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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
ビリャビセンシオ
7/41

 

 その穴は本当に深くて、先に登ったフリオが開いた出口の光がはるか遠くに見えていた。その小さな四角を前を行く二人が隠していて、二人の体が揺れるとその隙間からちらりと覗いていた。それでもみんな外へ出られる期待から休むことなく縄ばしごに挑む。すると光の四角が次第に大きくなって、ベンとルックの体が隠しきれなくなって来た。程なくベンが枠の外へ消え、続いてルックもよじ登った。何か甘くなじみのある匂いが漂っていて、それが何か気付いた瞬間に、ぼくも四角から外に這い出していた。

 穴の外はジャングルの中と知れる。匂いの主、ハイビスカスが辺り一面咲き誇っていた。この場所は周辺より樹木が少なく、そこに今出て来た穴がぽっかり開いていて、それをふさいでいた板戸が横に投げ出されている。

「ここは?」

 思わずぼくがつぶやくとベンが、

「村の西、『コンキスタドールのコブ』に近いところだ」

 咲き乱れるハイビスカスの、ただでさえ濃いピンク色の花が赤く染まっている。染めた夕焼け空が、まばらに生えた木の隙間から覗いていた。

「行くぞ」

 穴の板を元通りにしていたフリオが声を掛け、ぼくらは密生する草を分けてジャングルに入り込んだ。


 三十分も歩いたころには辺りはすっかり暗くなり、足下もおぼつかなくなる。ぼくが頭から取って手に持っていたヘッドランプをもう一度付けようとすると、

「マレイ、明かりは点けるな」

 察したのか、先頭に立つフリオが制した。

「ここで一服しよう」

 リュックサックから何かを取り出し、それをベンに投げ与える。

「へえ、すげえ」

 疑い深く無口でいたベンすら驚くものだった。

「ペットボトル?」

 それは数年前から上級市で作られ始めたという透明な容器に入った液体で、ぼくらも交換市で何度かお目にかかったことがあった。

 毒でも入っていないかと疑っているのだろう、ベンが恐る恐る口にすると、一言、

「水だ」

 キャップと一緒にルックに手渡され、ルックが飲んだ後はぼくの番。三分の一になった残りをフリオに見せると、彼はもう一本出して自分で飲んで見せて、

「全部飲んで。ボトルは使えるからこっちへ」

 すっかりのども渇いていたことを忘れていて、一気に飲んでしまう。水は井戸水と違い臭いも苦みもなく、とてもおいしかった。

「もう少し先に行くと、丘がある。その下で野宿する。あそこには野獣がいない」

 フリオはそう言うと、

「明かりはおれだけ使わせてもらう。気を付けていないと空からおれたちの動向がよおく分かっちまうからな」


 丘には一時間ほどで着き、ここで待てと声を掛けたフリオが登って行った。

「偵察だね」

 ぼくが言うと、ベンは肩をすくめ、

「だといいがな」

「誰かに合図とか?まさか」

 ぼくは既にフリオを信用することにしていたから、少し皮肉っぽく言ってやった。

「お前は本当に人がいいな」

 ベンがまるで父さんのような言い方をする。そこで父さんや村の人たちを思い出し、ぼくは黙った。

 フリオはものの五分で戻ってくると、

「ベン」

「なに?」

「お前の横に扉がある。開けて」

 それにはみんなびっくりしてしまい、ぼくはベンが改めて探るようにキョロキョロして扉を捜し当てるのを感心して見ていた。

「へー、すごい。すぐ横にいたのに気付かなかったよ」

 それはベンが寄りかかっていたツタの絡まる朽ち木の横、目の粗いネットに、プラスチックか何かで出来た本物そっくりのツタを絡ませたもので覆われた木戸だった。こんもりとした草むらに似せた天井の低い小屋がここにあった。

 ベンが少し斜め下向きに傾いたドアを引き開けると、フリオが先に入り、

「おいで全員」

 声に従って三人、中に入る。最後に背を屈めたフリオが木戸を閉じるとそこは本当の闇の中だった。するとカチッと音がして炎がぽっと浮かぶと、フリオがオイルランプを灯した。

 天井に下げたランプに浮かぶそこは、ぼくの家の応接間くらいあって意外に広く、大の大人五人くらいが寝転がってもまだ余裕がありそうに見えた。奥の壁には棚があって、そこになべやら取手の付いた鉄皿やらロープやらいろいろな道具が見える。

「まあ、みんな、座ろう」

 フリオが少し優しく言う。背の高さが彼と同じくらいのぼくは、ずっと首を下げっ放しだし一番背の低いルックですら天井に頭が触れそうになっていたから、確かに座るしかなさそうだった。

 フリオはきょろきょろと辺りを見回すぼくたちを見て、

「猟師の小屋だ。罠猟師が使っていたが、動物が気付いて寄って来なくなった。だから今は使われていない」

 そう言うと、話題を切り替え、

「村の方は静かだ。人の気配はない」

「見たの?」

「丘からこいつで」

 フリオが取り出したのは双眼鏡だったけれど、レンズの部分が真っ黒な箱になっていて、これでは何も見えないだろう、と思われる。怪訝な表情に気付いたフリオがぼくにそれを渡し、

「覗いてごらん。いや、そっちからじゃない」

 ぼくはそれをひっくり返して目を当ててみる。

「わ!」

 眩しくて目を離す。フリオは笑って、

「すごいだろう?軽いしな。目を閉じてそいつを見たい方向に向ける。そして目を開けばちょうどよい明るさで見えるはずだ」

 言われた通り目を閉じてそれを目に当てて、それから目を開けると。

「すごい」

 まるで昼間のようだった。オイルランプ一つだけで薄暗い室内が明るく見えていた。壁の皿のへこみや傷までよく見える。

「暗視双眼鏡だ。旧時代の発明品で、電脳化していない人間の使うものだった」

「そんな昔のものなの?」

「いや、そいつはメデジンで作られたコピー品だ。本物はもっと精巧だったろうが、今のおれたちではそいつが精一杯なんだ」

「どうやって手に入れたの?」

 ベンがぼくから奪うようにして双眼鏡を確かめながら聞く。

「高かったろうに」

 フリオは肩をすくめると、

「高かったさ。ボゴタの交換市で金二百グラムした。紙幣なんか受け付けない慎重な奴だったな」

「ふうん」

 ベンは双眼鏡をフリオに向け、声に懐疑をたっぷり含ませていたから、ぼくはフリオが気分を害さないかと思ってひやりとしたけれど、彼は苦笑いを浮かべただけで何も言わなかった。

「村は?」

 今までずっと黙っていて、小屋の壁に背を預けて足を折って座っているルックがぽつりと聞く。

「明かりが点いていなかった。みんなボゴタの連中に確保されて連れて行かれたんだろう」

「え!」

 ぼくは思わず立ち上がり天井に頭をぶつけてしまう。ベンはフリオをにらむようにしていて、ルックは目を見開いている。

「村を襲ったあれ。奴らはボゴタの兵士だ。貴重なチルトローター機なんか出して来たからには本気だということだ」

 フリオはそこで安心させるように、

「村人は大丈夫だ。最初に狙撃されたホセも脚を撃たれただけに見えたから、まあ、助かっただろう。ボゴタの狙いは監視者だ。サンマルティンがメデジンにくれてやるなんて決めるから、奴らは奪いに来て、村を懲らしめたのさ」

 ぼくらは言葉もなかった。ボゴタシティの兵士。上級市でも最大を誇る街がちっぽけなぼくらの村を襲う。確かに上級市は近辺の村々を支配下に置いていて、そこの人たちはボゴタシティから派遣された役人や兵隊の指示で色んなことをやらされていると聞く。けれどぼくらの村はそういう「植民地」ではなくて独立した村で、遠くククタ市やメデジン市などとも交流があった。ぼくらのサンマルティン村は漁業で有名だったし、交換市が立つ日には、はるか東アマゾンの海に浮かぶ島々から珍しい植物や工芸品などを売る商人もやって来ていたから、そういう上級市と対等に渡り合えたんだと思う。けれど、それもここまでだろう。村は一人の監視者を巡って有力な街を怒らせてしまった。


「これから村の人たちは……」

 ぼくは言いかけたけれど、とてもその先は言えなかった。父さん。ちょっとお節介だと思ったけれど親切な近所のおじさんたち。あの時、集会所の周りにいなかった人たちはぼくらのように逃げ出すことが出来たんだろうか?みんな兵隊に捕まって、ボゴタシティの収容所か何かに送られてしまうんだろうか?村はこの後、どうなってしまうのか。

「大丈夫だと言ったはずだ。最初はボゴタ周辺にある『キャンプ』に収容されるだろう。大部分が確保されたとして三百人。ボゴタの奴らはサンマルティンのためにもう一つキャンプを造る羽目になるだろうな」

 フリオは含み笑いをした後で、すぐに真面目な顔になって、

「そこで恭順の度に従って、地域に分配される。技能に応じて仕事が与えられ、家が与えられる。チームで行う仕事ではある程度、仲間同士一緒に住むことや交流も認められる。恭順でないと決めつけられたとしても、最悪軟禁されるだけだ。殺されはしない」

「村は?」

 そう尋ねるベンの目が突き刺すようにフリオを見ている。その目の輝きはランプの明かりだけではない気がした。

「今までの奴らのやり方では、ボゴタから希望者を募って植民団を作り、それがそのまま村に移り住んで生活するだろうな」

「そんな!」

 ぼくは我知らず体が震えるのを感じた。その時はそう思わなかったけれど、それは怒りと悲しみだった。村が乗っ取られる!

「まあ、今はカッカしても何にもならない。いざというときのために、そういう感情は取っておくんだな」

 フリオはそう言うと立ち上がり、棚に行って木箱から缶詰を数個取り出した。

「猿が来るからこんなものしか置いていない。今夜はこれで我慢しろ」


 その後、ぼくらは脱力したようになってフリオの与える缶詰を食べようとした。腹は減っていたはずだった。けれど今考えてもその時、何を食べたのか、そもそもちゃんと食べたのか思い出せない。



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