そんなのは理不尽だろ
人類史上最悪の日。『夜の一日』より二年の時を経て、それは更新されようとしていた。
あの日と同じように、空を埋め尽くすバグの群れを前に、人類は確かに減少の一歩を進んでいた。世界各地の軍隊が総動員で駆除に当たっているものの、魔力を持たない普通の軍人では手も足も出ない。
バグを駆逐するには魔力を有し、魔法具を扱う事の出来る者たちの力が必要不可欠。が、魔力を持つ者は非常に稀で、その中で戦闘を行えるまで強くなるものはごくわずか。
必然的に、そう言った者たちは人類の最後の砦、グリム王国が独占することになる。全人類は一筋の希望を求め、グリム王国へと歩を進めていた。
「リオン隊長! 大多数の人類のグリム王国への避難が確認されました」
一人の隊員の朗報に、バインドスネークへ炎を纏わせ交戦中のリオンは応えた。
「そうか。なら全戦闘員に伝えろ。グリム王国を全力で死守。バグを駆逐せよと!」
隊員は下がった。程なくして、人類の全戦力はこの地に集結するだろう。もっとも、その内の何割が生き残れるのかは不明だが。
そんな考えを紛らわすように、リオンは鎖を振るった。瞬く間に延びていく鎖は、迫りくる軍勢を大量に焼切っていく。悲鳴もなく地に沈むバグを冷めた目で見ながら、再度攻撃を仕掛ける。
「一体、あとどれだけいるんだ」
軽く見積もっても、既に自分一人で千体は倒している。二年前もそうだったが、異常すぎる数だ。以前にもそんな疑問が沸き、科学者たちに質問したことがあった。しかし、返ってきた答えは「分からない」というものだった。
次元を超えてやってくるらしい、という事は分かっているがそれ以上先の答えがまるで分らない。つまりは、人知を超えた超常現象。
「やつらは……どこからきているんだ?」
「それは~」
「神の領域ってや~つ~」
「――誰だ!?」
リオンは素早く振り向いた。リオンに声を掛けた何者かは二人いた。一人は長身で細身の、もう一人も長身だが、こちらはそんなに痩せてはいない。
謎の二人は、同時に口を開いた。
「初めまして~。この世界最強の戦士さん。俺等はあんたらがバグとか呼んでる連中のボス的な? まあ、今あんたが殺しまくってるやつらの上司みたいなもんだ。ここまでで、何か質問は?」
「……は?」
意味が分からない、状況が呑み込めない。いきなり出てきて、質問はあるか? だと。
「ん~。訳わかんね~って顔だな。じゃあこっちから教えるわ。俺等の目的は~」
二人が同時に走り出す。一瞬でリオンを挟み、拳を作る。
「とりまてめえを殺して、この世界を破滅しやすくすることだ!」
二つの拳がリオンに襲いかかった。派手な音を立て、途轍もない衝撃が広がる。土煙が舞う中、一筋の光――否、灯が半径十メートルほどを満たした。
「……そういうことなら、放っておくわけにはいかねえな。どっかの誰かを守るためにも、俺は負けられねえ。全力で、手前らをぶっ殺す!!」
鎖を自らに巻き付け、鎧としたことで攻撃を耐えたリオンがそう高らかに宣言した。
「ほ~、威勢がいいな。あのおっさんと同じようにならないことを祈るぜ」
「あのおっさん? 誰の事だよ」
「ん~、なんつったっけ。なんちゃらバーグだっけか。二年前自爆してくたばったあいつだよ」
リオンは心の内で激しく動揺した。しかし、それを隠しできるだけ冷静な声で返す。
「……そいつがどうしたんだ」
「俺等が殺したんだよ。なかなか楽しかったぜ~。まあ、最後の最後に自爆したのは驚きだったが。何にしろ傑作だったな。俺の弟子には手を出すなとかなんとかほざいて死にやがったからな。その弟子とやらが今どこで何してんのかはしらねえけど、まあ……」
「黙れ」
「……あ?」
リオンは二人組を射殺さんばかりに睨んだ。そこらのチンピラが、震えあがって逃げ出すような殺意と共に。魔力を体中から絞り出し、得物に注ぎ込む。
「おっさんの事を……馬鹿にするな」
「はあ? ……あ~もしかして、お前があいつの弟子とやらか?」
リオンは何も返さない。それをどう受け取ったのか、二人組は尚もペラペラと喋り出す。
「運命ってのは本当にあるのかもな。俺等からしちゃ、お前との戦闘なんてどうでもいいことだけど、お前にすれば仇討だもんなあ。……やるか? ガキ」
その言葉を皮切りに、全員が武器を構えた。二人組の武器は細身の方が棍棒、もう片方が槍。数秒睨み合い、一斉に走り出した。
まずリオンが退治したのは細身だった。凄まじい速さで、棍棒を振るってくる。それを躱し、受け止めながらリオンは隙を窺った。一度縛り上げることが出来れば、即座に焼き殺してこちらの勝ちだ。
そう思っていても、実現させるのは難しい。油断していれば、もう片方からの、文字通り横槍が入るからだ。一見簡単に捕えられそうでも、なかなかできない。二体一のシチュエーションは、あまりにも不利だ。
「どうした、当たってないぜ」
「うるせえ……よ!」
リオンは攻め方を変えた。細身ではなく、もう一方の中肉中背を狙ったのだ。あっちの方は油断している、という読みは当たり見事縛り上げることに成功した。
「これで、終わりだ!」
「相棒!!」
瞬間、巨大な火柱が登った。鉄をも溶かしてしまうほどの熱が中肉中背を襲う。一瞬で灰になる。そう確信したリオンだったが、現実と理想はなかなかうまく噛み合わないものだ。
「ぐああああ!! ……な~んて。ざ~んね~んで~した~」
「な……無傷……?」
「びびらせんなよ! にしてもよえ~。この程度かよ。人間最強ぉ!!」
細身がリオンの鳩尾へ膝蹴りを入れた。肺から息が漏れ、体が上手く動かない。あの細い体の、一体何処からそんな力が出るのだ。そんなことを考えながら、何とかして体を起こそうと奮起する。
「ヒャハハハ!! ほんっと弱いな。弱すぎる。その程度の力で誰かを守るだ~? 笑わせんな。そういうことを言えるのは真の強者のみだ。俺も倒せねえような軟弱なやつが、そういうことを軽々しく口にするなよ」
リオンは強く歯軋りした。
――俺はまだ変われてねえのか。あの日から変わったつもりでいたけど、それは結局自己満足だったのか? 俺は、いつまでたっても弱いままなのか?
嫌だ。
そんなのは、もうこりごりだ。
「……今から変わってやるよ。手前ら倒すために、今から変わってやるよ。今ここで闘うために、変わってやるよ。もう、あんなのを繰り返すのは嫌なんだよ!」
リオンは立ち上がった。己への怒りに身を任せ、そのエネルギーだけで立ち上がったのだ。真っ直ぐと前を見据え、歩き出す。
――が、いつどんな時でも、現実は邪魔をしてくる。
「手前が今までどんな努力をしたとしてもなあ! その結果がこれなんだよ! 全く、師弟揃って笑わせてくれる!」
リオンはいつの間にか挟まれていた。二人の馬鹿笑いと共に、前後からの攻撃が襲いかかる。バインドスネークも手元にない今、この攻撃を防ぐ術はもうない。
そう、奇跡でも起きない限りは。
リオンの死の間際、一陣の風が通り過ぎた。リオンの体を抱えて。その風の正体――それは。
「ぎりぎりセーフ……か?」
「お前は……」
「なあリオン。お前の過去に何かがあったってことは何となくだけど分かった。それは何か知らねえけど、取りあえずさ、冷静になれって」
風の正体、音無新はリオンの頭を二三度叩くと、ゆらりと立ち上がった。その顔を怒りに歪ませて。二人組の方を向き、怒気を含んだ声で喋る。
「リオンは……何かから逃れようと必死になって努力してんだよ。その努力を手前らが笑ってんじゃねえよ……」
「ヒャハハハハハハ! なんだてめえ。まさか、俺等に説教しようってか。どいつもこいつも笑わせてくれるな!」
「大した努力もしないで出来るやつが……できねえ奴の努力を笑ってんじゃねえぞ」
「……まだ言うか。さすがにもう笑えねえぞ。死んどくか? ん~?」
二人組が、今度はアラタを挟んだ。いつもと同じように、前方から棍棒が、背後から槍がそれぞれ襲ってくる。
それに見向きもせず、アラタは続きを言い放った。
「そんなのは……理不尽だろうがっ!!」
アラタの最大のトラウマ。才能による出来の違い。人より努力しても追いつけなかった、あの記憶が脳裏に蘇る。それは同時に途轍もなく強い怒りを生み出しそして――
「て……手前。なんだ~? その赤い右目はよ」
二人を吹き飛ばし、新たなる力を生み出した。
アラタは静かに、しかし確かな圧力を持った言葉で呟いた。
「第一の眼は心の眼――俺の感情により力を変動させる、最強にして最弱の眼、か」
その力の名は《心眼》。神より与えられた、アラタの力の一つ。