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十五話 蛍の光


休日の校舎。

普段は騒がしい場所だが今日は部活動がある生徒以外いないのでとても静かだ。

演劇部も今まで本格的な活動がなかったため土曜日に登校する事などはなかったので妙に新鮮だ。

静まり返った廊下を歩いていくと演劇部の部室の前にすでに美月さんが立っていた。

「おはよう。待たせちゃった?」

「おはようございます。大丈夫です、今来たところなので」

今日の集合は十時だったはずだがまだ九時半だ。俺もだいぶ早く来たと思っていたがいったい何時くらいから来ていたのだろうか?

「まだ少し早いので、みなさんが来るまでコーヒーでも淹れましょうか?」

部室に入ると美月さんはそう言いながらコーヒーを淹れる準備を始めた。

手持ち無沙汰なので椅子に座ってぼんやりと美月さんの後姿を見る。手際よく準備をするその姿は…まるで新婚のお嫁さんみたいだ。

「どうかしましたか?」

気づくと美月さんが俺の顔を覗き込んでいた。

「い、いや!何でもない…です」

まったく気づかなかった、妄想していた内容が内容なので顔が熱くなる。そんな俺の反応を不思議そうな顔をして見ながらもカップとソーサーを机の上に置いてくれる。

コーヒーの香りが部室に広がった。口をつけると甘味と苦味がちょうど良い。

「これって…」

「あっ、この前もそうだったので砂糖とミルクは一つずつかと思って勝手に入れちゃいました…ブラックのほうが良かったですか?」

上目遣いで不安そうに聞いてくるその姿に思わず眩暈を感じる。可愛いすぎる。

「う、ううん。美味しい。すごく美味しい」

先程から顔が熱くなってばかりだなと思いながら再びコーヒーに口をつける。

「良かったです。それと真君が好きみたいなのでブルーマウンテンにしました。ちょうど家にありましたので」

ちょうど家にブルーマウンテンがある。その家庭環境は想像し難かったがこの前の蓮の当てずっぽうを俺が口にしたのを好みだと思ったようだ。

「そうなんだ。正直言うとコーヒーの味とか豆の違いってよくわからないけど美月さんが淹れてくるコーヒーは美味しいと思うよ」

そう言うと美月さんはあたふたとし、顔がみるみる赤くなっていく。その反応を見て自分の発言のキザっぽさに今さら気づく。

「あ、あの。せっかくなのでお茶菓子持ってきますね。と、隣の部室にあるので」

そう言うとそそくさと出て行ってしまった。

もしかして引かれてしまっただろうか?何であんなキザっぽい事を言ってしまったのか…。

自分の発言を思い返してため息をつくと、テーブルの上にあるビニール袋が目に入った。

中にはブルーマウンテンと書かれたコーヒーの袋と一枚の紙。駅前にある大型スーパーのレシートで、昨日の夜の日付になっている。

「たまたま家には…無かったんだ」

レシートを見て少しだけ心が弾む、だが別に俺のために買ってきてくれたという訳ではない…はずだ。都合のいい妄想を振り払い、美月さんに気づかれないようにレシートを袋の中に戻した。



「だぁあらっしゃーーー!」

大声をあげて体育館のステージに局長が寝転がった。

「お疲れ様です」

そう言ってスポーツドリンクを美月さんが手渡してくれた。お礼を言って受け取り蓋を開ける。

「やっと終わったわね」

結花が先程まで運んでいた桜の造花を見ながら言う。

今日は朝から体育館でのセット作りのため部室から仕込みの終わった造花を運ぶ作業から始まった。といっても結花や美月さんには別の仕事があったので、局長と助っ人に来てくれた健吾との三人で運んでいたのだ。

「健吾も今日はありがとうね」

「結花からそんな風に素直に言われると気が引けるな。でもこの前は断っちゃったからさ、いいっていいって」

この前は断った?同じクラスだから何か頼みごとでもしたのだろうか?

「真もごめんな、せっかく誘ってくれたのに」

何の話かわからないでいる俺の表情に結花が気づいたのか意味を教えてくれる。

「健吾には局長たちにお願いする前に舞台に出れるか聞いたのよ。ただサッカー部のほうが忙しいらしくて」

「ごめん、ちょうど大会の前だったからさ。でも舞台に出られない代わりに今日は手伝うからさ」

そう言って爽やかに笑う。相変わらず爽やかさは全日本代表レベルじゃないかと思ってしまう笑顔だ。

「ありがとう、助かる」

可能な限り健吾のように爽やかに笑って言ってみる。だが視界の隅で俺の顔を見た結花の眉が一瞬不愉快そうに動いたのが見えて、少しだけ傷つく。

「さぁ、それじゃあ休憩したら組み立てちゃいましょう」

結花の号令が体育館に響く。

各々が休憩を始める中で改めてステージの上から体育館の中を見渡す。

明日になったら目の前の空間は客席になって、今いる場所が演劇部の初めての舞台になる。

そう考えると緊張と興奮で胸の中で疼いた気がした。

自分で初めて書いた完成脚本、いったいどんな舞台になるのだろうか。

もう一度体育館の中を見渡すと向かい側の二階部分に知っている二つの顔があった。もう一人の脚本担当の蓮と今回の主役の蛍だ。

表情こそよく見えなかったが蓮の手振りからすると楽しそうに話しているようだ。昨日の事があって少しだけ心配だったが蛍も元気そうな様子だった。

ただ、やはり蛍の姿はぼんやりとしか見えない。

「必ず成功させるわよ」

気づくと結花が俺の隣に立っていた。どうやらあの二人の姿に気づいたのだろう。

「もちろん」

結花の言葉に俺は笑って答えた。できるだけ爽やかな笑顔を心がけたが、結花がまた不愉快そうに眉を動かしたのを見て思わず笑ってしまった。



天井のバトンに造花を取り付ける作業に少し手間取っていると体育館に訪問者が現れた。

「どーもー!美術部でーす」

まるでラーメン屋の出前のような元気のよさで現れたのは和泉だった。相変わらず元気そうだ。

「和泉、やっと来たわね」

どうやらこの元気な来訪者を呼んだのは結花だったらしい。

「結花ちん久しぶり!相変わらず小さくて可愛い生物だねぇ」

そう言ってウンウンと唸っている和泉を結花が抗議の視線で見ている。俺の知る限りで結花にこんな事を言えるのは和泉くらいだ。俺がそんな事を言った暁には何をされるか…想像もしたくない。

結花の視線をまったく気にせず和泉は俺や健吾に手を振ってくる。一年の時は俺や結花、健吾とも同じクラスなのでみんな顔見知りなのだ。

「それで、持ってきてくれたの?」

さらに局長や美月さんに話しかけようとする和泉に結花が鋭い声を出す。

「おお!そうだね、そうだねー。何しに来たのかすっかり忘れるところでしたよ!」

そう言って体育館の入り口に置きっぱなしになっていた荷物を取りに行く。

「まったく。相変わらず和泉は独特な性格してるな」

そう言いながら苦笑交じりで健吾に話かけるが返事が無い。

「…健吾?」

俺の声にハッとして慌てて俺のほうを見る。

「あ、ああ。そ、そうだな。うん、本当にその通りだ」

何だか顔が赤いように見える健吾は再び入り口のほうにいる和泉に視線を戻した。なんだかボーっとしている横顔だ。怪訝に思って観察をしていると、

「健吾、和泉の荷物持ってくるの手伝ってあげて」

結花のその声に健吾は「お、おう!わかった!」と少し弾んだ声で和泉のほうに走っていく。

「あっ、じゃあ俺も…」

そう言って行こうとすると結花に思い切り袖を引っ張られた。

「な、何?」

だが結花は満面の笑顔で何も言わないし、袖を離す気配もない。恐怖心に負けて俺が小さく「わかりました…」と言うのを聞くと笑顔のまま造花のほうを指差した。向こうの作業をしろと言う事だろう。

造花のほうで作業を始めようとすると背中のほうから「じゃあ俺が手伝うかぁ!」という局長の声が聞こえたがその後まもなく、局長が黙って俺の横で作業を始めたのは言うまでもない。

和泉が持ってきてくれたのは桜の幹部分に巻く茶色い模造紙だった。

濃淡をあらかじめ和泉が付けていたらしく、実際に巻くと予想以上にリアルな出来になった。



最後に立ち位置などの確認をして解散にする頃にはすっかり日が暮れていた。

片づけを終えて部室に戻ると中から話し声が聞こえてきた。美月さんや局長は少し前に帰っているはずだったが、誰か残っているのだろうか?

「…でも、蛍は怖くないの?」

その言葉で結花と蛍が話しているのだとわかった。

「す、少し…怖いです。ま、前までは…そんな事…考えてもいませんでしたが。ゆ、結花さんや皆さんに…会って。楽しくて…そしたら…少し、怖くなりました」

その言葉に続く結花の声は聞こえない。俺自身、それを言われたら言葉に詰まってしまうかもしれない。

沈黙。この瞬間、結花はどんな表情でいるのだろうか?

「蛍、輪廻転生って言葉知っている?」

結花の声は大きくなかったがドア越しでもはっきりと聞こえた。

「りんね…てんせい、ですか?」

「魂は何度も生まれ変わるっていう言葉。それこそ明日蛍が消えたら明後日には新しくこの世界に生まれてくるかもしれないわ」

「そ、そしたら…明後日には赤ちゃんとして生まれてくるかもなんですか?」

「断言はできないけど…可能性はゼロじゃないと思うわ」

「そうですか…そしたら…。そしたらまた皆さんに会いに来ますね」

その言葉を聞いて、部室にはよらずにそのまま帰ることにした。きっと結花や蛍に見せられるような顔ではなかっただろうからだ。


舞台当日は気持ちいいほど晴れた日曜日だった。

校舎までの坂道を登っていく。周りには部活動に向かうであろう生徒がまばらにいるだけで、舞台をどれだけの人が見に来てくれるのか不安になるほど閑散としている。

午前中のうちに最終の稽古を行う予定だった。と言っても午前中はバスケ部が体育館を使うためステージの緞帳を下ろし、その中でゲネプロを行った。

「ゲネプロ?なんだそりゃ?」

局長の質問に結花が答える。

「最初から最後まで通しでやる練習よ。練習と言っても台本も見れないし舞台装置を使わない以外は本番と同じだから心してかかってね」

美月さんと局長の演技は日増しに上達はしていた。正直一週間でどこまで出来るのかは不安でもあったが実際に舞台上に立つと予想以上に完成度は高かった。

もう一つの不安要素であった菖蒲先輩の扇風機はどうやら間に合ったようで舞台袖で準備をしてくれている。

「これがあると便利だろう、おまけだ」

そう言いながら差し出したのは結花と俺とのインカムだった。

「確かに、これがあるとだいぶ進行が楽になるわね。本当は室長さんの機械も試したかったけど本番前にやるとと造花の花びらも散っちゃうし、しょうがないわね」

結花の言葉に室長が静かに笑う。

「杞憂だな。風速、角度、風量、すべて計算済みだ。心配するだけ無駄というものだ」

「そう、それなら安心だわ」

結花がいつも通りの平坦な口調で言う。

「それじゃあ後は本番を残すのみ。みんな、頑張りましょう」

結花の掛け声と全員の声が重なった。



体育館の照明が落とされ映画や舞台が始まる前の独特の高揚感が流れていた。

今までは見る側だったので、ただのんきに「どんなストーリーなんだろう?」と期待していただけだったがいざ見せる側になるとここまで緊張するのだろうか。先程少しだけ会場を除いた時、休日なのにも関わらず予想以上に生徒が集まっていたのを見たのが悪かったのかもしれない。

ソワソワとしながら舞台袖からステージを覗くとメインキャストの局長と美月さんがスタンバイしている。

「真。そろそろ行くわよ」

インカムから結花の声が聞こえる。

「りょ、了解」

少し裏返った声で返すと結花がクスリと笑ってくる。

「大丈夫よ」

ただその一言で不思議とリラックスできた。

「じゃあ、行くわ」

程なくして結花のアナウンスが聞こえてくる。アナウンスの終わりと拍手のタイミングで緞帳をあげるスイッチを押した。

「開演だ」

誰に言うでもなく横にいた蓮が小さな声で嬉しそうにつぶやいた。



今回脚本については蓮と相当話し合った。

まずジャンル決めの時点で揉め、その後の台詞一つとってもなかなか決まらなかった。

蛍へ見せるため、出演者は極力少なく、桜の木をキーポイントにして。

その要素を取り入れていく中で自分には書けないと諦めかけていた、恋愛というテーマに落ち着いたのは少々複雑だ。

局長演じる高校生 大野タカオは野球球児だったが入学して一年、念願のレギュラー入りが決まった日に怪我をしてしまう。自暴自棄になったタカオの前に現れたのが毎年、桜が咲く時期だけに現れる事ができる幽霊、美月さん演じるホタルだった。

今まで誰ともコンタクトが取れなかったホタルだがなぜかタカオには見え、話すこともできた。ホタルはタカオの事を励まし、タカオはホタルの孤独を埋める。桜が散る頃に二人は約束する。「来年会うときは怪我を治してまた野球をやっていてほしい」と。

翌年、タカオは約束どおり復帰しレギュラーの座も射止めていた。部活帰りや休みを利用して心を通わせる二人。

だが日に日にホタルの元気が無くなっている事に気づくタカオ。訳を問いただすと桜を切って新しい校舎を建てる計画がある事、そうしたらもう会えなくなる。ホタルは悲しそうに言う。

教師に掛け合う約束をしタカオは結花が演じる学校教員に直訴するが取り合ってもらえない。それでも夏、秋、冬の間タカオは署名活動をし桜の木を残す活動をする。

三年目。その年ホタルは現れることなく迎えた卒業の日、桜の木の前でうなだれるタカオに「この木はもう老木で近いうちに桜も咲かなくなるかもしれない、だから切る話が出ていた。でもあなたの誠意で今回の計画は延期になった」と告げる学校教員。



物語は順調に進みいよいよクライマックスに近づいている。

蓮と蛍の事が気になり舞台袖から見ると会場の真ん中あたりに二人がいた。

物語に見入っているようで二人ともじっと舞台を見ている。

局長が舞台上で声を張り上げた。

「せっかく守れたのに、なんで会えないんだ。意味がないじゃないか、君に会いたかったのに…これじゃあ意味がない!」

このタイミングで菖蒲先輩がスイッチを入れ桜吹雪を出す予定のため二階にいる菖蒲先輩に合図を送った。


その瞬間…舞台が真っ暗になった。



突然の事態に頭の中が真っ白になる。風が起こるどころか照明が消えて真っ暗になった。

インカムから焦り気味の結花の声が聞こえてくる。

「どういう事?なんで消えたの?」

「わ、わからない」

「取り敢えず照明!」

結花の声を聞き、弾かれるように携帯電話の明かりで照明のスイッチを探す。

「全部オンになっている」

生徒たちも異変に気づいたのか会場内がざわつき始める中、インカムから菖蒲先輩の声が聞こえてきた。

「すまない、どうやら送風機の電圧が大きすぎてブレーカーが落ちた。取り敢えずブレーカーを上げに…」「待って!」

菖蒲先輩の言葉を遮るように結花の声が響く。

「真…舞台…」

その声に舞台を見る。

舞台上を小さな光がゆっくりと、ゆっくりと飛び回っていた。

黄緑色の光はかすかではあるがしっかりとした光で美しく、影を引きながら揺れている。

それはまるで本物の…

「蛍、綺麗ね…」

結花のつぶやくような声が聞こえてくる。

確かに初めて見る蛍の光はとても澄んでいて綺麗な光だった。

会場の生徒たちのざわつきも消え、ただ幻想的な光に小さな歓声があがる。

「真!やばいよ、あまり時間ない!」

急に大きな声が聞こえギョッとすると蓮が真横に来ていた。

「じ、時間?」

「蛍がそんなに長くはもたないからって、だから今のうちに」

蓮がそう言っている間に光が徐々に弱くなっていく。

「真、照明!早く照明つけて!風はなんとかするから!」

蓮に言われるがままにインカムで菖蒲先輩に伝える。

「先輩、送風機はいいのでブレーカーを!とにかく照明つけてください」

「わかった」

言葉とほぼ同時に照明が一気に点いた。



その瞬間、特大の突風が舞台上に吹き荒れた。造花から花びらが舞い落ちて桜吹雪となっている。先程まで聞こえていた客席からの小さな歓声は大きな歓声にと変わっていた。

舞台の上空を見ると蓮が楽しそうな顔で風を操っているのが見えた。そこまで自在にできるのかよ、変なところに関心してしまう。

「真、美月の最後の台詞。室長さんは桜の花びらを」

結花の指示に従い舞台袖で舞台上に目を奪われていた美月さんの肩を揺する。

「美月さん、台詞!最後の」

そう言ってマイクを渡す。

舞台上は菖蒲先輩が撒いた花びらと造花から散った花びらとで渦を巻いたような桜吹雪になっている。

「ありがとう」

美月さんの台詞が始まったので蓮を止めるため手を振る。事前にサインも何も決めていなかったが蓮が俺の動作に気づき風を止める。


「ありがとう。あなたに会えてよかったです」「ありがとう。皆さんに会えてよかったです」


美月さんの台詞にかぶるようにもう一つの声が聞こえた。「あなた」という部分だけ「皆さん」と言っている声…。

「蛍…?」

結花の声がインカムから聞こえる。

「「一緒に桜が見られて良かったです。本当に…ありがとう。とても楽しかった…です」」

蛍の声は徐々に弱くなり、美月さんの台詞が終わる頃には微かに聞こえるだけになっていた。

舞台上で局長が最後の台詞を口にした。

「ホタル、ありがとう。俺も楽しかった。君に会えて、本当に」

その台詞は俺の気持ちをそのまま代弁してくれている台詞だった。きっと結花や蓮も同じだろう。



幕が下ろされ舞台袖に結花、美月さん、局長、そして蓮が集まる。

舞台を終えた達成感を感じる反面、その顔ぶれの中に蛍がいない事でもう蛍が消えてしまったことを実感する。

「それで…蛍さんは…?」

美月さんが少しだけ言葉を濁しながら聞いてくる。

「大丈夫、すっごく喜んでくれた」

俺の言葉は曖昧ではあったが美月さんや局長には伝わったのだろう。二人とも安堵のため息を吐いた。

「じゃあー今日はパーーッと打ち上げだねぇ!やっぱり千秋楽のあとは打ち上げ!」

蓮が能天気な声を上げる。

その言葉に結花と顔を見合わせ思わず吹き出してしまう。

蓮なりに俺たちを励ますために空元気を出したのか、ただの天然なのか。

不思議そうに見てくる美月さんと局長にそのまま伝えると二人も吹き出す。

和やかなムードが流れる中、インカムから菖蒲先輩の声が聞こえてくる。

「おい、なんだか客席で拍手が起こっているぞ。なんだこれは?」

再び結花と顔を見合わせると確かに徐々に拍手が聞こえてくる。

「「「カーテンコール!」」」

結花と蓮と俺の声が重なった。



上気した体を落ち着かせるようにひとつ深呼吸をする。

達成感と高揚感の中、さっきまで舞台を一緒に作り上げたみんなが一様に笑顔で横にいる。

出演者だけ出ればいいと思っていたのに結花や美月さんに引っ張られ、俺と蓮も舞台上に立っていた。

あくまでも裏方に徹する菖蒲先輩がスイッチを押し、少しずつ幕が上がる。

隣の蓮が俺のほうを見て笑いかけてきた。

「真。俺分かった」

徐々に聞こえてくる拍手が大きくなる。

「こうやってまたこの場所に立ちたかった。だから目を覚ましたんじゃないかって」

拍手の中、蓮の声が聞こえる。

「ありがとう」

蓮の感謝の言葉に驚いて横を見る。そこにはもう蓮の姿は無かった。

徐々に会場が見えてくる。焦りを感じ周りを見渡すと結花が上を指差す。

上空に蓮がいた。いつもの笑みをニヤリと浮かべて言う。

「さー!パーッと行くよ!」

蓮を止めようとして「待て!」と言おうとすると蓮が俺のほうを見た。

今まで何度も止めようとしたのに振り向きもしなかったくせにこんな時だけ…

カーテンはもう上がってきている、時間がない。

「行け!蓮!」

俺の声を聞いた蓮が満面の笑みを浮かべた瞬間、桜吹雪が上がりきっていないカーテンをはためかせ会場中を駆け抜けた。

どれくらいの時間、風は吹いていたのだろう?セットにあった桜の花がすべて散るとともに風は止んだ。

気づいたときには蓮の姿はどこにも無かった。


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