十話 探し物
「その人とはこの教室で初めて会いました…。」
蛍が話し始めたので黒板の前に移動し、チョークを取った。
どんな話にしろ何かの手がかりになるかもしれない、書いておいて損は無いだろう。
声が小さいためなんとか聞き取りながら書いていく。途中で結花がチラッと俺を見たが何も言わなかった。手際の良い助手へのお褒めの言葉は無いらしい。
初めて会ったのはここの教室で、蛍は目が覚めてから初めて会った幽霊だったらしい。
その人は京子と名乗り、その時から「探し物」をしていると言っていた。それから頻繁に会うようになり幽霊についての話を色々教えてもらったのだという。
具体的には先程も言っていた二つの消える理由やこの学校で今まで会った幽霊の話、他にも幽霊になると一つだけ不思議な現象が起こせるようになるという話だった。
「そうなの!?じゃあ俺も何かできるのかなー。そういうの分ったりするの?」
話の途中で蓮が食いついた。確かにその話が本当なら気になるところだ。
その言葉に蛍は少し困った顔をして口を開いた。
「…すいません。わ、私も京子さんに聞いただけなので…。」
申し訳なさそうに言う。
「そっかー。じゃあさ、蛍は何かできるの?」
蓮の質問に蛍は恥ずかしそうにしながら、
「わ、私は…。その…ひ、光ります。」
光る?想像していたよりもまったく怪奇現象らしくないのでビックリしてしまった。
「ち、ちなみに。京子さんは…物を動かしてました。触らないで。」
その返答に結花が話をつなげる。
「じゃあもしかしたら世間で言うポルターガイストや人魂とかはその力の事なのかもしれないわね。」
それを聞いて蛍が「光る」と言っていたのも納得できた。夜の学校で誰もいないのに動いている光があったら心霊現象に思えるだろう。それこそ人魂だと思うかもれない。
「なるほど、じゃあ俺も何かできるのかもしれないなぁ。」
そう言いながら蓮が自分の手をまじまじと見つめている。
その姿を見て言葉には出さなかったが「蓮には何の力も備わっていなければいいなぁ」と思った。今の時点で十分に面倒なのに妙な力まで持っていたら余計に手がおえなくなる。
「取り合えず蓮の力なんてどうでもいいわ。蛍、話を続けて。」
結花が言い放つ。蓮のほうを見ると少しだけがっかりした顔をしながら「どうでも…いい。」とだけつぶやいていたが俺にしか聞こえないくらいの声だった。
蛍の話が再開した。
京子さんと会ってから蛍の生活は変わった。色々な話をして「探し物」を一緒に探して、
「じ、実は私…名前、思い出せなかったんです…。で、でも。京子さんに会って…な、名前をつけて、もらいました…。蛍って。ひ、一人でいる時は…寂しくて、心細くて…。で、でも京子さんに会ってから…ずっと、楽しかったです。」
蛍が寂しそうに言う姿を見て心が疼いた。この子の力になってあげたい。
だが楽しかった時間もすぐに終わりが来てしまった。京子さんは初めて会ったときから少し体が透けていたがどんどんとその強さを増して行ったらしい。
名前を付けてもらったお礼にと蛍も一人で一生懸命探したが「探し物」は見つからなかった。
「前は、色々な場所に…行けたので、私も一生懸命探しました。日が経つにつれて…その人の、体が少しずつ…少しずつ透明になって…いって。「もう諦める。」って言われて…。でも、私…一生懸命探して。」
徐々に蛍の声が途切れ途切れになっていく。
「そ、そして…この前、やっと…みつ、見つかって…。そ、そしたら…。」
蛍の言葉が詰まりうつむいてしまった。蛍の言葉が見つかるまでどのくらいの時間が経っただろうか?
「消えちゃって…。」
消え入りそうな蛍の声が響く。声は震えていてうつむいたままだが泣いているのがわかった。
思い残しが「探し物」で、それが見つかった事で満足して消えたという事なのだろうか。
京子さんの言葉を借りるなら「きっかけ」だったのだろう。
「でも…。」
蛍が顔を上げ、涙を少し乱暴にぬぐって笑顔をつくる。
「でも、その人は…そ、その時、笑っていて…と、とても幸せそうでした。だ、だから…私も同じがいいです。」
蛍と今まで交わした中で一番力強い声だった。その笑顔は涙でくしゃくしゃなのに、とても強く見えた。
きっと京子さんが消えてしまってから誰とも話せず、ずっと寂しい思いをしていたのだろう。
いつ消えてしまうかもわからない恐怖だってあったのかもしれない。本当は京子さんのように消えたいという願望はあったのに誰にも言えなかった。言える人がいなかった。そんな中で俺たちが現れてやっとその言葉を言えた。そう考えると思わず目頭が熱くなりそうに…。
「うっぐ…うえっぐ…」
奇妙な声が隣から聞こえたので驚いて見てみると盛大に蓮が泣いていた。この前もそうだったが涙腺がやたら弱いらしく涙と鼻水で美男子のはずの顔はぐしゃぐしゃになっている。
一瞬熱くなった目頭は蓮の姿を見て一気に冷えて行った。ここまで感情的になれるのが羨ましくもある。
「わかったわ。」
教室に声が響いた。声の主である結花のほうを見ると少しだけ目じりが濡れているように見えたが、目には力がこもっていた。
「私たちが蛍の願いをかなえてあげるわ。」
「うぅん!ぼ、ぼぉれらちにまぁかしぇなしい。」
結花の言葉に続いて蓮が声をはりあげたが涙声のため完全に聞き取れなかった。
蛍が少し驚いたような顔をして、
「ほ、本当…ですか?」
と結花と蓮、そして俺の顔を見る。
「うん、俺たちで蛍の願いを叶えてみせる。」
そう言うと蛍は泣き笑いの顔になりながらも口を開いた。
「ありがとう…ございます。」
蛍と蓮が落ち着くのを待って本格的に蛍の話になった。指揮をとるのはもちろん結花だ。
黒板の前に立ち結花が話を始める。
「まずは京子さんのように「きっかけ」を探さないといけないわね。京子さんの探し物ってどんな物だったの?蛍も何か無くしたものとか心当たりは無い?」
「京子さんは…絵を探してました。む、昔描いたらしく…。美術部員だったって…。」
昨日、和泉と会って話した内容を思い出す。和泉の読み通り幽霊がらみだったという事だ。
局長は落胆するかもしれないが知ったことではない。
「で、でも…私は特に、思いつきません。無くした物も、探したい物も…。」
探し物ではないとすると何だろうか?
「それなら蛍はやってみたい事や見てみたい物とか、未練に感じるような事はある?」
非常に分りやすいストレートな質問だった。そこで何かしらヒットがあるのであれば話は早い。
「み、、未練…ですか。」
そう言うと蛍は黙り込み、考えモードに入ってしまった。
待つこと数分、蛍は申し訳なさそうに俺たちの顔を見て、
「すいません…。未練…とか、よく…わからないです。」
と頭を下げた。そんな簡単に見つかるものではないのかもしれないし、記憶も断片的なのだからわからないのも無理もない。
それにしてもこれはさっそく手詰まりだろうか?そう思っていると、
「蛍が目を覚ましたのは一月頃、でも昨日聞いた局長さんの話では報告があったのは三月初旬。多分、目が覚めてからの二ヶ月の間で京子さんと会ったはずだし、その頃は校内を自由に動けたはずよね?その間は何をしていたの?」
手詰まりかと考えていた俺とは違い、結花は黒板に時間軸を書きながらサクサクと話を進めていく。確かにゲートが貼られる前は自由に動けたはずだ。
「京子さんと、お話をしたり…、一緒に絵を探したり…後は……。あっ…。」
そこで蛍は何か思い当たったらしく少しだけ言葉を切り、大きく息を吸う。
「あ、後は…さくら…。」
この瞬間、結花の目が一瞬光ったように俺には見えた。
「桜…桜の花が見たくて…探して、ました。見える場所を。」
そこまで聞くと結花は黒板に「桜」とだけ書く。
そこまで見て俺にもわかった。この話のキーポイントは「桜」だという事が。
「なるほどぉ。この話のキーポイントは桜…だね。」
横にいた蓮が得意げに言う。いわゆるドヤ顔で俺を見ている。
先を越されたことに悔しさを覚えていると、結花がじっと蓮のほうを見て、
「それから?」
と聞いた。
それから…?結花の言葉の意味が分らず蓮を見てみると、蓮のほうも意味が分らないらしく首を傾げ俺の顔を見てくる。俺を見るなっ。
「キーポイントなのは書いたのだからわかるでしょう。発言するからにはそれ以上の事も言って。」
刺すような視線で結花が言う。同じ事を考えていたが俺もその先は考えてなかった。
中途半端な発言をしないで良かったと思っていると、
「そ、それから…。えぇーと、なんだっけ?」
そう言って蓮が再び俺の顔を見てくる。
あたかも俺と相談してたかのように話を振ってきやがった。
「なっ!何だっけって、お前っ!えぇー……。」
突然の事に否定もできずにそう言っていると、
「それなら発言しない。時間は有限よ。」
ぴしゃりといつもの台詞が飛んできた。何で俺まで怒られたのだろう、とんだとばっちりだ。
理不尽だと思っている俺には気づかずに結花は再び蛍に向き合い話を進める。
「なんで蛍は桜が見たかったの?」
その問いに蛍はポツリポツリと答える。
「あの…。私が…その…事故に…あった日は始業式の…日でした。わ、私…この学校の…桜並木……大好きで…。」
少しのあいだ沈黙し、蛍が一生懸命喋り出す。
「でもっ…あの日、見れなくて…だ、だから…見たかったんです…。もう一度だけ…でも、桜の…花を。」
「でも…見れなかったのね。」
結花が静かに蛍の言葉につなげる。蛍は結花の声に頷きながら、
「はい…やっと暖かくなって…。桜を見に行こうとしたら…ここから出られなく…なってて。も、もう…散っちゃいましたよね?」
その問いかけに結花は小さく頷く。その姿を見て蛍は笑顔で言う。
「そうです…よね。もう、散っちゃいましたよね。」
どう見ても無理をして笑顔になっているのがわかった。
「桜以外に思いつくことはないのよね?」
結花がだずねると蛍は小さく頷いた。
「わかったわ。」
そう、静かに結花が言った。蛍が驚いたように顔をあげる。
「私たちが蛍に桜を見せてあげるわ。」
帰り道、斜め前を歩く幼馴染に声をかける。
「それで、どうするつもり?」
いざ桜を見せてあげると言っても咲いていない。あの自信に満ちた顔を見ると何かしらの策があって「見せてあげるわ。」と言ったのだろうと俺は思っていた。
「考え中よ。」
こちらを見ずに結花はさらっと言った。
「えっ?でも…あんな…。」
と言ったところで言葉につまる。あの局面で「桜の季節はもう終わったから見せてあげられないわ、諦めて。」なんて言える訳が無い。もし結花の立場で話していたら俺も同じように「見せてあげる。」と言っていたかもしれない。いや、きっと言っていた。
だからこの局面で俺が言ってほしい事を口にする。
「わかった。一緒に考えよう。」
結花は少し驚いたように振り返って俺の顔を見た。
「も、もちろん。当然でしょ、部員全員で考えなきゃっ。」
いつもの結花らしい発言だったが少し顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?
「部員全員と言っても蓮は当てにならないから実質は俺と結花で考えなきゃだな。」
「そうね…。そうと決まればさっそく作戦会議しましょう。今川焼きでも食べながら。」
いきなり作戦会議ですか、しかも今川焼きって。
「もちろん、真のおごりで。私はクリームね。」
そう言って普段は別れる交差点を商店街のほうに進路を変更した結花の足取りは心なしか楽しそうに見えた。