第14話 Xカード2
ステラムの土台を構成する化石樹は、いずれも樹齢千年を超える。
その上に立ち並ぶ建物は今まで見てきた州とはまるで違った。
化石樹が主な建材だが配管は目立たず、訪れた州に比べ煙臭さは薄い。
各州の専用発着場を有し、州から独立した工房も数多い。
資材のたぐいも考えれば相当な重量になるはずだ。
『空気の薄さ以外、高さを感じられるものがないなあ。』
敷き詰められた石畳は、樹上であることを感じさせない。
この下は土台が複雑に組み上げられている。
化石樹の頑丈さに加えて菌糸の根が補強しているため、僅かな揺れもない。
「足の下は地獄らしいけどな。」
菌糸類は上層から排出される排煙を糧にしているとか。
都市のせいで光は入り込まず、湿気は逃げず、排煙と胞子で空気が悪い。
住むにはまず適さない場所だからこそ、傷のある者が潜みやすい。
彼らからすれば議会の開催は絶好の稼ぎ時だ。
「ま、とりあえず合流するところからだ。」
お嬢様とバレッタ氏、バシリス嬢とモルドモ氏は到着早々議場へ向かった。
半ば逃げるような足取りだったのは、先日船内で飛び交った怒声の影響だ。
フォクシ嬢とゼルド氏、聖獣化したカイゼルは指定された宿へ向かうところ。
「各州専用の宿があるというのはありがたい。」
少し前まで中腰姿勢を維持させられていたゼルド氏の足取りは危うい。
この状態で宿を探すとなれば、人の集まる時期もあって少々厳しかった。
なおセラ式の訓練は移動中だからといって中断されることはない。
「せーすーじー。ほれ、きちんと伸ばせ。」
「ぐあっ!」
フォクシ嬢が容赦なく、太刀を添えて背筋を正させる。
縮んでいた体中の筋がギリギリの力加減で引き伸ばされ、悲鳴が上がった。
少しばかり視線が集まるが、忙しく過ぎ去る者ばかり。
『とりあえず、ゼルドは少し部屋で体を伸ばしてもらったほうがいいかな。仕込みすぎるといざという時動けない。』
「しかたねぇな。さっさと宿に――、いいところで案内役が来たわ。」
苦悶の声を無視したフォクシ嬢の耳がふさりと揺れる。
こちらに向かってくる足音を複数捉えたのだろう。
臨戦態勢を取らないところから、相手の正体も看破している。
「やあ、雪狐殿。数日ぶりだが、相変わらず活力に溢れ――。」
「やっほーフォクシさーん! とりあえず取ってもらった宿の部屋にいこっか、こっちこっちー!」
ラヴィテス氏の口上をぶち壊して乱入したのは獅人の少女。
何故か口から半分魂の出ているミリィ嬢を小脇に抱えたレオン嬢だ。
その後ろではツァシュテ氏が真っ赤になったベルドラド氏を支えている。
フィア氏はフィア氏で新聞やら雑誌やらを抱えさせられていた。
『わあ、混沌……うわっ!』
「ちっ。魔力相手だと普通には打てないかー。」
フォクシ嬢達と移動する途中、聖獣化したカイゼルの位置を拳が凪いだ。
しっかりとした位置、姿は把握出来ないはずだが、彼女たちに常識は通じない。
世界に紛れた魔力へ正確に笑顔を向けているのだから。
この笑顔はよく知っている、ご令嬢達が牽制する際に浮かべるものだ。
「浮かれてエルさん泣かせたらぶっ飛ばすから。当然ミズールさんを泣かせてもね。」
『浮かれてないし、僕はエル一筋だからね!?』
その理由は魔王にとって想像通り。
王国側から行われる発表に関してだ。
ミズール嬢は国外にも知れ渡る美姫の一人。
墓荒らしの手から守るための婚約だが、それを知るものは少ない。
突然高い地位を手に入れる幸運な養子は、さぞ転がしやすい餌だろう。
真実を知っていれば、友人二人に手を出す詐欺師に見えるのかもしれない。
「さっさと案内してくれねーか。オレはともかく、そっちの連れはどちらもヤバそうだぜ。」
「あっはー、フォクシさんが言う? そっちのヒト、ゼルドさんだっけ。だいぶアタリが強いんだねー?」
どの道往来の邪魔をするわけにもいかない。
ミリィ嬢を振り回しながらレオン嬢は我が者顔で先陣きって宿へ向かう。
フォクシ嬢達は入り口でフィルタに溜まった排煙を捨ててから続く。
「こいつは基礎ができてねぇから、鍛え直し中だ。」
「……ふぅーん?」
何かを嗅ぎ取ったのか、レオン嬢の返事は妙に生温かい。
冒険者が傭兵の腕を心配する理由などないはずだ。
フォクシ嬢の目が釣り上がったが、レオン嬢は容易く受け流す。
獅人の胆力は六ツ葉の威圧すら物ともしない。
「さ、それじゃさっさとすませちゃおー! こっちこっちー。」
内部はさすが州長御用達。
外壁と違って木目を活かした壁、踏みしめただけで高いと解る柔らかな絨毯。
適度に配置された緑に、刻印を用いた室内灯。
排煙機構も隠すように設けられているため、空間が広く見える。
また、温度と湿度調整も抜かりがない。
「従者用の個室も結構あるよー。でも、今回使うのは大部屋ね。」
「今回の緊急議会はマギク州の要請だかんね。おいら達と違ってお偉方は開幕まであっちで缶詰だろな。」
全員が到着したらすぐに議会が開始されるわけではない。
緊急議会を要請したマギク州による議題の確認作業を行う必要がある。
それまでの時間、各州腹の探り合いや商機の模索などで忙しい。
国としてのていはあるが、彼らは味方同士ではない。
『それじゃ、エルとの連絡は僕が仲介するよ。』
「じゃ、こき使わせてもらうねー。」
さすが大貴族と言うべきか、それとも生来の気質か。
レオン嬢はマギク州の護衛と一切関係がないのに、宿を歩く様子に遠慮がない。
先頭きって大部屋に入るところは宿の関係者と言われても騙されそうだ。
「ゼルドは横になって休んどけ。」
「すまん。そうさせてもらう。」
既に体中軋んでいたゼルド氏は言われるまま、側のベッドに沈んだ。
従者を大勢連れてきた時の部屋だ、寝具は余るほど並んでいる。
部屋の真ん中には大きなテーブルがあるので、話し合うには丁度いい。
「……で、二日かけて集めた情報は?」
「あせらなーいあせらなーい。思考が迷子になるよー。」
『周りは見ておくよ。ちゃんと聞いておくから安心して。』
扉を閉めたレオン嬢の文言と共にぐるんと室外の認識がねじ曲がる。
ミリィ嬢の扱う迷宮と同じ魔法だ。
諜報はどこに潜んでいるか解ったものではない。
念には念を、カイゼルは遮音の結界を張り、魔力体のまま周囲の警戒にあたる。
「それじゃ報告といきますか! 相変わらず墓荒らしは全然尻尾を出してないよー。」
「へえ、つまり別の奴らは尻尾を出したってわけだ。」
「フィアさん、どうぞー!」
「ほいほい、その成果がこいつらってね。」
どさどさとフィア氏の抱えていた新聞、雑誌が机に置かれた。
そこかしこで購入可能なそれらが情報源――ではない。
これらは集めた書簡や魔法貨物を偽装するためのものだ。
「まずはこれ。キナップから、スラムへ誘拐用の人員の配置図だよー!」
「人数はいつもの三割増し。煙、血、薬、胞子……相変わらず、下層は鼻が腐る。」
ミリィ嬢がぐったりしている理由はそれらしい。
下層には広大なスラムができあがっている。
各闇組織の支部、あるいは本部があるため、裏の情報を集めやすい。
ただし前提条件として、そこに入り込むだけの腕が求められる。
「他の誘拐組織も来るけど、こっちはいつもどおり。人身売買専門、コクトがオークション予定してるって。人が多くなる時期が稼ぎだからねー。」
「そりゃ普段どおりってことじゃねぇのか?」
ステラムに人が集まれば、知らずのうちに行われる犯罪がある。
それは事前にミリィ嬢からも聞いていた。
尻尾を出したと言うには平常運転のように聞こえる。
「はいそこでベルさんどうぞ!」
「ええと、同じ時期に、イベイジから、ビーイへ兵器売買の打診が、ありました。これは、不自然です。」
耳まで真っ赤に染めたベルドラド氏が途切れ途切れに報告する。
視線は足元から上がらず、特に女性陣の方向には意識すら向けない。
「現場が花街だったのでな、ベルが役に立ったが、この有様だ。」
「思い出させないでくださいツァシュテさん!」
ベルドラド氏は見た目に反し、四ツ葉を超える腕の持ち主だ。
逆に言えば腕前に対して若すぎる。
鍛錬のみに時間を費やしてきたのだろう。
そう言った堅物は、花街のいい玩具になってしまう。
一時の娯楽に気を良くすれば、人の口は軽くなる。
「わざわざ人の集まるこの時期にねえ。たしかに不自然だ。兵器なんざ、目立って仕方ないだろ。」
誘拐と兵器の試験運用では危険度がまるで違う。
兵器の売買となれば人気のない時期が望ましい。
裏で行われる取引だ、カタログを見て購入できるようなものではない。
実際に手に持ち、使用してみなければ買い手は納得しない。
州の重鎮たちが集まるため、上層でも下層でも警備の目は厳しい。
「もう一件、気になる話を聞きました。ツァシュテさん、お願いします。」
これ以上口を開いてなるものか。
ベルドラド氏の硬い決意を見て、ツァシュテ氏は苦笑いを浮かべた。
今の少年にとって、この場の女性陣は非常に刺激が強い。
「スィーフィーが……ああ、足元を拠点にしている盗み専門の闇組織だ。フェイル州相手にデカい盗みを目論んでいるらしい。」
「あの州がね、途中まで大きな船で飛んできたんだって。バイトディアほどじゃないけど、元々は浮遊岩だったみたい。どんな手品つかうんだろうね!」
『ちょっと見たけど、随分いじってあるね。色々くっつけて動くようにしてるのかな。今は上手いこと浮遊岩に見せてるけど、動き出したらさすがにバレると思う。』
魔力にとって距離は意味をなさない。
仮初だが知恵ある聖獣、確認するだけなら簡単だ。
一方内部まで確かめることは出来なかった。
周囲に空白度外視の認識阻害が刻まれていたため、近づくと吸い込まれかねない。
「……姉御、今吸い込まれてしまえば良かったのにって思ったでしょ。」
「うん。手品のネタは掴んであるのでした。」
『だと思ったよ!』
妹分の告げ口を認めて雑誌に挟んでおいた書簡をさらに数枚。
隙あらば魔王を攻め立てるが、何せ彼女は精神を砕かれたのだ。
戻ってこれたのは獅人で、彼女の魂へ上手く発破をかけられたおかげ。
普通なら二度と戻ってこられず、廃人のまま生涯を終えていた。
「今も研究省や防衛省の人たちが務めてるんだけどねー。動かすためにも、一緒になって捕まえる予定らしいよ。それで州長を人質みたいにして国外へオサラバー、ってさ。」
ばさばさばさ、と落とされた書簡の内容はその詳細なやり取り。
州長と各省、スィーフィーの幹部らしき者の名前が連なる。
各裏組織とのやり取りは見えてきたが、肝心の墓荒らしは見当たらない。
『なるほど、そうやって連邦国から逃げ出す手はずなのか。』
「あ。当然こっちが原本ね。ちゃあんと先方には偽装したやつ置いてきたよー。」
「……なあ。これ、オレらってすることある?」
「あるあるー。何せあたし達が頑張ってこの程度だもん。別アプローチ、期待してるよー!」
無名の集団グラウンド一派、腕の広さは並々ならず。
果たして各組織は、盗られたことに気づけたのだろうか。
議会へこれらの証拠を持ち込めば、別件でフェイル州を告発できる。
とはいえ今回の目的はそれではないし、告発はお嬢様たちの仕事だ。
下手に時間を使えば、墓荒らしに関する情報にたどり着けなくなる。
「金の君の交友関係が少し恐ろしくなってきたよ。彼女、王国の貴族なのだよね?」
「あたし達なんてまだマシマシ。エルさんのこと溺愛してる、もーっと怖い人いるよ。セラさんっていうんだけど。知ってる? 元八ツ葉の。」
「冒険者で知らないやつは居ないって! 自由時間がなくなるから九ツ葉を蹴ったとか……強ぇわけだわ。」
母親の話が出た瞬間、フォクシ嬢の表情が仏頂面になった。
彼女からすれば超えるべき壁で、自分をいいようにこき使ってくれた依頼主だ。
話すら聞きたくないと書簡へ手を伸ばした折、ゼルド氏が言葉を挟む。
「何を今更、その『万能』の娘が目の前に――。」
「お袋の話はすんな!」
怒声と共に、ゼルド氏の背中にフォクシ嬢の膝がめり込んだ。
きっちり骨や筋を痛めぬよう、それでも痛みは与える的確な狙い。
それだけに留まらず、不機嫌に膨らんだ尾がぎりぎり首まで締めている。
「く、首、首……!」
突然の暴行にフィア氏とツァシュテ氏が引き剥がしに向かった。
ラヴィテス氏とベルドラド氏はこうなる予想がついたらしい。
六ツ葉まで上った本人の努力と血筋は別物だ。
程なくゼルド氏が落ち、フォクシ嬢の怒りはようやく収まった。
「さあ、あたし達が持ってこれた情報はこれまで! 後はフォクシさんの洞察力に期待してるよ!」
何事もなかったかのようにレオン嬢が言葉を続ける。
怒気を撒き散らすフォクシ嬢を恐れもしないのはさすが獅人。
どの道ゼルド氏は休息の時間だ、意識の有無は関係ない。
「ふう、ふう……。とりあえず、書簡全部読ませろ。筆跡から読んでやる。」
下手に噛み付けば痛い目に合いそうな予感がするため、感情を騙す。
狐人の特技は相手の内心を高精度で読むこと。
直筆である以上、そこには何らかの感情が乗る。
そんな事ができるのは、もちろん母親に張り合うためだ。
「それじゃあ追加どーん! 安心して。日付は違うけど中身は同じものばかりだよ。」
どさどさどさどさどさ。
小包から封筒入りまで。
六人が持ってきた情報の量は想定していた三倍に上る。
確実に情報を届けるためにも、似たものを複数送るのは定石だ。
フォクシ嬢は思わず天を仰ぎ、手のひらで顔を覆った。
『……フィアさんは『撹乱』、情報関係に長けている。ラヴィテスさんは『神速』と階位から情報を集めやすい。ベルドラドは状況を読むことに長けてたね。』
「オレにできたことと言えば、ベルのフォローくらいだ。」
「てめえら、時系列に並べる手伝いくらいはしろよ!」
お嬢様達が会場で缶詰にされるように、フォクシ嬢は宿で缶詰にされるようだ。
* * *
目を細め、視界を狭めることで情報の密度を増す。
セラならば常時行っていることだが、フォクシ嬢の腕はそこまで高くない。
あくまでセラに比べての話だ、一般的に見るなら彼女の能力も異常だ。
「これと……これ、あとは……。」
最初に生じた違和感は、人を集めるタイミングが妙に重なっている所。
フェイル州が主体かと思えば、他の組織も時期に合わせて動いている。
これに関してはフェイル州が時期を合わせたと考えるのが自然だ。
州側の書簡は闇組織のものに比べ、急いで書いた形跡がある。
「……こっちもだ。急いでるくせに、気味悪ぃくらい意識を殺した書き方だな。」
人が集まる時期を狙う。
それはベーラ領で行われていた実験を思い出させるものだ。
まさかそんな愚行は犯すまい――、等と断じることはなかった。
固定観念や常識は、この件に関して邪魔になる。
「イベイジだったか……。兵器つっても、違法に威力を高めた火槍か。よほど威力に自身があるみてーだが、ビーイ側は懐疑的。購入数を絞ってやがる。」
数度読み返す可能性が考えられるため、読み終えた書簡はきっちりと並べ直す。
フォクシ嬢の速読に負けじとラヴィテス氏が時系列に並べていた。
レオン嬢とミリィ嬢は飽きたらしく、もう少し情報を探ってくるとか。
残りの面々ではフォクシ嬢の速読に追いつけない。
「こりゃスィーフィーが差し込んだ偽の手紙だな。誤魔化しちゃいるが筆跡が同じだ。火槍の詳細を……大げさに書いてんのか。」
「どれも暗号化されているのに、よくその速度で判別が付くものだな、雪狐殿。」
暗号どころか、ものによっては透かさなければ見えないものまである。
正確に読み解く様は、まるで最初から構造を解っているかのようだ。
同じ六ツ葉をして驚かれるが、フォクシ嬢は不満げだった。
「一枚ずつ読んでるうちはお袋の足元にも及ばねぇ。……フェイル州側からの偽の手紙か。スィーフィーと同じことしてんな。」
『万能』の名は伊達ではない。
相当経験は積んだが、だからこそ母親の底が知れない。
読んでいるうちに感じたのは、日付に対する違和感。
「……いや待て、これと……これもか。日付を変えちゃいるが時期が近ぇ。」
集められた資料は記載された日付、または魔法貨物に残された魔力で並べられている。
インクの乾き具合から一部日付が噛み合わないものが出はじめた。
筆跡、紙の質、インクの質から同じ時期にまとめて書かれた可能性が高い。
「こっちの魔法貨物はわざと迂回させてんな。情報小出しにして何の特が……。」
兵器を売りつけるのであれば、早いほうがいい。
わざわざ時期を合わせるにしても、交渉に入れば余計な時間がかかる。
情報を小出しにして交渉を遅らせては相手の購入意欲を削ぐだけだ。
何なら書面よりも現物を先んじて渡し、試用させたほうがいい。
「デモンストレーションするにしたって、ステラムでやりゃ捕まるだろ。ミリィは普通、目立たねぇようやるって言ってたし……。実験にゃスィーフィーは関わってなかっただろ。」
今までフェイル州と共に名が上がったのはビーイ、キナップ、イベイジだ。
暗殺、誘拐、違法技術、どれもベーラ領での実験に関わっていても不思議はない。
だがスィーフィーは盗み専門だ、兵器の売買は門外漢。
フェイル州と歩調を揃えている理由もいまいち掴めない。
利益を掠め取ろうとしているのであれば、二つの組織と敵対する。
最近フェイル州と手を組んだのだろうか、それなら州は三つの組織を敵に回す。
「……ありえねぇな。ただでさえ実験の弱み握られてんだ。」
「書き足した様子はあるかい? なければ相手からの返事は誘導されている、または想定内だったとか。」
「スィーフィーとフェイル州がイベイジと組んで、ビーイに兵器の売りつけようってか。盗みが入ってくる必要がねぇ。」
次の書簡へ手をのばす。
今度は火槍で打ち出せる礫の規格だ。
市販の礫でも高い貫通力を生み出せるのがウリだとか。
当然のように空白度外視の刻印だが、それならこの時期である必要はない。
「いや、関わっている全ての組織のやり取りが自然過ぎると思ってね。」
ラヴィテス氏の指摘にフォクシ嬢が頭を抑えた。
長々と交渉が続いている時点でおかしかったのだ。
注意していたつもりでも、固定観念から逃れることは難しい。
「……ああ、くそ! オレも人のこた言えねぇな!」
お嬢様のサポーターがどれほど優れていても完璧ではない。
バイトディア襲撃前後でこちらの諜報が知られたものと考える。
その上で細めていた目を開き、横においた一連の書簡へ手を伸ばした。
大きな机の上へ、アタリをつけた書簡を一気に広げる。
もはや一通ずつでは読み解けない。
「情報の小出しもなにも、最初から決まってたって想定で行くと……。解読されることも考えてやがったな。」
対策として盗み専門が関わったのなら納得がいく。
一見どの書簡も細かく暗号化されており、用心を重ねている。
末端には知らされていなかったということだ。
無駄に見えるやり取りで情報量を増し、迷走していると思わせる。
手の混んだ誤魔化し方は、本命から目を逸らさせることが目的だ。
流し読み、情報を切り捨て、結局フェイル州の巨大船を盗む項目へ行き着いた。
偽装された日付と書かれた時期がこの件に関してのみ重なっている。
「売りに出したい兵器はコイツか。試せねぇわけだ。」
改造された浮遊岩の特徴はいくつか箇条書きにされていた。
直感に触れたのは船に一門しか設置されていない火砲。
取引するのは火槍のはずだが、火砲も大雑把に言えば火槍に分類される。
肝心の性能は連射可能としか書かれておらず、礫の規格へ言及がない。
従来規模が大きくなればなるほど装填に時間がかかる。
「砲弾を使わない、空白の使用を研究していたな。魔力の直打ち……常識がありゃ考えねぇけど、それなら一番道筋が立つ。ならコイツも副産物だ。」
その方法は世界の魔力をすすり上げることを意味する。
魔法ではなく直に場の魔力を使うため、生じる空白の場所が限られる。
フォクシ嬢はその結果が生み出すものも知っている。
結局人の流れも、後から足並みを揃えたように見せているだけだった。
考えたくもないが、相手は今回も想定内の最悪を予定している。
「あのお嬢様に伝言だ。ならず者に船を奪われたって建前で、イカれた火砲をぶっ放す可能性が高ぇ。本命は世界の作る兵士の量産、フェイル州側の目的は連邦国の支配だ。」
全州が集まる場所で、そんなことをすれば連邦国内全てが敵に回る。
空白の乱用となれば周囲の国も黙っていない。
仮にも州を代表する者なら、その程度のことは解るはず。
各国相手に、人工的な勇者という曖昧な兵がどれだけ持つかは未知数だ。
『……へえ、いい度胸だ。墓荒らしの関わりはあったかな。』
「こんだけ狂った計画なのにやり遂げる意志が見えねぇ。だから関わってる。」
分が悪すぎて賭けと呼ぶことすらおこがましい。
だが、目的が国の混乱、瓦解と考えれば話は別だ。
マイナスのイメージを焼き付けた後、闇組織を通じて各州で不祥事をでっち上げる。
火のないところに煙を立たせる、ことの真偽は重要ではない。
お嬢様達が利用したように、ゴシップは民衆の良い娯楽なのだ。
連邦国自体へ不信感を高めれば、後は勝手に争いが勃発する。
「オレらはレオン達が帰り次第、馬鹿叩き起こしてガサ入れのし直しだ。最低限兵器内部の見取り図は確保してやる。ったく、時間も人手も足りねぇな!」
「雪狐殿は威勢がいい。だが、弱点にもなるだろう? 持ってきているだろうか。」
「はっ。」
フォクシ嬢はいい加減寒い呼び方を聞き流せるようになってきた。
それこそ愚問というように鼻で笑ってみせる。
書簡を読み解き、設計者の思考経路は掴んでいる。
「無かったら、火砲の構造、動力管、人員配置まとめて予想してやるよ。」
設計理念がどうのこうの、蒸気炉の効率云々、さんざんバシリス嬢に聞かされた。
空白利用に関して、実験に行われた魔道具の配置も知っている。
それらを合わせれば、既に作り終えている船の内部構造は想像がつく。
お嬢様を規格外だの常識外だの言う彼女だが、人のことは言えない。