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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
サンマルティン
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「マレイ、見えるか?」

 ベンが下からぼくの腿をつつく。

「見える。水際で何かしてる」

「何かって、なんだ?」

 ルックはムズムズ、イライラしていて放っておけばピョンピョン飛び跳ねそうなくらいだった。

 ぼくは砂浜に出来た溝の縁から顔を出し、百メートルくらい離れた水際に集まっている村の人たちを覗き見していた。

「何も聞こえないのか?」

 ベンも何だかイライラして来た。三人で覗くと目立つから一人が偵察しようと言い出し、一番背の高いぼくにその役を押しつけたのはベンだったのに。ベンが叩く腿が痛い。

「こんなに遠くじゃ聞こえるわけないよ」

 ぼくは下に向かって不機嫌に言ってやった。

「自分で確かめたらいいじゃない」

 ベンは不満そうにふん、と鼻を鳴らすと、

「確かに遠いな。もっとそばへ行こう」

「気付かれちゃうよ」

 ぼくは夜中に捕まった時の赤く腫れ上がったベンの尻とホリットの太い腕を思い出していた。

「いくじなし」

 ベンはさらりと言ってぼくを赤面させる。

「這いつくばって行くんだよ、解放軍みたいに」

 ぼくらは所々身体を隠してくれるレッドジンジャーやトウダイグサの茂みの間を、ふだん遊びでやっているような匍匐前進で進んで行った。

 やがてぼくらは、大人たちの姿がランタンの灯りで浮かび上がって、ひとつひとつの影が誰だか分かるほどに近付いた。それぞれが流木やトゲが痛いリュウゼツランの茂みに身を寄せて、耳をそばだてた。

「彼の肺には水が入っている」

 村の医者を兼ねている薬屋のエスコバルさんがしゃべっている。

「では、息がある間に水に落ちておぼれたと、そういうことだね?」

 気取った声は村長のトートさんだ。

「いや。おぼれる前に空気にやられたのかもしれない」

 エスコバルさんは背中しか見えないのでどんな表情をしているかわからない。でもその声はなんだか悲しそうだった。

「まあ、空気でも水でも、監視人にとってはおぼれれば死ぬことに違いないがね」

「死因なんぞどうでもいい。こいつがおれたちの仕業だと疑われるのかどうか。それが大事じゃないのか?」

 自警団のひとりがトゲのある言い方をすると、

「奴らは疑うもんか。ずっと見ているんだからな。今こうしておれたちが首ねっこ突き合わせている姿も間違いなく、な」

 ホリットが唸るように言うと、誰彼となく吐息が漏れ、それが一層その場に集まった人々を悠鬱に見せた。その時だ。

「おい!」

 ぼくはぎくりと身を縮めた。野太い声は背後からだった。

「向こうにも一人見つけたぞ!」

 それはホリット率いる自警団の一人で、ルックの叔父さんに当たる人だった。幸いにもぼくらには気付かずに、水際を村の人たちの方へ駆けて行く。

 人垣が割れてその人を迎えると、興奮した声が交わされた。だけどみんなが一度に話すものだから、荒れた波の音さながらにぼくには何を言っているのかさっぱり分からなくなった。やがてホリットが大声で「静かに!」と言うと、父さんの落ち着いた声が聞こえた。

「ここで議論しても仕方がない。とにかく行ってみよう」

 すると賛成の声があがって、

「牧師さん、彼らとここで待っていてもらえますか?確かめて来ますから」

 トート村長がそう言うと、父さんやホリット、自警団のうち一人を連れてルックの叔父さんの案内で浜辺を歩いて行く。

「行くぞ」

 鋭いささやきが耳元でして、もうすっかり暗くなった浜辺を動き出す影が見える。ぼくとルックもベンの後に従って身を屈め、父さんたちを追って行った。


 波打ち際を歩く父さんたちの後をつけるのは大変だった。ぼくら三人は普段の遊びや学校にある古い冒険小説―旧世界の事が書いてあってぼくらの間でも人気の本だ―の追跡のやり方とか思い出しながら見つからないように後を追う。やがて。

「あそこだ!」

 ルックの叔父さんが指し示すのが見える。示す先の浜辺に二人の人影が立ち上がって手を振った。しかし困った。この先、身を隠してくれる窪みや流木、草むらが何もない。

「このままじゃ近付けない。あっちの方へ登るぞ」

 ベンはささやくと身を屈めたまま音も立てずに浜から続く砂丘の方へ走った。ルックとぼくは頷き合うと、同じように後に続く。


 夜風が海から上ってくる。この時間、ジャングルから吹く陸風は生温くて気持ちが悪いから、夜中の海風はとても気持ちがいい。すでに外出禁止の時間帯だった。


 自警団は外敵から村を守るためと言うよりも、どちらかと言えば身内がおかしな行動をして監視者を怒らせないように作られたらしい。だからこんな時間に彼らに見つかろうものなら、お仕置きで三日は座れなくなるほど尻を叩かれるわけ。こういうことだけでもスリルがあって、ぼくらは興奮気味だったけど、村の大人が何を見て騒ぐのか、そちらの興味もあって怖いとは思わなかった。

 ぼくらは砂丘のカラカラに枯れた背の高い雑草の陰から父さんたちを見下ろしていた。ふと、残った牧師さんたちを観察していた方が大人たちの騒ぐ理由を突き止められたはず、と思ったけれど、もう遅い。それに月が背後から顔を出し、父さんたちの姿を浮かび上がらせるようになったから何をしているか気をもむ事もなくなって来た。

「見えるか、ホリットが調べているの」

 ぼくはベンの緊張した声に大きく頷いた。

「あれ、多分監視者だよね」

「そうだろうな」

 ホリットが浜に横たわる人間を探っている。ここからでもその人物が奇妙な格好をしているのが分かる。

 体つきはぼくらより大柄だ。ぼくたちが十代の真ん中くらいだから、と言うわけではなく、監視者は地上に住む人々より、みんな背が高く大柄だと言われていた。

 身体が大きな事だけじゃない。着ているものは何か灰色の濃淡で模様をつけた、そう、素潜りの漁師が着るウエットスーツみたいなもので体の線がはっきりした上下一体の変てこな服だ。

 ぼくは前にも一度見たことがあって、それは隣村の海岸に流れ着いたとかで、トート村長さんが借りてきて学校でみんなに見せていた物だった。つなぎ目の一切ないつるっとして軽いゴムみたいな素材で出来ていた。奴らはみんなこの服を着てマスクをしている。こういう服を着た人間に出会ったら一目散に逃げないといけない。そう教えられたものだった。

「死んでいるのかな?」

 ルックが好奇心も露わに聞いてくる。

「動かないし、さっきドクターもおぼれたとか何とか言ってただろ?あそこにも同じような奴が倒れていたのさ」

 ベンは、そんなことも分からないのか、と言う風に決めつける。けれどそれは格好だけで、ベンもすっかり興奮してしまっているのは態度を見ていてもよく分かった。

「でも、何話しているか分かんないな」

 ルックの言う通りで、ぼくらがいるところは遠過ぎた。時折海風が父さんたちの声を運んだけれど、潮騒のせいでほとんど聞き取れなかった。ベンがじっと聞き耳をたてた後でぼやく。

「もっと近付ければいいんだけどな」

 そう言って少し身体を浮かせた瞬間。

「誰だ!」

 思わず三人固まったけれど、砂浜から聞こえた声はぼくらに向けたものでないことはすぐに分かる。

 父さんたちが浜辺の先を見て身構えている。その視線の先、百メートルほどのところにポツンと人影が。

「そこにいるみなさん」

 それはよく通る若い女の声で、ぼくらがいる丘の上まで聞こえた。その時、流れ雲に月が隠れて辺り一帯が暗くなり、ぼくらはもっとよく見ようと背伸びをした。

「そこで止まれ!」

 ホリットのどら声が響くと人影は立ち止まったようだ。ホリットと自警団の二人が慎重に女へと近付いて行く。ぼくらは思わぬ展開に息をのんで見つめるだけだった。

 やがて何かのやりとりがあって、女がうなだれたようにしながら両手を差し出すのが見え、ホリットがいつも目立つように腰に下げているマホガニーで出来た手かせを掛けた。女はおとなしく捕まって自警団の三人に囲まれてこちらへとやってくる。その時、月が顔を出した。ぼくらはあわてて草むらにしゃがみ込む。そっと草の端から顔を出して様子を伺った。

「あれ?」

 ルックが思わず声を出す。

「シッ!」

 ベンが制すけれど制した当人も驚いている。

 ぼくも思わず目をこすった。見間違いかと思った。


 月の光の下で女の姿がよく見えていた。父さんが女に何か言うと、女は頭を振った。その姿は身体に張り付くような格好といい背の高さといい、会ったら逃げろと教わった監視者そのものだったけれど、彼女は普通の監視者でないことがすぐに分かった。

 月の光の下で白い顔がよく見える。監視者なら絶対しているはずのマスクをしていない。そしてぼくは、海風にふんわりと揺れている金色の長い髪に見とれていた。



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