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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
パンアメリカンハイウェイ
16/41

15


「そのまま走らせろ。前を向いて。少しでもおかしな真似をしたらエミリーを撃つ」

 ベンは揺れる車内でもしっかりと銃口をエミリーに向け続けている。運転手は驚いた様子も見せず、薄ら笑いを浮かべて、

「おれじゃなくて、仲間を撃つ?おかしなことを言う奴だな」

 ベンは軽く首を振ると、

「仲間はおまえらの方だろ?」

 そうしてエミリーに、

「ナイフを出して貰おう。ゆっくりと出すんだ。言っておくが、本気で銃を撃つのは初めてじゃないからな」

 ベンの声は落ち着いていて、その目はエミリーと運転手交互に見続けていた。エミリーはあの無表情になっていて、顔はベンに向けたまま腰のポーチからナイフを取り出す。

「待て!いいか、ナイフを鞘ごとマレイに渡せ。柄の方を向けるんだぞ」

 動きを一瞬止めた後、のろのろとナイフを持ち上げたエミリーは、それをぼくに渡そうと後ろを向く。ぼくが訳が分からないまま受け取ろうとすると、そこで再びベンが、

「だめだエミリー!今、マレイを人質にしようと考えたよな?本当に撃つぞ!ゆっくり、ゆっくり渡せ。マレイ!油断するんじゃない!」

 ベンの緊張が尋常でなかったから、ぼくもたちまち伝染して心臓がドキドキいい始めた。ナイフの柄を先にエミリーが差し出すナイフを受け取る。

「マレイ、そいつを自分のリュックサックにしまえ。そして中から銃を出せ」

 言われるがままナイフをしまうと、フリオとの対決から預かったままになっていたエミリーの拳銃を取り出す。

「エミリーに銃を向けておけ。安全装置は外すんだぞ」

「あのさ、」

「うるさい!黙って言うことを聞け!」

 ベンが本気で銃を撃ちそうな感じがしたから、ぼくは黙ることにした。なにがなんだか分からなかったけれど、ベンの真剣な様子から彼がおかしくなったとも思えなくて、ぼくはエミリーと運転手を敵と見なすしかなかった。言われた通り銃をエミリーに向けると、ベンは銃を運転手に向ける。

「そのまま走らせ続けろ」

 運転手は前を向いたまま肩をすくめ、ベンはそう言ったまま黙ってしまった。緊張した時間が過ぎる。エミリーは視線をベンに釘付けにし、ぼくは銃を構えるのに集中し、流れる汗を感じながら動けずにいた。そしてそれが十分は続いたかと思われた時。

 ファーン。クラクションが鳴って、向こう側からトラックがやって来る。砂塵を巻き上げながら近寄るそれは幌なしの幾分小さなトラックで、荷台に人があふれんばかりに乗っていた。ベンは、

「余計なことはするなよ」

 と運転手に言い、銃をその太い首筋に軽く当てる。ぼくは自分にもベンにもヒヤヒヤしていた。こんな狭い場所で、しかも不規則に揺れる車内、間違って引き金を引いてしまうかも知れない。ぼくはトリガーガードに人さし指を掛け、間違って引かないようにしていたけれど、ベンの指はを引き金に触れているから尚更だった。その時、

「ギレ!やめなさい」

 エミリーの声にびっくりしたぼくはあわてて銃を構え直し、エミリーに向けた。ベンもはっとして運転手に向けた銃を構え直す。エミリーがギレと呼ぶ運転手は、ちらっとエミリーを見た後で舌打ちし、肩の力を抜くように下げた。運転手が何かしようとしてそれをエミリーが止めた様子だった。その時、対向車がすれ違い、砂埃のせいで荷台の人たちがシルエットにしか見えなかったから、あちらもぼくらのことは見えなかったんだろうと思う。何事もなく対向車は去っていった。

「おまえたちの仲間だった坊主、あれに捕まるな」

 運転手、ギレが言う。

「あれはボゴタへ向かう労働者狩りの車だ」

 その言葉にも、ギレの変貌ぶりにもぼくは驚いた。彼の態度は出会った時の陽気さも、その後で見せた思いやりもなかった。ちらっとこっちを見た目は、ぞっとするほど冷たかった。

「労働者狩りだって?」

 思わずぼくが言うとギレは、

「フン。何にも知らねえんだな?上級市って奴は何か大規模な建造物や土地の整備をしなくちゃならねえ時、近隣から労働力をかき集めるんだ。自分たちは決して手を汚さねえ。形ばかりの賃金を払って半強制的に集めやがる。そして奴隷労働をさせて終われば帰す。本当の奴隷にしちまったら保護税が取れねえからよ」

 ギレは冷たく笑って、

「ボゴタはおまえらの父ちゃんたちを閉じこめるキャンプを作るんじゃないのか?」

「ギレ!よしなさい!」

 エミリーがもう一度声を荒げる。

「へいへい、エミリーさん、分かったよ」

 ギレは運転を続けながら、ふん、と鼻を鳴らし黙った。エミリーはため息を吐いて下を向く。

 ぼくはルックの心配と上級市への怒りと目の前にいる監視者への密かな恐れで頭が混乱していて、うまく考えることが出来なくなっていた。

 やがてベンが、何かを堪えるような押し殺した低い声で言う。

「いつまでもこうしてはいられない。話してもらおうか」

 するとギレが、

「ほっておけって。この坊主どもが理解出来るとは思えねえ」

 エミリーはギレを無視して、

「いつから気付いていたの?ベン」

「道でトラックを拾う、と言い出してから」

 ベンは大きく息を吐き出すや、堰を切ったように話し出す。

「そんなに都合よく行くものか、と思った。すると短時間で乗せてくれるトラックがやって来たじゃないか。まったく出来過ぎなんだよ。それにあの芝居は何だ?交換市のシロウト芝居だってもっと上手くやるさ。そんなことより、エミリー。あんたのその格好と姿形は地上人じゃないぜ。ヨーロッパとかいう北の地方に行けば少しはごまかされるかも知れないけどな、この辺りじゃあんたみたいな白い肌は目立つ。きっと今頃ボゴタシティじゃ、あんたの手配書か何かが出回ってるはずだしな。ここを走る運転手は全員あんたのことを知っているはずなんだ。しかし、そんなにおれたちはアホウに見えたのか?」

 ギレが苦笑する。

「見くびっちまったなあ、え?エミリーさんよ」

 するとベンが、

「確信したのは、おっさん、あんたの態度だよ」

「おれ?」

「すごいもんだ、監視者って。よそ見しながらこんなトラックを完璧に運転出来るんだもんな」

「ベテランは出来るだろうよ」

「いや。地上のトラックの運転手は絶対によそ見なんかしない。それを分からないのが証拠だし、そもそもおっさんにそれが出来るのは電脳とかいうものが頭にあるからだよ。電脳は監視者にとって地上では『行き過ぎの技術』なんだろう?だから電脳があるおっさんは地上人じゃない。おれは前にこれと同じようなトラックで北の街に行ったことがあって大型の車の運転がどんなものか知っている。あんたらは田舎のガキだと思ってるんだろうが、おれは知ってるんだ」

「参った。降参だ」

 ギレはこちらを見て、もう前を見なかった。エミリーは顔を上げると、

「分かったわ、ベン。ちゃんと話しましょう。車を止めて、少しだけ銃をよそに向けない?この状態で発射したら相手だけでなく跳弾で自分も死ぬかも知れないわ」

 しかしベンは首を振る。

「別にそうなっても構わないよ。このまま話をするんだ」

「エミリー!坊主の言いなりになることはないぞ!」

 ギレが苛立った声を上げる。

「命令してくれ、こいつらなんかすぐに押さえるからよ!」

「あなたはおとなしく運転してなさい!これが命令よ!」

 エミリーも負けじと声を張るとベンに、

「分かった。話すわ」

「エミリー、よせ!」

 彼女はギレの抗議を封じるように、

「彼はギレ。この人は『転向者』と呼ばれる地上生まれで宇宙へやって来た人。傭兵に多いわ、彼もそう。われわれ側の傭兵で私の警護役の一人」

 ギレは唖然とした顔をしている。自分の素性をあっさり打ち明けたエミリーの態度が信じられなかったんだろう。

「やっぱりな」

 ベンが頷く。ギレはチッと舌打ちして前を向いてしまう。そこでぼくが口を挟む。

「ギレさんのような人は多いの?」

 エミリーはちらっとギレを見ながら答える。

「宇宙人口全体の二割程度と言われている。ここ十年ほど急に増えていて、十年前の倍になったわ」

「そうなんだ、宇宙へ行って監視者になれるんだ」

 ぼくは感心してしまった。そんなことが出来るとは知らなかったし、それはすごいことだった。

 エミリーはそんなぼくらの様子を眺め、決心したようだった。その後は感情を高ぶらせることなく淡々と話した。ただし、最初にぼくらの覚悟を確かめることも忘れなかった。

「ベン、マレイ。じゃ、話すけれど、あなたたちにとって気持ちのよい話ではないわよ?いい?」

 ベンは鼻で笑う。

「気持ちがいい話なんてもう一週間も聞いてないよ」

 ベンの顔からすっと笑みが消える。

「あんたが村にやって来てからずっとな、エミリー」



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