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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第八章~アウェイ・ホーム~
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第1話 喝采もしくはブーイング

 フェルベラント王国ファウベルト領。

 旧領主とフェイル州の取引により、領民の大多数が命を落とした不吉な土地。

 そんな噂が広まっているのも仕方がない。

 実験の傷跡は未だに深く、各所に点在する細やかな空白は魔物を産むに足る。

 一時的に近衛騎士達が見回りを強化しているが、全域を補うにはほど遠い。


「ちくしょうが! こんな不吉な場所来るんじゃなかった!」


 無駄な枝が刈られ、日当たりの良くなった街道を走る馬車。

 悪態をつく商人は、乗せた商品の状態も気にせず全力で馬を走らせる。

 訪れた理由は商業組合に届けられた支援物資配達の依頼を受けたからだ。

 そのついでに扱う商品――彼の場合は酒類を販売し、販路の確保を目論む。

 商人ならば当然の行為だが、それが彼にとって最悪のタイミングと重なった。


 ――キイィィィィ!


 甲高い悲鳴じみた声が、生きたいという意志をへし折ろうとする。

 一つ目の休憩所を過ぎたところで遭遇した首のねじ曲がった鹿。

 どう見ても事切れているそれを確認した瞬間、彼は全速力で逃げ出した。

 鳴き子(バンシー)と呼ばれる魔物であることは声を聞いて理解した。


「走れ、走れ走れ走れぇ! 追いつかれたらお前らも引きずり込まれるぞぉ!」


 振り向くような余裕はない。

 泡を吹き、潰れそうな馬へ更に鞭打つ。

 魔物を前にすれば、人は意志の力を試される。

 魔法を使う気概など、姿を見た瞬間に消し飛んだ。

 追いつかれたら最後だ。

 絶望の腕に捕らえれたが最後、理の枠外へ棄てられる。


「――この空は」


 突然澄んだ空の青が色を増す。

 死に向かう疾走中、聞こえた声を幻聴と断じてしまっても仕方あるまい。

 視界がひらけたことで、商人に周囲を確認する余裕ができてしまった。

 最も、それが彼にとって幸運なこととは言い難い。

 行きに見たことがない場所、おそらく村か何かがあっただろう広い空間。

 その眼前には無数の魔物。


「は……ははは……。」


 つまり後ろから迫っていた鳴き子(バンシー)は獲物を誘導していたのだ。

 どこかしら異常に歪んだ無数の鹿の目が、感情もなく商人を射抜く。

 終わった、と覚悟する。

 ――不思議と恐怖は抱かなかった。


「僕が征した。」


 術式が成立し、何かの着弾音と共に暴風が吹き荒れる。

 後ろに迫っていた魔物が個体が轢き潰された。

 悲鳴じみた声がかき消され、地表を突風が薙ぎ払う。

 粉々になった魔物が振り注ぎ、突撃槍を手にした赤い騎士が蒼天に浮かぶ。


「助かります、ハルトさん。お陰で準備が終わりました。」


 人影は地上にもう一人。

 異国を思わせる黒銀のドレスアーマーを纏い、短槍を手にした華奢な娘。

 その穂先が黄金に輝く文様を刻み、降り注ぐ血肉(まもの)から世界を守る。 

 無数の停滞に囲まれてなお、柔らかな声色に緊張感はない。


「危な――」


 その少女目掛けて鳴き子たちは、がぱりと各々の口を明けた。

 魔物の名が示す通り、あの絶望たちは声で世界を狂わせる。

 多少数が減ったとは言え、その数は見えるだけで十を超えていた。

 面として広がっているため、赤い騎士の助力は間に合わない。


 ――ぎ、い、ぃ、ィ、イ、ィ、イ!!!


 鳴き子が一斉に声を上げ、この世界に対する怨嗟を謳った。

 専用の訓練を受けていたとしても、絶望の唱和に耐えられる者は少ない。

 その影響は音である以上、商人や赤い騎士にも及ぶ。


「黙りなさい。」


 ――ギぎゃっ!


 少女がそれを許さなかった。

 大きく広がった袖口が、手槍と共に上から下へ。

 場違いなフリルと共に大地が揺れ、絶叫もろとも鳴き子が地に縫い付けられた。

 魔物という輪郭を取っていた空白は形を失い、黄金と黒銀が瞬く間に世界を直す。

 その制圧方法は、噂に聞く近衛騎士団長のそれに酷似していた。

 あっけにとられている商人へ、少女が近づく。


「……馬はだいぶ疲弊していますね。少々お待ちを、回復促進の魔道具を使います。」


 包帯状の魔道具は王国で一般的に使われているものだ。

 見慣れた道具を目にして、ようやく現実感が湧いてきた。

 魔物を前に絶望や恐怖といった感情は、あれらを引き寄せる。

 そのためか、少女の柔らかな声色は戦場におけるそれにあらず。

 穏やかな魔力は当てられた者の恐怖心を和らげる。


「ルード、近くの休憩所まで走って受け入れの準備を頼んでくれ。僕は周辺を見回ってくる。」


 黒銀の少女は解らないが、赤い騎士が竜人であることはわかる。

 相方である竜が側に居るし、何より長く伸びた耳は間違えようがない。

 魔物が生まれた場所では、連鎖的に発生することがある。

 彼が見回りに出たのはそれを警戒したためだ。


「た、助かった……?」


「助けが遅れて申し訳ありません。この場所が氾濫手前でしたもので。」


 一方、商人の相手を請け負った黄金と黒銀の娘。

 顔の上半分を黒い仮面で覆われているため、種族のほどは解らない。

 そもそも視線が勝手に外れるため、認識阻害を使っているのだろう。

 表情が解らないのは不安を煽るが、柔らかな魔力がそれを中和する。


「しまった、積荷は! ……ああ、車軸周りを改良しておいて良かった……。」


 我に返った商人がまず気にしたのは、自分の運ぶ荷である。

 ここ最近使われるようになった緩衝装置、高かったがその効果は絶大だった。

 割れ物が多かったにもかかわらず、積荷の殆どは無事である。

 命の次に商品を気にする、これも商人であれば当然だ。


「馬のほうも少しすれば歩けるくらいには回復するでしょう。とは言え無理が祟っています。この先に臨時の休憩宿がありますので、一泊されることをお勧めします。」


 人が動いている場所は魔物を呼び込みやすい。

 一方で、それが解っているため警備も厳重だ。

 特に復興中のファウベルト領において、要所の守りは最優先。


「感謝はするが、こんな場所からはさっさとおさらばしてぇな。」


「……そう、ですか。物資の配達、お疲れ様です。復興にはまだかかりますが、無理のない範囲でご助力いただければ――。」


 まるで彼女の感情に連動するように、みるみるうちに周囲の魔力が萎びていく。

 ずーんと重い空気に陥る中、商人は訪れた村の有り様を思い出した。

 今回は顔つなぎのため、値段も低く数が捌けるものしか出していない。


「はぁ……。ま、安酒程度であんなに喜んでもらえたのは初めてだ。道中の安全さえしっかりしてるのなら、考えておくさ。」


「……! ありがとうございます、頑張りますね!」


 頼りなさそうな外見だが、少女の正体は領に雇われた傭兵だと当たりをつける。

 傭兵家業は冒険者以上に訳ありが多いため、認識阻害をかける者も少なくない。

 見た目に騙されるようでは商いの道は歩めない。

 この少女が扱う力の大きさは実際に見たのだ、疑いようがない。

 ならば残念な印象を残すより、口約束でも良い印象を残しておいたほうが利に働く。

 明るくなった雰囲気と小さく手を振る少女を背に、商人は勧められた休憩所へ向かった。


 * * *


 議会に出たことで、マギク州とファウベルト領の関係性は周知させた。

 技術の国として発展した連邦国において、かの州の影響力は非常に強い。

 王国で何かあった際、ファウベルト側につけばマギク州からの心象が良くなる。

 そう思わせるだけで当初の目的――国外勢力の力を得ることは成功だ。

 領民を実験に使っていた州も、州長の鼻っ面を折った上で解体させた。

 つまり、ひとまず連邦国でしておくことは終わったのだ。


『じゃあ、以前言っていた割符を準備しておくわ。』


 連邦国から王国へ戻るにあたって、お母様との打ち合わせ。

 特に連邦国側から譲渡されたフェイル州の巨大船をどう運ぶかについてだ。

 空路における移動は、国境壁に刻まれた防衛刻印によって邪魔される。

 かといって陸路で運べるようなサイズではない。


『魔道具の宛先はマギク州の、バシリスさんでいいのね?』


「お願いします。今は動力の完全入れ替えと調整をしてくださってますので、後で伝えておきます。」


 あの橋を中心とする術式は、お嬢様でも解析しきれない。

 だから、空港の話を打診した時に出た案を使うことになった。

 防衛刻印をくぐり抜けられる割符を準備し、それによって壁を超える。

 当たり前だが、簡単に偽装できるようなものではない。


『それと、カイゼルはそのままうちに戻ってきてちょうだい。ミズールさんのことで……だ、大丈夫だから! ファウベルト領に常駐してもらうために手続きが必要なの!』


 相方の話題が出た瞬間、すっとお嬢様の目からハイライトが消えた。

 先日の件で少しの間ぎくしゃくしたものの、既にお嬢様は立ち直っていた。

 勇者とは幾度膝が折れても、その都度己を鼓舞して立ち上がる存在なのだ。

 ええ、ええ、今度は物怖じすることなく全部受け止めますとも。


「……ローズベルト家は国境総括ですものね。ファウベルト領は巨大船を賠償として受け取りましたし、領空守護のフォールンベルト家にも常駐して貰う必要がありますからね。」


「エル、あまりフリグさんを困らせても仕方ないよ?」


「……ふんだ。」


 わざわざ家の役割と共に家の名前を出す。

 言葉端からにじみ出る刺々しさを抑え込むように相方が頭に手を乗せる。

 ちょっと撫でて貰えたからといって機嫌が直るほどチョロくない。

 けれど、抱きしめてくれるのならば考えなくもない。


こちら(フォールンベルト)からファウベルトに赴くとなると時間がかかるのよ。で、でも安心して。婚姻の公表はしたもの、王国ではエルはもう夫人扱いよ。』


 慌てて入れたフォローは失言に近かった。

 国境の取りまとめであるローズベルト家を差し置いての正妻扱い。

 それはつまり、一代の間にそれに準ずる地位まで上り詰めろと告げたのだ。

 だが上等だ、その程度の困難で尻込みするような想い方はしていない。


「ふ、ふーん……、そ、それなら仕方がないですね!」


 前言撤回、自身のチョロさを自覚する。

 相方の腕の中で仕方なさそうに上げる声はまんざらもでない。

 発表されてしまったので仕方ないが、序列は守り切る。

 大体ミズール嬢は仮初の婚約だったはずだ。

 なお発破をかけてしまったのはお嬢様の自業自得である。

 画面の向こうではお母様が、こちらでは相方が胸をなでおろす。


「立場の方は、ファウベルト領主のままだね。」


『ええ。家が繋がっても、フォールンベルトが担うのは領空だけだもの。同様に、ミズールさんも変わらないわ。』


 両家が担当するのは空と国境総括、実際の土地ではなく防衛域だ。

 表向きの意図通り、今回の婚約でより密な連携が取れるだろう。

 だが、それはそれでこれはこれ。

 二大貴族の肩書は、王室の決定が無ければ外れないし付与されない。


『フォクシ、あなたはレフス帝国に向かいなさい。』


「あん? まーたなんか面倒事させようってのか?」


 チョロさとキマった覚悟はさておき、会話はセラと姉弟子に移る。

 画面越しに火花が散っていそうな噛みつき具合。

 目の前に居たら取っ組み合いが始まって――いや、一方的に姉弟子が投げ飛ばされるか。


『手綱の術を少々奪われていますね。一度本格的に修練なさい。特別にわたくしの師へ紹介状を書いておきます。』


「お袋がおかしい! なんか変なもん食ったのか!? いや大貴族の家に努めといてそれはねぇな。」


『未熟者、と言っただけですがその程度も読めないのですか?』


 表情に何の変化も無いが、はっ、と小馬鹿にする笑いが含まれている。

 そして姉弟子は、その挑発にあっさりと乗った。


「あ゛?」


 この娘にしてあの母あり、根っこの部分はそっくりだ。

 お嬢様の中にあった沈着冷静なセラのイメージは粉々に砕け散っていた。


『セラ、もう少し言い方があると思うわ。』


「フォクシさん落ち着いて、落ち着いて下さい。」


「画面向こうだから、腕まくりしても意味ないから。」


 あの親にしてこの娘あり。

 画面を通して一触即発の空気に変わった。

 画面向こうではお母様が宥め、画面こちらではお嬢様と相方が抑え込む。


「……それには俺もついていかねばならないな。」


『ええ、むしろ本格的に鍛えるべきはあなたのほうです、ゼルドさん。わたくしが師事していたのが三十年ほど前。訃報は聞いておりませんが、流石に早いほうが良いでしょう。』


「セラ? 私が聞いていたあなたの年齢と計算が合わないのですけれど。」


『純人と狐人、竜人では換算基準が違いますので。』


 産まれた時からお世話になっている侍女の謎が更に増えてしまった。

 冒険者時代の逸話でも追えばある程度はつかめるだろうか。

 この後はどこそこの地脈(・・)に向かえだの、師匠の徘徊経路(・・・・)だのまた謎が増えただけだ。

 もうセラはセラだと納得したほうが早い。


「フォクシさん、ここまで護衛ありがとうございました。」


『エルも、領民が一人そちらに居るのでしょう? 早く連れ帰ってあげなさいな。あの子と故郷は長く離すべきではないわ。』


「そう、ですね。」


 領民への顔出しも必要になる。

 それと同じくらい、バレッタ氏を彼の村に返すべきだ。

 滅びている?誰もいない?今の彼には些細な事だ。

 あの日以降透明だった魔力は、彼の存在すら悪影響を与え始めている。

 拠り所がなくなった今、傷跡という心残り(・・・)に添わせた方が良い。

 お嬢様は両親のおかげで相方を手にかけずに済んだ。

 最初に襲いかかってきたのも今なら解る。

 万に一つでもあり得たかもしれない、もしもの世界を認められなかったのだ。


『だから、最優先で戻ってくること。カール君の胃も限界よ。シアンフローで合流してあげなさいな。』


 すっとお嬢様の目が泳ぐ。

 王国では早馬用の振動緩和装置の馬車応用を始め、交通に関する足回りの特許。

 連邦国ではバシリス嬢がお嬢様名義で圧力制御、真空技術、動力切り替えの特許申請。

 いずれも生活や商人の活動に関わるため、使用料はたっぷりはいってくる。

 そのお金の八割の管理を、領地復興のための技術案と共に押し付けたのだ。

 街道の再整備に伴い複数層構造と拡張、新設の際上下水道の設計図。

 勿論既存の村々に関しても、水路や道の整備は指示を出している。


「……無茶振りをした自覚はあります。」


 だが、いくら収入があっても物が入ってこなければ工事はできない。

 領地を押し付けられてから、悪評が一気に広まってしまった。

 悪路の上に複数の村が滅ぶほど魔物が現れる領土に向かう行商人は稀だ。

 買い付けの際に足元を見られる事など日常茶飯事、とセラから聞いている。


「こほん。フォクシさん、支払いの早馬はあれで問題ありません?」


 下手に引き継ぎをするより、引き続き継続してもらった方が復興は捗る。

 もうしばらくカール氏に頑張ってもらうことにしよう。

 罪悪感を咳払いで誤魔化し、ここまで付き合ってくれた姉弟子への報酬を確認。


「あんなもん渡されて足りねーとか言う度胸はねえぞ、オレ。」


 お嬢様の有する異世界の知識を、この世界屈指の技術者が形にしたものだ。

 いつぞやカタログに並んでいた物と比べても、要求額の桁が三つは違う。

 もっと普通の早馬を想像していたのだが、相変わらずお嬢様に常識は通じない。


「では、依頼は本日で完了とさせていただきます。ええと、がんばってくださいね。」


 セラの教育方法はよおく覚えている。

 そのセラを指南した者なのだから、それはもう大変だろう。

 だが憮然とした表情を浮かべたのは、母親の煽りを思い出したからだろう。


「そっちもな。うっかりして恋人を取られ」「はい?」


 それ以上言わせない、お嬢様がセリフを被せて難聴スキルを発動。

 たおやかなご令嬢の笑みほど怖いものはない。

 内心を読めばその裏に渦巻くドス黒い感情との差異にドン引きだ。

 この件でからかうことは不可能らしい、怒れる竜が顎を開く。


「……いや、なんでもない。」


 すっと懐疑的な視線が相方へ向く。

 そっと視線がそらされた。

 どうやらこの件に関しては、魔王の感情も関係していたようだ。


『北へ向かった一派はこちらで探ってみるわ。領主としての努めが終わったら、すぐに会いに来て頂戴。そろそろ生エル成分が枯渇しそうなの。』


「なんですかそ……あ、いえ。はい。叙勲式のときには戻ります。」


 ツッコミは成立しなかった。

 魔力と生身では全然感覚が違う。

 相方吸いをして痛感したばかりだった。

 思い出したらふわふわしてきたので、帰りの汽車でこっそり甘えよう。

 画面向こうとこちらで、狐人母娘が眉間を抑えた。

 表情を取り繕ったところで、この二人相手では心を読まれてしまう。


 * * *


 ――と、まあそんなやり取りがあったのだ。

 到着するなり相方は馬車で連れ去られ、お嬢様は死にそうな顔のカール氏と話し合い。

 領民に対する演説は必要だが、現状手を止めることも、集まれるような場所もない。

 そもそも貴族に対する不信感が強すぎる。

 最終手段として、直に村々を周り、直接人となりを知ってもらうことが一番と相成った。

 普通の貴族ならまず厭う行為だが、状況はそれほど悪いのだ。


「魔物溜まりはここだけだ。次の村まで距離があって助かったな。」


 お嬢様は単独で魔物と渡り合えるので巡回の手間も省けて一石二鳥。

 ちょうど商人を見送り終わったところでハルト氏が見回りから戻ってきた。

 予想外の速度で開花した外見に、顔合わせの時は卒倒しかけていたものだ。

 騎士モードの彼ならば、ドレスアーマーのお嬢様相手でも普通に会話できる。


「……それにしても、その袖。邪魔にならないのか?」


 黒銀の甲冑で要所要所を補強した姿は、連邦国で暴れた時と同じもの。

 ドレスを保護しつつ、全力で暴れるために作った魔道具だ。

 村々を移動するついでに見回りもするのだから丁度いい。


「むしろ、間合いや視界を切る役に立つんですよ、これ。」


 大きな違いは付け袖が追加されているところ。

 学園時代の騎士服に比べ、無駄な装飾に映るのは仕方がない。

 お母様の趣味で、袖口がひらひらのフリルで飾られているから尚更だ。

 使用目的はお嬢様が述べた他、連邦国内での姿をごまかす意図もある。

 最も魔物相手に通じるような手法ではない。

 ハルト氏の肩が大きく落ちた。


「結局、怖いのは魔物よりもそれを利用する奴か……。」


 つまり人を相手にすることを想定して、今の形を作り上げた。

 カール氏の胃痛の原因の一つ。

 相変わらず墓荒らしにはお嬢様を狙う一派が存在するらしい。

 大半の標的が(ルゼイエ)に変わったことを好機と捉え、手を出そうとしているとか。

 街道から少し離れているが、こんな場所で魔物溜まりができることも怪しい。

 これを解決するために助けを求めるならば、他の領主に頭を下げる必要がある。

 その中に墓荒らしがいれば、見返りに何を要求されるか――想像したくもない。


「ええ。……そういえば、始まりはこれ(・・)からでしたね。」


 お嬢様の羽ばたき一つで潰れた魔物たち。

 その残滓の後ろに埋められていた、小箱が一つ。

 特に重みをかけ、刻印を破壊して動かなくしておいた。

 試験の時と同じものなら楽なのだが、今回の物は最新版だ。


「内側に残るはずの体内魔力すら、空白に食わせて証拠を消す。……フェイル州で開発された技術がもう回っているなんて。」


「くそ、また後手に回らされた……!」


 回収する後ろで悔しげな声と共に、木を殴りつける音がする。

 今回のような事件は、これが初めてではなかった。

 ハルト氏は学友の中で最速だが、一人しかいない。

 ミズール嬢が王都へ戻っているため、事務方に回る人材も不足している。

 いくら近衛騎士団が臨時で回るようにしているとは言え、人手が足りない。


「領民に見回りをお願いできませんから。これは私達(きぞく)が対応すべきことです。」


 自警団の類を組織しようにも、働ける人材は日々の糧で精一杯。

 訓練をしている暇があれば狩りや農作業、稀に訪れる行商人に売る品を作る。

 閉じてしまったこの状況を打破しなければならない。

 前領主による怠慢のツケは、お嬢様の代で全て精算しきるつもりだ。

 その上でプラスにまで持っていかなければ、相方と対等とは言い切れない。


「滅んだ村の跡地は神国から孤児院と墓地を。人の流れを作れば、いずれ町になります。」


「……僕はその考えもどうかと思うんだ。減った領民を孤児で補うのだろう?」


 弱者の立場につけ込み、無理やり引っ張ってくるようにも映るのだろう。

 そう指摘されて否と断じられるほど、この方法が正しいとは思っていない。

 下手をすれば警戒すべき敵を招き入れることにも繋がる。

 犯罪の発生率も視野に入れなければならない。


「中には、狩りや農作業に支障をきたす方もいらっしゃいましたので。特に繋がりを失った方は危ういです。」


 それでも推し進めなければならない理由があった。

 セラがまとめた報告書の中には、村の生き残りについての記載がある。

 魔物を前にした彼らの精神状態は非常に危うく、急ぎ保護するよう指示を出した。

 普通と呼ばれる日常からはじき出された彼らを救う場が必要だ。


「決めたのは私ですから。何かあれば、責任は負いましょう。」


 神と呼ばれる存在に縋ることで明日を生きられるのならば、それで良い。

 あるいはもう一度、人の輪の中へ溶け込めれば立ち直りも早くなる。

 その上で適材適所、少しずつでも彼らの経験を後世に伝えて貰えるならば上々だ。


「悪評は覚悟の上か。厳しいのだか、甘いのだか。これがフォールンベルト家の余裕……?」


「いえ、全然違います。……あの、それよりそろそろ出発しませんか?」


 よく解らない飛躍に、軽く小首をかしげる。

 地位あるもの(ノブレス)()責務を負う(オブリージュ)、単純に前任者の尻拭いだ。

 間違いなく罵倒されるだろう挨拶回りもその一環。

 元凶は排除したしこの場に留まる理由はない、武装を解除して先を促す。

 要所要所を固めていた甲冑が解かれ、着飾った華奢なご令嬢が現れる。

 ぐきんと首を痛めそうな速度でハルト氏が視線を逸らした。


「……もう慣れたのかと思っていたのですけれど。」


 ハルト氏はフォールンベルト家に並々ならぬ対抗意識を持っているのだった。

 そして相変わらず異性を意識させる不意打ちには大変弱い。

 輪郭を失ってふんわりと元に戻るスカートの動きだけでこれである。

 認識阻害が突然切れたことも理由の一つかもしれない。

 もう少し仕草に気を付ける必要がありそうだ。


『エル、言っておくけど今太ももまで見えそうだったからね? だから連邦国の短パンはあれほど危険だと――。』


 意識の九割は実家に割いているが、残り一割の相方から不機嫌声が届く。

 彼は脚を露出させることに対して大変厳しい。

 加えて側に自分以外の異性が居る事が腹に据えかねるのだろう。


『うぐ……。ど、ドロワーズですと、布地が薄いので余計心もとなくてですね……。』


 その感情は非常によく分かる。

 考えないようにしているが、相方の側にはミズール嬢が居る。

 お母様の目論見は外れ、全然大丈夫じゃなかった。

 予想通り、お嬢様の居ないうちに契約と制約を行いやがってくれました。

 魔王の力で捧げる対象を家族へ拡大解釈させ(ねじまげ)たから良かったものを。

 挑発してしまった自分も悪いが、油断も隙もあったものではない。

 思い出して釣り上がった眉を指先でぐりぐりほぐす。


「いけません。できるだけ良い印象を、良い印象を……。」


 挨拶とは言え前任者の背信行為の謝罪がメイン。

 詫びる側が不機嫌顔をするなど論外だ。

 かといって笑顔でもいけないのが難しい。


「……村まではもうすぐだ。領主なのだし、せめてルードに乗ってもらいたい。」


『僕が手伝えないからとはいえ、次から馬の一頭くらい回すべきだと思う。』


 なんとか現実に戻ってきたハルト氏の指示により、彼の相方が身を屈めた。

 領内の馬は軒並み復興労働にまわしている。

 労働力を確保してあるとは言え、手押し車と馬車では積載量に差がある。


「ええと、では失礼します。」


 若輩者の上に信頼が無くとも、お嬢様はこの地の領主だ。

 護衛の騎士(だんせい)と並んで歩いて来た、なんて噂が広がれば墓荒らしの餌になりかねない。

 ほどなく到着した村では、予想通り非難の視線を集めた。

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