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フリオは今日も得体の知れない金属の塊をいじっている。
屑鉄から突起を引っ張り出したり、切り取ったりするのに使う動力工具の音。その工具を動かすのに使う発電機が盛大にスチームを上げている。
液化石炭で動く発電機はまるで防火壁を切り出して組み立てたみたいなばかでかいやつで、小さな部屋くらいある。
工具も大型で、決して大きくはないフリオの身体では持ち上げるだけでも大変そう。けれど彼はこの仕事では村一番の人だったから、なんでもないように大きなハサミとノコギリを使っている。
いつでも無骨な金属の塊がタマネギの皮をむくように易々と切り取られ、大きさ順に並べられるのを見ているのは楽しい。元は何かの機械の一部だったのだろう塊がどんどん小さくなって、最後は椰子の実大くらいになる。
ほんのたまにはその塊のなかに稀少金属が混じっていたりして、そんなときにはフリオは防護メガネを外し額の汗を拭いながら微笑んだりする。希少金属はボゴタシティから定期的にやってくる商人が気前よく買ってくれる。フリオにとっては屑鉄も昔の鉱山みたいなものだった。
ぼくらはこうしてフリオの作業場で「評決」が出るのを待っていた。
評議会はこの作業場の向かい側、村で一番大きな建物の集会場で行われていて、壁に掛かっている振り子時計を見上げれば既に四時間が過ぎていた。お昼過ぎに始まって、もう夕方に近い。
「全く。いつまでやってるんだよ」
ルックは配管のねじ曲がったやつをいじるのを止めて、おおげさなため息を吐いた。
「村長派がホリット派の攻撃を防いでいるんだろうよ」
ベンは金網でこしらえた椅子にふんぞり返っていて、ふん、と鼻を鳴らしたけれど、彼は同じ事をこの三時間でもう十回くらい言っている。ぼくを含め、みんなしびれを切らしていた。
フリオは村人の中でも特に無口な人で、歳は四十くらいだと思うけれどはっきりしない。名字は確かアサーニャと言ったと思うけれど、名前でしか呼んだことがなかったから本当のところは分からない。五年くらい前にふらりと村にやって来て、廃墟になっていた倉庫を村から借りて今の仕事を始めた人だ。機械に詳しくて、いろんなものを安く直すから村人から信頼されていた。
今回の騒動では村中が大騒ぎとなり、誰もが自分の立場や意見を言うために評議委員の人たちと連日連夜会合を繰り返していたけれど、普段からそういう集まりを嫌っていたフリオはこうして作業場で黙々と仕事をしている。
この作業場はぼくらの遊び場の延長のような場所で、最初の頃からフリオは全然変わっていないように見える。ぼくやベンたちが周りでうるさくしていても一向に気にしないでいて、そこにある工具や屑鉄を持ち出したりしない限りぼくらのことは無視していてくれた。だから学校をさぼってこんなところにいてもフリオは素知らぬ顔だった。
その日。父さんが評議会に出るため、いつもの野良着でなく襟の付いた正装をして朝早く出て行ってしまうと、ぼくは前日に打ち合わせた通り「商人の丘」に登ってベンたちと会った。そこでいくらか時間をつぶすと村人に会わないように気を付けながら、村の裏手のジャングルにある秘密の道を通って村の中心へと向かった。旧時代に作られ今は使われていない地下水道をたどるとフリオの作業場の裏に出る。屑鉄が積み上げられた迷路を行くと、大きく開いた裏口から作業場に入る。フリオはちらりとぼくらの方を見たが、何も言わずに作業を続けていた。
「あの子、どうなると思う?」
ルックが屑鉄の山に背を預けて言う。
「何度も言わすなよ。ボゴタシティへ連れて行くに決まってる」
ベンは金網椅子にガシャンと音がしたほど強く背中を押しつけると、ゆっくり回っている天井扇をにらんだ。
「問題はその後だ」
監視者の死体と女が見つかって三日が過ぎていた。
監視者が見つかったその夜。女が父さんやホリットたちに囲まれて連行されるのを後目に、ぼくらは砂丘を横断して村へ先回りした。村の入り口では警戒した自警団の連中がうろついていたから例の地下水道に降り、フリオの屑鉄置き場まで駆け抜ける。ぼくはベンとルックに手を振って別れ、物陰を伝いながら見つからないように自分の家へ帰った。
それからと言うもの村は大騒ぎで、年越しの夜祭りでもあんなに騒々しいことはないくらいだった。
まず火に油を注いだのはトート村長。監視者の報復や襲撃を避けるため村人全員村の外へ避難しよう、などと言い出したものだから、騒ぎが大きくなった。実際ほとんどの村人は、もちろん大急ぎで村へ戻っていたぼくらを含めて村を飛び出し、隣村に身を寄せたりジャングルに開いた開墾地に避難したりした。漁師のなかには漁船に乗って夜の海へ乗り出した者までいた。
次の日はみんな一日、村の外で固唾を飲んで成り行きを見守っていたけれど、何も起こらないので、自然と村へ帰り始める。もう数日様子を見た方がいいと主張する村長も、自分の取り巻き以外は大方村へ帰ってしまったから、しぶしぶ帰って来た。結局今の今まで何もおかしな事は起きなかった。
これまでも監視者の死体が浜に打ち上げられたりジャングルで見つかったりしたことがあった。それはぼくが知っているだけでも三回あって、そういう時は死体を丁重に棺に収めて隣村の先にある「夜光虫の岬」へ運ぶ。そこで簡単な葬式が行われ、岬の先端にある石の祭壇に棺を乗せておく。その日の夜は普段以上に厳しく外出が戒められ、自警団の夜回りも行われない。それは岬に面した海岸沿いの村々やジャングル側に十キロほど行ったところにある村にも伝えられ、同じように誰一人外へ出ないようにする。そうすると翌朝、岬の祭壇から棺が消えている。
これは監視者と地上の人たちとの暗黙の取り決めなんだ、とマンクス先生は厳かに教えた。死者はぼくらが見ていないようにすることで監視者たちが天に連れて帰るのだ、と。
そういうことはあったけれど、生きた監視者が捕らえられたことなど前代未聞だった。
村一番の古老でシャーマンのセシリア婆さんすら記憶にないらしく、村長から相談されると目をクリクリと動かし、大変な災難がやって来る、と言ったきり自宅の祠に閉じ籠もってしまった。
ニュースは瞬く間に周囲の村々にも広がって、昨日は近隣の七つの村から代表者が村長や評議員に会いに来た。皆、女をどうするのか聞きたがった。
殺してしまえという声は、誰かが考えていたにしろさすがに聞こえて来なかった。人質として監視者と交渉したらどうか、という声もあった。ちょっと変人と思われている罠猟師ボリスの意見は「見世物としてボゴタシティに売り払ってしまえ」だったがさすがに皆無視をした。大多数の声は、上級市のボゴタシティか、そこがだめならメデジンかカリシティに引き渡してしまえばいい、というものだった。
実際昨日の外出禁止時間ギリギリになってボゴタシティから使者がやって来た。上級市から使者が来ると言えば大変なことで、こんなことでなければお祭り騒ぎになる。でも、今回は先触れもなく、使者の二人はひっそりと村長の家へ入って行き、一時間ほどで立ち去った。
カシャン、と音がしてぼくは夢想からさめる。ルックが屑鉄の山から滑り降り、ぼくの前に立つと、
「マレイ。あの子の話、しろよ」
ぼくは呆れて、
「またー?」
待ちくたびれてムズムズしているルックは不機嫌に、
「いいじゃないか、何回聞いたって」
するとベンも、
「大人以外で見たーのはお前だけなんだかーら、話すのは義務だーぞ」
村一番の気難し屋カピじいさんの口まねだったからぼくは思わず笑ってしまったけど、同じ話をこの日だけで十数回とさせられていたから、もううんざりだった。
「頼むよ、マレイ」
ルックはすり寄らんばかり。ぼくは仕方がない、とあきらめて、大げさにため息を吐いた後で話し始める。