異世界に転生した
白い光へダイブした俺は、真っ白な空間の中でしばし浮遊感を味わっていた。まるで雲の上にでも乗っかっているような、不思議な感覚を感じること数分。俺を覆っていた白は掻き消え、俺の視界には鮮やかな緑が広がっていた。
どこだ、ここ。
そう思うのも束の間、今度は森が炎上し始めた。状況を飲み込むのにたっぷり十秒は掛かった。唯でさえ神様と会話し、使徒になり、異世界へ転生するという訳の分からないことになっているのに、降り立った先で森が燃えている。
「何なんだよ一体!?」
そんな声を上げながら逃げた。がむしゃらに、出来るだけ火の回っていない場所へ。右へ左へ木を避け、走り回る。既に後方の森は完全に焼け尽くしている。それに恐怖を憶えながら、俺はようやく森を抜けた。
これで助かった――と思ったがそういう訳でもないようだ。焼死の危機を乗り越えた俺の目の前に広がるのは、分厚い鎧を身に着け、腰に剣を携える物騒な集団。罠だ、そう気付いてももう遅かった。
重苦しい空気の中、誰かが口を開いた。
「……人間?」
それを皮切りに、様々な言葉が飛び交う。「馬鹿な、確かに空間の歪みが確認されたはず」「しかしあの姿は我らと同じ人間だろう」「いや、新種かも知れないぞ」といった具合だ。
全く話が見えてこない。何のことだ? 空間の歪みやら新種とか。
「おい、お前聞いているのか!」
先頭の強面な男が怒鳴った。考え事をしている間に何かを聞かれていたらしい。条件反射で「はいぃ!」と情けない声を上げた俺にむかって、男は再び怒鳴ってきた。
「お前は……何者だ。答えようによっては、今すぐにでも一斉攻撃で塵に変えるぞ」
後ろの騎士たちが抜刀し、剣先を俺に向けた。これはまずい状況だ。何か答えないと、文字通り塵にされる。とにかく慎重に、私は人間ですとそう伝える。
「お……俺は人間だ」
「全軍撃てえ!」
「何でだよ!?」
瞬間、騎士たちが向けている剣先から、火球が放たれた。いや、よく見れば火球だけではない。水球、土球、雷球まである。
それらの色とりどりのボールが、俺目掛けて一直線に飛んでくる。
死ぬ。
直感的にそう思い、駄目元で避けようと近くの樹に登ろうと飛び上がった。その時、俺の身に有り得ないことが起こった。大した助走もなしに飛び上がった俺の体は、十五メートルは有ろうかという樹木の天辺付近まで辿り着いたのだ。
「…………え?」
思わずそんな声を上げてしまった。ゆっくり下降していく体でバランスを取りながら、着地の衝撃に備える。ダン、と音を立ててそこまで強くない着地の衝撃を感じながら、俺は何となく両手を開いたり握ったりしていた。今さら驚きもしない。この短い間に、現実離れしていることは何回も経験したからだ。
このことは後で聞くとしよう。そう決めてから、手頃な木を殴ってみた。予想通り、俺の拳は木に減り込み倒れて行った。
「……こ……殺せ! 今すぐ殺せ!」
又もや攻撃が放たれる。今度は大して慌てもせず躱す。軍隊が一二歩下がった。相当切羽詰っているのだろう。
先頭の男が、口を開く。
「隊長を……『紅蓮』を呼べ。コイツは間違いなく『バグ』だ」
「っは!」
後ろの騎士が一人、馬で駆けて行った。紅蓮とやらを呼びに行ったのだろう。さて、俺はどうするか。
「とりあえず……逃げるか」
「逃がさん!」
再びカラフルボールの軍団が飛んできた。三度目ともなると、威力が弱まっている。そろそろ限界なのかもしれない。ひょいと軽く避ける。
「く……。まだだ! 隊長が来るまで持ちこたえろ!」
人聞きの悪い。こっちからは何もしていないだろうが。ちょっとイラついたので、殴ってやろうか。俺は駆けだした。冷静になった今ならわかるが、走る速度もかなり上がっている。ついでにスタミナも付いたのだろう。森の中を逃げていた時も、息が上がらなかったがこれなら説明が付く。
「んじゃあ、一発いっとくか!」
右手で拳を作り、振り抜こうとした瞬間だった。「させねえよ!」という怒号と共に、俺の体を炎が包み込んだ。気付いた時には遅く、何かの衝撃により俺は木へ打ち付けられた。
「がはぁっ!」
肺から息が漏れそんな声が出る。立ち上がろうとするが、何かに体を縛られているようで、動けない。土を踏み歩く音が聞こえ、顔を上げると俺を縛った何者かは腰を落とし、視線を合わせた。
「ウチのもんをよくもやってくれやがったな」
何者かの顔はかなり整っている。恐らく、確証は持てないが男だろう。年は十代前半ぐらい、そして何より目を引くのは、燃え上がるように鮮やかな色をした赤髪。
彼は鋭い目を向けると、言った。
「手前みたいな『バグ』は流石の俺でも初めて見るぜ。まあ何にしても、国のイカレタ科学者どもに渡せば、嬉々として調べてくれるだろうが」
「だから、俺は人間だ……ですよ」
「敬語を使うとは、なかなか礼儀の良いバグだな。とりあえず、お前はこれからウチの国で色々調べるから、大人しくしてろよ」
そういうと赤髪は鎖を引っ張った。すると、俺が縛り付けられている木が根元からもぎ取られた。どうやらあの鎖が俺を縛っているらしい。かなり強固な物らしく、今の俺の力でも砕けない程だ。
意味はないかもしれんが、とりあえずフレンドリーに接することにする。
「えーと、なんて呼べばいいですかね?」
「……紅蓮とでも呼んでろ」
「じゃあ紅蓮さん。俺はこれから国のイカレタ科学者に何されるんでしょうね?」
「やつらのことだ。解剖からホルマリン漬け、何でもやると思うぞ」
俺は引き攣った笑いを浮かべた。異世界転生して早々、人体実験のモルモットになりかけるとは何の冗談だ。
「ちょっと、調子に乗りすぎたかかもな……」
数日後、俺は何処かの牢屋に投獄された。