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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
パンアメリカンハイウェイ
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 エミリーは話した。トラックの助手席で、世界の話を。時折身振り手振りを入れて熱くなる時もあれば、例の無表情でどこか他の星のおとぎ話でもしているような時もあった。その内容は政治とか軍事とか難しい話で、エミリーも細かい説明抜きで話したから、ぼくはとても理解できたとは思えない。

 それでもなんとかエミリーの話をまとめてみると……


 天の世界は、月とその周辺に浮かんでいるスペースコロニーとで出来ているらしい。エミリーによるとその中心は月にあって、それが地上で言う上級市だとすると、周りのコロニーがぼくらのサンマルティンのような村だという。


「二つの勢力が拮抗していた。一つは中央政府。建前は人民本位制といって、宇宙移民の直接選挙によって成り立っているけれど、その中身は買収、収賄、横領に民意操作に違法逮捕と拉致監禁。汚職と暴力が日常化しているの。それで、もうひとつは『グリーン』と呼ばれる地球回帰派の人たち」


 グリーンは組織と言うより志を同じにする人たちの緩いつながりだという。その人たちの主張は地球への帰還で、大破壊の日によってもたらされた例のウイルスを根絶して監視者も地球に住める環境を作り、希望する人間から随時地球に降り立つという計画だった。グリーンの人々は政府から煙たがれた人が多かったから、政府の意をくんだ警察や軍隊に捕まったり行方不明になる人もいた。けれど、その数は年々増えて行く。宇宙の人口も増えていたから月やスペースコロニーも次第に住める場所が減って行き、食べ物やエネルギーの問題、それに貧富の差などの問題もあって、このグリーン一派の考え方が次第に魅力的に見えて来たのだそうだ。

 けれど、それに反対する人も多くいて、その人たちは政府を中心とする多数派だったから、次第にグリーンの人々の弾圧は増して行った。グリーンも勢力を保っていたからやられっぱなしではなく、いざこざが方々で起き始めた。そしてついに。


「グリーンが独立運動を起こした。ラグランジュ五という宇宙空間にあるコロニーでグリーン一派が選挙に勝つと、それはたちまちその周辺コロニーにも波及して、ついにラグランジュ五全体の独立という気運になった。けれど、政府が許すわけがないわ。特別な軍を送って独立運動を根絶やしにしてしまった。多くの人が罪もないのに死んだ。ラグランジュ五以外でもグリーン指導者は攻撃され彼らの多くは難を逃れて身を隠した。そして長い闘争に入ったの」


 グリーンはこうしてお尋ね者の集団になってしまった。けれど多くは同情する多くの人々に匿われ、活動を続けたという。

 そのひとつが、地球でも監視者が住める環境作りで、政府の監視を掻い潜って多くのグリーンが地球に降りて来た。彼らは「フィールドワーカー」と呼ばれる人たちで、その多くが研究者や科学者、技術者だった。

「その成果は直ぐに現れた。ウイルスは直ぐにワクチンを作ることが出来た。大破壊の日から既に百十年以上が経過していて、ウイルスに対抗する化学や医学も進んでいたし、電脳や人工器官を装着したサイボーグ化した人間も多かったから、ウイルスや細菌などは大きな障害ではなくなっていたの。政府はそれを伏せて大げさに地球の悪環境を宣伝し、地球帰還を阻止していたことになる。実際は多くのエスケイパーが簡易な防護具で地上生活出来るし、サイボーグ化した人間やわたしのような特異者ならほぼ普通に生活出来るとの結果を得ることが出来た。エスケイパーはもう『逃げ出した人』でなくなるはずだった」


 でも、それでは政府の偉い人たちは困ってしまうらしい。彼らはラグランジュ五の独立を潰した特別部隊を更に大きくしたものを作って、それを地球に送りこんだ。その軍隊のことを「ベオウルフ」と呼んだ。


「ベオウルフはただの軍隊ではないわ。それは軍事力のほかに政治や産業、衛生や環境などの専門家を擁したもう一つの、陰の政府なのよ。彼らは密かに地上にやって来て、有力な市の実力者を取り込み、勢力を増して行った。地上人が上級市と呼ぶ街の多くは彼らに懐柔され、次第にベオウルフの言うことを聞くようになって行った。そのやり方は天と一緒。買収に脅し、見返りの地位や名誉。多くの立派な地上人も暗殺されてしまい、いいなりになる実力者ばかりになったわ。それはこのコロンビアだけじゃない。世界中の有力な上級市がベオウルフになびいている」


 それでもグリーンの人たちは地道に、そしてベオウルフの目をかすめてフィールドワーカーの活動を続けた。時には小さな村の人々と接触し、交流もあったと言う。そんな中、例のウイルスのワクチンを更に効力の高いものにしようと研究していたフィールドワーカーのチームの一つが大発見をする。遂に女性の死亡率を高くさせていた謎のウイルスを発見したんだ。


「それは大破壊の日で現れたプロンプト・ディストラクション・ウイルスとは全く別のウイルス、グリーンが『カメレオン』と呼んでいたものだった。長年存在するだろうと言われながら対処法どころか発見もならなかったゴースト・ステルス・ウイルス。普段は既存のウイルスに偽装して存在し、空気感染で人に侵入する。しかし、感染の相手が男性なら何の影響もないの。このウイルスはY染色体を持つ者、即ち男性には無力なの。そして女性に感染しても当初は全く症状が現れず、何の兆候もない。しかし、一度発症すれば一気に死に至る。それが余りに素早く、特徴的な症状を起こすことなく、罹患者が死亡した後にたちまち死滅し残骸も消え存在の証拠を一切残さない。そんなモンスターが存在する証拠を遂に得たフィールドワーカーたちは直ちにデーターをグリーンへ送り、自分たちは生きたウイルスを確保するため奔走したのだけど……」


 女性を九十五パーセント死滅させる恐ろしいウイルス。それを捕まえることは至難の業だった。そしてグリーンの研究者たちはその捕獲方法を話し合った。その結果、びっくりするような方法を考え付いたんだ。それはある意味、とても単純な方法だった。このウイルスは女性が発症することで姿を現し、その女性が死ねば消滅する。それなら、その感染し発症した女性ごと確保して研究すればいい。


「カメレオンウイルスは発症するまで存在が見えない。それが活動し存在がわかるのは、罹患した女性が生存する四十八時間前後。患者が死亡すれば消えてしまう。ではその四十八時間の内に捕えればいい、と言うことになったの。しかし、そうは簡単にはいかなかった。感染した女性を次々にグリーン支配下の土地へ送り込んだけれど、グリーンの医療研究者の下に辿り着く前に時間切れで死亡する女性が相次いだわ。やっと一人の女性が死の直前に到着したけれど、その体からウイルスを採取した途端、ウイルスは変異して無害なウイルスへと変わってしまった。そうなってしまうとウイルスの遺伝子情報を含むRNAを採取してもそれはカメレオンウイルスとは全く違う構成だったの。こうして何度も失敗を繰り返した後、グリーンは遂に解決策を思い付き、行動を開始した」


 発症しても患者が平均二日しか生存しないのでは時間が短過ぎて研究は覚束ないし、グリーンは大っぴらに行動出来る人たちではなかったから女性を確保するのも大変だった。

 ならば、発症しても軽症で長く生きることが出来る人間を使えばいい、と言うことになった。でも、そんな都合のいい女性はいるのだろうか?それが存在していたんだ。

 グリーンの研究者がたどり着いた結論。それは地上のウイルスに対し抵抗力があり、カメレオンウイルスに対してもある程度抵抗力を示す監視者、エスケイパーの中でも十万人に一人という変異者を使うという方法だった。

 変異者は地上で防護服もマスクも必要としない。カメレオンウイルスに発症しても死亡例が少なかった。

 もちろん男性はだめだ。カメレオンウイルスは発症しなければ姿を現さないし、そもそも男性では発症しない。だから必要なのは……


「女性の変異者を、いわばウイルスに対する罠として使う。しかし女性の変異者は大変数が少ないわ。宇宙でも数が少ない女性で、変異者である人間は十人に満たなかった。そして彼女はグリーンでなければならなかった。この条件に当てはまったのは一人だけ」


 エミリーはそこで突然話を打ち切った。ぼくもベンも話の内容に圧倒されていて言葉も出なかった、けれど。

「その女性が、エミリー、君か?」

 ベンの声は少し上ずっていて、微かに震えている。エミリーは例の無表情になっている。そしてごくわずかに、本当に小さく頷いた。

「では、今、エミリー、君には……」

 ぼくは言いかけたけれど、突然野暮なことだと思った。当然そうだ、そうに決まっている。エミリーは今、病気になりながらも恐ろしいウイルスを体に取り込んで運んでいる途中なんだ。

 ぼくはとても病気には見えないエミリーを尊敬の思いで見た。けれど正直、ぼくはこのにわかには信じられない話を、それでもどこかでぼくらの運命につながるという話を、どうしても現実に起きている話とは最後まで信じられないでいたんだ。


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