第15話 Xカード3
議会はステラムに務める長が取りまとめる。
これは特定の州による贔屓を起こさぬようにするためだ。
議場州長達が座る席を中心に、すり鉢状に傍聴席が広がる。
卓の後ろには数名、各州とも護衛や秘書を従えるため人の密度は非常に高い。
定刻、埋まった席は九割強、カツンと開始の槌が鳴る。
「期間外にも関わらず、各州の面々が集えたことに感謝申しあげ、ここに緊急議会の開幕を宣言致します。」
百名を超える州長は、いずれもマギク州とフェイル州へ視線を送った。
ことの発端が両者にあることは告知されている。
注目を浴びたにも関わらず、両者は何の反応も返さなかった。
マギク州はともかく、フェイル州がここまで落ち着いているのは予想外だ。
「つい先日、マギク州が魔物によって襲撃を受けました。その件にフェイル州が関与している可能性あるとのこと。マギク州より説明願います。」
議長がバシリス嬢を指名し、応じて立ち上がり礼を一つ。
今回報告を行い、議会の打診を行った州だ。
最初の発言を行う権利と義務がある。
州長ではなくその娘が立っているため、いくつかの席から野次が飛ぶ。
「より正確に言うならば、我が州都バトイディアは死に翼に襲われました。現在アトミス州長は事後対応に追われてます。」
野次や茶々は想定内。
気にせず続けられた報告に議会内がざわついた。
バトイディアの特殊性は誰しも知るところ。
周期的に人里離れた場所を飛んでいることも把握しているだろう。
そんな折、魔災が発生して生き延びられる事は絶望的だ。
「皆の尽力のおかげで最悪は免れました。襲撃した魔物に関して真偽の程は、行商や観光にいらしていた方々に伺えば当時の様子が確認できるはずですわ。」
州都では混乱防止のため、魔物の発生としか伝えていない。
だが落ち着いた今、発生の規模と被害を思い返せば納得できる。
基本的に魔物とは、空白にさらされた存在が変質したものだ。
常に空を動くバトイディアで大量の魔物が生まれるはずがない。
「問題はその後。人里離れた場所にも関わらず、遠くからこちらを伺うフェイル州の州章を掲げた飛行船が発見されました。」
疑惑の視線が両者へ向けられる。
片や魔災を抑え込んだという点に対して。
片や魔災を傍観していたという点に対して。
州長の何人かが挙手したが、報告途中のため却下された。
「加えてそれらの飛行船は、問題視されておりました魔力の空白を利用する技術で魔物の目を逃れておりました。今回議会を開いていただいたのはその件。研究停止を受けた空白利用の発展、任意箇所へ空白を集める技術が進んでいることについてです。状況的に魔災はそれによって引き起こされたと考えられますわ。」
大いなる魔力の使用により生まれてしまう微小な空白。
そればかりはどうしようもない。
生じる魔物も規模は大きくないため、各国で対処することが暗黙の了解だ。
だが空白そのものを扱うことは禁忌とされている。
願いの裏にある代償は、人が使えるようなものではない。
「フェイル州が違法技術を行使し、州都を襲撃した。以上がマギク州から提出された緊急議会の議題です。」
議会内のざわつきが酷くなり、こつ、こつと議長が数度木槌を鳴らす。
言及を受けたフェイル州の州長は、相変わらず表情を変えない。
次に行われるのはマギク州への質疑応答。
発言内容に嘘や誇張がないか、証拠の追求などが行われる。
挙手していた州長達が指名され、ようやく出番が回ってくる。
「魔災を抑え込んだとのことですが、その際非合法な技術など使われておりませぬよな。」
「もちろん。技術ある者は未来を負うの理念を忘れたことはありません。」
今のところはお嬢様の存在を伏せておく。
少なくとも魔災に関しての懸念がもっと深まってからだ。
手札に出せる証拠は何枚もある、急いではことを仕損じる。
「フェイル州の提出した空白利用の技術となると、あの箱でしょうか。何を以ってその技術が進んでいると?」
「以前提出されたものは体の表面に空白を作ることで魔物の目を誤魔化すものでしたが、規模も精度も段違いでしたわ。大きくなった空白が連鎖的に魔物を生じさせるものになることは自明の理でしょう。」
「なるほど、隔絶された内部で対策のために魔力を使えば、更に空白は増えてゆくと。」
主だった質問は魔災を抑え込んだ方法や、空白利用の技術について。
技術を重んじる彼らの注意を惹いたようだ。
時折マギク州の主張を糺すものも交じる。
「フェイル州の州章を見たとのことですが、その証拠はもちろんあるのでしょうね。」
「残念ながら飛行船そのものは、魔物撃退の折に巻き込まれて撃墜されましたわ。ですが、州章の入った外装と、航路の記された機関部分は回収してあります。」
「……乗務員を見殺しにした、ということですね?」
「我が州は魔災への対応で手一杯でしたもの。距離もあり、各飛行船にも火砲は積んであったはずですわ。我が州を責めるのはお門違いです。」
答えは準備してある。
人里近くならまだしも、空の孤島で全てを助けろというのは無理がある。
その後も続く理論や原理の話を終え、今度はフェイル州の主張に移った。
「まずはマギク州で起きた魔災に対して無事を喜ばせていただきたい。」
果たしてどのような釈明をするのか。
注視していた州長たちは、バシリス嬢も含めて肩透かしを食らう。
素直に認めることはないだろうが、責める相手に喜びの言葉を向けたのだから。
「今回我が州が魔災に関与しているとのことだが、これに関してはもちろん違う。」
動じた様子も無く、事実を述べているため後ろめたいところは何もない。
これだけの重圧の中、仮面を被っているのだとすれば大したものだ。
認められないことは承知の上、バシリス嬢はフェイル州と他州の動向に注意を払う。
「確かに我々は一度空白技術を提唱した。だが、認められなかった技術に固執していては次の技術開発に取りかかれん。」
フェイル州は認められない技術に固執し続けていた。
おまけに空白技術を王国側で使ったという噂も流れている。
今日突然行動を翻されようと信じる者は少ない。
「随分と前になるのだが、我が州の記録庫に何者かが侵入した形跡があってな。盗まれたのはまさにその技術のレポートだ。――ことを荒立てるつもりがなかったので、議会の打診はしなかったのだが。」
まるでマギク州が些事で議会を開いたかのような言い方を始める。
参加しているのが年若い娘であることも相まって、余裕を示そうという魂胆か。
技術を盗まれることは研究者にとって死活問題。
却下された技術の資料を保持し続けていたことも論外だ。
「そのレポートがどこへどう流れたのか。物が物だけに我々も探していたのだが、つい先日情報省が人里離れた場所に持ち込まれていたことを突き止めてくれた。」
視線は僻地を収める州長を巡る。
その中には当然、マギク州も含まれていた。
自作自演という筋書きを作ってしまえば、逆にマギク州が罪を問われる。
「我々としては、その僻地の誰かが事件を起こしたのだと考えている。各州が集まったこの機会、ぜひとも活かすべきではなかろうか。」
明確にマギク州と名指しはしない。
魔災を収めたと言い、その首謀者がフェイル州だ主張しているマギク州。
技術が盗まれ、それが誰とも知れぬ者の手に渡ったと言うフェイル州。
どちらのほうが常識に則っているかと言われれば、まだ後者のほうに分があった。
競争こそすれど、表立って国内を荒立てるような真似はしない。
そういう固定観念を持つ州長は多い。
「そのレポートが、よもやマギク州に持ち込まれていたとは言うまいな。」
同じくフェイル州に対する質疑応答。
話方から、マギク州にその責を問うていた。
ならばその証拠があるのかと疑問が上がるのは当然のこと。
フェイル州の州長は残念そうに頭を振ってみせる。
「我々としても、長らく好敵手であった相手がこんな手段で我々を貶めるとは思いたくなかったのだが、その通り。そもそも魔災など、州都一つで頑張ったところでどうにかなるものではありますまい。」
魔災を免れたと言えば確かに注意は引けるだろう。
だが、そんな方法があれば各州、各国が対策に乗り出す必要はない。
強まった疑惑の視線の中、発言を求められたバシリス嬢はすまし顔。
マギク州の応答に移る。
「貶めるとは仰ってくださいますわね。――そう、確かに初期の空白技術を記したレポートはこちらに向かっていたそうですわ。」
「やはり魔災などでっち上げ――。」
相談中、突然乱入してきた予想外の客人が持ってきた計画書の一つ。
技術省長から誘拐組織キナップに宛てたものにこの流れが記してあった。
こちらには墓荒らしは噛んでいない、つまり証拠隠滅が甘かった。
「フェイル州情報省から、誘拐、人身売買を主とする裏組織、キナップに宛てられた書簡ではそのように書かれていましたもの。皆様ご確認くださいませ。」
書簡は横で控えているモルドモ氏から提出される。
そこにはしっかりとフェイル州の州章、情報省を束ねる女官の署名までされていた。
更にはそれに対するキナップ側の返答、レポートを送り込むタイミングの確認まで。
読み上げられる内容に再び議場が騒然となった。
「先程フェイル州の州長様がおっしゃられたレポートの問題に関しては、これで解決ですわ。技術の詳細、盗まれたわけでなくて良かったではありませんか。」
「……それが本物だという証拠はあるのですかな。」
「体内魔力は残してあります。鑑識願いますわ。届けにいらした方は、後ほど父の手でレポートとともにステラムへ送られてくるはずです。こちらは数日ほどお待ちくださいまし。」
マギク州を敵役に仕立て上げようと目論んだのが大きな失敗だ。
普段こそ技術一辺倒だが、今回は準備を行っている。
前提条件はこれで覆った。
こつ、こつと木槌の音が響き、騒々しい議場は静けさを取り戻す。
「フェイル州から、先程の件に関して釈明はありますか?」
「情報省が州章を盗み出し、そのような悪事に加担していたとは。預かり知らなかったとは言え、この件に関しては謝罪しよう。また、情報省の再編を約束する。」
州の行動を認めないために必要な尻尾切り。
状況は彼らにとって悪い方へ傾いているというのに慌てた様子はない。
責任の所存についてはまた別の議題だ。
決定打に欠けるため、話題は振り出しに戻る。
「州都襲撃以前にも、最新艇の試運転時に妨害を受けております。今回の件はその延長と受け取っておりますわ。」
魔災を短時間で収めたという事柄は、にわかに信じがたい。
襲撃という印象を強めるため、以前の話も織り交ぜる。
一連の流れに違和感が見つからなければ、他の州長の意識も引き寄せられる。
「襲撃してきた者を尋問した結果、イベイジの組織員。彼らが言うにはフェイル州からの依頼だとか。彼らの所持していた火槍や技術は、一時期フェイル州で量産されていたものでしたわ。」
この件に関して強奪された、と言うのは通らない。
レポートだけならまだしも、現物が盗まれたのなら他の州へ注意喚起が必要だ。
襲撃を認めれば、魔災との関連性を認めずとも疑いの目は強くなる。
認めなければ保有する兵器の横流しを疑われる。
「そこは防衛省の管轄になる。我が州内部は思いの外腐敗しているようだ。」
また切り捨てることで対応する。
フェイル州が複数の部門で成り立つ行政を行っていることは知られている。
ここまで簡単に身内を見捨てるようでは付添いが何か言いそうなものだ。
傍に控えた金髪の男も、秘書らしき女官も口を出さない。
怪訝に思って視線を向けると、男の方と目があった。
「あ。」
がちん、と頭の中で歯車が外れる音。
それが魔法の発動だと気付いたときにはもう遅い。
気がつけば膝が砕け、着席していた。
心臓がうるさく騒ぎ、頭も舌もまともに回らない。
力の入らない膝をすり合わせ、弾む息を必死に整える。
「マギク州からの主張はここまでのようだ。議長、続けて我らから発言よろしいか。」
「認めましょう。」
バシリス嬢が着席したことで発言は終わったと見なされた。
何が起きたのか解らなければ、規定通り議会は止まらない。
「まず空白技術を発展させたとのことだが、マギク州の話に上がるような物を作り上げるには相当な実験が必要だ。そんな危険なことを行えるはずがない。」
人の身を包むような空白から、州都全域を包むような大きさ。
無理やりその場へ空白を生み出すには、法則性を知るために試行回数が求められる。
固定観念に訴えかけているが、フェイル州は不可能ではないと告げたも同然だ。
「巷では我々が王国へ干渉したなどと触れ回られているが、これは誤りだ。暴走した報道各社が、面白そうな話に群がっているに過ぎない。信憑性のある証拠もない。」
証拠はある。
助力を約束してくれた件の領主と生存者。
彼女達の立場と発言は、それ自体が強力な証拠だ。
「我が州の内部に膿があるということが解った、この改善に全力を尽くそう。だが、闇雲に州を貶める報道に対して何かしら規制を設けるべきでは無かろうか。」
議会の論点がすり替えられる。
フェイル州が行った州都襲撃未遂、王国側での実験による大量虐殺。
論じていた問題から報道に対する制裁へ。
醜聞の被害者は全州に対し、襲撃の被害者はマギク州と王国の一地方のみ。
「……お嬢様?」
だが、そんなものは今更だ。
どの州も裏では報道の特性を利用している。
規制などしようものなら、それこそ望まぬ醜聞が広まるだけだ。
「……っ。」
今声を出せば、情けない声を上げてしまう。
それを避けるため、視線だけを控室に向けた。
何を求めているのか、察せられぬほどモルドモ氏は愚かではない。
「畏まりました。」
即座に一礼して、切り札を出すことにした。
* * *
喧々諤々、木槌の音も虚しく怒鳴り合いのような会話が続く。
怒声、罵声、大声の野次、とても州の代表たちとは思えない。
これほど荒れる議会は今まで一度たりともなかった。
競争相手であれ、各々の州の間にはある程度の礼節が求められる。
傍聴席には各種報道陣も座っているため、この様子自体が醜聞のネタだ。
「発言中、失礼いたします。」
そんな騒々しい議場を透明な声で打った。
否応なく視線が集まるが、既に意識は貴族モードに切り替えている。
空気が静止した中、こつりとヒールの音を鳴らしてバシリス嬢の横に立つ。
静寂の原因は、決してお嬢様の登場によるものではないことはわかっている。
「連邦国の皆様方に置かれましてはお初お目にかかります。この度アトミス・レグル・マギク殿から議会での助力を請われました――。」
広がるスカートの端を摘み、頭を下ろせば金の髪から長い耳が覗かせる。
見るからに王国の出で立ちだ。
連邦国の名残が覗くのはケープの留め具に使われているマギク州の代理章のみ。
その色彩と種族から、正体を察する者も出てきた頃だろう。
「エルエル・ディム・ファウベルトと申します。若輩ながら噂の渦中にあるベーラ領、改めファウベルトの領土を賜りました。この度マギク州代理として発言をお許し願いたく。」
「――発言を、認めます。」
バシリス嬢から参考人として紹介されていたため、議長はいち早く我に返った。
ファウベルト領主がフォールンベルト由来であることは連邦国でも知られている。
その事実は大半の州にとって歓迎されないはずだ。
認識阻害を一切用いていないとは言え、外観で惑わされるような若輩者は少ない。
「フェイル州が我が領土で行った実験について。先日のバトイディア襲撃はその頃と状況が非常によく似ております。」
固定魔法がバシリス嬢を蝕んでいた魔法を喰らう。
この場面で魔法を使う胆力と気づかせない技術だけは称賛しないでもない。
薄く広げた魔力を特定箇所に集めることで発動させるとは工夫を凝らしたものだ。
ただし、魅了と発情に全振りしているところは最悪評価。
こちらにまで仕掛けないでください、相方以外の男性に興味はありません。
「空白により広範囲を遮断。その後、内側で奇跡を願わせ、状況を悪化させる。これだけでも危険ではありますが、王国の実験においてその狙いは別にありました。」
「王国側の証言がどれほどあてに――。」
「フェイル州の質疑は、彼女の発言後に願います。」
途中野次を挟まれたが、既にこの場は整え直した。
細やかに張り巡らされていた扇動魔法は食い尽くした。
議場が静寂を取り戻したのは、突然その効果が消失したためだ。
薄く広く、徐々に蝕む術式のため、当人たちにかけられた自覚はないだろう。
だからこの場面、発言を行うにはむしろ好機。
「実験の目的は人工的に魔王を作成し、それに対抗する世界の対抗策を生み出し、洗脳することで兵とすること。」
すぐ横で抑えきれなかった敵意が揺らめく。
透明すぎて黄金に隠れるが、バレッタ氏もこの場に出ている。
辛うじて飛び出さずに済んだのは、その方法では報復にならないため。
州長は決定権を持っているだけで、実際に手を下した者は別にいる。
「……こちらは、その実験の被験者。成功例と呼ばれていた方です。」
先程広がった透明な体内魔力は、人が保有できる量を超えている。
静寂の余韻か、殺気の影響か、議会に騒々しさはまだ戻ってこない。
ほんの少し猶予は伸びたが、扇動魔法について言及する時間はなさそうだ。
「既に作成するための条件は判明しています。被害にあった村々の数から逆算すると、バイトディア襲撃は条件を満たしていました。襲撃時の状況から偶然、謀略、省の暴走と呼ぶには無理があります。」
何せ発言者は歓迎されない王国の貴族。
言い終えると同時に時間切れ、不躾な視線と野次によるざわめきが始まった。
ずいぶん棘を刺してくるが、我慢我慢、素知らぬ顔を続ける。
質疑応答が残っているし、また扇動魔法を展開させるつもりもない。
「議長、質疑に移ってよろしいか。……なぜ王国の領主がこの国に。」
初手が至極まっとうな質問で助かった。
王国の領主は領土に留まり、その発展と防衛のために働くのが常。
他国へ交渉に使者が出向くことはあれど、直々に訪れることは非常に稀だ。
「いくつか理由があります。一つ、当時私は王国に留まるには危険だったため。」
魔災を引き起こした、とでっち上げられた時の話だ。
この話は王国から広がり、一時期連邦国でも報じられている。
家の後ろ盾は失ったが、この身はフォールンベルトの泣き所。
権力や財産を目当てにならず者が群がることは想像に難くない。
「一つ、それに伴い冒険者に就き、連邦国へ越境したため。」
追放から再度領地を受け取るまで、少しの日数があった。
その間世間知らずな貴族の娘が選べる護身のすべは少ない。
国からの庇護がなくなるのであれば、国を超える組織の助けがいる。
実際に没落貴族が冒険者稼業へ身を投じる事はよくある話だ。
「一つ、領地を賜るまで連邦国を出る時間がなかったため。連邦国は州の集まりです。これを機に市勢へ混じり、統治を学ぶには最適でした。」
冒険者ならば国籍は関係ない。
一時期橋が途切れていたとは言え、王国から連邦国は比較的渡りやすい。
領主という立場は後付けされたものにすぎない。
この機会に治める者の在り方を見直すというのも嘘ではない。
「……どうして議会に顔を出せた。」
次の質問は不快さを隠そうともしない。
対してお嬢様の貴族の仮面は崩れない。
彼らの視線は忌避、学園の好色なそれに比べれば遥かにマシだ。
「発言の割り込みは失礼致しました。」
まずは一礼して非礼を詫びる。
緊急だったとは言え、その一点だけはこちらに非がある。
それ以外の点において、何ら責められるようなことない。
「冒険者の折、バシリス殿を助ける機会がございました。その縁でちょうど州都へ招かれておりました。あまりに似た状況ゆえ、アトミス殿へ王国領の出来事を伝えたところ、外部の証人として証言依頼を承りました。」
身につけた州章はただの証ではない。
州長代理として発言権を委任した相手に渡すもの。
これがなければ、広い議場の隅々まで声を届かせることはできない。
「……襲撃は死に翼と聞いたが、本当ならば魔災を収めたことになる。」
「収めました。こちらでも報じられたはずです、王国の学園で起きた事件と顛末に関しては。」
魔性、という言葉が聞こえたが今回ばかりは聞き流す。
そこでようやく何人かが場の変化に気付いた。
世界を構成する魔力が、いつの間にか黄金に染まっているのだ。
その根源をたどれば華奢な少女へ行き着く。
先程の透明に劣らず常識を超えた魔力量、王国における矛の血統。
魔災を収めたという妄言に説得力が生じる。
「バイトディアの襲撃はファウベルト領で行われていた実験と同じ手法。我が領では千を超える犠牲者が出ております。この件に関しては正式な抗議をさせていただきます。」
領民の大多数を犠牲にされたのだ、論点のすり替えは許さない。
そもそも議論の場で意識操作を行うなどもっての外だ。
表情こそ変えないが、碧瞳に込めた力は小娘と侮らせない。
「あ、あれは王国側から行われた交渉だ、責任を負うべきは我々ではなく――。」
「実験は認められるのですね。そちらに関しては連邦国へ正式な調査を依頼いたします。」
今大切なのは責任の所存ではなく実験の有無。
ひどくありきたりな方法だが、いくつか条件を満たせば引っかけられる。
意識がはっきりしていないこと。
本人が混乱していること。
負い目を感じていること。
今回の場合、扇動魔法のおかげで前の二件が満たされている。
「なるほど、まさか被害を受けた領主様とは。それを出されちゃ内政干渉の札も切れん。やってくれたな、勝頭巾。」
お嬢様の演説にルカン氏の唇が歪む。
ぎょっとした表情を浮かべ、州長が振り返る。
場に出て気づいたが、彼の魂は魔法で絡め取られていた。
「おっと、せっかく仕込んだ術まで消されたか。やはり面白い。」
議場に連れ込む人員は州長が決める。
彼の対応から、意識を弄ってねじ込ませたのだろう。
ルカン氏は州長を無視し、押しのけて前へ出た。
――同じように、フェイル州の州章を身に着けている。
「……なぜお前がここにいる! 州都に閉じ込めていたはずだ!」
「州長、今少し静かに願います。」
秘書の女性が詰め寄る州長を抑え込んだ。
狼狽する彼の言葉はもはや議場に届かない。
先んじて発言権を示す州章を外されたためだ。
なぜそこまでしてこの場に立ちたいのか、一体何を訴えたいのか。
浮かぶ疑問は結局一つの答えに収束し、お嬢様の目が釣り上がる。
「――フェイル州州長の護衛を努めてた私から、先程の件についてフェイル州から答弁しよう。」
後ろの騒動など気にもかけず、ルカン氏が発言を続ける。
その言葉は妙な威圧感と自信に満ちていた。
州章を身に着けているとはいえ、割り込み発言は本来認められない。
場は正常に戻っているはずだが、誰も彼の発言を咎めない。
「ファウベルト領主の発言は事実。その裏付けとなる証拠もそこにいる。実験の結果わかったことは、強くあがく想いが必要不可欠ということだ。」
『エル、例の場所へ魔力が吸い取られている。』
「……取引とはそういうことですか。」
お嬢様が弾かれたように視線を上げた。
瞬時に黄金が荒れ狂い、収束し、身体そのものを変質させる。
尖った耳は白い角へ、ケープを持ち上げ翼が伸び、スカートから長い尾が垂れた。
お嬢様に起きた突然の変化に傍聴席がどよめくが、気にしている暇はない。
「今、ステラムには合わせて万を超える人が集まっている。州長はそれを利用し、複数の勇者兵を手に入れる計画だ。……最も生み出しやすい想いを利用して。」
「噴っ!」
床に亀裂が入り、突き上げた腕を伝って竜の息が迸る。
ヒールごとひしゃげた靴は買い替え必至、高かったので少しもったいない。
直後に轟音、嵐でもびくともしないステラムの土台が揺れた。
議場の天井を消し飛ばした実態なき砲撃は逸らしたが、余波までは防げない。
大小問わず化石樹の破片がいくつも議場や外へ降り注ぎ、パニックが広がった。
死んでいたかも知れない、生き延びたからこそ生への強い執着心が生み出される。
「私が止めることは想定の上ですか。バシリスさん、この場はお願いします。」
完全覚醒を済ませたお嬢様達は次に備える必要がある。
不調と言ってる暇はない、バシリス嬢は自身に活を入れた。
多少の差異はあれど、想定していた出来事だ。
心構えさえしておけば立ち直るのに時間はかからない。
「既にステラムの防壁術式が起動していますわ、むやみな護身魔法行使はお控えくださいまし!」
先程の一撃だけで建物の上半分が消えている。
余波だけで町にも被害が及んでいることだろう。
だが、それをきっかけに都市を守る防壁刻印が起動している。
これで防げなければ個人の魔法など役に立たない。
「議会は一時中断とします、焦らず避難誘導に従ってください!」
予想外なのは隠れもせず、相手が表舞台に出てきた所。
探す手間は省けたが、なるほどこれでは対応が難しい。
例の砲台は二射目の魔力を吸い上げ始めていた。
『王国側も参加してる。人身売買組織は王国へ販路拡大を狙っていたみたいだ。』
混乱を極めるただ中、ルカン氏はにやにやと笑っている。
兵器と人身売買、お嬢様やバレッタ氏も商品だったわけだ。
手引きしたのは彼で間違いない、つまりその正体は――。
「覚えましたからね、連邦国の墓荒らし!」
要人達が退避する混乱のなか、姿と魔力を見失う。
どの道被害を食い止めることが最優先だ。
随分王国側と性質は違うが、目指すところは同じらしい。
次回閑話をはさみます。