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アラタの決意とリオンの過去

 ミコトが言った言葉、それは要するにリオンを俺と同じように使徒にする、ということ。


「……判断基準は?」


 一応聞いてみる。さすがに、大した理由もないんじゃあ、俺もリオンもはいそうですかとは頷けない。しばらくして、声が聞こえてきた。


「簡単な事じゃ。あやつがこの世界で最も強い戦士だからじゃ。伸び代からしても、全世界を通しても稀に見るほどの逸材。放っておくわけにはいかん」

「だとしてもだ。あいつ、多分だが俺よりも年下だぞ。それに、俺とは違って才能に恵まれてる。そんなやつが、何のメリットもないのにこんなこと引き受けるかよ」


 俺がそういうと、ミコトが小さくつぶやく。「あるぞ」と。


「メリットならばある。一つ、どでかいのがな」

「……何が」

「その前に、この世界……いや、妾の管理する十二の世界の内一つを除いた世界で『バグ』と呼ばれておる存在が何かを、教えておこう」


 『バグ』。ここでその言葉が出てくるのか。それに、今の言葉から察するに、バグとは一つの世界(恐らく俺がいた世界)を除く十一の世界で出現しているという事になる。

 俺は黙ってミコトの言葉に耳を傾けた。


「バグとはそれ即ち、神々の創りだした生命である天使の失敗作――『堕天使』のこと。天使とは、中級以上の位の神が自分の領地の管理、雑用などの仕事をやらせるために創りだした生命。しかし、この天使を創りだす際、稀に失敗し全く別のモノが出来てしまうことがある。これが『堕天使』という存在。通常、堕天使は創ってしまった神が責任を持って排除するのがルールなのじゃが、絶対ではない」


 少し疲れたのか、そこで切った。なんとなくだが、俺にも話が見えてきたような気がする。


「堕天使の処分を面倒くさがった神がもっとも取る方法。それは……自分よりはるかに弱い神の世界へ割り込み、その神が管理する世界へ送り込むというもの。もうわかったじゃろう」

「あんたより偉い神様が、俺のいた世界を除く十一の世界に堕天使を送り込んだって訳か。リオンの話じゃあ、一番初めに出たのが十五年前だから、丁度俺が生まれた少しあと」


 そして、ミコトが最下級神に落とされたのも俺が生まれた後なんだから、そのあたりの事だろう。バグが、堕天使が出てきたというのはそういうことだ。リオンにとってのメリットは、ミコトの位を上げればバグが発生しなくなる、とうもの。

 これで、ようやく話が繋がった。

 俺という生命の始まりのせいで、多くの人が犠牲になってしまった。この世界だけじゃない。他にも十個の世界で、数えきれないほどの死者が出ているだろう。


 何なんだ……俺は。


 歯が砕けそうになるほど強く噛み縛る。拳を作り、爪が食い込み血が出るまで握る。そうでもしてないと、俺は今すぐにでも自分で自分を殺してしまう。


「ミコト、その神の名前を教えてくれ」

「……いいじゃろう。その神の名は上級神『ヴリドラ』。神界でも、悪名高い神として有名じゃ。そしてそれと同時に――」


 その次の言葉には、はっきりと怒りや妬みが感じ取れた。


「――最も時期最上級神に近いとされる神でもある。はっきりと言おう。妾はあやつが大っ嫌いじゃ。あやつが最高級神になることなどもっての外。妾が絶対に阻止させる」

「ブリドラか……覚えたぜ」


 俺は自然に口角が吊り上っていくのを感じていた。今までは持ちつ持たれつ、所謂ギブアンドテイクの関係だったが、これからはそういう訳じゃあなさそうだ。

 放った言葉は、ミコトと一字一句紛うことなく一致していた。


「目指すは神殺し。そして下剋上……!!」


 














 時は十五分ほどさかのぼり、場所はとある墓地。

 この場所に埋められる者は、皆十五年前に突如発生したバグと呼ばれる存在と戦い、戦死した者たち。そんな神聖な場所に、一人の少女が立ち寄っていた。少女の名はリオン。人間最強の戦士にして、由緒正しきグリム王家の血を引く王女だ。

 気高き王女はある一つの墓に近付いていく。他の墓よりも、一際大きい場所に埋められているのはリオンに闘いのいろはを教えた師にして、命の恩人。さらに対バグ戦闘専門部隊初代隊長であり、リオンの先代にもあたる。

 彼の名はスパルバーグ。『炎蛇』と恐れられ、幾体ものバグを葬ったかつての猛者である。

 リオンはそんな彼の墓へ、アスターの花を添える。生前、彼が好きだと言っていた花である。


「……なんでこの花が好きなのか、結局教えてくれなかったっけ」


 ぽつりと呟いてみる。返事など当然返ってくるわけもない。今度、花言葉でも調べてみようか。そんなことを思いながら、リオンは彼との思い出を振り返った。



 


 出会いは王宮内でのことだった。王族主催のパーティに呼ばれたバーグは、暇を持て余していた。なんといっても周りは何々卿だったり、なんとか伯爵といった身分の者ばかりなのだ。こっちはスーツを着ているだけでもいっぱいいっぱいだというのに、やってられない。

 明らかに場違いな空気から抜け出すために、王宮から離れた場所でお気に入りの葉巻を吸っているときだ。突然、頭に何かが乗っかってきたのだ。

 むんずとその何かを掴みとり、目の前にぶら下げた時はたまげたものだ。何故なら、頭に乗っかってきたのは、お転婆だと有名なあの王女様だったのだから。


「おっさん。俺に闘い方を教えてくれよ」


 開口一番にそう言った当時八歳のリオンだったが、バーグが承諾するはずもなかった。


「女に、ましてや王女様が闘えるわけねえだろ。馬鹿みたいなこと言ってないで、お家に帰れ」

「っな。ふざけんなよてめえ! 女が闘えないなんて誰が決めたんだよ!」

「年上になんだその口の聞き方はぁ。ったく。そうだな。よし! ならチャンスをやろう。この近くの森、迷いの森……だったか? そこに生えてる高級食材『マツタケノコ』を取ってこれたら教えてやるよ」


 その提案はあまりにも無理難題なものだった。迷いの森と言えば、入り組んだ道と同じような景色のせいで、入ったきり帰ってこない、という者が続出する危険地だ。

 正直、言ったバーグ自身でさえ、やれと言われても遠慮するほどの場所である。馬鹿な話はこれで終わりだ。そんな意味が込められていた。

 だが、この王女は違った。

 信じられないことに、本当に成し遂げたのだ。誇らしげにマツタケノコを掲げるリオンを見て、言った手前引き返せなくなったバーグは仕方なくリオンを弟子に迎えることとなった。

 やることはやれるだけやる、という性分もあり、体術を教え、魔法を教え、自分の持つ知識の限りを託した。元々才能にも恵まれていたのだろう。リオンはメキメキと腕を上げ、いつしか世界有数の強者にまで上り詰めていた。

 バグがいる限り平和とは言えないが、比較的平穏な日が続いていた。

 二年前、史上最大とまで言われるバグの大群が攻めてくるまでは。後に『夜の一日』と名付けられたその日は、夥しい数のバグで空が埋め尽くされて名前の通り一日中、暗闇におおわれていた。

 まさしく、人類の存亡をかけた戦いだった。リオンも戦場に行き、第一線で闘った。魔力と体力の限り、バグを血祭りに上げ続けた。それでも、限界は無慈悲に訪れるものだ。

 貧血、疲労、魔力切れ。あらゆる要因が重なりリオンは膝をついてしまった。チャンスと言わんばかりに、無数のバグが群がってくる。初めて死の危機という物を直感した。黒い爪が命を刈ろうと近づいてくる。

 その時だった。

 リオンは誰かに守られた。盾となった誰かの血が飛び散る。どうみても助からない量だ。


「……おっさん? なんで」


 掠れた声が漏れる。バーグが攻撃してきたバグを鎖――バインドスネークで締め上げながら答える。


「さあ、なんでかな。分からんが、理由を無理やりつけるとすりゃあ……変わったからかな」

「変わった? 誰がだよ……」

「俺に決まってんだろ。数年前の俺なら、多分誰がこうなってようと助けなかった。それなのに……お前を助けちまった。これが良い変化か悪い変化かは……まあ、未来が決めることか」


 バーグはゆっくりと立ち上がった。バグが群がるが、それを一瞬で灰に変える。いつの間にか、バーグの体に炎が帯び始めている。

 禁じ手とされている最強の魔法、『ライフ』。生命力をほぼ無限の力に変換する。


「俺の首を獲りたいやつぁ掛かってきやがれ!! これが、男スパルバーグ史上最後の戦いだ!!」


 バーグは走り出した。瞬間、空を埋め尽くしていたバグの一部に閃光が走ったかと思うと、ぽっかりと穴が開いた。バーグが鬼神の如き力で蹂躙しているのだ。


「精々派手に散ってやらあ!! 見晒せ、これが俺の最後だぁぁぁ!!」


 バーグの雄叫びが戦場に轟いた。直後、この世のものとは思えないほどの大爆発。それによって生じた熱はバグのみを焼き尽くし、人間に力を与えた。希望という力をだ。

 そしてもう一つ。リオンにだけ特別なものが与えられていた。


「これ……おっさんの使ってた……」


 それはバーグの相棒、バインドスネークと呼ばれる鎖だった。炎魔法の威力を増幅させ、バーグを『炎蛇』と恐れさせた立役者でもある。故にバーグはこれを命と同じぐらい大切にし、リオンにすら触らせなかった。

 そんな代物が何故? そう思いながらも手に取った。その時だった。バーグの声が聞こえた。


『聞こえてるか、リオン。これは俺の遺言みたいなもんだ。俺の相棒をお前が手にしたとき、聞こえるようになってるはずだ。で、何が言いたいかというとだ……まあお願いだな。とりあえず、葬式はできるだけ地味にたのむぜ。それと、相棒はお前にくれてやる。欲しがってたろ。で、あとは……そうだな。俺の墓にアスターの花を添えてくれ。好きなんだよ。とまあ、そんなもんだな。とりあえず、頼んだぜ」


 少しの沈黙の後、最後の言葉は照れくさそうに添えられた。


「……命より大事な一番弟子よ」

「――――っ!!」


 しばらく固まっていた。いろんな思いが交差する。悲しみ、虚しさ、憎しみ。その中でも一番強いのは怒りだった。恩師を死なせてしまった弱い自分へのどうしようもない怒り。涙を流すわけにはいかない。そうわかっている。それでも――


「何勝手に……死んでんだよ。おっさん」


 涙が零れ落ちる。今の自分はさぞ惨めに見えていることだろう。己の弱さゆえに大切な人を亡くし、その弱さに怒り、泣き、流れる涙にすら怒りを覚える。

 これからも闘いを続ければ、またこんなことがあるかもしれない。そうなったとき、自分はまたこんな醜態をさらすのか?

 

 嫌だ。


「変わるんだ。俺は……闘うために、変わる」


 リオンは鎖を手に取った。魔力などもう微塵も残っていないはずだが、いったいどこから湧き出るのか。ありったけの魔力をバインドスネークに流し込む。

 

「今の自分から抜け出さないと……俺は闘えねえ。だから変わる。いや、もう俺は変わった。弱い手前から抜け出して、俺はもう変わった! ……だから闘う。どっかの誰かが、悲しまないためにも」


 その時よりリオンは、涙を流すことがなくなった。






 回想を終え、リオンは墓を離れた。そろそろ、答えを聞きに行ってもいいだろう。歩みを始めようとした時だった。

 ブーブー、とけたたましいサイレンが鳴り響き始めた。リオンは思わず歩みを止めた。


「この音……まさか。嘘だろ」


 その音には聞き覚えがあった。過去一回だけ、その音は世界中で鳴り響いた事がある。それは二年前のあの日。死を亡くし、闘い続けるため弱い自分を捨てたあの日だ。そう、この音は。

 人類滅亡の危機が迫った時にのみ鳴る警報。これが鳴るのは、過去の『夜の一日』以来。


「……早くいかねえと、世界が終わる」

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