魔力が定着するまで、固定魔法を発動させてはならないので。


「大丈夫なの、エル! 心配したんだから! おかしなところはない!?」


 少し時間がかかってしまったせいでしょうか。

 扉を開けると同時にお母様が弾丸のように突っ込んできました。

 衝撃を緩和しようと身構えた瞬間、全身にびきりと痛みが走ります。


「あいたたた!? お母様、全身が痛い、痛いです!」


「体は無事ね、各種感覚も問題ないわ。魔力の流れも大丈夫。本当に良かった、あれだけ無茶したのに筋肉痛で収まっているわ!」


 軽いハグにも関わらず、筋肉痛に見舞われている私は悲鳴を上げました。

 相当心配をかけた自覚がひしひしと湧いてきてその、申し訳ないです。

 それにしても触れただけで診察を済ませるのは流石の一言。


「……全く無理をする前に、きちんとお父さんにも相談するんだぞ。」


お義父(スフォル)さん、ちょっと頭蓋が、僕の頭蓋が悲鳴を上げているから。」



 お母様に出遅れたお父様が手持ち無沙汰の腕を私の頭に乗せました。

 あの反対の手でカイゼルの頭をホールドしないで下さい。

 着替えの時に退室させなかったのはセラです、セラが悪いんです。

 何食わぬ顔でセツラさんと給餌に回ってますけど!


「その、ごめんなさい。ご心配おかけしました。……お父様? いつまでその人の頭を掴んでいるつもりですか?」


「良いのよ良いのよ、何事もなかったのだから。でも二度はしないで頂戴! ああ、久々の生エル!!」


 私が最後、既に全員揃い踏みです。

 領主邸は出来上がっていないので、皆が居るのは資材置き場の元作業小屋。

 そこそこ広さはあるものの、各々の荷物もあるので少し狭くなっています。

 とは言え、お父様とお母様は王都での公務があるので長くは滞在できません。

 喜びも感謝もありますが、それはそれとして。

 ちょっと視線が冷ややかになった自覚はありました。


「旦那様、やり過ぎますとお嬢様に嫌われますが。」


「……お、お父さんは別にルゼイアのことが憎いわけじゃなくてだな、その、男同士の友情の確かめ合い……?」


「無理があります、お父様。」


「これが男親の葛藤なのか……!!」


 セツラさんがこの場に居るため、カイゼルとは呼びません。

 昨日引いた道に関して、今はシルヴィさんが視察に向かっているそうです。

 シルヴィさんが……シルヴィさんが!?

 大変心配な人選ですが、配下数名とカールさんがブレーキ役に回っているとか。

 胃薬の調合は、後でお母様がしてくださるそうです。


「スフォル様、フリグ様。ファウベルト領主はわたしと打ち合わせがございますので。」


 ミズールさんが嗜めても、二人は悪びれた様子もありません。

 並んで椅子を用意して、私はお父様に預けられて膝上に着席。

 ……そんな目で見ないで下さいカイゼル。

 私、強い罪悪感に襲われていますし、まともに動けないんですから。


「それならわたし達も参加しましょう。例の飛行船に関してでしょう? 割符の術式を編んだのはわたしですもの。」


「防空に関しては俺達の管轄でもあるからな。」


「……では、この際神国から孤児院の人材を受け入れる話から始めましょう。」


 至極最もな参加理由のため、ミズールさんは黙認して机に領内地図を広げました。

 同時にセラとセツラさんが冷えた果物水を配ってくれます。

 そこにはつい昨日引いた道が新たに記されていました。

 気になるのは森の中に点在する、全滅してしまった村の跡。

 犠牲となられた方は全て魔物化してしまったため、完全消滅しています。

 墓地と、残された人たちを庇護するための施設は村とは別に必要でしょう。


「神殿に関しては、まず確実に求められるよね。どこに建てるか、だけど――。」


「それは昨日引いた道の北を考えています。旧領主邸の土地ですね。既に引かれている道と繋げられます。」


「連邦国からの補償として、各種物資も目録にございました。」


「はい。あの辺りは領民の生活圏外です。労働奴隷を入れても良いかと。」


 力任せに引かずとも、これくらいの距離ならば簡易工事で行えます。

 飛行船の着陸場所から資材運搬を行えば、地面は踏み固められるはず。

 資材の一部は、現地の建物を利用してもらいましょう。


「――つまり、今後の整備は他国からの大型飛行船を受け入れる設備が整うことが大前提……あてはあるのでしたよね?」


 現状、王国には大型の飛行船を受け入れられる発着場は存在しません。

 連邦国との戦乱の件もありますが、ほとんどが飛龍で事足りているからです。

 だからこそ、大規模な空港という概念をこの領地に付与できます。


「もちろん。バシリスさん……連邦国側が手を加えて下さるそうです。直接着陸設置ができるそうなので、現時点で発着場は必要ありません。」


国境総括(ローズベルト)も大変だろうし、わたし達(フォールンベルト)も頑張らなくちゃ。」


「そうそう、領内見回りの人員だが、もう少し送れるよう掛け合ってみる。魔物の発生率を聞いたが、それに対して手が足りてないからな!」


「……ええと。ありがとうございます。」


 真面目な話をしている最中なのに。

 セラとお母様が揃って袖口にフリルを追加するのはどうかと思います。

 それ昨日私が着ていた作業用のものですよね、足りないんですか装飾が。

 おそらく同じような場面を経験しているのでしょう。

 打ち合わせに支障が出ていないため、ミズールさんは黙殺するようです。


「……では、連邦国の補償受け入れ、及び神国の孤児院受け入れは問題ありません。あとはロウエルと各国の関係ですが。領主はどうお考えでしょう?」


「ファウベルト領が連邦国、神国、帝国と王国の接点になります。国として優先順位をつけるわけにはいきません。」


 ミズールさんが一番明確にしておきたかったのはこの件でしょう。

 ロウエルはレフス帝国の土地として譲渡されています。

 突然空路の解禁となれば、国同士の関係も考えなければなりません。

 諸々の物資に支援頂きましたが、序列をつけては諍いの種になります。


「発着場の使用は数と航路の関係もありますので、運用については王室、貴族院に精査していただきます。その上で防空管轄(フォールンベルト)に各国の空路を定めていただこうかと。」


 王国の一領主に過ぎない私に定める権限はありませんもの。

 カイゼルが囮役を買ってくれているのだもの。

 下手に独断専行して便宜をはかれば墓荒らしの目に止まります。


「フリグ、各国向けの割符作成を頼めるか? 王国の空で何かあっちゃ面目が丸つぶれだ。」


「ええ、ええ。魔法貨物(シェイプレター)も併用しましょう。空港にアンカーをおけば航路のガイドにもなるわ。そのほうがあなたのところで対応しやすいでしょう。」


 各便の航路が分かれば、有事の際にお父様が動きやすい。

 非常時のマニュアルも作っておく必要がありますね。

 飛行船がぶつかり合ったりしないよう、飛龍便の方にも手伝って頂きましょう。

 なんて考えている間に、お母様とセラの手によって改造付け袖が完成しました。


「はい、そういうわけで割符の原本術式編み込み終わりよ! 後はこれをもとに、申請の通った国へ規定数を配布すればいいわ。」


 なんて!?

 いえ、ファウベルト領主として密航を防ぐために原本を持つべきなんですけど!

 術式自体は、お母様からすれば非常に簡単なものであることも解りますけれど!


「どうしてフリルに仕込むのですか!?」


「だってエルったら、ドレスよりもこちらの方が好きでしょう? それに、付け袖なら持ち運びも便利だもの。」


「助かります、フリグ様、スフォル様。わたし達が気を張るのは発着場の出入りだけで済みそうです。」


 領内に複数国との国境が生じるため、当然ながらローズベルト家の守りは必要。

 つまりミズールさんも割符を持たねばなりません。

 ですのでお母様がミズールさんの新規礼服を取り出しても諦めた表情です。

 デザインが変わっているので、うきうきした顔でセツラさんが受け取りました。

 こんなこともあろうかと割符を織り込んで仕立てておいたんですね、解ってます。


仲間(みちづれ)が居るのでしたら……。」


「エルエル様?」


 育った外観に対して過剰装飾でも我慢しましょう。

 冷ややかなミズールさんの声は聞こえなかったことにします。

 これが私達に課せられた責務と思ってください。


「とりあえず、この先は王都に持ち帰ってもらうことになるし。エルに休んでもらいたいから、一旦お開きでいいかな?」


「新しいドレスの着付けや手料理も期待していたのだけれど、仕方ないわ。……仕方ないのよね……。」


「そうか……急いで片付けて、また顔を見に来るしか……ないのか……。」


「二人揃ってこの世の終わりのような声を出さないで下さい。」


 今日の礼服だって、着替えるのにすごく時間がかかったんですから!

 いえあの、つい体を隠そうとしてしまって……こほん。

 補償が届いてようやくスタートライン、ファウベルト領の方針は伝えました。

 お父様とお母様が来てくださったお陰で随分早く終わりました。

 シルヴィさんも気がかりですが、今顔を合わせたらさっさと治せと怒られます。

 飛行船が届くまで、遠慮なく休ませてもらいましょう。

なんとか今月中に間に合いましたッ!

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