神様救済計画始動、なんて格好付けすぎ?
二人の少年が、ベンチに腰かけ、雑談にふけっている。
夢だ。視界に入る和やかな風景を見て、直感的にそう思った。意識がはっきりしている夢。これは所謂、あれだ。そう、明晰夢ってやつ。
片方の少年の言葉が、やけに大きく聞こえてきた。
『カ〇☓君は良いよね。才能があってさ』
カ……何だって? よく聞き取れない。そんなことお構い無く、さらにもう片方の少年が応えた。
『俺には確かに才能がある。かの発明王、トーマス・アルバ・エジソンは、天才とは99パーセントの努力と1パーセントのひらめきである、という言葉を残したが、俺から言わせれば天才とは99パーセントの才能と0,9パーセントの運と、0,1パーセントの努力だ。ちなみに、エジソンのこの言葉は何かをひらめくことのできる才能がないならどれだけ努力しても無駄、という意味も持っているという見方もある。真偽のほどは、今となっては分からんが』
『……すごい暴論だね。それと割とどうでもいい知識を持ってるね』
片方の少年(仮に少年Aとしよう)が呆れ気味に返した。彼はそういうが、もう片方の少年(こちらは仮に少年Bとする)の言葉は割と的確だ。
もしも、凡人の千の努力を天才の一の努力で凌駕することが出来るような、飛び抜けた才能を持っているとしたら、その天才は凡人の千倍の何かを得ることが出来る、という事なのだから。
少年Bが、だが、と前置きし続ける。
『俺ほどの天才となると、その才能ゆえの悩みというのも生じてくる』
『悩み? どんな?』
『努力する、という感覚が俺にはいまいち分からんのだ。どんなことをやろうにも、最初の一で千のことを知れてしまうからな。努力をしようにも出来ない』
『随分贅沢な悩みだね。僕なんか、どれだけ努力しても何も出来やしないって言うのに』
その瞬間、俺は雷に撃たれたような衝撃を受けた。少年Aと呼んでいるこの少年は、俺だ。間違いない。俺は、自分の過去を夢として見ているんだ。口調はまるで違うが、それは年齢を重ねるごとに変わっていったのだろう。それによく見れば、俺とどことなく似ているし、話の内容から才能が皆無だという事も想像できる。
ならば、もう片方――少年Bは誰だ?
名字か名前かは分からないが、最初の文字は「カ」だ。だが、俺の記憶はミコトの呪いのせいで一部がすっぽり消えてしまっている。
誰だ。いったい彼は誰だ?
『ねえ、〇ム☓君。もしも、もしもだけどさ。才能と引き換えに何か望みの者を貰えるって言うなら、何が欲しい?』
『……おかしな質問だな。そうだな、才能と引き換えというなら……俺は神の領域に触れてみたい』
『神様?』
『そう、神だ。この世のあらゆることを解き明かそうとすれば、いずれ人間程度には到底知りえない、神の壁という物が立ち塞がる。俺が見たいのはその先なんだ。それを見ることが出来るなら、俺はなんであろうと捧げよう』
『ハハ……。〇△イ君って、ホントに僕と同い年?』
少年Bの名前は――
カ……ム……イ?
「……い……お……ぃ……おい」
今度はなんだ。俺を呼ぶのは、誰だ。
「おい、おい! 起きろアラタ!」
この荒っぽい口調と声は、もしかして。
「……リオン?」
「ったく。ようやく起きたか。記憶ははっきりしてるか?」
「……えっと、ヴリドラの使徒が二人現れて、それで……」
だんだんと、ピントが合ってきた。リオンの赤髪が風に揺れている。そういや、ここ何処だ? 首から下は、地面のようだが頭は少し柔らかい、何かに乗っけられている。
まさか。
「膝枕……ってやつ、なのか?」
「……どうでもいいから、質問に答えろ」
無理です。絶対無理。
考えても見てほしい。俺は初見でリオンを男と見間違えたが、流石王族というべきか、彼女は一般的に見れば十分、いやそれどころか二十三十分に美少女の分類に入る。
そして、俺は自慢できることじゃないが、女の子との絡みというのが全くと言っていいほどない。当然だろう。どこの女子が冴えなくてダメでクズな男と絡みたいと思う。必然的に、俺は女性に免疫がない、所謂オクテというやつで……。
「美少女の膝枕なんてシチュエーションに……耐えられるかよ!」
何とか体を動かし、リオンと向かい合うように座ることが出来た。しばらく深呼吸して、聞いてみる。
「で、何だっけ?」
「記憶があるかどうかを聞いてんだよ」
そうだったそうだった。たしかあの二人、ネスとダズと闘っててそれで、どうなったんだっけ。確か、すごい怒りが込み上げてきて、その後は。
「覚えてないんだな。あれを」
「……ああ。ってか、あれってなんだ?」
「そうだな。いや、いいや。そんなことより、ちょっと付き合えよ。他に聞きたいこともあるしな」
「気になるから話せよ。それに、質問だってここですれば……」
俺の言葉は中断せざるを得なくなった。リオンが俺を拘束して、強制連行したからだ。建築物の間を鳥のように身軽に潜り抜け、俺はとある墓地へ連れてこられた。
リオンが手にする鎖から俺を解放すると、真っ直ぐこちらを見てきて、何の前振りもなく、しかしあまり聞かれたくないことを問うてきた。
「ここなら人っ子一人いないし、話してもらうぞ。お前と、あの二人は何者なのか」
「……ああ。さすがに、隠すわけにもいかないか。どうせ後で話すつもりだったし、いいぜ。全部話す」
俺は全てを包み隠さず打ち明けた。神の存在、バグの正体、使徒になるメリット、そして最終目標。リオンは黙って全てを聞いてくれた。突拍子もなく、にわかには信じがたい話のはずだが、一応信用してくれたのだろう。
リオン自身がどう思っているのかなんて、分からないが俺は最後に言った。
「使徒になって、一緒に闘ってくれないか? リオン」
リオンは押し黙った。そりゃあそうだろう。俺だって、死神に殺されそうになって、止むを得ず使徒になったんだ。気持ちは手に取るようにわかる。
増してや、リオンはこの世界をバグの侵攻から守る、最後の砦というべき存在だ。そのことは本人も自負しているだろうし、簡単に頷くなんてことはできない。
リオンはフッと息を吐くと、短く返した。
「明日、またここへ来る」
翌日、リオンは確かに来た。強い意志を瞳に秘めて。
「一つ、聞きたいことがある。使徒になった場合、この世界には二度と戻ってこれないのか?」
「恐らくな。戻れるんなら、俺がとっくにそうしてる」
「……そっか。分かった、なら悔いが無いように伝えとかねえとな」
そう呟き、リオンはある一つの墓へと近づいていく。手を合わせ、しばらくの間黙祷をした。いったいどんなことを祈っているのかは不明だ。だが、それでも。俺にはこの墓の下に誰が眠っているのかは知らないが、確かにわかることがある。
泣いている。
彼女は、涙を流している。微塵たりとも声は出さないが、リオンは何かのために涙を流している。こういう時は、あまり詮索しない方がいい、よな。
「……リオン、答えを聞かせてくれ」
「この墓に供えてある花……アスターって言うんだけどな、花言葉が何か知ってるか?」
「……え?」
「アスターの花言葉。それは思い出とか追憶だ。でも、ここに眠る奴が好きな言葉は、多分それじゃない」
リオンは泣いているという事を悟らせないよう、いつも通りの声で喋っている。
「アスターはエゾギクとも言ってな、エゾギクの花言葉は……『変化』だ。あいつは、俺に変われって言ってんのかな? ほんっとに、生きてる時も死んだ後もふざけた野郎だ。なあアラタ、もう一つだけ質問良いか?」
「俺が答えられることならな」
「……お前、何のために闘ってんだ?」
何のために、か。俺が闘う理由、それは元を辿れば逃げるためだろう。才能のない自分に嫌気がさして、何とかして才能が欲しいから闘ってる。
けどまあ、格好よく言えば――
「変わるため……かな」
「そうか。なら同じだな」
同じ?
リオンは振り返り、笑顔で言った。
「もう、肩ひじ張るのはやめだ。今すぐじゃなくてもいい。闘うために変わるんじゃなくて、ゆっくりと、変わるために闘う事にするよ。……お前と一緒にな!」
その清々しい表情からは、何かが吹っ切れたことが窺えた。まるで、長い間背負い続けてきたものを肩から下ろしたような。
まあでも、答えはYESと受け取ってもいいのかな。
「よろしくな、リオン!」
「ああ。『神様救済計画』始動ってところか?」
「ハハ、何だそりゃ」
けど、神様救済計画――響きは悪くないじゃん。
やっと一区切りついた……。次からはもう少し速いテンポで話が進む……といいなあ(更新速度は別として)