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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第八章~アウェイ・ホーム~
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第2話 玉石混交メジャー

 白亜の王城内、ローズベルト家に宛てがわれた一室にて。

 本日は国境領主の集いと共に、ミズール嬢が総括会議を主催する日。

 貴族界のご令嬢は、夫を得て初めて家督の代行が認められる。

 男女平等の概念は薄いが、立場を示せば以後性別は問われない。

 つまりミズール嬢にとって、領主総括としての力を量られる最初の機会だ。


「珍しいね、ミズールさんが肩に力を入れるなんて。」


 帝国と王国の折衷装束を身に着けた男性が以外そうな声をあげた。

 その発言に相方(ズーラ)から厳しい視線が向かう。

 責任を負って立つのだ、当然ながら年相応に緊張する。


「……エルさんより社交界の経験はありますが、まだまだ未熟ということです。」


 相手へ向ける言葉には、ほんの少し棘が含まれた。

 挑発に乗った自分も自分だが、それをあっさり捻じ曲げる相手も相手だ。

 軽い気持ちで行った事ではないし、契約と制約は本来変更が利かない。

 覚悟を決めていたのに、馬鹿にされた気分だ。

 非難の視線は受け入れるらしい、相手は両手を上げて降参ポーズ。


「責めてるように聞こえたのならごめん。意外だっただけだよ。」


 幼なじみがそう感じるのも無理はない。

 緊張する姿など、家族以外に見せたことがないからだ。

 八つ当たりをしてしまった自覚はある。

 ふうと溜め込んでいた息を吐き出して、無理やり肩から力を抜く。


「辺境伯勢ぞろいでなくて安堵している自分が情けない。……エルさんは矢張り欠席ですか。」


 隣接する国との微調整が入ることも多いため、全員参加することはまずない。

 それでも見定める目の数が多ければ多いほど重圧が増す。

 本音を言えば、その中に一人でも親しい者がいればよかったのだが。

 ファウベルト領主は自領の惨状から手が離せず、欠席申請が届いている。


「エルも何とかしようと頑張ってるんだけど……人手に物資、信用も足りなくて。」


「責めているわけではありません。負い目に感じるようであれば聞かなかったことにして下さい。」


 竜人の姿をとっている幼なじみの視線が泳ぐ。

 何かまずいことをしでかしたと感じた時に彼らがよく行った癖だ。

 ファウベルト領は縦に長く、大半が連邦国に面している。

 先日議会での騒動もある、早急に立て直してもらわねば困るのだ。

 両家(ふたり)が助けに入るには、この総括会議で告知しておかねばならない。


「きゅるるるる。」


 一方、相方(ズーラ)はこんな男を気にかける必要はないと辛辣だ。

 言語化出来ない罵倒が含まれており、ミズール嬢はため息をついた。

 未来の夫はそれすら否定せず、困ったような笑顔で受け入れる。


「ズーラ、これはわたしの力が足りないせい。わたしを大切に思ってくれるのは嬉しいですが、言い過ぎです。」


 彼の本質が、奇跡のツケを押し付けられた存在であることは知っている。

 たかだか娘一人分の悪感情など、その前ではさざ波にも満たない。

 諦め、あるいは最初から受け入れられないことを受け入れているのか。

 その生物ならざる差異こそが、グラウンド家当主が姿を似せても真似できない点。

 腹立たしい(・・・・・)ことだが、理性と感情を切り離すのは貴族の業だ。


「言われても仕方ないからね。僕は部屋の外で待っておくよ。」


 雰囲気を悪化させては後の会議に影響を及ぼしかねない。

 ミズール嬢の自制心を疑うわけでは無いが、隙を見せるのは囮だけで充分だ。

 それ以外に、彼が席を外そうとする理由はもう一つ。


「あ。」


 広いと言えど所詮は室内、移動するのに瞬きの時間があれば充分だ。

 退室宣言と同時に扉が開けられたせいで、下手人は逃げ損なった。

 ぴこんと頭から伸びる兎耳が驚きで跳ね上がる。

 過度な情報は時として身内を傷つける。

 世の中には知らないほうがいい情報が潜んでいる。


「……熱心な侍女さんが、出番を今か今かと待っているみたいだし。」


「いいいいいえ、誤解なさらないで下さいお嬢様。わたくしめ、決して盗み聞きしていたわけでは! ようやくお嬢様の婚約者が決まったのでお二人の仲が気になっただけです! 今後のためにも、そう、今後のためにも!」


 早口で自白を始めたのはミズール嬢の専属侍女。

 お嬢様で言うセラの立場にある女性だ。

 大きな違いと言えば、彼女は比較的まっとうな侍女だという点。

 そのためカイゼルとルゼイアが同一人物であることは伝えていない。

 だが、主相手にようやくなどと、行き遅れを心配するとは中々豪胆らしい。


「……きゅう。」


「セツラ、それが隠密魔法を使ってまで待機していた理由かしら。」


 集中力が途切れたお陰で、展開していた魔法が解けている。

 ミズール嬢、ズーラ共に困ったようにため息を吐いた。

 カイゼルが真っ先に気づけた理由は、単純に術作成の協力者だからだ。


「随分使い込んでるみたいだね、文言の必要も無いなんて。」


 彼女はフォールンベルト家への訪問にも度々付き添っている。

 重鎮であるローズベルト家で、その令嬢側付きとなれば危険の種は多い。

 そこでお嬢様が簡単な術を提案、カイゼルがそれをもとに構築した。

 最後にお母様が調整し、かくして侍女は自らと主を隠す技を手に入れた。

 いざという時のために自己練磨を欠かさなかったところは称賛すべきか。


「誓って! 普段は! このようなことに使っておりません!」


 使い所がこういうところでなければ。

 兎人の特性を活かし、有事の際に身を隠して連絡を取るための術なのだが。


「……セツラさん。ミズールさんが支度するのに、僕が居ちゃダメだと思うんだけど。」


 弁明を続けるセツラの目は好奇心でキラッキラしている。

 おまけに出ていこうとするカイゼルの手首を掴んで離さない。

 ミズール嬢、ズーラ、カイゼルは直感した、間違いなく普段遣いしていると。


「お嬢様をそんな他人行儀に呼ばれずとも……是非愛称で! それにルゼイエ様は婚約者、着飾ったお嬢様を真っ先に見る権利がございます。それにそれに、お嬢様の日常的に垣間見せる魅力を知っていただかねば!」


「ミズールさん、セツラさんってこんな人だったっけ?」


 総括会議の次は、慰労の晩餐会が控えている。

 その準備ため、ミズール嬢は今から服装や装飾の調整があった。

 つまり着替えたりするわけなので、男性は退室するのがマナーだろう。


「婚約発表以降、このような有り様になりました。仕事の質は以前と変わらないのですが。」


「……きゅるるるる……。」


「ああ……布教相手ができちゃったからかあ。」


 あまりの勢いにズーラですら毒気を抜かれている。

 家同士の婚約であることは彼女とて重々承知のはず。

 自由恋愛を望まれていたのに突然の方針変更だ。

 しかも、立場は第二夫人だという。

 それならば、と彼女は思った。


「お嬢様、自信を持ってくださいまし! 第二夫人がなんですか、お嬢様の可愛らしいさを知っていただけば、ルゼイエ様もお嬢様に首ったけ間違いなし!」


 うちのお嬢様をナンバーワンにしてしまえばいいのだ、と。

 非常にありがた迷惑だが、すでに囮のお披露目を終えた後。

 下手に諌めてボロを出すわけにはいかない。


「セツラ。いい加減口を噤みなさい。それとルゼイエ様の袖を離しなさい、失礼ですよ。」


 ミズール嬢が大変苦々しい表情を浮かべた。

 本人を前にして言うような事ではないし、何より頑張りの方向性が間違っている。

 だが、彼女の侍女はお嬢様の侍女と同じようにマイペースだった。


「はっ。失礼いたしました、ルゼイエ様。……今のを訳しますと、わたし以外の異性が触ることが気に入らない、と言いたいのであって――。」


 フォールンベルト家でも娘自慢はたまに見られる光景。

 ローズベルト家も同じく、使用人込みで我が家の姫は最高思想だ。

 普段は控えめだが、身内で盛り上がると歯止めが利かないところも同じらしい。


「それは違うと思うなぁ。ともあれ、僕も支度があるから。ミズールさんの魅力に惚けてしまう前に退散するよ。」


 その渦中を見てきた魔王にとって、対策は容易である。

 軽く賛同し、好意的な意見を述べた後に速やかに撤退。

 これに尽きる。


「まあ、まあまあまあ! 聞きましたかお嬢様! あら、ルゼイエ様ったらもうあんなところまで。」


 嵐のようなやり取りのお陰で、銀の姫の肩から程よく力が抜けていた。

 これが狙ってやっていたのだとすれば、彼女は中々のやり手だったろうに。

 うっかり押し切られて着替え場面に残ろうものなら、間違いなくお嬢様が拗ねる。

 再び捕まらぬよう、魔王は割りと全力で逃げていた。


 * * *


 お付きの侍女が共に有能であることに間違いはない。

 総括会議において二人の着こなしに問題はなかった。

 暴風のようなやり取りのお陰で毒気も無駄な力も抜けている。

 それでも総括会議がうまくいくとは限らない。

 こればかりは墓荒らしの介入以前の問題だ。


『昨今、王国内で密輸品が増加傾向にあります。行商人の積荷検査を徹底するように。』


『お言葉ですがローズベルト卿、検査に時間をかけては物流に滞りが生じます。』


 ミズール嬢は自分に厳しいが、同じくらい他人に対しても厳しい。

 密輸品の大半は、賄賂の横行による検査のすり抜けが原因と調べは付いている。

 そうして得た金銭は上へ上へと徴収され、領主の懐にまで影響を及ぼす。


『確かに領民へ負担は強いられません。ですので検査人員と窓口を増やしなさい。己の責務を全うできる者を宛てがうように。』


『しかし、中にはファウベルト領のように人手が足りないところもありますゆえ。』


『人員が不足する領地には、人員が補填されるまでローズベルト家とフォールンベルト家から人手を貸す(・・)準備があります。』


 貴族とは多くの平民たちによって成り立たせてもらっている(・・・・・・)

 見返りとして嘆願を聞き、彼らへより良い生活を提供する義務があった。

 彼らの自由があってこそ、責務の中に自由を得られる。

 益に依存した贔屓目は、結局視野を狭めて不自由を招く。


『ファウベルト領からは既に要請が来ております。わたしは当面そちらへ向かうことになりますが、皆様方もきちんと貴族としての矜持を忘れませんよう。』


 始終このように責務や戒めを強調していれば会議に出た面々も疲弊する。

 文化の違う国の境目には、必要悪とも言えるグレーゾーンが存在する。

 今までまかり通っていた暗黙の了解へ容赦なく切り込まれたのだ。

 晩餐会ではミズール嬢が両親と入れ替わった際に安堵の息が聞こえた。

 どの世界であっても、理想論では回らない。


「ミズールさん、背負いすぎだと思うなあ。」


 主催側で場に残ったのはローズベルト家現当主と、囮役である魔王。

 現当主は清濁上手く併せ飲み、上手くバランスを保てるだけの経験がある。

 魔王は魔王で、世界が強いる恨み辛み妬みに比べれば悪感情など些細なこと。

 だが本来、群体の中で生きる人にとってそれらは凶器だ。

 いくら守りが得意と言っても、二十に満たない少女が抱えるには重すぎる。


『……手を貸すことに異論はありませんが、絆されたら許しませんから。』


 絆を通して、拗ねたような意識が届いた。

 あちらはあちらで無茶する準備中なのに、釘を刺すことは忘れない。

 だいたい原因は責務と自由の天秤を認識させてしまった二人だ。


『うん、そういうのじゃないから安心してね。』


 ミズール嬢は硬く厳しい態度が多いが、それは周囲に対する期待の裏返し。

 全ての人がそれに耐えられるほど強いわけではない。

 期待に応えてもらえなかった時、裏切られた時、彼女は相応に傷つくだろう。

 幼なじみがそんな事で潰されるところは見たくない。


「失礼しました。ミズールは初めての場で張り切りすぎていたようです。普段はもう少し柔らかいのですが。」


「……だとありがたいのだが。見目を裏切るあの苛烈さ、ルゼイエ殿は苦労される。」


「いえ、僕など皆様に比べればまだまだ……。」


 相方の許可も得たことだ。

 参加領主に話しかけるついでに婚約者へ向けられる悪意を請け負う。

 ――もちろん、事前に酔い無効の術を自身に施すことは忘れていない。

 お嬢様と同じく、魔王の肉体もお酒には弱いのだ。


 * * *


 畑仕事に出ているもの、狩りの獲物を解体するもの。

 汚れた衣服を干すものに、道具の手入れをするもの。

 村長宅を訪れるまで見てきた村民は、誰もが忙しく働いていた。


「……不出来な身を守って頂き、ありがとうございます。」


 お嬢様に突き刺さる視線は、当然ながら否定的なものばかり。

 高そうなドレスを纏う体は荒事と無関係そうな印象。

 その上お付きの騎士は竜人一人だけだ。

 下手をすれば間違いを犯す者だって現れかねない空気だった。


「勘違いしてもらっては困る。ワシは領主から村民を守っただけだ。」


 そんな中で村長の視線だけは、懐疑的くらいには和らいでいた。

 生き残った村々へ早急に食料や生活物資の配布を行った影響だろう。

 その場しのぎだが、薬と偽り毒を配った前領主よりマシだ。

 騒ぎが起きぬよう、早々に二人を家に入れ、今は向かい合っている。

 椅子等という邪魔なものはないため、互いに地べたに座ってだ。


「それで、税の徴収かね。働き手の徴収かね。領主代行には伝えたが、この村にそんな余裕などありゃせん。」


 齢にして六十を超えるだろう純人の男性。

 地獄のような領内で村を束ねているだけあり、目に宿る力は強い。

 意思の強さは伝播し、絶望を跳ね除ける強さとなる。


「――いえ、今回は挨拶と、必要としている物資を伺いに。」


 だが、彼らの強さは犠牲を覚悟した上に成り立つ強さだ。

 端的に言えば病人や怪我人を切り捨てることで生活を成り立たせている。

 物資運搬のお陰で敷居は下げられたが、他の領に比べれば未だに高い。

 お嬢様の返答に、村長は目を細めてふんと鼻を鳴らした。


「それは哀れみかね、慈悲のつもりかね、新領主様。あるいは前の領主と同じように、ワシらをハメるつもりかね。」


 全く前領主(グレイヴン)はどれほど入念に関係を拗らせたのか。

 追加支援の提案を前に、ここまで警戒されてしまうとは。

 内心思い切りため息と共に、矢張り直接殴り飛ばすべきだったと後悔する。


地位あるもの(ノブレス)()責務を負う(オブリージュ)です。私は追放された後、短い期間とは言え冒険者として渡り歩いていました。」


 学園都市から逃げ、駆け抜けるように王国から出た。

 連邦国内でも国外勢力の顔つなぎと助力を得るために走り回った。

 もちろん、それら全ては身内の助力があってこそだ。

 だからこそ、お嬢様は貴族の持つべき理念を再確認する。


「その折に再度確認しました。私達の生活は、あなた方あってのこと。故に私達はあなた方の生活を保証します。」


 強さを見定めるような老人の視線を、紺碧が真っ直ぐに射貫き返す。

 下手をすれば無礼討ちだろうに、彼が試すのも村民のためなのだろう。

 老いは病気や怪我と同じくらいに切り捨てられる候補に上がる。

 個を殺して群を生かす、今までと変わらない。

 だがお嬢様が求めるのは、切り捨てずに手を取り合って生きる覚悟だ。


「……短期的には傷薬と風邪薬。長期的には道が必要だ。村が安定すれば、近くの街道整備くらいには若手を回せる。」


 一応、お眼鏡には適ったらしい。

 村長がやや視線を落とし、ぽつりと要望を零した。

 犠牲が少ないのならば、それに越したことはない。

 物資のやり取りを円滑に行うためにも、整備された道は必要だ。


「わかりました、すぐに手配します。道に関しましても、急ぎ取り掛かりましょう。」


 口には出さなかったが、狩猟道具や建材の類も必要だろう。

 求めなかった理由は容易に察せられる。

 村長がお嬢様を多少認めたところで、村全体が認めるには時間がかかる。

 人に向けられる武器を手にするには、いささか早い。


「あとは、嘆願書を投稿できる箱を置かせて頂きたいです。定期的に回収に伺いますので。」


「願ったりだが……あんた、貴族の中でも随分の変人じゃな。」


 追加の提案に、少しだけ遠慮がちな声で返される。

 貴族にとって嘆願は少ない方がいい。

 それを自ら率先して貰おうと言うのだから、変人と呼ばずしてなんと呼ぼう。

 彼にとって貴族とは、自分たちから搾取し、偉ぶるだけの生き物だった。

 見目こそ貴族と変わらないが、その言動は彼らの常識から遠くはなれている。

 そのおかげか、村長の発言は嘆願書に僅かながらも望みを見出したものだ。


「おそらくは。ですが私の呼称よりも、今は領内の復興が最優先です。」


 彼らの中にある貴族像を徹底的に破壊しなければならない。

 まずはマイナスに振り切れた評価をゼロに持っていくところから。

 領主と領民の間に出来た溝は深い。

 それを埋め立てるには、ひたすら数を処理しなければならない。


「この度は時間を頂き、ありがとうございました。薬の類は日が落ちる前に届けます。」


 もとより治療用の魔道具と医療品は各村へ継続的に届けるつもりだ。

 何せファウベルト領に残っている村の殆どは同じような状況。

 座したまま礼の後、淀みなく立ち上がる。

 地べたに座っていたと言うのに、貴族らしからぬ動き方。

 急ぎ招き入れておいて正解だった。

 彼女なら襲いかかられたとしても、容易にあしらえただろう。


「……老人の独り言だが、村の者を納得させるには相当な時間がかかる。それこそ前の領主が放棄していた仕事全てを一人で終わらせるくらいしなければの。」


 それまでの間、当たりはキツいだろう。

 年若い少女がその重責に耐えられるかどうかは賭けになる。

 試した老人が言うのも何だが、状況が変わるかもしれないと思ってしまった。

 愚直なほど真っ直ぐな少女は、こんな所で折れてしまうには勿体ない。

 心配の言葉に新たな領主は目をぱちくり瞬かせたあと、ふんわり笑って見せる。


「なるほど、その手がありましたね。ありがとうございます。」


 そして矢張り変人だ、想像していなかった言葉が返ってくる。

 呆れを通り越して唖然とする老人を背に、彼女は騎士へ何事か言伝た。

 ――その他の村々を訪れた、わずか一日をおいて。

 全ての村に街道側へ出ないよう通達が出された。


 * * *


 ようやくできる仕事を思いついた。

 前領主が放棄していた仕事の一つ、街道整備。

 北部から旧領主邸までは問題ないが、そこから先は相変わらず。


「こういうことの方が解りやすくて良いです。」


 生存圏の着工が遅れている原因の解決は難しい。

 工事に携わっているのが、主に前領主の私兵をしていた者たちだからだ。

 彼らが領民へ行ってきた行為を考えれば、確実に現地でいざこざが起きる。


「……本気なのか。」


 困惑声で問うてきたハルト氏へ、もちろんと頷いてみせた。

 人の往来が少なく、放棄された場所はただでさえ空白を見落としやすい。

 それにあの小箱が加われば魔物の吹き溜まりが簡単に作られてしまう。


「道の整備は必須です、先日行商の方が被害にあわれましたし。」


 とは言え、整備するとなれば部分部分にわけて行わなければならない。

 一気に工事してしまえば行商が途絶え、物資の往来も滞るだろう。

 その隙を見逃すほど墓荒らし(グレイヴン)は間抜けではない。


「だからと言ってこれは……。」


 困惑声を上げ続けるハルト氏の視線は、背後の巨大な物に向けられる。

 簡単に言えば横幅にして馬車四台分にもなる荷車。

 当分領主用の馬車を使う予定がなかったため、全てバラして改造したのだ。

 簡単に言えば、道を作るための超巨大なライン引き。

 細かな調整含めてセラが一晩でやってくれました。

 その中に入っているのは大きさが様々な石。

 総重量を考えれば馬を何頭潰れるか解らない。


「中身の補充は流石に他の方の力を借りますよ?」


 なので、これを引くための馬など連れてきていない。

 代わりにむん、とお嬢様が腕まくりをして細腕を晒した。

 汚れてもいいように、服装だって冒険者時のものだ。

 即座にハルト氏が視線を逸らしながら声を荒らげる。


「領主が力技ですることじゃないだろう!?」


「私もハルトと同意見です、ファウベルト卿。何度でも言いますが、フォールンベルト家に頼んで飛龍を借りるべきです。日程も見直したほうが。」


 領主代行、カール氏もこの場に居た。

 彼は頭を抱えた後胃薬を服用、その上でお目付け役としてついてきた。

 代行としてきちんと領主の仕事を見届ける必要があるとかなんとか。


「カールさんとハルトさんには迷惑をかけますが、これは私の背負う問題です。」


 実際に前領主の不始末を実際に一人で解決する必要はない。

 目に見えて解るような成果を領民は求めているのだ。

 あと昨晩から、相方がミズール嬢のフォローに付いている。

 確かに許可は出した、出したけれどそれとこれとは別問題。

 こんな時に!じっとしてなんていられますか!

 という訳で学友二名の意見は笑顔で封殺。


「それに、最南端まで向かいません。片道五十キロにとどめておきます。」


 その距離がおおよそ生き残った村の生活圏内だ。

 無理、無茶、無謀、大いに結構。

 それくらい押し通せなければ世間からは認められない。

 ともすれば婚姻を推し進めた両家が責められる。

 周りは気にしないだろうが、こちらが気にするのだ。


「だが……。」


「諦めろ、ハルト。こうなったら彼女は譲らない。」


 なおも言い募ろうとするハルト氏をカール氏が諫める。

 そっと胃薬を差し出すところを見てしまった。

 学友には本当苦労をおかけします。

 異世界知識(サブカルチャー)で言うエルフな外見で引くほど無謀なことはしない。


「では、他現場への連絡と細かな調整は任せました。」


 下腹部にむず痒さが走り、爆発した黄金が瞬時に集束。

 ケープを押しのけて金の翼が広がり、バッスルの下から長い尾が現れる。

 同時に耳は白い角と化し、瞳は体内魔力と同色に染まる。

 久方ぶりに一切の加減を行わない完全覚醒。

 黄金の白竜人ならば、その無謀すら可能にするのだ。

場面切り替えが多くなってしまった無念です。

集中力……!

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