表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第七章~不意打ちシューティング~
104/112

第17話 技術と魔法のタッグマッチ1

 まったく連邦国民はよく訓練されている。

 あるいはここが樹上という不安定な場所だからなのかもしれない。

 あれだけ人のいた議場はすっかり空になっていた。

 残っているのはお嬢様達くらい。

 外ではシェルターへの避難が行われていることだろう。


約束通り(・・・・)、あの砲撃は僕が抑え込む。」


 告げるや否や、バレッタ氏は消し飛ばされた議場の天井まで駆け上がった。

 ステラムに張られた防壁は非常に強力な術式だろう。

 それでも、最初の威力を見るに耐えて二撃。

 連射可能であれば時間稼ぎにならないし、足場が崩れればステラムは終わる。

 お嬢様ならば逸らして世界へ還元できるが、それではこの場から動けない。


「お願いします。」


 だからこそもう一人の勇者が必要だ。

 無理やり生み出された存在とは言え、彼も世界に愛されたもの。

 意志に、想いに呼応して、世界の魔力は望んで透明に染まる。

 違法な技術が切り取られた彼の火槍は、今やただの引き金に過ぎない。

 打ち出すものは彼の願いに応じて世界が用意する。

 魔力の空白に透明が流れ込み、切っ先に集うことが世界の意思。


「その代わり、そちらも約束は守ってもらうよ。」


 本来であれば、あの場所を叩き落としたい彼を抑えるための枷。

 ファウベルト領領主として、生き残った一人の嘆願を聞き届ける。

 あれほどの質量が落ちてしまえば、下に広がるスラムは絶望的だ。

 そうなれば間際の感情から、魔災が起こりかねない。


「確約はできない状況ですが、努力はします。」


 返事を返したところで第二射が撃ち出された。

 周囲から吸い上げた魔力が放たれ、同時に透明の引き金が引かれる。

 化石樹すら粉砕するに足る魔力めがけて打ち出されたのは小さな矢。

 規模の差から、おそらく視認出来たものは少ないだろう。

 透明な矢がぶつかった瞬間、魔力の束が解かれて世界へ還る。

 その後は人為的に生み出された空白を埋めた。


「……それで納得しておく。」


 バレッタ氏が放ったのは魔力を拡散させるだけの術式。

 収束された大いなる魔力ならば、世界に愛されたもの(ゆうしゃ)の願いを聞き届ける。

 浮遊岩からは解けた原因が見えないため、商品の性能を疑わせぬよう躍起になる。

 否応なく注意はこちらへ向けられた。


『砲塔の角度に代わりはないね。今のうちだ。』


「バシリスさん、配置は。」


「ふっ、うちのクルーは優秀ですもの。今頃すぐ真下ですわ!」


 パターンこそ違えど、この最悪は打ち合わせ済み。

 予想通りフェイル州の魔力砲が再充填を開始した。

 狭まった視野で足元は守れない。


「お嬢様はお願いいたします。」


「では、失礼します。」


 バシリス嬢を抱き上げ、ずぐん、と一切加減のない踏みしめを一つ。

 完全覚醒したお嬢様の一撃に耐えきれず、堅硬な土台に穴が空く。

 菌糸の根で補強されているため、狙った場所以外に被害は広がらない。

 影と排煙、胞子で一瞬視界を失うが、目的地は魔力で見える。

 尻尾と翼を使って方向を調整し、化石樹の枝で待機していた私用艇へ着地。

 後を追ってモルドモ氏も危うげなく合流する。

 この老執事も、ちょっとばかり人外に足を踏み入れてそうだ。


「お三方ともご無事で安心しました。おーい、収容完了したぞ! 保護刻印再稼働、全員加速に備えて保護具身につけ!」


「議会での仕返しは状況を収めた後! 外部エンジン直列へ、温めてありますわね、結構。内圧いっぱい、ギア段階飛ばしますわ! バルブ操作は任せます、舵渡しなさい!」


「直列接続完了、圧力安定。何時でもいけますぜ、お嬢。」


 愛機に乗れば不調など何処かへ吹っ飛ぶ同類(イロモノ)令嬢。

 この最悪に対する対策は酷く簡単だ。

 バシリス嬢の私用艇で素早く突っ込み、操舵室と動力炉を制圧する。

 第三射がバレッタ氏によって解かれ、自棄のように四射目の装填に入った。

 その隙に私用艇が樹海を突き破り、船の真下めがけて艦首が立てられる。

 尋常ではない加速は、流石のお嬢様でも保護具なしでは吹き飛ばされる。


「艦首守備防壁刻印変えなさい。外部一番炉から順に並列移行準備!」


「了解、完璧にタイミングをあわせてみせまさぁ!」


「では、蒸気圧調整はこちらで行いましょう。」


 内部の見取り図はフォクシ嬢達から伝えられた。

 最速、最短で二箇所を抑える道順は頭に叩き込んである。

 相手飛行船の操舵室の制圧はお嬢様が担当する。

 接近が完了したため、保護具を外して一枚目の扉をくぐった。


「動力室はお願いしました。私は予定通り操舵室を抑えます。」


 あの砲を何度も撃たせるわけにはいかない。

 一枚目の扉が封鎖の後、がちがちと複数の鉄杭でロック。

 二枚目の扉が開き、華奢な身体が空の中へ放り出される。


『搬入口の方向は見失ってないよね?』


 叩きつけられるような風は生じず、踏みしめた足元が圧縮される。

 知恵ある聖獣を模した相方だ、当然側で見守っていた。

 船を隠す術式は発砲と同時に破綻し、吸い込まれる危険は消えている。

 つまりお嬢様は方向の他にスカートにも気を配る必要が生じた。


「もちろんです。」


 告げるやいなやお嬢様は空気を蹴って小型艇の発着場へ飛ぶ。

 後ろでは、私用艇の刻印が大きく変形を終えた後。

 本来小さな浮遊岩を弾くための壁は、高速で回転する鋭い渦状に転じていた。

 強風が予想されるため、腕で前を、尻尾で後ろを鉄壁ガード。


「エルさんに関しては心配するだけ損ですわね。……刻印変形完了、円錐螺旋穿孔(ドリル)は浪漫ッ!」


 この問題は連邦国のものだ。

 見送ったバシリス嬢達も負けてはられない。

 目的の場所まで最も速いのは浮遊岩の中を直接掘り進む力技。

 本来砲撃を防ぐための魔力障壁を変形させ、動力から継続的に力を送る。

 機材(・・)はできるだけ近くまで持っていく必要があった。

 動力炉で行うのは制圧作業だけではないのだから。


 * * *


 王国関係者としての仕事は済ませたし、墓荒らしの関係者も掴んだ。

 因縁はあれど、以降は連邦国の問題だ。

 王国貴族として立った以上、これ以上は内政干渉になるだろう。

 とは言えそれはバレた場合だ。


「まずは、誤魔化しましょう。」


 まずは飾り立てられた外観を何とかする必要がある。

 結わえた髪に仕立ての良いドレス、続いて目立つ黄金魔力。

 幸いこの周囲には動力伝達用の刻印が幾筋も走っている。

 いずれも過剰な出力を得るための加速術式。

 非常に高密度に編まれているが、消えたところで問題はない。

 両の手を壁に向けて開き、一瞬で覚醒を完了。

 手当たり次第に世界の魔力を吸収する効果を付与していたのが運の尽き。

 膨張から収縮へ転じた結果、回路を満たした魔力が壁から刻印を引き剥がす。


「我ながら不便な術を編んだものです。再利用!」


 お嬢様は固定魔法の影響で、文言による魔法を使えない。

 行使のためには、基本的に物理的な道筋を通らせる必要がある。

 収縮する魔力の流れを変えて刻印を捻じ曲げ、目的の形に置き換える。

 もともと回路に加工されていた部分のため、魔力の通りは非常に良い。


「指先から肘まで、足先から膝まで。スカートが長過ぎます。」


 言葉はあくまでイメージの補助。

 指先に触れる頃には完成。

 金属の糸は篭手となって肘までを守る。

 同時に魔力を補填した指揮棒をその下へ隠すように固定。

 それに留まらず、胸当て、すね当て、帯の精製を開始。

 特に足回りは踏み込みでヒールが破損したため、輪郭から作り直す。

 余った分でスカートの高さを調整し、邪魔な部分に縁取りを作って抑えた。

 デザインを歯車のモチーフにして、多少なりとも偽装を行う。


「あとは覚醒深度の調整と……体内魔力の隠蔽も。」


 完全覚醒を維持したままでは角や翼、尻尾が出るため、竜人とバレてしまう。

 また、体内魔力は個々人で差異がある、隠さなければ一瞬で特定されるだろう。


『そこまですると動きに支障が出る。残りの調整は僕がするよ。』


 声とともに魔力の風に荒れ狂う長い金髪が、黒銀の魔力で結わえられた。

 扇子の阻害効果の上から空白で魔力を隠し、黄金は黒銀のヴェールに包まれる。

 認識阻害の眼鏡をマスクの形に物質化した魔力が覆って効果の補強。

 覚醒がお互いに作用する関係が幸いし、彼の側でも調整できる。


「ありがとうございます、カイゼル。」


 あちらはあちらで動いているはずなのに器用なもの、実に頼もしい。

 ぐ、と手の握り、足の稼働を確認して偽装完了。

 ここまでの過程は異世界(ぜんせ)の魔法少女的な何かだが、頭から叩き出す。

 下腹部の覚醒刻印(スイッチ)といい、無意識は相変わらず余計なことをする。


『……衣装の完全換装じゃなくて助かったね。』


「良しッ!」


 ドレスはこの後も使う予定だ。

 恐ろしい独り言は聞こえなかった、聞いていません、聞きません。

 試しの一打が空気を揺らして鋼鉄の扉をひしゃげ飛ばす。

 響き渡る轟音と共に非常灯が灯り、警告音が鳴り響く。

 乱暴なノックの結果、注意はこちらに向くはずだ。

 編んだ甲冑の見目に反し、金属の線で作られているため非常に軽い。

 一方魔力による硬化が施されているため、驚くほど頑丈だ。


「主砲が撃てなくなれば、今度はこの場所を落とすでしょうね。」


『本体の方にも意識を向けるけど、無茶したら怒るからね。』


 バシリス嬢達が動力室を確保するとほぼ同時に操舵室を抑えねばならない。

 地形に関しては頭に叩き込んである。

 それに行き止まりなら、壁をぶち抜いてしまえばいい。


「もちろんあなたに世界を壊させません。ベーラ領での愚行、じっとさせられていた鬱憤、まとめて晴らさせていただきます。」


 怒りの対象がお嬢様ではなく世界へ向くことは知っている。

 それを防ぐためにも、お嬢様(ゆうしゃ)は五体満足で乗り切る必要がある。

 もとより死地に赴くつもりはない、ようやく突っ込む相手が定まったのだ。

 扉の轟音がゴング代わり、戦闘開始。

 黒銀を纏った黄金へ礫の雨が放たれる。

 想定内の攻撃だ、鼻先が擦れるほど倒した体には当たらない。

 落下から加速へ転じる。

 一足目で床を蹴り、二足目で壁を蹴り、三足目で天井を蹴る。


()ッ!」


 不運にも最前列に居た警護兵が床に叩きつけられ、天井まで浮き上がる。

 随分と良い防具を使っているのか、予想通り衝撃は抜けていない。

 きゅん、と足先が摩擦で甲高い音を立て、肩で二射目より先に落ちる体を打つ。

 ノンバウンドで数人巻き込み、壁まで吹き飛ばしたところで火槍の発砲音。


『吹き飛ばしていなければ仲間ごとでした。危ないところです。』


 一対多数、お嬢様に相手の命を気にするつもりはない。

 手心を加えたのは他でもない領民からの嘆願だからだ。

 一方相手は確実にこちらを殺そうとしている。

 最初のように身を落としていればいくつかの礫に貫かれていた。


『大半が研究員だろうに、場馴れしてるね。もうエルの動きに対応し始めた。』


 一斉掃射ではなく、避けられた時のためにタイミングをずらしている。

 今度は床ぎりぎりではなく、天井まで飛んだところで次の発砲音。

 張り出したパイプを掴み、ぐるんと隙間から体をねじ込み二階足場へ移動。

 さすが物資の搬入口、ずいぶん広くて障害物に富んでいる。


実験現場(・・・・)に出る方々でしょう。そんなことより、私につきっきりでいいんですか?』


 両腕に編んだ篭手で飛んでくる礫を片っ端から受け流して前進。

 ライフリングが存在しないため、命中精度も低く弾きやすい。

 足元にも着弾の音が響き渡るが、すぐに轟音でかき消される。

 踏むたびに落ちていく足場には、くっきりと小さな足跡が残っていた。

 幸いにも会話は絆を通して行えるため、どれほど鼓膜が揺れても聞き取れる。


『ちゃんと両方見てるよ。それに僕が声をかけないとエルはどんな無茶をするか解ったものじゃない。』


 ごづん、と足場の継ぎ目を踏みしめ、引っ剥がして一斉掃射を防ぐ。

 止まること無くもう一歩、支柱を踏み出してひっくり返した足場を打つ。

 結果を見ずに下へ移動、おっと危ない、スカートは忘れず抑える。

 ついでに真下に居た研究員二名を床へ叩きつけた。

 上では足場が蒸気を通すパイプが砕かれたらしい、悲鳴と共に煙が立ち込める。


『ほら、今危なかった。』


『仕方ないでしょう、どれだけ脚の露出を気にかけるんですか。』


 絆に乗せて唇を尖らせるが、表情は微塵も変わらない。

 外から見れば最低限の気合で暴れ狂う無手の狂戦士だ。

 ふと世界(カンバス)に変化を感じ、広げた固定魔法で場を染める。

 見えなければ魔法で広範囲を狙う、動き方としては定石だ。

 だが、魔法に関しては王国の方が連邦国のはるか先を行く。


『まるでそれしか興味がない言い方は心外だな。僕はエルの全部が好きな(ほしい)んだから。』


 ああもう、そういうことを言いますか。

 戦闘のさなか、気を抜けるような場面ではないのに。

 まるで気にせず熱い思いを叩きつけられ、頬が緩みそうになる。

 立てたくはないフラグだが、この件が片付けばしばらく二人で居るのもいい。

 王国に戻れば、しばらくは領地とミズール嬢の問題に悩まされる。


「――もう。」


 だから、邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だ、馬に蹴られてしまえ。

 編まれた魔法を片っ端から黄金に染め、指揮棒の中へ吸い込ませる。

 術式の把握から解体吸収まで一息、魔力の起点から人の配置は把握も完了。

 最も被害が少ない場所の特定終わり、指揮棒の内部で拡散術式を作成。

 それでも余る魔力は次弾へ備え、術式を連結する。

 全力で打つ必要がないため、自身の負担は非常に少ない。


『そういうのは反則です!』


 奪った魔力は世界へ還元。

 黄金と黒銀の混ざりあった竜の息(ドラゴンブレス)が迸る。

 同時に展開した術式が作用し、無数の光芒に分かれて着弾した。

 自ら建てたフラグごと、空間内をぶっ飛ばす。

 一瞬で蒸気を消し飛ばし、隔壁をぶち抜き、余波が通路に吹き荒れる。

 すぐに砕かれた配管から蒸気が噴き出し、再び視界が閉ざされた。


『いい具合に陽動になったね。続々と集まってきてるみたいだ。』


 いかに丈夫な防具を纏っていたとしても、その内部は人だ。

 打ちどころが悪ければ気を失うし、骨が砕ければ引き金も引けない。

 とはいえ、まさかそれが照れ隠しによるものだとは想像できなかっただろう。


『話は戻るけど、エルだってたまに僕のシャツを――あ、小型艇が飛び出したってフォクシさんから。』


『なんのことでしょうかさっぱりわかりません!』


 乙女心に爆弾を投下しておきながら、平然と報告を続ける。

 ここは敵地のど真ん中、油断は出来ず、時間制限も無視できない。

 意識は切り替えますが、後で覚えてなさい。

 恨みがましそうな想いを感じてか、笑う気配がした。

 全身を覆う偽装には相方の魔力も多く含まれているため、いつもより絆が近い。

 これはもはや抱きしめられているといっても過言ではないのでは?


『……あー、えっと、僕が追いかけようか?』


 誤魔化そうとしてきた、どうやら事実らしい。

 だというのに体を纏う黒銀の魔力は僅かも緩まない。

 考えなければよかった、無駄に豊かな妄想力の相乗効果で顔が熱くなる。

 魔力ではなく現実を直視して気をそらそう。


『い、いえ、大丈夫です。逃げる経路さえわかればなんとでも。』


 戦場を一瞥し、状況を把握する頃には意識も冷えて始める。

 即座に内心を切り替えられるのは、だいたい魂に刻印された記憶の影響だ。

 ルカン氏が残っていれば事は終わるが、フォクシ嬢の見た船で逃げたのだろう。

 追いかけたいところだが、そちらはレオン嬢に任せたほうがいい。


『どの道、姿も魔力も覚えました。今は責務を果たします。』


 この場の制圧は終わった。

 射撃音は消え、魔法の兆候も見えない。

 空白効果で守られているため、個々の体内魔力で生死の判別がつかない。

 とは言えうめき声は多く聞こえる、怪我はともかく絶命した者は少なそうだ。


『……手が空いているのでしたら、彼らを眠らせておいてください。』


 例の実験に関わった者の魔力を知っているのはバレッタ氏だけ。

 意識はおぼろげだったそうだが、それらを覚えていたのは執念か。

 お嬢様にできることは容疑者を並べて、彼の意志に任せるところまで。


『方法は――なるほど、気体操作なら僕の領分だ。』


 伝えるまでもなく、お嬢様の知識から答えを引きだす。

 いくらフィルタを重ねようと、それが防げるのは煙だけ。

 呼吸の必要がある以上、気体を遮断することは出来ない。

 人体は頑丈な一方妙なところで繊細だ。

 ほんの少し空気の配分を変えるだけで意識を奪うに事足りる。


「来たぞ! 魔法は効かん、ひたすら撃ち続けろ!」


 後の処理を相方に任せ、蒸気の中をくぐり抜けた。

 その瞬間を狙って、集まった兵や研究員達による射撃の嵐。

 ほんの少しずつ発射を遅らせているため、礫の雨は止まないだろう。

 押し留めるには物量で、対策は連絡されているようだ。

 勿論これも想定内、撒き散らした竜の息が渦巻き、次の術式に沿う。


「――……。」


 ぱちんと指を鳴らして変わった術式を起動。

 搬入路をずたずたにした牙は堅硬な翼へ置き換わる。

 物質化に至るほど圧縮させた魔力の壁は、飛行船の火砲すら防ぐ。

 ましてや今は相方の力が上乗せされている。

 法外な威力だとしても、火槍の礫程度では貫けない。


『もう少し暴れます。救援要請を確認しだい、同じように眠らせておいてください。』


 バシリス嬢の船の武装は外してきたし、全員が純粋な技術者だ。

 頼んだ仕事をこなしてもらう間、船の障壁だけでは少し不安。

 護衛役はあてがっておいたが、できることはやり尽くす。


『もちろん、エルの思うがままに。力技で注意を惹きつけて根回し、スフォルさんとフリグさんを思い出すね。』


 あの親にしてこの娘あり、異世界(ぜんせ)の価値観は関係ない。

 上から目線で断じるのでなく、降りかかる火の粉を払うだけだ。

 その後の細かいところはバシリス嬢たち連邦国勢に丸投げする。

 こちら側の負担を大きくすれば、彼女の性格上何かしら返そうとするだろう。

 友情(それ)友情(それ)立場(これ)立場(これ)、お嬢様は案外打算的なのだ。


『では――』


 開手、右前半身から体を弓に見立て、左腕を引き絞る。

 狙うのははるか後方で指揮をしている男。

 礫の雨の中、きりり、きりりと筋が鳴り、目標へ切っ先を定めた。

 この体は千変万化、動きと構えであらゆる可能性を掴み取る。


「改めて押し通ります。」


 ずん、と踏み込んだ足元から空気が揺れる。

 矢のように撃ち出した左手の平突きが直前で顎を開き、男の頭を掴んだ。

 壁際まで勢いは衰えず、大の男一人を速度だけで引っ張る。

 ごづっ、と手の内で鈍い音が響いたところでようやく静止。

 声もなく男が崩れ落ちるさなか、先に進むための鍵札を掠め取る。

 次いで広がった翼を羽ばたかせ、背後に置いてきた面々を這いつくばらせた。

 お父様が行うそれに比べれば可愛らしいものだが、人体程度なら簡単に壊せる。


『操舵室はこの船の運用に関わってますので、慎重に行きましょう。』


 鎧袖一触、悲鳴を上げる余裕すら与えない。

 この場にお嬢様を止められる敵は居なかった。

 まだ数枚の扉があるはずだが、もはや結果は見えている。

 保身の得意なルカン氏(グレイヴン)が逃げ出したことが何よりの証だ。


『もう少し耐えられると覚悟していたのですけど。』


『兼任兵士を五ツ葉基準で考えない。でも、間違っても油断は――。』


『するつもりはありません。』


 追い詰められた相手ほど怖いものはない。

 終わったと思った瞬間の慢心ほど恐ろしいものはない。

 悪夢の中で散々痛い目を見たため、制圧は速やかに、確実に。

 息の根を止めればより確実だが、それではバレッタ氏の願いを反故にする。

 ただし、州長及び研究省の長の横っ面は一度張り飛ばさせてもらう。


『フォクシさんには伝えたけど、そろそろ削岩が終わりそうだ。少しペースを上げたほうが良いかな。』


『わかりました、陽動はここまでですね。』


 貴族の顔に乙女の顔に戦士の顔。

 状況に応じて思考が何度も切り替わる。

 ころりころりと忙しなく変わる様が魔王に影響を与えたのだ。

 冷たく砥がれた意識は前へ、先程の前進より更に早く。


『手加減ができませんので、保護は頼みました。』


 ここより先はさらに人が増えるだろう。

 だからもう一段階ギアを上げる。

 足運び、重心移動、体幹維持から次の手へ。

 礫が飛べば軌道をずらし、人の壁はその隙間をすり抜けた。

 床も壁も天井も、全てが足場になる。

 止まることなく打ち、払い、薙ぎ、投げ、砕き、怒号と悲鳴と騒音を背中で聞く。

 戦闘と呼ぶのもおこがましい、これはただの蹂躙だ。

 力加減から躊躇を捨てたぶん、相方がぎりぎり受け止め衝撃を制御する。


『自慢じゃないけど、僕じゃなければ到底あわせられないよね、これ。』


 褒めてほしいと言葉裏に滲ませる。

 最速まで引き上げた一打一打が必殺に至る。

 どのタイミングでどの場所に、どのように打つか。

 互いの意識が完全一致しなければ不可能な芸当だ。

 心配しなくても羞恥を擽ったお礼込みでお返ししますとも。


『私たちの、作戦勝ちです。』


 最大の懸念は持久力だった。

 限定された空間ならば、動きや動員できる人数に限りがある。

 懐に入られることを想定していなかったのか、兵の運用が場当たりすぎる。

 眼の前の驚異に焦ったため、こちらの疲労を待てなかったのが相手の失敗。

 操舵室を隔てる扉前に到着するまで、邪魔は入らなかった。

GWということでがんばってみまし……た……。


唐突ですが、私の中で変身シーンは急に歌う作品と、急に首を食べられる作品で止まっています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ