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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第七章~不意打ちシューティング~
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第16話 閑話セコンド騒動

 夜会とは貴族たちの交流の場、あるいは謀略の場。

 ある者は派閥を広げようと交流を試み、またある者は憎い相手のあらを探す。

 一方で婚期を逃してなるものかと継承権のない子女たちが躍起になる。

 非常に稀だが、純粋に場の空気を楽しむ者も見られる。

 様々な目的が渦巻く夜会は渾然一体、それが国有数の貴族が開いたものなら殊更だ。


「フォールンベルト家主催の夜会は何年ぶりだろうか。」


 この日のためにしつらえたのか、参加者の服装は総じて気合が入っている。

 領土持たざる大貴族、フォールンベルト。

 彼らが治めるのは王国の全空域だ。

 春の芽吹きを喜ぶこともなく、夏に避暑を求めるわけでもない。

 秋に実りを結ぶこと無く、冬の準備にも追われない。

 ゆえに、何かを祝う機会は非常に稀なのだ。


「最後に開かれたのは、エルエル様が誕生された時の――。」


「その名を口にすれば、団長殿に睨まれませぬか。」


「……しかし、あの当主殿が夜会を開くとなれば何らかの動きがあったのだろう?」


 下手な話題に触れて竜に睨まれてはたまらない。

 親馬鹿が過ぎることで有名な当主だ。

 その娘が手元から居なくなったとなれば尚更夜会の機会は減る。

 話題選びに戦々恐々としている者もいれば、目的を推測する者もいる。


「王室務めから聞いたが、養子を取って娘を取り戻す算段をつけたとか。」


「フォールンベルト相手なら相当な格が求められる。王国の貴族であれば噂になっているはず、耳に入らぬということは国外の者か。」


「国外の貴族ならば、この国ではさぞ苦労するだろう。未だファウベルト領主は戻っておらん。となれば親しい立場のものが補佐につく。」


「それでもフォールンベルト家を背負うには重い。我々も積極的(・・・)に協力せねば。」


 中にはすでに状況を知っており、同情的、協力的な言葉を囁くものも居る。

 どれだけ声を潜めても、直接非難の言葉を口にすれば魔法団長の耳に入る。

 だからこそ表現も声色も、表情すらも相手を慮るものだ。

 国外から迎え入れられるということは、育った文化圏から離れること。

 根底にある思想、思考、常識がまるで通じないことが多々あるのだ。


「エルエル様がフォールンベルト家と関係を持たれるのかしら。」


「確かベーラ領……失礼、ファウベルト領を下賜されたばかりでしょう。身分の気兼ねなく婚姻話で盛り上がるでしょうね。」


「どうでしょうか。わたくしもお姿を拝見したことはありませんが、領民の前に現れたことすらないのでしょう?」


「今は王室のカール様が領主代行をされているのでしたね。学園では同じ組分けだったとか。」


「ミズール様とも同じだったとうかがってますわ。……そういえばローズベルト家の紋章を見かけませんわね。」


 ローズベルト家はフォールンベルト家と親密な関係にある。

 そうでなくとも国境関係は彼らの領分。

 ファウベルト領主が関係しているのなら、招かれているはずだ。

 歓談に興じているうちに、夜会の開幕宣言までもう間もなく。

 開催目的はその際に打ち明けられる。

 それまでは各々が想像力を働かせたり、近づきたい相手の側に移動したり。

 仕込みはすでに始まっている。


 * * *


「いやあ、お歴々の目が好奇心に光る様子は心をそそられるね。」


 よく言えば人当たりよく、悪く言えば抜けた顔つきの青年が話しかける。

 普段は頓着しない柔らかな銀髪も公の場となればかっちり整えられてしまう。

 身につけた衣装は学園時代のものと違い、フォールンベルト家を表す深い青。

 帝国から留学してきたという設定の竜人、ルゼイア・ファウル。

 この夜会はその身分を明かし、国の矛たる家系に組み込まれる発表の場だ。


「……外見だけでしたら、本当にそっくりになれますのね。」


 その傍らには同じく銀髪の少女。

 身につけた黒紫のドレスはフリルとレース細工に飾られたローズベルト家を表すもの。

 家の後ろ盾があろうと貴族という身分に縛られる以上、ご令嬢は不利な場面が多い。

 間違いなく伸びてくる魔の手を警戒した親達によって、対策が練られている。


「あれ、声は似ていなかったかな。」


 ルゼイア――に化けたグラウンド家当主が咳払いして声を確認する。

 本物は現在連邦国で大忙し、いくら分見が使えようと力を割く余裕はない。

 ミズール嬢はため息と共に頭を振った。


「ルゼイア様との付き合いは短いですが、カイゼルのことはエルエル様同様に知っています。不本意ながら、なんとなく違和感を抱くのです。」


「ああ、てっきり変装の腕前が落ちたのかと思ったよ。ミズールさんは随分あの二人を気にかけてるんだね?」


「……たびたび常識を壊されましたもの。」


 貴族として在るべき姿。

 身分が高いほど枠組みから決して逃れることはできず、ゆえに我の意思は不要。

 そんな人形に命を吹き込んだのが幼い頃のあの二人。

 自由を知らずして、どうして役割を自覚できようか。

 自身で考えずして、どうして善悪を定められようか。

 悩み、振り回され、何度も泣かされながら、見て、感じて、考えて、学んだ。

 すべては己の抱くべき信念へ形を与えるために。


「好意やらそういうのでは――、あ、うん。違うんだねごめんなさい。」


 茶々を入れるグラウンド家当主に絶対零度の視線が突き刺さる。

 自分を知る大切さを教えてくれた恩人であることに間違いはない。

 だが、それはそれでこれはこれ。

 今回の件は守りを誇りとするローズベルト家にとって断腸の思いだ。


「ミズール、折角の可愛らしい顔が第無しよ。表に出る前にその表情は引っ込めておきなさいね。」


「……もちろんです、お母様。」


「あれあれ。もしかして今の僕、彼の代理として八つ当たりされてる?」


 困ったような笑みは、本物の彼もよく浮かべるものだ。

 止まり木で休んでいるズーラからの視線が刺々しい。

 変装したグラウンド家当主を見るローズベルト婦人の目も笑っていない。

 こちらは愛娘に自由恋愛をさせられなかった己に対する苛立ちの八つ当たり。

 フォールンベルト家に向けたちょっとした鬱憤もあるかもしれない。

 つまり、その養子になるこの姿の持ち主に対して矛先が向いてもおかしくない。


「ローズベルト家の誇る至高の女神を袖にされたのですもの。付き合いがなければこの程度では済ませません。」


「……ふふ、さすがフォールンベルト家の誇る究極の天使。魔王であっても逃げられないわ。」


 婦人二名のやり取りにグラウンド家当主が同情の視線をミズール嬢へ送る。

 ちょうど愛娘自慢合戦の予兆に眉間へ指を押し当て、ため息をついたところ。

 娘可愛さに盲目となる王国の重鎮二名、ほどなく賛美の言葉が並ぶ並ぶ。

 すぐ側で至高だの究極だの最高だの最強だの褒めちぎられると居心地が悪い。

 当人たちが疑いなく思っていることを口にしているのだからなお厳しい。


『ご両人、ほどほどに。スフォル殿とロウズ殿から準備が整ったと。そろそろ出番だ。』


 様子を見ていたモルグ氏が本格化する前に介入する。

 開幕の重要さを知らぬ訳では無い二人だ、仕方なしに自慢合戦は中断した。

 羞恥に震えていたミズール嬢も、深呼吸して貴族の役割をかぶり直す。

 これから向かうのは、自身の尊厳を守るための戦場なのだから。


 * * *


「今宵はご多忙の中、お集まりいただき感謝する。普段こういった場を設けぬ我が家だが、今回は国を守る仲間達へ祝事を知らせる機会に恵まれた。」


 フォールンベルト家は王国における最上級。

 ゆえにその口上はへりくだるものであってははならない。

 壇上に立つスフォル氏に視線が集まり、次いでその横に向けられた。

 彼のすぐ隣にはローズベルト家当主、ロウズ氏が立っていたからだ。

 その位置から、多くがこの夜会は両家合同で開くものだと察しただろう。


「かつて我が家系は家族を一人欠いた。幸いにもその冤罪は晴れ、重要な領地を賜っている。だが、フォールンベルトは世継ぎを失ったままだ。」


 もはや誰もが知る事。

 大なり小なりその出来事に関わっていた貴族も多い。

 祝いの場で断罪などそうそうないが、恐れた者は少しばかり視線が泳ぐ。


「――そこで、かつてから交流のあったレフス帝国から、養子を頂く運びとなった。聖獣の一柱を担うトウ家から、四男のルゼイエ・ショウ・トウ・ファウルを新しく我が家に迎える。」


 名の開示を受けてようやく、壇上に三人目の人影が在ることに気づく。

 既に立っている国防の二人に比べ、遥かに存在感が小さかったのが要因か。

 フォールンベルト家の礼服に着られている感のある、銀髪の少年が前に出る。


「王国の皆様方に置かれましてはお目通り叶いまして光栄です。ご紹介に預かりましたルゼイエ・ショウ・トウ・ファウル、改めルゼイエ・シル・フォールンベルトと申します。中には学園時代、お世話になった方々もいらっしゃるようで――。」


 夜会の中には、お嬢様達の同期も参加している。

 まるで解っていたかのようにご令嬢が多い。

 当主と何事か相談している者までいる。

 情報集収に長けた者が手のうちにいる証拠だ。


「引き続き、ルゼイアと呼んでいただければ幸いです。今後とも良き学び、良き付き合いとなることを願っております。」


 王国の矛たるフォールンベルト家を背負うには覇気のない顔つき。

 やや下手からの挨拶も、身分に対して付け入る隙が多いと侮られる。

 何より外国の貴族となれば文化も違う、実際締めの挨拶は帝国式だ。

 グラウンド家当主はつつがなく役割を全うした。


「……また、残念ながら本日は参加が叶わなかったファウベルト領の守りを固めるため、ルゼイエとファウベルト領領主の婚姻と――。」


 言葉途中でスフォル氏がロウズ氏へ目配せし、立ち位置を変える。

 と同時、響いたヒールの音と共に空気が張り詰める。

 二人の婦人に連れられ壇上に上る黒紫を纏った白磁の銀。

 強い意志の籠もった深い蒼の瞳は、高みにあって触れられぬ花。

 側に浮かぶ風水竜は、まるで彼女という宝を守る守護者に映る。

 王国の誇る銀の美姫は、早い時期から社交界に出ていたため皆が知っていた。

 これで壇上にフェルベラント王国最大の戦力が揃った。


「その補佐として、ローズベルト家からミズールとの婚約を同時に発表させていただく。」


 養子の少し後ろまで進み、淀みなくお辞儀を見せる。

 フォールンベルト家が愛娘を取り戻したがっていることは解りきっていた。

 そのため前者は想定内だが、続く発表は予想できなかった者のほうが多い。

 実は前者の方がお嬢様のご機嫌取りのため、急遽ねじ込んだものである。


「王室とも話し合ったが、ヴィオニカ連邦国の状況を鑑みてもそれが最良だと判断された。」


 ファウベルト領は文字通り国境の壁と隣接している。

 早急に治安を回復させ、堅硬な地盤を作り上げねばならない。

 なにせ王国の矛と盾が家を結んでまで支援を宣言したのだ。

 愛娘を送る必要があるほど状況は逼迫していると印象の誘導ができる。


「今回の夜会では新しく我らの家族となった者を祝福していただきたい。また、この機会に各々交友を深め、王国の更なる発展に尽くしてもらえるよう、スフォル・シル・フォールンベルト、並びに。」


「ロウズ・シラ・ローズベルトが夜会の開始を宣言させていただこう。」


 参加している貴族たちの大半は社交界に出て長い。

 内心の驚きを押し隠し、見せた反応は大別して二種類。

 国境に生まれた問題解決に目処が立ち、素直に喜ぶもの。

 フォールンベルト家に迎え入れられた者の利用価値を喜ぶもの。


「では向かいましょうか、ミズール様。」


「ええ。よろしくお願いします、ルゼイエ様。」


 エスコートの権利はルゼイエと呼ばれる仮想の人物が有している。

 開幕の宣言と共にグラウンド家当主が手を差し出し、ミズール嬢が手を添えた。

 壇上から交流のため揃って階下へ移動。

 両家の当主は最初のダンスが終わってから合流する運びだ。

 程なく楽団の演奏が始まり、祝い事に相応しく華々しい空気へ変わる。


 * * *


 主役は三人、うち一名は欠席。

 軽く挨拶を済ませた後、貴族たちが取る行動は様々だ。

 歓談するもの、踊りに誘うもの、食事に舌鼓を打つもの。

 華やかな曲を背景に各々が夜会を楽しみ、交流を深める。


「ファウベルト領では孤児も多く出たとか。やはりカシード神国から支援を?」


「国境総括としてその案を推させていただきました。以前訪れた折にはエルエル様も現状を嘆いておりましたし、早急な立て直しのためにはそれが一番と。」


 そんな中、主役二名に向けられる話題はこの場に居ない領主と領地に関して。

 領民にすら姿を見せず、どこに居るのかも知れないが、それは多忙なため。

 ミズール嬢の受け答えは、聞き手にそう認識させる。


「となれば、必要となるのは孤児院だけに留まりませんな。」


「ああ、その件に関しては幸いにも前領主の囲っていた元私兵が労働力になります。神殿の建設を要求されるくらいは問題ないでしょう。」


「ほう。ルゼイア様は魔法科にも所属されていたと伺いましたが、神学科にも?」


「いえ、各国の話は魔法科でも推奨科目に挙がっていただけ。役立つ術式も浮かばず、自らの浅慮を悔やむ日々です。」


 この辺りの指針は、既に連邦国からお嬢様が申請している。

 ちょうど神国からの使者が滞在している時期だったため、交渉も楽に終わった。

 孤児院運営の人材、及び多少の資材を融通して貰う運びだ。

 また、犠牲者達の埋葬や葬儀も彼らに一任した。

 神国とは距離があるが、神殿は国内各所にあるのだ。

 道さえ整備すればその繋がりを利用できる。


「はは、謙遜されるな。これは納税の免除期間が明けるより先に復興が終わりそうですな。」


 領地の話から学園時代の馴れ初め、婚約発表について思うところまで。

 彼らの話題はその都度変わるが、人となりを知ることだけが目的ではない。

 どこかで利用できないか、つけ込む隙はないか図られているのだ。

 暗黙の了解として一人につき数回の受け答えまでのため、人の回転は早い。

 二人と話した者は、今度はそれを肴に相談事に花を咲かせる。

 その中には勿論国の裏側を騒がせる者(グレイヴン)も居た。


「その日の内に、婚約を発表されるとは、いや驚かされた。」


 所在の知れぬフォールンベルト家の令嬢へ割く時間が惜しい。

 どのみち領地で彼女の立場は縛り付けたのだ。

 手のものが領主代行を行っているため、手を出すのは連絡が来てからでいい。

 次の案として上がっていたのが、王国守護の要であるローズベルト家。

 フォールンベルトほどではないが、彼らの影響力もまた絶大だ。

 国境の領地すべての総活役、弱点となる娘の所在も知れている。


「なるほど、貴族の責務を無事果たされたというわけか。」


 娘であれば、いずれはどこかに嫁ぐことになる。

 あるいは家のため、婿入りを打診してくるかだ。

 それが王国を守る貴族の責務であり、身分に応じた枷でもある。

 その役割を我先にと争いになる前にこの情報は彼らに伝わっていた。


「やはり国外からの養子となれば、さぞ不便を感じることでしょうなあ。」


 だからこそ、静観していた。

 この国で育った竜人のほとんどは契約と制約により行動が制限される。

 彼らとてその自覚はある、だからこそ扱いには注意が必要だった。

 これが他国の者であれば話は変わってくる。

 契約と制約では縛られぬが、この国の常識は持っていない。

 自分たちの陣営へ引きずり込むことは、王国の竜人を相手にするより易しい。


はぐれ(・・・)のようですからなあ。いえ、勿論フォールンベルト家の力を侮ってはおりません。エルエル様が戻られれば十分補えましょう。」


「しかし金の姫君と銀の姫君、二人を侍らせるとは何とも羨ましい。」


 エルエル嬢の姿も知っているのだろう。

 二人の美姫を宛てがわれた果報者を観察する視線には若干の妬みが覗く。

 今回の主役二人には好奇心と打算から、多くの人が群がっていた。

 王国での社交界に慣れているミズール嬢は当たり障りなく応対している。

 男のほうは困ったような笑顔を浮かべ、令嬢をあしらう様子もぎこちない。


「そんな目を向けるものではない、年若い者の門出を祝うのが老人の務めというものよ。」


「ああ、若者の歩みを導くのもな。」


 始めの挨拶といい、付け入る隙は多そうだ。

 流石に第三婦人に娘を推す馬鹿者はミズール嬢にやんわり釘を刺されているが。

 逆に言えば、二人が揃っていないところで接触すればいいのだ。

 養子とは言えフォールンベルト家を継ぐものであれば、単独で表に立つ機会も多い。

 その練習の場を善意から準備してやればいい。


「では、我々も祝おうではないか。王国の矛と盾が力をあわせるこの瞬間を。」


 未熟者たった一人を手中に収めれば、その二つが手に入るのだ。

 国王も自らの考えを持つようになり、御しづらくなってきた。

 このあたりで新たな手札を考えておかねばならない。

 彼らの会話は、国を支える貴族としての外面を取り繕っている。

 そのため聞き咎められずに一人、また一人と他の集いへ移っていく。


「……いやあ、盗めないのが本当に残念。」


 そのやり取りを捉えることなど、グラウンド家当主には容易なことだ。

 侮られた主役の一人は困った笑顔を貼り付けたまま、己の役割を無念がる。

 正体を明かしてミズール嬢を盗み出したら、絶対に目立てて楽しめたに違いない。

 分は弁えている、そんなことをしようものなら国内最恐に睨まれる。

 何よりこれでも愛妻家、娘より幼いご令嬢を攫えば妻からどんな目で見られるか。

 などと思考しているさなか、足の甲に走る激痛で我に返った。


「ルゼイエ様は王国での社交界には不慣れなご様子。今後も機会はございますし、今宵はこれまでにしましょう。」


 すぐ隣まで移動したミズール嬢が柔らかい笑みで提案する。

 発言を聞きとがめ、これ以上好奇心をくすぐってしまわぬよう場を守る。

 さすが王国守護の血筋だが、ヒールで踏み抜く必要性はあるのだろうか。

 抗議の視線を送ろうとして、彼女を見誤っていたことを悟った。


「そ、そうですね。申し訳ありません、思いの外人に酔っていたようです。皆さんは引き続き楽しんでください。」


 あれは戒めではなく罰だったのだ。

 彼にとって楽しみの場だが、本来ここは戦場だ。

 主役の姿を模した以上、たとえ代役でも彼女は妥協を許さない。

 ましてやこの場で騒ぎを起こすなど、表に出すこと自体論外だ。


「……なるほど、これは予想以上だ。」


 高嶺の花を通り越し、銀の姫とまで称されるわけだ。

 確かに彼女の容姿は多くを惹きつけるが、彼女だけのものではない。

 宝たちとの大きな違いは、模範たれという清廉潔白な立ち振る舞い。

 愚直なほど真っ直ぐな様子は、己に恥じるところがない証左。


「もう一度、注意いたしましょうか。」


「いえ、結構。お陰様で酔いも覚めました。」


 例の一派が彼女に手を出していなかったのはそのためだ。

 貴族のしきたりを利用すれば引き寄せることはできただろう。

 だが、到底御しきれるとは思えない。

 だから社交界にも出ていない無知な娘を狙っていたのだ。

 それも封じられ、ミズール嬢を手に入れるしかなくなった矢先にこの夜会。

 より食いつきやすい餌を前に、彼らが食いつかないはずがなかった。

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