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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
ラ・マルタ
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 ぼくら三人、何をするのも無駄と分かって山刀を置くと、揃って両手を上げる。

「よし、いい子だな。じっとしてそのままでいろよ」

 斜面上の男がそう言うと細いロープが投げられ、ザザッと音を立てながら男たちが滑り降りてくる。それは交換市で見られる曲芸のように素早く無駄がなく、ぼくらはあっという間に男たちに囲まれていた。三人の男が危なっかしい足下も苦にせず銃で狙う中、二人が武器を持っていないかを調べる。

「あの……」

「しゃべるな!」

 ぼくが言い掛けると、調べていた男に小突かれ、黙るしかなかった。ぼくとベンの拳銃と、エミリーが腰に差していたナイフを取り上げられると、

「よし、こいつを上れ。女!お前からだ。いいか、隠れて見張っている仲間もいるからな。おかしなまねをして撃たれても自業自得だぞ」

 男たちが先にロープを伝って登ると、エミリーが続き、ベンとぼくは時間をかけて斜面を登った。そうやって時間を掛け、どうするか考えようとしたけれど、下から登って来た男たちに銃で尻を突つかれ、速度を上げるしかなくなった。


 斜面の上は開けた草原になっていたけれど、ぼくはそこに立つ異様な建物に目を奪われ、立ち尽す。学校の絵本で見た、昔のだまし絵の空中回廊がそのまま現れたような錯覚に陥った。

 複雑に重なり合い支え合う、木とアルミか何かの銀色した金属で出来た街がそこにあったんだ。

「おい、歩け。続くんだ」

 後ろから小突かれてぼくは渋々歩き出す。草原はぼくの背より少し低い高さで草が伸びていて、それは葉の大きなツユクサやトウダイグサの茂みだったから、急に背を屈めて男たちを振り切れば草が隠してくれるかも知れない、などと考えたけれど、それはすぐに諦めなくてはならなかった。

 前を行く男のひとりが手を振ると、空中回廊から手を振り返す男がいる。見上げるとあちらこちらに銃を手にした男がいて、下を行く男たちとあいさつを交わしあっていた。あんな高いところから見られたら、いくら茂みの中でも動きが手に取るように分かるだろう。

 やがて先を行く男たちが回廊に延びるらせん階段の前で立ち止まり、

「先に行け」

 と、エミリーに言い、続いてぼくを手招く。

「行け」

 らせん階段は赤い色で塗られていたんだろう、所々に赤い塗料がかさぶたみたいに残る鉄の階段で、今では錆だらけだった。おまけに昇り出すとぎしぎし言うから踏み板が抜け落ちないかヒヤヒヤした。

 ぼくは数えながら昇った。全部で四十段もあった。それが何の役に立つか分からないけれど、何もしないよりましだ。この先、小さなことが運命を変える、そんな予感がしたから、ぼくは目と耳を使っていろいろなことを知っておこうと考えたんだ。


 昇り切った先は天井のある小部屋で、木で作られた壁には太いロープやワイヤー、大きなペンチやカナヅチが掛かっている。ぼくがその後に見たこの手の小屋は全部同じ内装だった。

「こっちだ。付いて来い」

 待っていた男が銃で先を示し、ドアをあけるとそこは天井のない回廊だった。というよりそれは吊り橋そっくりで、編んだロープとワイヤーで支えられている。男が先に行くとそれは盛大に揺れ出したけれど、エミリーは迷いなく続いて歩いた。ぼくは少しおっかなびっくりだったけれど、すれ違えるほど幅のある大きな吊り橋は何年も男たちを通し続けているんだろう、と自分を励まし、ベンや後ろから来た男たちにせかされる前に歩き出した。

 こうして何本も橋を渡って行き、右へ左へと進んで行くともうすっかり自分の位置が分からなくなった。橋の真ん中や基の部分の部屋には矢印と場所の名前が書いてあったけれど、それは人の名前や「第二十一公共井戸」とか「第七浴場」みたいな奴で、ここを知らないぼくらには意味を成さなかった。

 やがて先頭の男がある橋を渡ると、

「着いたぞ」

 といい、その大きな建物を示す。橋の終わりの例の小部屋には「ミッションビエホ庁舎」と大書きされた看板が掛かっていた。


 ぼくらはその庁舎の一室に詰め込まれ、長い時間待つことになった。最初にエミリーが口に指を一本立てて周りを見渡す仕草をして、ここが盗聴や監視を受けている場所だと知らせたから、ぼくらは黙って座ったまま思い思いに待っていた。

 その部屋はガラスのはまった窓があり、木のテーブルと椅子が四脚、それにチョークを使う黒板もあった。とても監禁する部屋には見えなかったから、ここは普段、会議や何かに使う部屋なんだろう。サンマルティンの教室にも少しだけ似ていたので、ぼくは比較的落ち着いていることが出来た。真っ暗な洞穴みたいな場所に閉じこめられたらこうは行かなかっただろう。先ほど入ったドアには曇りガラスが付いていて、そこに黒い影が映っていた。ドアの前に見張りが立っている証拠で、それだけがぼくらが捕らわれてしまった印だった。

 何もかも奪われてしまい、頭がぼくらと違うエミリーとも話せなかったからどのくらい時が過ぎたかはっきりしない。けれど窓の外は見事な空中回廊とジャングルのモザイクで、刻一刻と変化する空も十分に見えていたから、茜色に変わった風景から夕方も遅い時間だと知れる。突然外の影が消えるとドアが開き、見るからに軍人らしい制服姿の男が四人、拳銃を手に入って来る。ぼくらを捕まえた男たちは作業ズボンに襟なしの半袖シャツ、編み上げブーツ姿だったけれど、この男たちは濃い茶色のシャツとズボン、ベルトと磨かれた革靴姿で、多分あの男たちの上官に当たる人々なんだろう。

「全員、ここへ並べ」

 中の一人が命令口調で言う。ぼくらは素直に従った。

「気を付け!」

 並ぶやいなや、男の鋭い命令で、自然と背筋を伸ばす。学校ではこういう命令には必ずおどけて応えていたベンもまじめに従った。

 命令する男とは違う男が一歩前に出、ベンを指さし、

「名前は?」

「……ベン」

「フルネームで言え」

「ベントゥーラ・デ・ガンテ」

「歳は?」

「十六」

 次はぼくの番で、男はぼくらの名前と歳だけ聞くとそれを手帳にメモして胸のポケットにしまった。

「よろしい。おとなしく従えば何もしない。いいか、少し歩くぞ」

 男はそう言うと拳銃を腰のホルスターにしまう。それに習って他の三人も拳銃をしまったから、ぼくらが素直に従うと信用されたんだろう。銃が向けられるのといないのとでは緊張が全然違うから、それはよい兆候だった。

 今なら少しは話せるかもしれないと考えたぼくは、最初に浮かんだ質問を男にぶつけてみる。

「あの、ぼくらは何か悪いことをしたのでしょうか?」

 すると男は首を横に振り、

「質問には一切答えられない。しばらくは口を閉じていた方が利口だと思うぞ」

 そう言うなり、さっとドアを出てしまった。残った男たちに促され、仕方なくぼくらも部屋を出る。

 外に出ると、髪が乱れるほど強い風が吹いていて、それが乾いて涼しかったからぼくは思い切り深呼吸した。決して長い時間ではなく、部屋も開放的だったけれど囚われの身というやつは短い間でも疲れてくる。だから気持ちのよい宵の時間はぼくの緊張をほぐしてくれていた。そんなぼくの態度を見た男の一人が低い声で笑ったから、ぼくは少しだけ気が楽になる。どこへ連れて行かれるのか分からないし不安で一杯なのは変わらないけれど、それに立ち向かう覚悟が少しずつ出来始めていた。


 男たちはぼくらの前後に二人ずつ立ち、再び吊り橋の迷路をたどり始めた。橋を右に左に進み、今来た橋と並んで掛かっていた橋を戻るように進んだりしたからまた方向感覚が狂ってしまう。空は夕暮れの茜からゆっくり紫になり、星が出る。この空中都市はほとんどの木の頂に近い位置にあったから、遮るもののない夜空はたちまち星であふれ返った。

 いつの間にか灯りが点き、それは小さな電球で、橋や建物をポツポツとなぞっていたから、まるでこの街も星座の仲間入りしたみたいだった。その灯りは暗くも眩しくもなくちょうどいい明るさで足下を照らし、地面が暗く見えなくなったからちょっと不思議な気持ちだった。

 やがて夜空より濃い黒に見える塔が二本現れ、それは見上げるほどの高さと大きさだったので、思わず吐息が口を吐いた。ポツンポツンと窓があり、そこに暖かな薄オレンジ色の灯りが覗いている。その姿はかなり不気味で威圧感があったから、きっと囚人を入れる牢屋の塔だろう。ぼくらはあの塔に閉じこめられるんだ。

「着いたぞ」

 ぼくの想像を認めるように先を歩いていた男が言った。

 最後の吊り橋は二股に分かれていて、並ぶ塔に一本ずつつながっている。男は右側を選んで、まもなくぼくらは右の塔の入り口に立った。

 塔の入り口は鉄の枠で補強した両開きで重そうな木の扉で、扉を囲うレンガのアーチには銀色のプレートが付いていて、そこには「東塔」と書いてあった。男は扉の横に付いていたフタ付きの黒い箱を開け、中から電話の受話器を引っ張り出す。

「管理四部のフェリペだ。客人をお連れした」

 男はそれだけ言うと受話器を戻し、フタをパチンと閉める。無言で一分くらい待つと、扉が半分だけ開き、人が出て来る。厳つい牢番を想像していたぼくは驚きで目を丸くした。出て来たのはぼくらと違いのない年格好の女の子で、レースの縁がある真っ白なワンピースを着て、大きな白いリボンで髪を束ねていた。

「こんばんは、フェリペさん。気持ちのよい夜ですね」

「こんばんは、お嬢さん。あなたの言う通りだ」

 男があいさつすると、女の子は、

「ご苦労様でした。後はお引き受けします」

「では、よろしく」

 そう言うなり男は残りの三人に合図すると、さっさと橋を渡って帰ってしまった。

「ようこそいらっしゃいました」

 女の子は、残されてどうしていいか分からないぼくらに、ひざを折ってあいさつすると、

「どうぞ、お入りください」

 重そうなドアを一人で押し開いた。

 誘われるがまま、ぼくが先頭になって一歩中に入ると、そこはこれまでの暗い灯りに慣れた目には眩しいくらいの光にあふれていた。サンマルティンの村長宅の応接室によく似た場所だったけれど、家具はなく、白く塗られた漆喰の壁には女の子の着るワンピースの縁と同じ、レース編みの巨大な壁掛けが下がっていた。眩しい光の源は天井から下がるシャンデリアで、それも見事なガラス細工だった。

 女の子は先に立って更に奥へと誘うと、そこには二人並んで通り抜けられるほどの大きさの両開きの扉があった。彼女は扉横の箱を開け、中に手を入れると、ブーンという音がして何かの機械が動き出した。しばらく待つと、扉の内側でカタンと音がして、チンッと鐘が一つ鳴った。女の子が扉を横に開く。

 そこは五、六人が立っていられるほどの空間で、女の子はぼくら三人を先に部屋へ入れると、両側の扉をパチンと閉め、かんぬきを掛けた。そうしておいて扉の横の箱を開け、箱の中にある何かを動かすと……

「うわっ」

 思わず声を出してしまったのは、床が揺れ、部屋が動き出したからだった。ブーンという音が大きくなると共に、ガクガクと細かい揺れが連続する。

「マレイ、外!」

 ベンに肩を叩かれ、彼が指さした先を見れば。

「すごい!」

 部屋の扉と反対側の壁には桟のない窓が一つあった。そこから外の風景が見える。星座のような灯りと、吊り橋と、空中に浮かぶように見える建物。そのすべてがグングン下に遠ざかっている。

「エレベーター?」

「そうよ」

 エミリーがつまらなそうに言ってから、やれやれと首を振り、

「地上では珍しいわね」

 ぼくはエレベーターに乗ったことがある。ずいぶん前に父さんのお供でボゴタへ出かけた時、市民ホールの展望台に昇るためのエレベーターに乗った。だからこの部屋がエレベーターだということも気付いていたけれど、この空中街がすごいとはいえ二十階建てがあるボゴタとは比べようもないところにエレベーターがあることが驚きだった。

 そんな三人三様の反応をじっと見つめていた女の子が言う。

「まもなく、最上階です」

 女の子は伸びていた背筋を更に伸ばすような仕草をした。

「市長がお待ちです」

  


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