表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
サンマルティン
6/41

 おろおろとする人、呆然と立ち尽くす人、倒れた男を抱き起こす人、皆を伏せさせようと怒鳴る人。集会場前の通りは騒然となった。

 そこへどこからともなく黒っぽい服を着た集団が現れる。フリオの作業場から見える西側から四、五人やって来ると、危険を察して逃げようと通りを走っていた村人たちがその姿にびくりと立ち止まるのが見えた。すると黒の集団が一斉に手にしたものを構え、ザーという聞き慣れない音がしたかと思ったら、村人たちの足下に土埃が舞い上がった。

「みんな、動くな!静かにしろ!」

 とどろくような聞き慣れない声がして、もう一度パーン、パーンと銃声が響く。

「逃げれば、撃ち殺す!」

 ざわめきが減って行く。

「抵抗は死を意味するぞ!全員その場にじっとしていろ!」

 声は人を服従させることに慣れた、どこか自警団のホリットに似た声だった。すると、先ほどからしていたパタパタという音がバッバッバという音に変わると、空に突然大きな飛行機が現れた。ずんぐりとした灰色の胴体にアホウドリのような翼。その先にそれぞれコブのようなものが突き出て巨大なプロペラが轟音を上げて回っている。そいつはそのまま集会所の真上に止まって強い風を吹き下ろす。プロペラの音が全ての音を圧倒していた。

 その間、時間にしたらわずかな間だったろう。ぼくの目の前で、黒い服の集団が通りに広がっていた村人を集会所の前に押しやって行く。まるで牧童がヤクを集めるような慣れた動きを呆然と眺めていると、突然肩を掴まれる。

「わ!」

「シッ!騒ぐな」

 両肩を掴まれ振り向かされると、フリオが低く真剣な声でぼくを抑えた。

「こっちだ!」

 フリオに肩を押されるようにして作業場の奥へ進むと、すでにベンとルックが屑鉄の山の陰に隠れてこちらを見る。フリオはぼくら三人に、

「音を立てないようにして黙っておれに付いてくるんだ、いいな?」

 ぼくらはただこっくりと首を縦に振るだけだった。フリオは普段の無口で穏やかな職人の姿から、何か自警団の隊長のような厳しさを見せる人に変わっていたんだ。

 彼はもう一度口に指を立てて静かにするように伝えると、身を屈めて作業場の裏口に寄る。そして開いたドアの脇からさっと裏の屑鉄置き場を眺めた。

 ぼくはすっかり裏口から外に出るものとばかり思っていたから、フリオが扉の陰から戻って来て、こっちへと身振りで作業場の奥へ行ったのにびっくりしてしまう。そこには細かい作業や書き物をするための部屋があるだけで、外に出られるようになっていなかったのを知っていたからだった。

 それでもフリオはぼくら三人をその部屋に押し込むようにして、後ろ手にドアを閉める。

「フリオ、どうして」

「黙っていろ!」

 言い掛けたルックはびっくりして口をつぐむ。本当にこれがあのフリオなのかとまじまじと見てしまう。そんな僕らにお構いなくフリオは棚や机の引き出しから次々に品物を取り出すと、それを壁に掛かっていたリュックサックに押し込み、最後に束ねたロープを肩から斜め掛けにすると、

「来い!」

 言いながら床の一部を跳ね上げる。そこにはぽっかりと穴が開いていて、垂れ下がった縄ばしごが覗いていた。

 ぼくらは躊躇してしまう。余りにも急な展開で、頭の回転が追いついていなかったんだ。するとフリオは厳しい顔を少しゆるめて、

「考えるのは、後でも出来る。だが、それも命あってのことだ」

「いのち?」

 思わず口に出た。

「殺されるの?村人みんな?」

「そういう訳じゃない。殺されはしないだろう。おれが言いたいのは、自由でいられなければ何も出来ない、村人を助けることも、ということだ」

「父さんたち!」

 思い出したようにルックが声を上げる。

「シッ!」

 フリオが制するが、もうルックは家族のことが心配でいても立ってもいられない感じだった。黒いカーテンの引かれた小窓に寄ってそれを開こうとするのをフリオが手を引いて止めた。

「やめろ!今は逃げるんだ。心配しても何にもならん、それに」

 そこで驚いたことに微笑んだ。

「こっちまで捕まったら一体誰が救うんだ?」

 その間ベンはずっと無言で天井をにらんでいた。ぼくはぼくで、父さんや近所の人たちのこと、学校のみんなのことが心配になって胸が痛いほどドキドキしていた。すると。

「誰かいるな!いるのは分かっている」

 耳になじみ始めた飛行機の音に負けない大きな声が表でする。みんなびくっとしたけれど、フリオはかぶりを振って、

「大丈夫。カマを掛けているだけだ。行くぞ!」

 そう言うと、ベンを手招いて穴を指さす。ベンは頷くと、まるで猿のような素早さで縄ばしごを伝って消えた。次はルックで、少し嫌がるような素振りだったがぼくの顔を見るとなぜか諦めたような顔をして、その後はベンに負けず劣らずの早さで穴に消える。ぼくは呼ばれるまでもなく、後に続いた。こんな縄ばしごは前の人が使い終わるまで待って、順番に使わないとグルグル動いてしまい使いにくいものだけど、このときばかりはそれも気にならず、どんどん降りていった。穴の上からは何か金属が崩れる音がしていたので、最後に残ったフリオのことが少し心配になったけれど、すぐに上からバタンという床の閉じる音とともに彼が続いたのが感じられ、ぼくは上からの明かりが途絶え真っ暗のなか、落ちないように下りに専念した。

 穴は十メートル位の深さで、ぼくが地面に付くとき、ルックが手を貸してくれて、そのぐずぐずにぬかるんでいた地面に足を取られずにすんだ。最後にやって来たフリオに手を貸して、全員がその穴の底に付くと、突然明かりが点いた。フリオはいつの間にか頭にヘッドライトを付けていて、がさごそとリュックサックを探ると同じものを取り出し、ぼくに手渡す。

「付けていろ」

 ぼくは言われるまま、ゴムで出来たバンドを頭に付けて、ランプの横のスイッチを押した。くるりと見渡すとそこは床が泥だらけになったトンネルで、右と左にそれが続いている。すぐに気付いたけれどそれはぼくらが秘密の抜け道として使っていた旧時代の水道と同じ構造のものだった。

「知っているな、ここのこと」

 ぼくが頷くと揺れた光のなかでベンも頷くのが見える。

「よし、こっちだ」


 ぼくらはいつもこんな水道を使っていたから、そこの歩き方は心得ていた。トンネルは真ん中が泥の道になっていて、歩くときは両側、壁に沿って一段高くなっている通路を行く。たまに崩れていたけれど、大抵は走っても大丈夫なくらいきれいになっていた。但し、雨期になればここは水が走っていて、時にはトンネルの天井まで水で溢れていたから使えない。この時は雨期も終わっていたので安全だった。

 この手のトンネルには暗いけれど等間隔で空気穴のようなものが開いていて、それが壁に上下に延びる溝となり、光が漏れていて本当に真っ暗というわけでもなかった。けれどフリオの水道は空気穴がまるでなくて、どこまでも真っ暗だった。ぼくらはこんな水道があったのを初めて知った。

「ここはお前たちが使っている水道じゃない」

 随分歩いたと思ったころ、フリオが話し出した。それまでは時々明かりを消して後ろを確かめていたけれど、誰も追いかけていないと確信したんだろう、話し方は少し普段のおっとりした感じに戻っていた。

「昔はここに中圧電線やシールドした通信線が走っていたんだ」

「通信線?」

「上級市にある電話をつなぐ線と似たようなものだ」

「ああ」

「もちろんここにあったのはそんなおもちゃのような通信機器をつないでいたものじゃない。有機ファイバー製の光リンクシステム用のラインだ。それすらも昔の人間にとって時代遅れのものだった。ここいらは昔も今も発展から取り残された田舎だったと言うわけだ」

「なんだかすごそうだね。よく分からないけど」

 会話はもっぱらぼくとフリオの間で行われた。ベンもルックも家族のことが心配だったのか、口数が少なくなっていた。ぼくも父さんが心配だったけれど、今ここで心配しても、と言うフリオの言い分はもっともだと思っていた。

「フリオって昔、上級市にいたの?」

 ぼくがそう聞くと、

「なぜそんな風に思うんだ?」

 少しきつめにフリオが返す。

「いや、フリオの昔話なんて聞いたことなかったし、何となくそう思っただけ」

「随分昔になるが、おまえくらいの年にボゴタにいたことがある」

「へえ、すごいね」

 そこでしばらく会話が途絶えた。もう三十分は歩いたはずだ。ここはどのあたりなのだろう?ぼくはトンネルに潜った時点で方角を確かめていて、西の方向へ進んだはずだけれど、こんなトンネルは気付かないくらい緩いカーブがあったりしていつの間にか九十度方向が変わっていたりするから今も西に向かっているとは限らない。フリオは地図や図面やらを調べることもなく、ただ進んでいる。作業場でぼくらと逃げ出した時の様子から目的もなく進んでいるとは考えられず、ぼくらとしてはもうフリオに任すしかなかった。


 外に出たのは一時間くらい歩いた後のことだった。どこからかザーザーと水の流れる音が聞こえ始める。地下水道で突然水が流れて来ておぼれかけたことがあるぼくが緊張する素振りを見せると、

「大丈夫だ。水はこちらには来ない。この先、トンネルが別のトンネルと交差していて、そこの天井が陥没して地下水が滝のように落ちている。その手前で外に出るぞ」

 その場所には作業場にあったのと同じ縄ばしごがあって、天井の割れ目から奥へと上っていた。最初にフリオが登り、後から順番に付いて来い、と言う。

「作業場のやつより倍くらい高いから、注意しろ。途中で休んでもいいが、そのときは後ろに休むと声を掛けろよ」

 言うやいなや、フリオはあっという間に天井の割れ目に消えた。

「おれが先に行く。マレイは最後に来て。明かりがあるから」

「了解」

 ベンは頷くと一旦縄ばしごをつかんだけれど、こちらを振り返って、

「気を付けろ。フリオの動きに」

「何?」

 ルックが驚く。

「なぜ?」

 ぼくも驚いて尋ねるとベンは、

「なんだかうまく行き過ぎな気がするからだよ。それにこんな場所を知っていて、この縄ばしごなんかつい最近作られたように新しい。第一、作業場にあんな抜け穴作っているなんて、おかしいだろ?」

「それはそうだけど」

「疑っていれば何かが起きても不意を突かれないだろ?それに本当に味方だったとしてもそれはそれでいいことじゃないか」

 ベンはそう言うと、ぼくらの反応も見ずに勢いを付けて縄ばしごを登っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想科学祭FINAL参加作品です。
空想科学祭FINAL

アルファポリスランキング参加作品です。
cont_access.php?citi_cont_id=867021257&s

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ