第三の苦労
ウォークライムの朝は、至ってシンプルなものだ。寮に戻っていれば例外なく、全員が訓練を行うようになっている。演奏者が何故訓練を行うかと言えば、それは簡単な話。ウォークライムは世界政府公認された役職という名目で、各地に散らばる戦場を浄化して回っている。故に道中には危険な場所だって普通にあるし、世界政府に反発する組織もいるし、亜種族とは別に魔族──中でも知性が比較的低くて本能的行動をとるもの──によって襲われることも、無いとはとてもじゃないが皆無だとは言えない。
何よりも厄介なのは、世界政府なんて知ったことではないと言わんばかりの人間だ。地域によるが追い剥ぎは勿論、盗賊だっているし、人拐いや奴隷商人お雇いの傭兵なんかもいる。よって、ウォークライムは訓練を行うことを決定した。
ウォーカーでは、ウォークライムを護衛するための補助者がいるが、彼らが必要とされるのは長旅だったり、何らかの形でウォークライムがクライムを使えない状態の時くらいだろう。ポーターは護衛に着かない場合、オフィスの警備だったり雑務をこなしていたりすることが多い。故に、ポーターとも言えるし、武官とも言える。
ポーターはそんなに多くはいないので、オフィス内に設けられた小さな寮に住んでいる。ただし、雑務という名目で、ウォークライムやクライムに関することを研究している研究班にまわされた者は、あまりの激務に疲弊しきってしまい、研究室で雑魚寝なんてことがよくある。
そんな彼らの訓練は、地下の闘技場で行われている。今朝も日が昇らないうちから、訓練に励んでいる者たちがいた。
一方は金髪にライトグリーンの双眸をもつ女性のポーターだ。第三所属の証でもある、戦闘に耐えられる設計の団服──個人によってタイプやデザインは違う──を着ており、左腕に黒い腕章──『聖女アリア』の描かれたポーターの証を着けている。
もう一方は黒い髪に、鮮紅色の双眸のウォークライムだ。間違いなく、アリアだった。彼女は女性ポーターと対峙したまま、両手に一丁ずつ持っている小型の銃剣を構えながらも、肩で荒い呼吸をしていた。
「及第点、といったところでしょうか」
女性ポーターは、そういいながら構えていた双剣を下して鞘に納めた。洗練された動作は、彼女の実力を測るには十分なものだった。またアリアと違って、全く呼吸を乱していないといことがかなりのやり手だということを暗に示していた。
「いえ、僕の中ではまだまだです。欲張って銃剣を使うのは難しいです」
「貴女らしい発言ね。やっぱ銃剣より、短剣や銃単体を扱うことに長けてるみたいね」
己を理解することはとても大切なことだからね、と彼女はそう言いながら感心したように、小さな拍手を送った。
アリアはそんな彼女の拍手を聞いてから、手にしている銃剣を見つめる。何度か試しているが、本来なら使用者の等身に合わせて作られる大剣サイズの銃剣を出来るだけ小型にしたものなので、扱いにくい。
銃として扱う時に持ち方を変えなくてはならないし、銃弾の装填がしにくく、銃の長所である小回りのよさを生かせないことが難点。剣としては片刃剣仕様なので、剣使いに対する反撃に関しては分が悪くなるし、銃がついている分重たくなっているのが銃剣の難点であった。
いざという時には、こうした武器は役に立つものかもしれない。そもそも銃剣の大型を使えば全く問題はない。アリスの場合、それの大型を持てるほど力もないし、もって戦えるほどの体力も無い。そこで、何とかならないかと銃剣の小型版を作ってもらったわけだが・・・。
「僕は銃と短剣さえあれば大丈夫です。レイーシャ所長にはそう伝えておきます。朝から時間を割いてもらってありがとうございました、レイーナさん」
「気にしないで。可愛い妹分のためだもの」
結い上げていた金色の長髪を解くと、彼女――レイーナ・セイン=セルウィネートはにこりと笑った。
* * * * *
曲者揃いのウォーカーの第三クレシェント支部。本部でも他の支部でも有名なこの支部は、優秀な者も多数在籍し、出世を狙うものなら誰でもここに来たいと思うくらいだ。しかし、言ったはいいが、移籍になった者達が口をそろえて言うことと言えば、あれしかなかった。
『あそこは行かないほうがいい。三日で移転したくなる』
噂は本当か?検証しなくとも見れば分かる。まさに、今もそんな状況に陥っている場所があった。
「何をやってるのよ、レイーナ!あぁ、アリスちゃんの綺麗な頬に傷がっ・・・!!」
「大げさだなぁ、レイーシャは。てか、アリスに触んなっての」
支部長室でなんとも幼稚な言い争いを繰り広げているのは、彼の有名なレイーシャと、彼女にそっくりなレイーナだった。そう、この二人こそ第三を仕切っているといってもいい存在のメンバーだ。二卵性の性格だけが違う双子で、何故かアリスとルキを挟んで言い争っている。
どうも、アリスの頬に出来た小さなかすり傷について言い争いによるケンカをしているようだ。またか、と辟易した溜め息を吐くルキと、よく喋ることに感心しているアリスは半分蚊帳の外にされているが。
「どうしてレイーナはそんなにがさつなの!?」
「なんでレイーシャはいちいちうっさいの!?」
「戦るの!?」
「戦るのか!?」
バーチバチバチバチバチィッー!!激しい音を立てて火花が散ったかと思えば、レイーシャはどこからか大剣を取り出して構え、レイーナは腰に下げていた小型銃剣を構えた。お互いに目は本気だった。
『懲りない双子だ』
「ですが、ルキ。二人はとても楽しそうです」
もうこのパターンに慣れているので、二人仲良くささっと部屋の隅に移動したルキとアリスは、いまいち噛み合っているのかいないのか、分からない言葉を交わしていた。取り敢えず、どちらかが双子を止めなくては、支部長室が先日のようにボロボロになってしまうのが関の山だ。
そうやっているうちに、二人は戦闘を開始していた。
大剣を構えたまま動かないレイーシャに対し、レイーナが左手で逆手に持っている剣を下から切り上げるように動かすと、レイーシャが大剣を右横に凪いでそれを弾き、次いで正面から降り下ろされる剣を防ぐと、その体勢で、床と平行にレイーナの急所めがけて大剣を突き出す。その勢いで剣の刃と刃が擦れて激しく火花が散り走った。
瞬時に後方に飛び下がったレイーナだが、先程まで彼女がいた辺りの宙を短い金髪がはらりと舞っているのを見て銃剣の構えを変えると、レイーシャに向かって装填してある42ミールの銃弾を連発砲。ポーター所持武器規定の限界値ギリギリまで調整された火力・出力で発砲された銃弾は、勢いよく銃口から焦点であるレイーシャの急所へ向かって行く。
他人から見たら本気の殺し合いだ。したし双子はお互いに急所を狙ってはいるが、必ず交わされるという絶対的な自信があるので躊躇などしない。何より、言いたいことは拳でという言う程度のやり合いなので、双子は本気でない。双子が本気になればものの数秒で、部屋は半壊しているはずだからだ。
レイーナが交わしたレイーシャの突きは、とてつもない突風を生み、後方の扉二枚を吹っ飛ばした。しかもそれではない。レイーシャが銃弾を交わしたため、銃弾は彼女の後方の壁にぶつかって爆発。一部の壁を半壊にした。
そんな豪快な音に、オフィスにいた者たちは頭を抱えていたり、呆れていたりと様々だったが、事務室にいた経理担当者たちは深刻そうに顔を見合わせていた。
「・・・今回はいくらになると思う?」
「半壊なら耐えれます。前は・・・思い出したくもないっす」
「本部に毎回言われんだよ?『これだから第三は、あの、なんて曰が付くんだ』ってさ」
──誰か、あの双子を止めてくれないかなぁ。
彼らの思うことは、切にそれだけであった。
喧嘩するほど仲良しな双子です。