第4話 閑話ゴングの音に紛れて
2021/03/17追加。
そろそろ改稿速度がダウンします。
騎士化の訓練所は複数設置あり、専用校舎を中心に半円状に配置されている。
いずれの場所も屋上から遠眼鏡を使って一望できる。
そこは座学の一つ、戦術学の教室を兼ねている。
一方講義がない時も開かれている。
五階建ての屋上は大変見晴らしが良いからだ。
壁の向こうまで見えるため、昼食時など中々の賑わいになる。
そのためこの場所に人がいたとしても何ら不思議ではない。
「編入生三名、お前達はどう見る?」
「男は動けるほうだ、竜との連携も取れている。ロイヤル領所属だったか。フォールンベルト家を目の敵にしていたから、さぞかし鍛えてきたんだろうよ。目的が明確なのはありがたい。」
「白髪のほうは言うまでもないが、近づけたくはないねえ。あれは危なすぎる。間違いなく護衛だろうねえ。」
屋上から伺っているのは学生服に身を包んだ三名。
好奇心に唆されて様子を見に来たように映るが、それにしては随分と横柄な口調。
ハルト氏の頑張りを無駄な努力だと嘲り、シルヴィ嬢を邪魔だと吐き捨てる。
ならば彼らの腕が相当に立つのかといえば、到底そうは見えない。
いずれも平均的な体つきであり。
身の置き方が安定しているわけでなく、使い込んだ手をしているわけでもない。
「本命はいいな。とてもいい。顔も相当いいねえ。美姫と謳われるだけある。」
「身体つきのほうはもう少しってとこだねえ。見た目よりは動くけど、二人に比べて随分と変わった動きだ、安定してるのか不安定なのかわからないねえ。おまけに竜との連携も全く取れてないねえ。」
「は? あれくらいが丁度いいんだろうが。とはいえ確か、十一歳か……この先どうなるかはわからないか。」
「……お前達の嗜好はさておき、今の所計画に支障はなしということだな。」
おそらくは最後の発言者がこの面子の首魁。
何ともきな臭い会話だ。
標的はお嬢様、何故と疑問が浮かぶことはない。
「念の為、後で探りを入れることにしよう。室内訓練場を使われなくて助かった。」
「そのための根回しだからねえ。護身術を取り入れている学科は多いから、手を出しやすいねえ。」
「市場からつけていた奴らはあっさり撒かれちまったか、あんな目立つところで一体どんな手を使ったんだよ、あの老獪狐。」
「貴族令嬢として育てられた可能性が高いが、騎士家系としての矜持は高い。確かにどちらの動きもできているが……早々に追い払われたらしい、この情報は当てにならん。」
場所では目立つものは潰される。
それが今まで噂程度で囁かれていた令嬢ならばなおさらだ。
幼い頃の姿絵に心を射抜かれた者は数しれず。
そんな美姫が成長して表舞台に出てきたとなれば、目をつけられないほうが珍しい。
おまけにあの年にして魔法科の専門科目を修められるほどに頭が良いとか。
快活だとも聞いていたが礼儀作法も備えている、大変に素晴らしい。
身分が高く、容姿端麗、頭脳明晰ともなればこれ以上無い愛玩動物だ。
まだ動くには時期尚早、彼らはずっと機を伺ってきた。
情報が出揃う前に行動するほど迂闊ではない。
ゆっくりと切り崩してゆこう、じわじわと溶かしてゆこう、緩やかに貶しめよう。
墓地に葬られた死人が棺桶を破るように。
死人の着飾る金品を奪ってゆくように。
忘れられたものが変わろうと、それに気づくのは事が置きてしまったはるか後。
閉じられた世界の中で暗闇が動いても、明るい道を歩む者たちは気づかない。
そうだ、短く見えようと時間は彼らの味方をする。
「今のうちに楽しむがいいさ。いずれ闇の中で鳴くことになるのだから。」
早くも体力測定は終わったらしい。
ならばこれ以上この場に留まる必要はない。
同志と合流し、計画を詰めるために手早く移動を開始する。
首魁の男子生徒が腕を軽く振ると、二人が後に続き屋上を後に――。
「そうそう、忘れるところでしたわ。最初の挨拶は大切ですわよね?」
する前に、凍りつく。
それはそれは楽しそうな声色と、それはそれは重い圧力が同時に降り注ぐ。
全開にされた圧迫感は、命ずる必要もなく三人の足を止めさせる。
ごくごく自然に統率の影響下に置かれた。
彼らの眼前にはいつの間にか真っ黒なドレスを纏った、真っ白な少女が立っている。
優しげな風貌にも関わらず、瞳は爛々と炎を宿し、唇は獰猛な笑みに歪んでいた。
足元には、なぜかぐったりしている黒い幼竜。
彼らが言葉を放つ前に、スカートを摘んで見事優雅な貴族の一礼。
「学徒お三方に置かれましては、お初お目にかかります。わたくしは『黒狼』シルヴィ。」
ウォルフ卿は貴族の身分もあれど本職は騎士であり、その爵位は高くない。
ゆえに適した礼ではあるが、今回は暴走している若者に対する戦闘開始の宣告。
実際に上げた名乗りは戦場における簡易的なそれだ。
「これよりお三方を徹底的に痛めつけさせていただきますわ? ご安心を。同じ学徒の身分ですし我が家の家訓は『殺さず生かさず』、死ぬほど痛い程度。」
「な、なん……。」
「あの子、とっても風に好かれているようですの。目覚めにわざわざ耳心地が良い音を届けてもらえるくらいには。」
全ての音を拾えるわけではない。
閉所で密談されていれば届くこともなかっただろう。
だが屋上という風も強く、開けた場所での会話。
お嬢様の耳に運ばれないわけがない。
だが彼らを攻めるのは間違いだろう。
そんなことを察せられる方がおかしい、初見殺しも甚だしい。
「勿論抵抗はご自由に。ではお休みなさいませ。詳しいお話は後日、ベッドの上でたっぷりと聞かせていただきましょう?」
シルヴィ嬢の仕事はお嬢様の護衛。
寮に送ることもなく、しかも相方を連れて離れる行動は異常だ。
そこまで確認しなかった事も彼らの敗因。
たかが組手程度でシルヴィ嬢の力量を測れたと判断するのも怠惰。
その気になればこの程度の高さ、壁を駆けて登りきれる。
準備運動を終えた黒い旋風が、本日二度目の地獄を開演した。
次話に新規投稿をそこそこはさみます。