五話 隣の部屋
蓮が入部をし、演劇部に住み着くようになって二週間が過ぎた。
最初のうちは暇さえあれば校内を出歩き、自分の過去に関係しそうな場所や同類である幽霊を探そうとしていたようだが三日もすると飽きたらしく、シナリオを書く俺の横でアイディアというにはあまりにも恐れ多い様々な戯言を盛大にぶちまけていた。
かくいう俺も悲しいほどアイディアは浮かばず、役割を果たせていないペンを役立たせるため、蓮の戯言を時々メモし蓮の前に並べてやるなどして時間を過ごしていた。
なんとも不本意ではあるがそれから起きる面倒事を知っていたのであれば喜んで蓮の戯言書記係をやっていただろう。
その日も蓮が思いつきであげる「恋人は量産型アンドロイド」「他人の誕生日を当てる能力を持つ夫婦」など聞いた事がある様な無い様なネタを書き綴っていた。
ちなみに入部した際に蓮が言った「真が書くシナリオはきっとすごいはず」という勘違いは、翌日にシナリオを持てない蓮に向けて俺が音読すると言う非常に恥ずかしい方法で披露したが、開始5分で。 「真、頑張ろう!頑張って二人で面白い作品を書こう。」 と具体的な感想を1つも告げずに励まされただけだった。
まぁあれだけ感情的で口が悪い蓮をそう言わしめたのだ、蓮から見ても俺のシナリオはなかなかの出来だったのだろう。まったく不名誉な事だ。
そんな感じで二週間を過ごしたが蓮の戯言がそろそろ打ち止めになった様で、久しぶりに蓮の記憶探しの進み具合の話になった。
といっても進展はまったくなく、同時に進行していた同類の幽霊探しも進展無しとの事である。
「それにしても記憶探しはいいとしてなんで他の幽霊なんか探しているんだ?」
少し前から気になっていたので聞いてみる。
すると蓮は「わかってないなぁ。」といった顔で得意げに教えてくれた。 どうやら蓮の考えとしては、他の幽霊がいるとしたら幽霊間でのネットワークで蓮の事や成仏の方法がわかるのでは?という事らしい。 幽霊ネットワーク。なんとも妙な響きだ。
「あと前から疑問だったんだけど、何で成仏したいんだ?普通の幽霊ってのはこの世に未練があったりで居座りたいから幽霊になるものじゃないのか?」
幽霊の気持ちなどわからないが進んで成仏したいと思うものなのだろうか。
その質問に蓮は少しだけ考えて口を開く。
「確かにこうやって過ごせるのは楽しいけど普通、死んじゃったら天国だか何だかに行くものだろ?それならそうしたほうがいいんじゃないかって思ったんだ。天国がどんなところか興味あるし。」
蓮はあっけらかんと言い放つ。悲壮感のかけらも感じない返答だ。
「もぉー。学校なんだから七不思議やらなんやらの話しもあってもいいのになぁ。」
蓮は伸びをしながら、そうぼやいた。 確かにこの学校に入学してから丸一年、そういった類いの話しは聞いたことがなかった。
まぁ蓮に会う前に聞いていたとしても信じるどころか気にもとめなかっただろう。
「それか心霊研究部とかオカルト研究同好会とか、ないかなー。」
またもや蓮がぼやいた。ちなみにそれも聞いたことがない。
というかこのご時世、そんな部が存在しているのはアニメの世界とかだけだろう。
そう思っていると横で旧演劇部のシナリオを読んでいた結花が唐突に口を開いた。
「あるわよ。」
あるのかよ!ってどちらがあるのだろう?
いきなりの結花の言葉に。蓮が目を輝かせて聞く。
「あるの?!どっちどっち?」
それに対して相変わらずシナリオからは目を離さず結花が答える。
「両方。」
両方?!この学校に?結花のほうを見るが顔はシナリオに向けたままなので、そういう台詞が書いてあるのかとさえ思ってしまう。
「七不思議については詳しく知らないけど、お隣さんはそういう部活だったはずよ。たしか…。」
名前が出てこないのか少し結花が考え込む。
「オカルト心霊超状現象研究部…って名前だった気がする。」
ご丁寧に全て名前に入れられている。
「そんならオカルト研究部で意味合いとしては成立しているだろう、というかよく学校が許可したな、そんな部活。」
「結構歴史もあるみたいだし部員も多いみたい、確か五人くらいいたはずよ。」
演劇部は今、部室にいるのが三人。(うち一人は幽霊)
それに加えて入部申請の時に名前を書かれただけの女子、本当の幽霊部員を入れても四人だ。それを考えて頭が痛くなってくる。
そんな訳のわからない部活なのに。幽霊を人数に入れた演劇部より部員が多いなんて…。
落ち込んでいる俺のことはまったく気にせずに、蓮はさっそく行きたくなったらしく。
「真、ほら早く行こう。」
とソワソワしだしている。
心底行きたくなかった。だが蓮の成仏の手だてが見つかる可能性もゼロではない。それに部室で蓮の戯言書記係りをやるのに飽きてもいた。
結局そこが一番の選択ミスなのだが、まぁ覆水盆に返らずだ。
椅子から立ち上がり部室を出る時に結花を見てみたが一緒に来る気はないらしく、シナリオから顔を上げずこちらを向こうともしなかった。
部室を出て数歩。隣のドアの前に立つ。
確かにそこにはオカルト心霊超状現象研究部と彫られた木製のプレートが掲げられている。
結花の言った通り歴史があるのか長い年月を感じさせる。
毎日のように部室に来ていたのだから、このプレートの前も何度も通っているはずなのに気づかなかった。改めて見るが本当に妙な名前の部活だ。
色々と考えたところで中に入らないことには何もわからない。
気乗りはしなかったが覚悟を決めノックをしようとして、手を止める。
お札?カード? よくわからないが長方形の紙に、奇妙なマークが描かれた紙が一枚扉に貼ってあった。 どこかで見た気がするのは気のせいだろうか?
あらためてその紙を見てみる。ずいぶんと古ぼけた紙で、今にも剥がれてしまいそうだった。
普通に考えれば、ただ部の雰囲気作りのために貼ってある可能性も大きい。
だがそのマークは妙にに凝り過ぎているし、なんだかそれを作っている同年代の学生の姿は爽やかさとは対極の位置にいるように思える。
一体どんな生徒がでてくるのだろうか? それこそ幽霊見えます的な暗めのオーラを纏ったような生徒だろうか?
それとも度のキツい眼鏡をして延々と電波な話をしているような生徒だろうか? なんだか目の前の部室がパンドラの箱だか地獄の釜のように思えてきた。 すごく開けたくない、帰りたい!
だがとなりの幽霊は自分の存在を研究している場所に「早く入ろう」と言っている。
いっその事、あのノートを持ってきてこいつと一緒に丸投げしてしまおうかとも思えてきた。そうすればこの部も最高の研究材料を手に入れられるわけだし、俺も普通の日常に戻れるのだ。一石二鳥だ。と考えてニヤッとしたとこで、蓮はしびれを切らしたらしく、
「時間は有限だ、もう先行くぞー。」
と結花の得意の台詞を口にし、ドアをすり抜けようとする。
「待て。」と言う間もなく、蓮はドアをすりぬけ…られずドアにぶつかってしまった。
予想外の出来事だった。
あのノート以外に蓮が触れられる物があったのだ。きっと本人が一番驚いている事だろう。
背中を向けていた蓮がこちらを向いて口を開く。
「そういやこの前も入れなかったんだよ、この部屋。ドア開けて。」
本当に自分だけが驚いたり怒ったりしている気がする。
あっけらかんと重要な事を言っている目の前の幽霊に
「そういう事はさっき話していた進展具合の時に報告しろ」と小言の一つも言いたいが他の生徒に見られても厄介だ。
仕方ないとあきらめ、ため息をつきオカルト心霊超状現象研究部のドアを開けた。
ドアを開いた拍子に足元に何か落ちた気がしたが、蓮が入って行ってしまったので慌てて追いかけた。
何かの紙みたいだったが、ゴミか何かだろう。
鬼が出るか蛇が出るか。どす黒いオーラが充満している部室を想像して開けたドアの先は以外にも明るく、非常に綺麗な部室だった。
ノックをせず入ってしまったことに気づきとりあえず声をかける。
「おじゃまします…」
だが返事が無い。誰もいないのだろうか? 部室の中に入ってみる。
職員室にあるようなスチール製の背が高い棚が壁際に並んでおり、中には様々な資料が綺麗に整頓されていた。
背表紙には「○○年 活動報告」等と書かれているので部活動に関連する資料のようだ。
壁には市内や校内の地図、新聞や雑誌の切り抜きなどがこれも綺麗に貼られている。
違和感と言えば演劇部の部室より狭く感じる事くらいだが一目見て「危ない匂い」のするものは無かった。肩の力が抜け、ふうと息をする。
考えてみればわかることだったのだ、そんな絵に書いた様な霊感が強い生徒や電波な生徒がそうそういるはずもない。下手に幽霊なんかを見てしまったせいで神経質になっていたのだろう。
ただ誰もいないとなると来た意味も無くなってしまった。
壁の新聞記事等を興味深そうに見ている蓮に声をかける。
「しょうがない、戻るぞ」
踵を返しドアに手をかけたところで後ろから声がする。
「あの…御用でしょうか?」
手が止まる。あきらかに蓮の声ではない。ついでに言えば女の子の声だった。 振り返る。
そこに一人の女子生徒が立っていた。
先ほどまで誰もいなかったはずだ。となると嫌な予感しかしない。窓を背にしたその女の子はまっすぐに俺を見ている、とりあえず何か言わなければいけないだろう。
混乱する頭の中で言葉を探しながら、ふと彼女の足下に目がいった。
地面に立っている。という事は…普通の人間なのだろうか? 念のため蓮をの足元を見てみる。やはり浮いている。ついでに半透明だ。
「真、この子すっごい可愛いよ。」
俺の混乱に気づきもせず、蓮はあっけらかんと、今の局面でどうでも良い事を口にした。 その声も彼女には聞こえていないらしく、未だに俺が何か言うのを待っているようだった。
普通の人間と言う事は同じ学校の生徒なのだろう。
先ほど見た上履きのラインは青。という事は同学年だ。とりあえず挨拶をする。
「いきなりお邪魔しちゃってごめん、俺は二年の羽鳥って言って隣の演劇部員なんだ。ちょっとここの人に聞きたい事があって来たんだけど誰もいなかったみたいだから。」
そこまで言うと少し間をあけて彼女が口を開いた。
「ご丁寧にどうも。私は仙道 美月と申します。せっかくお越しいただいていたのに、すぐに気づかずに失礼しました。本を読んでいたもので。」
とても穏やかで上品な喋り方だった。こちらまでかしこまってしまいそうになる。
どこかのお嬢様かなにかだろうか? 肩くらいまでの茶色がかった髪型、体型は女の子らしい柔らかな感じだった。ひときわ大きく見える胸に目がいってしまうのは男の性だろう。
一目見た感じでも女の子らしい雰囲気でとても男子ウケが良さそうだった。
その「男子」の中に蓮も含まれているらしく、
「おおー声も可愛い!とりあえず俺もー俺も自己紹介してくれー。」
とわめいているのが無視する事にして、気になっていた事を聞いてみる。
「いきなりなんだけど、さっきまでどこにいたの?誰もいなかったように思ったんだけど…。」
そう聞くと仙道は少しだけ間をおいてから、
「ええ、こちら側ではなく裏にいたので…。」
なんだか妙な単語が出てきた。
「えっと…裏って…なに?」
この学校の部室はすべて同じ間取りのはずなので表も裏も無いはずだ。
それを聞くと仙道は何かに納得しニコッと笑う。まるで花が咲いた様な愛らしい笑顔だ。
こちらに近づき顔を寄せ、内緒話をするように片手を口に当てた。
「実はですね…あっ!内緒ですよ?」
今度は人差し指を手に当てて「内緒」を表現する。
その一挙一動が可愛らしく先ほどの「男子」に仲間入りしそうになってしまう。
彼女の「内緒」に応じるため首を縦に降る。仙道は再度ニコッと笑い。
「実はこの棚ですけど、部屋を区切っていて裏側に小さい部屋があるんです。見たいですか?」
仙道が「この棚」と言ったのは、先ほど資料が入っているのを見たスチール製の棚の事だった。
壁一面に棚があるようだが部屋の一番奥だけ棚が無い。先ほど仙道が立っていた場所だ。一緒に話しを聞いていた蓮は「おおーおもしろそう!」と言いながら棚をすり抜けて行く。
仙道の手前、止める事もできないので後を追うため。
「見せてもらって良い?」
そう聞くとニコッと笑い先導してくれる。
彼女がロッカーと壁の間の空間に入っていく。その後に続き俺も進む。
その後ろ姿を見て少し胸が躍った。「秘密の共有」なんと魅力的な響きだろう。
共有しているのが二人だけでなく幽霊が含まれているが、この際いないものと考えよう。
放課後のひと時、一人きりで読書をする秘密の部屋。こんな女の子らしいのだからその部屋もきっと素敵なのだろう。
ちなみにこの時点でこの場所に来た、本来の目的は頭の片隅にも無かったのは言うまでもない。
仙道の後に続いてロッカーの裏側に入ると、思った以上に暗かった。
明かりも窓から差し込む光くらいしか無いから、仕方ないのかもしれない。
薄暗がりの中で仙道が立ち止まり、こちらを振り返りニコッと微笑む。
「ようこそ、オカルト心霊超状現象研究部、秘密基地へ。」
秘密基地か、可愛いらしい表現だ。部名については聞かなかった事にした。
仙道が横にスッと移動すると視界がひらけた。
目の前に広がった光景を見た瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。