表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

朝の静寂に


世界には、知らなくていいことも有るんだろう。


あの日、彼にあった日──僕の人生が決まった瞬間、僕は世界の構造(・・・・・)を知った。世界は美しい、なんて言ったのは誰だったのか。世界は歪だ。神様なんているのだろうかと不思議に思うくらい歪である。


閉鎖的な生活を強いられていた僕にとって、世界は美しくて眩しい場所だと思っていたから、何とも言えない感情に襲われていた。望んでいた世界は、こんなにもくだらないものだったなんて。それなら、あの空間に居たほうが良かったとすら思うくらいだ。


だからなのかもしれない。


『お前の瞳、気に入ったぞ』


この世界で、初めて生きがいになるものを見つけたのもこの時だったと思う。世界なんて、正直言ってどうでもいい存在で、滅びるならばそれでいいんじゃないのって思った。


鉄の焼ける臭いと、炎の迫る気配。歪になってしまった世界を救えとは言わなかったが、できるならやって見ろとは言われた。僕の中に宿る力は、僕にしか扱うことは出来ないものだし、それは、選ばれた人間にしか扱えない。


『是か否か、お前自身で決めるが良い』


『僕にできるのならば』


そういって、僕は世界中を旅することになった。パートナーは、勿論彼だ。不安と、ほんの少しの好奇心から僕は、僕の中に宿っている力を使うことになったんだ。


* * * * *


弾かれる弦が音を立てる。奏でられていく音楽に、気付いた人がどれくらいいるのだろう。


街で一番清いとされている教会の塔の最上階にあるバルコニーで、その少女はハープを奏でていた。黒いズボンに、白いシャツだけというラフな格好をしている彼女が持っている銀色のそれは、大きなサイズで弦が何本もあり、音程調節の部分もたくさん付いている。


一音一音が密接に絡まりあっているかのように聞こえてくる音色に、少女の座る椅子の足元に伏せている白銀の狼・ルキは静かに聞き入っていた。


朝日に照らされた街の中で、軽やかで厳かな雰囲気な音色。それが、ふいに止まった。


「お嬢、新調した弦は如何ですかな」


杖をカツカツと付ながら、バルコニーに現れたのは髭の長い老人だった。背は少女の肩ほどで、かなり年を召しているのだろう。


「いつもより音が高いです」


「それはそうじゃろうて。それは、わしが特注で作らせたものじゃからのぅ」


ほっほっほっ、と笑いながら老人はまたカツカツと音を立てて歩き出し、少女の側で止まった。


すると、それに反応してルキが目を開けて立ち上がり、老人に向かって一声吠えた。


「お(まい)さんも気に入ったかい」


『上々だ、弦爺(げんじい)


「そうかい。それは良かったわい」


皺を更に深めて、しわしわの手でルキを撫でる弦爺は嬉しそうに、うんうんと頷いている。


弦爺と呼ばれている彼は、ルキのメンテナンスを担当している、弦楽器専門の調律師で御年87歳という高齢者でもある。


「お嬢と仲良くやっとるようで良かったわい。まぁ、後は仕事仲間の方とじゃのう」


「・・・・ですね」


少女は苦笑しながら頷いた。彼女は一度オフィスを出ると、昔に体験した出来事の反動からか放浪癖がついてしまっているので、中々オフィスに戻らない。


本来なら、一度依頼を終えるとオフィスに戻って完了報告をすることになっているが、彼女はふらふらしながらゆっくり帰還するので、仲間が呼びに来ることもある。

各地にいるギルドオフィス・ウォーカーの協力者である教会が、ウォークライムが依頼先への道中で衣食住を提供しているので、ウォーカーは代わりに募金をする。


立ち寄った教会でウォークライムは、直筆した署名入りの手紙をオフィスへ送っているので、オフィス側はウォークライムの足取りを掴める。


今少女が居るのはウォーカーがあるクレシェントという都市から、馬車で十分程の距離にあるサンリアーナという町で、弦爺が開いている弦楽器工房がある。


少女は今日、クレシェントにあるオフィスに帰還する予定になっているが、あまり戻りたくないような表情だった。


「お嬢は相変わらず人見知りじゃのぅ。ルキも大変じゃろうて」


『我もあそこは苦手だ。アリスだけが、悪いのではない』


「ほっほっほっ。似た者同士じゃな」


むー、というように頬を膨らませた少女─アリスを見て、弦爺は、愉快そうに笑った。


ルキ以外で彼女のことをよく知っている数少ない一人は、アリスを本当の孫のように思っているし、彼女も彼を家族のように思っていた。


「お嬢、婆さんがまた二人に会いたいと言っておったから、また来ておくれ」


「分かりましたと、弦婆に伝えて下さい」


弦爺の妻は、同じ職業をしているので弦婆(ゲンバア)と呼ばれているが、彼女は気に入った人間以外からは依頼を受けないというのは有名な話だ。


その一方で、アリスとルキはそんな彼女に気に入られた人間で、会いに行く度にハープ演奏を聞かせている。弦爺も同席していて、音色に惹かれて動物たちも集まって来るので小さな演奏会だ。


「今日はもう帰るのかい?珍しいのぅ」


「所長に、たまには早く帰って来いと言われていますので」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ