プロローグ
またしても、ファンタジー。
中編くらいになると思われます。
今日も、戦場でその音色は奏でられていた。
数年前に起こった戦で、この場所は血と鉄の匂いが充満してた場所だ。今は、植物がほとんど生えておらず、焦土化してしまっている。人間は、旅人以外近づく者などいない。
そこの空は、憎いくらい美しく澄んだ青空だ。そして、そこの大地には太陽の穏やかな日差しが差し込んでいる。何故、こんなに違うのだろう。
「それは、誰にも――神ですら、分らない」
そのハープからは、美しい音色が奏でられている。かつて、ここで戦い、その命を落としてしまった者たちの悲愴なのか、否、レクイエムだ。先程まで、荒んだ風が吹いていたというのに、今は穏やかな風が静かに吹き抜けている。
言葉を紡いだ彼女は、何を考えているのだろう。
音色を奏でる彼女は、何を感じているのだろう。
この地に佇む彼女は、何を思っているのだろう。
もしかしたら、ただ、その音色を奏でていたいだけなのだろうか。傍から見れば、その姿は異常に見えるだろう。この子は、何故、こんなところでハープを弾いているのだろうと。かつて戦場となっていた、この場所で。
すると、閉じられている少女の瞳から、小さな光が零れ落ちた。それは真珠のような頬を、つーっと伝って地面に落ちて行った。それが伝った後は、風にさらわれて、すぐに消えてしまっていた。
その様子を、彼女の傍に座っている白銀の狼が見ていた。音楽に聞き入っていた狼は、再びゆるりと大地に伏せた。
一音ずつ演奏しているはずなのに、音は響き続けている。音が自ら連奏して、曲を形作っているようだ。
ふいに、音が鳴りやんだ。
「それが、私たちの『忘却した記憶』なのだから」
小さな独白。
少女が誰にともなく呟いたそれは、緩やかに吹いている風にかき消されてしまったが、狼は同意するように青空を見上げた。
少女は閉じていた瞳を開いて、涙にぬれた鮮紅色で空を見上げた。また、小さな光が一粒落ちて行った。一度深呼吸をすると、少女は言った。
「行きましょう、ルキ」
『・・・終わったか』
「えぇ、演奏は終わりました。長居は無用です」
彼女はそう言って、その背中にハープを背負い、ルキという名の狼の背に乗った。ルキは、彼女が乗ったことを確認すると。軽快に走り出した。書いて字のごとく、飛ぶように。
この世界には、数年前にあちこちで起こった戦争で多くの命が失われ、多くの魂が未練で現世に縛り付けられていた。地に留まっているだけならいいが、強すぎる未練を持った魂は、生きている生物の身体を乗っ取ってしまうのだ。
そうなったら、生きている生物の魂は眠っているような状態になり、その期間があまりに長いとそれは消滅してしまう。いわば、体を乗っ取られるということである。だが、体を乗っ取った魂はそのことに気付かないことが多く、気付いたとしてもその体から出られなくなってしまう。そして、両者とも、罪深き魂として見なされて、天に昇れなくなり、地獄に落ちてしまう。
そんな魂を救うために、戦場を渡り歩く演奏者達――『戦場の演奏者』は存在する。
特殊な製造法で作り上げられた彼らの楽器は、彼らが編み出した魔法が掛けられている。その魔法で楽器は意志を持ち、自らが認めた『適合者』以外が自分を演奏することを拒む。適合者が現れると、楽器は自らの精神を具現化させて、地に縛られている魂の元へ彼らを導く。
かの少女もまた、『ルキ』と名付けられた楽器に魅入られた『戦場の演奏者』の一人であった。
適合者は、その運命から逃れることは出来ない。その人生の過程の分岐点に立った時、必ず、楽器に選ばれるのだ。魂を救える数少ない人間の一人として。
勿論、適合者と見なされた者の全員が、ウォークライムの道を選ぶとは限らない。嫌だと、したくないと、そう言う者もいる。
それでは、何時まで経ってもウォークライムが増えることがなくなるので、彼らを支えるためにギルドオフィスが創立された。それが『ウォーカー』と呼ばれているギルド。
そこは、ウォークライム達の管理から始まり、楽器の製造から管理、地に縛られた魂の感知などを行っている。彼らの拠点、といったところだ。
ギルドは各地に支部を置いており、それぞれの管轄内にある戦場を管理して、所属するウォークライムに、任務という形で出立を命じる。
もちろん単期間から長期間まで様々になるので、それに合わせて食糧や衣服などを調達し、安全なルートの確保も迅速に行い、最大限のサポートに回る。
そして、一番大事なのが『楽器』の手入れだ。ウォークライムの象徴たるそれは普通のものではなく、一般の楽器職人には手入れは愚か、触れない。
『楽器』は、製造・管理している専門職人が手入れを行う。無論、ウォークライムの中には、自ら行う者も少数ではあるがいる。
ウォークライムの扱う楽器を示す『クライム』とは、この世界の古い言葉で『精霊の魂』という意味を持っており、だからこそ、彼等は楽器を楽器として扱わず、『精霊の魂』として扱う。具現化された姿が、最たる証拠だ。
「帰ったら、弦を張り替えます」
『またか』
「はい。こんなに長引いたのは久し振りです」
ルキはちらりと、自らが選んだ適合者を振り返った。赤い瞳と、金の瞳が一瞬だけ交差する。
彼女ほどウォークライムに向いた人間はいないと、ルキは思っている。だからこそ、選んでよかったとも思っていた。
『辛くはないのか』
「いえ、平気です」
『そうか』
「あなたこそ平気ですか」
少女の問い掛けに、ルキは問題ないと言った。弦さえ張り替えれば、と付け足して。
戦場で演奏を繰り返せば、クライムは何かしらの疲れで傷んでくる。長時間そうすれば、一度で傷んでしまうこともあるので、チェックとケアは大切だ。
ルキは、少女を乗せて飛ぶように走って行く。次なる目的地は、何処だろうか。
地に縛られた魂の無くなった戦場から、徐々にその姿は見えなくなっていった。
主人公の名前は次回で登場。
今回は、楽器の精霊の名前だけが
登場しています。