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第一部 第一章

登場人物

 福本茉莉沙  この物語の主人公。ピアノが好きな女の子だが、少し臆病な性格

 一ノ原もな美  茉莉沙の同級生。やがて茉莉沙との絡みは激しいものに?

 フレード・ナツザワ  宇宙の彼方の星の住人で、太陽たちの遠い子孫

 ディム・ナツザワ  フレードの息子。甘ったれだが、意外な性癖があるかも…

 トピー・ミールズ  コスモ・エクスプレスのCA。類稀なる美男子  

 松葉谷翠子  ピアノ発表会で茉莉沙に自信をつけさせる優しいお姉さん

 夏沢太陽  茉莉沙の初恋の人。しかし微妙な関係


 *この物語はフィクションであり、登場人物や団体・建物・一部の天体などは架空のものであります。また文中に不適切な表現があるかも知れませんが、登場人物の心情やストーリーを盛り上げる為ですのでご了承下さい。 

  宇宙の果てのあの星へ行きたい!

  人は夢を叶える力を必ず持っている。

  三人の天才少年少女はやがて夢を叶えてゆくが

  愛と葛藤の渦へと巻き込まれてしまう……

  壮大な宇宙を舞台に繰りひろげられる

  ラブサスペンス・ファンタジーが今始まる!



 登場人物

 福本茉莉沙  この物語の主人公。ピアノが好きな女の子だが、少し臆病な性格

 一ノ原もな美  茉莉沙の同級生。やがて茉莉沙との絡みは激しいものに?

 フレード・ナツザワ  宇宙の彼方の星の住人で、太陽たちの遠い子孫

 ディム・ナツザワ  フレードの息子。甘ったれだが、意外な性癖があるかも…

 トピー・ミールズ  コスモ・エクスプレスのCA。類稀なる美男子  

 松葉谷翠子  ピアノ発表会で茉莉沙に自信をつけさせる優しいお姉さん

 夏沢太陽  茉莉沙の初恋の人。しかし微妙な関係


 *この物語はフィクションであり、登場人物や団体・建物・一部の天体などは架空のものであります。また文中に不適切な表現があるかも知れませんが、登場人物の心情やストーリーを盛り上げる為ですのでご了承下さい。 




   第一章


   

   ★プロローグ・旅立ちの歌


『皆様、本日はコスモ・エクスプレスをご利用頂き誠にありがとうございます。当列車はトレインナンバー3846、急行・ロワンドテ−リャ・ヤポーナコスモポート発⇒地球・イーストエイジアトキオシティ行きでございます。途中停車ステーションは惑星ミラージュ→惑星ルミエール→宇宙流通センター→トロピカル・プラネット→想い出のほうき星→&ブルースター→コスモグランドコアステーション→宇宙コロニー村→天の川の橋→海王星→天王星→土星→木星→火星→月の順で停車いたします。終点のトキオシティには、地球時間でA.D.3025年8月10日14:30頃の到着となり、航行時間は15日と21時間30分を予定しております……』


「ねぇ、パパ、お腹すいてきちゃった」

フレードとディムの父子は、列車のコパートメントにカートを置いてやっと一息ついたが、息子のディムは立派な風貌の割に子供で、座ると早速わがままが始まってしまった。

 父親のフレードは今乗り込んだ電鉄会社の会長をしており、今年はコスモ・エクスプレス創立千周年記念という事で、あちこちの惑星でイベントが催されていて、この二人は地球でのイベントに参加すべくこの列車に乗り込み、遥か彼方の星への旅立ちを今心待ちにしているところである。

「もう間もなく出発だ。そうなると、このロワンドテ−リャ星の周りを列車が大きくカーブする。そんな時は立ち歩いたりせずじっと座っているんだ。いいな?」

「ハイ……」

「離星の時と着星の時、或いはワープ空間点を通過するときは揺れるから危険だ。だから席に着くよう車掌さんも言うんだよ。」

「パパ、ワープ空間点……って?」

「ああそれはな、近道のトンネルみたいなものだ。ロワンドテ−リャと地球には、何万光年もの距離があるから、まともに行くと到着する前に私達は皆死んでいるよ。ははは……。だから途中にワープのトンネルをいくつも備えてある。気の遠くなる距離もあっという間さ」

「フ−ン……すごいなぁ」

 コンコンコン★

 コパートメントのドアを3回ノックする音が聞こえた。

「会長、失礼して宜しいでしょうか?」

「どうぞ入り給え」

ドアの向こう側にいたのは若いキャビンアテンダントで、瞬きを忘れてしまうほどの美男子である。

“目が醒めるような……”とはこの事で、ディムは口をあんぐりとだらしなくしまりのない顔になっていた。

「おしぼりをどうぞ」

「ありがとう」

「はいお坊ちゃま、どうぞ」

「………」

「ん?これ、ディム何とか言いなさい。君、本当に申し訳ない。不躾な息子で」

「いえいえ、とんでもございません。ディム様もお疲れの様子で……そろそろ昼食どきのようですので、安全圏内に入りましたら、すぐお持ち致します」

「いやいや、私達は食堂車(ビュッフェ)に行くから。多忙な手をわずらわせる訳に行きますまい。どうか業務に集中するように」

「いいえ、お食事のご用意などわけもない事です。どうぞお好きなものをお申しつけ下さい」

キラキラ潤んでいるその瞳に見つめられると誰もがお手上げになるだろう。美しく生まれつくのは得であり美しいとは罪な事……このキャビンアテンダントを見ているとこの世の不公平さについて深く考えさせられてしまう。

「そうか、じゃあ私はキールとグラム鳥のグリルを、マナもつけて。ディム、お前は何がいい?」

「……何でも……」

「お前、どうかしたのか?」

フレードはディムの額に手を当てた。熱はないようだが、急に元気がなくなったから後で医務室車両で診てもらった方がいいのかと心配になってくる。さっきまで「腹減った」と騒いでいたのに……

「……ファラディーヤ、食べたい。あとミュータとマナも……食後にはカーファとグラーテ………」

 「そ、そうか、分かった。あの、君。この子にはホスタ貝のファラディーヤとルージャミュータにマナを3つぐらいと。食後にはカーファとグラーテ。私はカーファだけでいい」

 「はい、かしこまりました。では点検確認等がありますので私はこれで……何かありましたら、すぐお知らせください」

 「ありがとう。ところで君は地球の土地勘はいい方かね?」

 「ええ、何度も行き来しておりますから。わが社の千年祭のイベントでしたらお任せください。手の空いている時はご案内致します。まぁ、私が仮に乗務が多忙になりましても会長のお世話させて頂く者は沢山おりますのでどうぞご心配なさらないように……では失礼致します。ごゆっくりお寛ぎ下さい」

 「ああどうも。よろしくね」

 「………」

ディムはただボーっと口をあけたまま何も言わない。食欲は人一倍ありそうだから腹の具合は悪くないようだが、何か別の病気なのかも………やはり後で診てもらった方がいいのだろうか?フレードはおかしくなってしまった息子を不憫に思った。



   ★千年前に想いを馳せて


 『皆様大変お待たせ致しました。間もなく出発致します。惑星(プラネット)を離れる際揺れる事がございます。今しばらくお席にお着き下さいませ』

 『1番線より列車が発車致します。ドアが閉まりますのでご注意ください』

 

 ?♪#♪♪♭♪#♪――

 ホームで“さらば私の星よ”という曲の発車メロディーが流れている。

 いよいよ出発かと思うと心躍り、曲に合わせて歌いたい気分になってくるものだ。

  

  〜さよなら さよなら いざ旅立ちへ 君たちのこと忘れはしまい

  山も川も海も空も みんなみんな 美しいけれど

  何かが背中を押している 振り返るなとたしなめている 

  さよなら さよなら 私の星よ きれいな想い出よ いざさらば〜

 

(こんな歌詞だったかな?)

 二人とも声に出すのは気恥ずかしく心の中で歌ってみた。

 そのうち、窓から見えるステーションの天井のドームが動き出し、ホームが滑り始めると、見送りの人々の泣き笑う顔が次から次へと流れていく。

 安全確認ロボットも手を振り、ディムは思わず手を振り返した。

 スピードがぐんぐん上がって行くのが分かる。

 時速100キロは軽く超えただろうか。

 プラットフォームが瞬く間に小さくなり、下方へ沈んでゆく。

 そして、目の前にヤポーナの街が。

 寺院は鐘を打つ頃で、シルバーの摩天楼が陽射しを反射して眩しい。

 遥か向こうまで続くメガロポリス、むこうに霞む地平線が弧を描いてゆく。

 地平線はどんどん丸くなっていき、やがて空は紫に藍色に移ろいながら、いくつものスパンコールを煌びやかに飾り始めた。

 夕べの宴に酔いしれるように二人は溜息をついている。

 「ああ……キレイだな」

 「うむ、本物の天体ショーだからな」

 痛い程、胸が鼓動を打つ、地上で見上げる夜空とは格段に違う世界があまりに素晴しくて、ディムの頬に涙の河がいつしか流れていた。

 「………」

 言葉にならない、言葉に出来ない。

 瞳から溢れる感動を払おうともしないで、ディムはただ窓にへばりついている。プラネタリウムにない、無限の広がりを肌で感じながら………

 

 『ご案内致します。当エクスプレスは只今惑星ロワンドテ−リャを定刻どおり出発致しました。次のステーションは、惑星ミラージュ、惑星ミラージュでございます。この列車は引力制御装置が作動しており、車内は常に安定した重力を保っております。また特殊バリアチューブ内を運行しておりますので、流星雨や宇宙嵐の影響を受ける事なく安全で快適な宇宙の旅をお楽しみ頂けますが、カーブ及びバリアチューブ切り替え点やワープ空間点の通過時並びに、事故防止のための急停車の際は揺れますのでご注意ください。間もなくバリアチューブ切り替え点に入ります。今しばらくお席にお着き下さいませ』

 「パパ、質問なんですけど」

 (ぷっ!(^^))

 振り向いたディムは涙と鼻水がグショグショにまみれて我が子ながら可笑しな顔で、思わず声に出して大笑いしそうになったが、子供はつまらない事でも傷ついてしまうので、フレードは必死にこらえた。

 「ひ、ひ、ひ、ひどい顔だな。じ、じっとしてな‥さい、うぷっ」

 (お、大人気無いから笑ってはいけない。・・・でも、く、苦しい(^^))

 顔筋と腹筋の痙攣と戦いながらも早く素に戻りたくてハンカチでディムの顔をきれいにしてやった。

 人前で可笑しな漫画を読んで笑いを堪えるのは辛いと聞いたが、フレードは今身をもって体験した気がする。

 「バリアチューブ……ナントカっていうのは?」

 「ああ、バリアチューブ切り替え点だね。惑星は自転しているから線路(バリアチューブ)を同じ方向に伸ばすのは無理だ。だから惑星の周りで途切れる線路(バリアチューブ)を沢山張り巡らせて、ステーションから伸びてくるチューブと繋がる仕組みになっている。列車の時刻表(タイムテーブル)はチューブの継ぎ目がピッタリ合わさる時間に合わせているんだ」

 ディムはイメージした。

 丸い星の周りに沢山の線……

 惑星からの一本の線がその一つと繋がる、そして惑星が少し回るとその隣の別の線と繋がりそれを繰り返していく。

 「あ、なぁーんだ、そうゆう事かァ」

 ガクン!

 車内に振動が走った。

 「ほら、今バリアチューブ切り替え点を通過したよ。でも地球方面は今、反対方向にあるので大きくカーブしてから本線に入るんだ。他の星へ行く線もあるので、惑星の周りはバリアチューブが複雑に網の目になってるのさ」

 「へぇー」

 惑星ロワンドテ−リャのステーションは、列車が1日に2本程しかないローカル星とは違い、地球をはじめオリオン、アンドロメダ、スバル星雲、サザンクロス、北極星(ポールスター)など各方面行きの列車が発車しており、特急も停車する大きなステーションだ。ディムの頭には毛細血管の様なチューブの網が張り巡らされ、何かの拍子でグシャグシャに絡まってしまうのではと心配になったが、実際には立体交差しているので絡まるのは有り得ない。

 「さぁ見えて来るぞ。私たちのロワンドテ−リャだ」


 大きい。

 とても大きな青い星が迫力満点に控えて、ディムはまた口をぽかんと開け、ただ只圧倒されている。

 青い海に緑の大陸、綿飾りの雲が取り巻く美しい星。

 しかし光の強い恒星に照らされて眩しく、ずっと眺めていると目が疲れてしまう。

「この列車、ご先祖様たちが作ったんだよネ。ご先祖様もこうして、ロワンドテ−リャを見ていたのかなぁ?」

 ディムは眩しい星を見つめていた目を、掌の金星丘でこすりながら訪ねた。

 「ああ、そうだとも。だがご先祖様は元々地球人だったんだ。といっても、ロワンドテ−リャ人は地球の子孫だったりするんだがな」

 「エ!?そうなの?知らなかったなぁ」

 「詳しいことが書いてある本がある。ディム、時間はたっぷりあるから読んでみるか?」

 「うん、読む、読む」

 「千年前、三人の天才達がいた。これはそのご先祖様の、波乱に満ちた物語だ。あとで感想文を書いてもらうぞ」

 「エーッイヤだー」

 「はは…冗談だよ。さぁ読みなさい」

 フレードが鞄の中を探ると1枚のディスクが出てきた。

 分厚く重い本も今は昔、ペーパーレスのこの時代、どんなに長い物語だって持ち運びはとても便利になった。文明の進化は目覚しく、時に驚かされてしまう。


   

  “星のさざ波の向こうには” ―夏沢茉莉沙 著―


 

 タイトルはこう記されている。

 新しい服を着るときや、贔屓のアーティストの新作に触れる時、そして面白そうな書物に触れる時は何故いつもこんなにときめいてくるものだろう。

 ディムも胸をおさえつつもどかし気にケースを開いて、自分のモバイルコンピュータにディスクを挿入した。

 ディスプレイに移る文字達は躍りながら、子孫を著者の軌跡へ誘ってゆく。

 ディムは今遥かな過去へ繋がる道を辿り始めた。


   

     

     ―星のさざ波の向こうには―

 

  

   夜の天を仰いだら  そこに星を浮かべた海が広がっている 

   その海に船を滑らそうか  それとも大きな橋を架けようか 

   広大無辺な夢は  走るのをやめようとしない

   夜に天を仰いだら  そこに星を浮かべた海が広がっている 

   星のさざ波の向こうには  終わらない明日がある 

   そんな気がしてならない――

 

 

  これは私がとても好きな詩であり、私の夫”太陽“とそしてすべての人の夢にささげたい  ――そう思っています。

  

     夏沢茉莉沙



    

    ★三人の出逢い 


 「太陽君、今日休みだネ」

 「アラ、知らないの?昨夜外でずっ−と星を見てたら熱出しちゃったんですって」

 「パトラちゃん、何でそんなこと知ってるの?」

 「なぁんでも知ってるのよ。ホーッホッホッ(^^)」

 私・茉莉沙と太陽の出会いは小学校の時。入学式で同じ体育館に居た筈なのに、そのときの彼は沢山の子供の中に紛れて印象というものが特に無かった。と言うより、ただ私が憶えていないだけかも知れない。

 でも高学年になって太陽と同じクラスになり、初めて言葉を交わすようになった。

 この年頃には早い子ではもう大人の影がさし始める。

 私の中の見えないところで月が満ちて来たのもこの頃だったと思うが、それより太陽の声が周りの子供よりかすれてきているのを聞く度、言葉に出来ないセックスアピールを私は感じていたのだ。


 或る日、私達のクラスに転入生がやってきた。

 「紹介します。一ノ原もな美さんです。皆さん仲良くして下さい」

 「一ノ原もな美です。ワタシ外国にずっといたから早く日本に慣れて、クラスの人達とお友達になりたいです。よろしくお願いします」

 「きれーなコね」

 「うわービジンだなぁ♡」

 おかっぱの髪型にミステリアスな雰囲気……

 それは絶世の美女“クレオパトラ”のようで、彼女のあだ名は“パトラ”に決定した。

 「はい、静かに。一ノ原さん、席は福本さんの隣に座ってね」

 もな美は私に近寄り微笑みかけた。

 「福本サン、よろしくネ。いろいろ教えてちょうだい」

 「あ……こ、こちらこそ」

 頭のよさそうなもな美に勉強を教えてもらおうと、私は密かに期待していたものである。

 私ともな美と太陽―――

 この三人が織りなす複雑な人間模様を知る由もなく、私達は星の下で巡り逢ってしまった………


 放課後私ともな美は、休んでいる太陽が心配で様子を見に行くことにした。

 ぐったりしていると思いきや、普通に笑ってお喋りなどやってのけている。

 「あら太陽君、思ったより元気そうじゃない。ヨカッタ」

「星座の観察もいいケド、夜風は体に毒ヨ」

 面目無さそうに照れ笑いの太陽の顔が可愛くて、私までつい笑顔になっていく。

 「この間もらったお年玉が意外に多くて、天体望遠鏡買ったんだ。ついうれしくてつい時間忘れて見てたらこうなっちゃった。デモ、星ってホントキレイだなー」

 「私も見たーい。今度見せてえ」

 「抜け駆けはダメよ。ワタシだって見たいわ」

 「じゃ僕が元気になったら、ネ」

 「ヤッターうれしいー(^^)」

 太陽の笑顔がとてもキュートだったのが印象的――と思ったのが私だけではないと、この時は知らずにいた。

 もな美は何も言わないけれど………



   ★そして、夢


 「アラ、太陽君おはよう。もう具合イイの?」

 ニ,三日して学校の靴箱の前で談笑していたもな美が、太陽の姿を見つけた。 

 口元からキラリ覗いている八重歯が私を捕らえて放さない。

 実を言うとその口にキスをしてみたいと思っていて、自分はお早熟(ませ)な子だと思いつつ想像を膨らませ、いつの間にか自分の口元もにやけてしまっている。

 ここしばらくの間私には何かが足りない気がしていたが、久しぶりに彼の顔を見て分かった。それは、太陽が知らずに分けてくれる元気、太陽は私の“太陽(ソレイユ)”だと。

 思春期の入り口にいて何も経験など無かったが、例えビギナーでも恋の素晴らしさというものは確かに覚え始めて、大人への階段の初めの一段を踏み出していた。

 「太陽君、今日の国語の時間に作文の宿題の発表があるんだケド、やってないよね?」

 一昨日出された宿題を病欠の太陽が知る筈もないのに、私は先生に叱られると心配になってしまった。

 「ああ、それならパトラが教えてくれたからやってきたヨ」

 「太陽君の発表、楽しみー(^^)」

 「よせよォ」

 もな美は明るくて親切で、積極的な女の子。誰かに恋すれば開けっぴろげに言いそうだ。

 それに引き換え、茉莉沙は引っ込み思案で駄目ネと、私は自分をいさめてしまう。


 そして、国語の時間――

 「次は一ノ原さん、発表して下さい」

 「ハイ」

 もな美は立ち上がり自分の作文を朗読し始めた。私はあがり症で、ドキドキしながら順番待ちをしていると言うのに、もな美ときたら、すっと背筋の伸びたきれいな姿勢で、アナウンサーみたいな抑揚をつけて読んでいるのだ。

 彼女のようになれたら――と私はもな美をつくづく羨ましく思ってしまう。

 「ワタシの夢は、バレリーナで、憧れのプリマ・ドンナになることです。オペラハウスの舞台に立ち、七色のライトを浴びて思う存分踊りたい。そして世界中から喝采を受けて、誰もが知るモナミ・イチノハラ……そう、ワタシの名前はフランス語で“私の友達”という意味で、世界のあらゆる人と友達になれるようにとつけられた名前です。その名のとおり、いろんな国のたくさんの人の前で、踊り、ふれあい、そしてこの地球上をくまなく駆け巡る女神のような女性――そんな人になりたいです。」

 パチパチパチ☆

 「パトラちゃんすごいネー」

 「単なる作文よ。大した事ないワ」

 教室中に拍手が湧き上がり指笛を吹く男子までいる。

 大人顔負けの文章に舌を巻いて、私はもな美を尊敬するしかなく、他の言葉は見つからなかった。強いて言うと、願わくばその自信、半分でも私に分けて欲しい……

 「これ、静かに。一ノ原さんよく書けていましたね。夢がかなうよう頑張ってください。では、次、夏沢君……は一昨日は休みだったわね」

 「先生、宿題ならやってきました」

 「あらそう、じゃ発表してください」

 (太陽君、ガンバッテ)

 まるで自分の事のように、私は力を込めて手を組んでいる。

 太陽の顔がいつに無く神妙に見えて、いつしか私は祈るような気持ちになっていた。

 「ボクの将来の夢、それは宇宙飛行士になって、月や火星、あと知らない星に行ってみたいです。宇宙探索機の“スペースレンジャー”に乗るために、英語を覚えたり、訓練をいっぱいしなきゃいけないのですが、それでも宇宙から地球をながめてみたいので頑張って特訓を受けたいと思います。月に行ったら、月の石を持って帰り好きな人にお土産であげたいです。おわり」

 「キャー」

 「ヒューヒュー」

 (それって誰?このクラスにいるの?)

 私の胸のドキドキは発表前の緊張とは違う意味のドキドキに変わってきた。

                  

 「静かにしなさい。夏沢君素晴らしい夢ですね。宇宙に行くには算数と理科をがんばって勉強するといいでしょう。さぁ次の人は……福本さん」

 「は、ハイ!」

 ついに来てしまった。

 授業の時間が押して、私の番が来る前にチャイムが鳴ればいいのに――と言う願いも空しく、時の螺子を司る妖精から「諦めろ」と言われているようだ。

 私は仕方なく、嫌がる体をなんとか椅子から起こした。

 「私の……夢」

 原稿用紙も声も震えてる。顔から火が出そうで何となくお腹も痛い。

 いっそのことダッシュで逃亡しちゃえばどんなにスッキリ爽やかな事だろう。

 でも全身が硬直して一歩も足を踏み出すなんてできない。私はまるで、囚われ人だ……

 「わ、私は、ピアニストになりたい、です。今は……まだバイエルの上級ですが……“エディット・ピアフをたたえて”とか、ぴ、ピアノソナタ“熱情”とか、“幻想即興曲”“愛の夢”“別れの曲”などの素敵な曲を弾きこなせるように早くなりたいです……」

 

 ?♭♪#♪♭♪♪♪―――

  

 ピアノの事を思うと、心の中にメロディーが流れ始めた。

 そのめくるめく旋律たちは、手足に絡みつく目には見えない重い鎖を解き放って、私を自由に羽ばたかせてくれるようだ。

 このとき気付いた事だが、心の鏡がどんなに暗く淀んだ色に曇ってたとしても、美しいものを想い、楽しい想像をする事で鏡には光がパァーッと差してくるのだ。

 私を取り巻くイバラはすっかり枯れてしまい、掌に希望を握り締めた気持ちになっていた。すると、及び腰の体はまっすぐに立ち、原稿用紙は伏せてしまって、驚く事に腹の底からの声で自分自身を叫びだしたのだ。

 「私はピアノが好きです。ピアノが私を呼んでいるのではなく、私がピアノに向かっているのです!」

 「………」

 教室は水を打ったようになってしまった。

 (わ、どうしよう。みんな引いてる……)

 私は何て事を言ったんだろうと後悔しながら口を押さえて気まずさに耐え、もう涙腺が切れてしまいそうになったが、やがて別の意味で泣きたい気持ちになっていった。

 誰からともなく拍子が起こり、教室は喝采の渦へ―――

 (すごい、すごいわ!ステージで演奏したあとって、こんな感じなのかしら……)

 感激するなんて生まれて初めての事で、照れくさいながらも本当に涙に咽んでいる自分がそこに立ち尽くしていた。

 人生の中の忘れられないファイルのひとコマは、快晴でスカイブルーが鮮やかな午後だった。

 柔らかい陽射しが私の身も心も暖めていた―――


  

    ★勇気をだして


 『皆様、当エクスプレスは只今安全圏内に入りました・食堂車や化粧室、視聴覚車両やライブラリー、売店、バーなどご利用のお客様はご自由に車内をご覧下さいませ……』

 コンコンコン★

 またもやコパートメントにノックが響いた。

 「会長、大変お待たせ致しました」

 先程の美青年アテンダントが温冷ワゴンを引いてやって来た。

 ゴブレットに痛いほど冷えたミネラルウォーターを注ぎ、フレードにはキール、ディムにはアップルジュースをサービスしてワゴンの中から料理を取り出している。

 無駄のない綺麗な動作に見とれ、ディムはまた口をポカンと開いたままだ。

 「ルージャミュータでございます」

 二人の前に、トマトサラダが出された。

 「マナを失礼します」

 クラッシュアイスに乗せたバターと温かいパンが出てきた

 「こちらはホスタ貝のファラディーヤと……あとこちらグラム鳥のグリルでございます。熱くなっておりますからお気をつけください」

 ディムにはシーフードのクリームパスタと、フレードにはソースがパチパチ弾ける鉄板が出された。 

 出来たての温度をそのままキープするので料理がまったく冷めていない。本当に不思議なワゴンだ、文明の利器って素晴らしい。

 「それではまた後で参ります。どうぞごゆっくりお召し上がり下さい」

 アテンダントがドアを閉めて行った後、ディムはハァーっと大きく溜息をついた。

 「…ん?どうしたんだディム、顔色が変だぞ、具合でも悪くなったか?」

 さっきまであんなに空腹を訴えてたのに、大好物を前にしてぼんやり(くう)を見つめているので、フレードは心配になってきた。

 「え?あ、ああ、大丈夫だよパパ。ん‥‥(モグモグ)おいしい、おいしいヨ。あはぁ、サイコー!」

 何だかいつもと違うディムが心配で、地球に着いたら病院で診てもらった方がいいのでは……とフレードは本気で思い始めた。


 暫くしてアテンダントがワゴンを持って再びやって来た。

 「お食事はお済みになりましたでしょうか?器をお下げ致します。……会長、カーファでございます。お坊ちゃま、カーファとグラーテでございます。どうぞ」

 2人に食後のコーヒーが出され、ディムの前には大きなアイスクリームが。

 「ではごゆっくりお寛ぎになり、良い旅をお続け下さい。これで失礼致しますが、ご用の際はお呼びになって下さい。では……」

 「あ、あの」

 ディムは踵を返しかけたアテンダントの背中を掴むように口を開いた。

 彼がもうここに来ない気がしてとにかく何か接点を掴みたい、そんな気持ちが思わず声に出てしまったのだ。

 「し、し、失礼ですが、お、お名前は?」

 「トピー・ミールズです」

 「あ、あ、あ、あの、トピーさん。千年祭の地球大会ですケド、い、い、……一緒に……一緒に……一緒に行って頂いてもよろしいですかっ?!」

 勢いに乗って言ったはいいが、すぐにディムは気まずく後悔し始めてしまった。

 (うわあっ、言っちゃった。恥ずかしい!どうしよう、もう取り消せないし、あとの祭りだあ〜)

 唐辛子たっぷりの激辛料理を食べたかのように、血液はどんどん顔に集まって今にも火を噴きそうだ。

 しかしトピーの潤んだサファイヤの瞳は怪訝な曇りもなく、薄紅に染まるディムの顔を優しく見つめた。

 「結構ですよ、ディムお坊ちゃま。勤務が明けたらお供致しますよ。そうですね、アトラクションが沢山ありますのでどれから廻っていいか迷いますが、それも楽しみのうちです。どうか宜しくお願い致します」

 (イヤッター!!!^▽^)

 丁重に断られるかも――と半ば諦めていたが、意外な答えにディムの赤裸々な火照りは薔薇色の悦びへと変わっていった。

 トピーの瞳は窓の外の大宇宙を映しているようで、キラキラ、キラキラ踊る光の渦にディムの心は吸い込まれ、蒼い宇宙の中を泳ぎ歌い、煌めきの中で歓喜の笑いを振りまいている。

 

 窓の外にも星達は渦を巻いていて、私達にいつも何かを語りかけているのだろう。

 それは幾千年の昔も今も変わらずにいる。

 多分これからの永い未来も、ずっと、ずっと―――



   

    ★汚れなき約束


 「アア寒い。でもキレイねぇ」

 「ホント、星が降るってこの事なのネ」

 階段の上、街を見下ろす小高い丘で私ともな美は真冬の意地悪な冷え込みに縮こまっていたが、17時を過ぎるとすっかり夜の帳に覆われて、輝く都会が鏡に映るように、見上げれば奇跡の空が無限大に広がっている。

 溜息が白い煙になって消えていき、ずうっと見てても飽きてこない。

 見とれていたら、そのうち自分達もいつしか星空の一部になって行くような、そんな気がしていた。

 「おーい!」

 「あ、太陽くーん、こっちこっち」

 誰かが呼びかけたと思ったら、天体望遠鏡を抱えた太陽がやって来た。

 大きく手を振っている自慢したげな顔が街灯に照らされている。

 段々近づく屈託のない素敵な笑顔、私が一番好きな太陽の顔だ。

 「ごめんね、待ったぁ?」

 「ううん、全然。私達も今来たトコ」

 「スゴーイ、思ってたより大きいのネ。30センチくらいのもっとチッチャイのかと思ってた」

 「今年のお年玉たくさんだったから、ちょっとフンパツしちゃったんだ。へへ‥」

 太陽は何故か得意げになっても厭味がない。それが彼の魅力なのだろう。

 早速天体望遠鏡をスタンバイすると、どうぞと手で合図をくれた。

 何気ない仕草に、この頃胸がキュンとする事がある。

 よく分からなかったが、これが初恋のときめきだったのだろう。

 「茉莉沙ちゃん、お先にどうぞ」

 「私は次でいいワ。パトラちゃん先に見て」

 「そうーぉ?じゃ私から。あ、まさかのぞくトコに墨なんかぬってパンダのイタズラしようとしてないでしょうねぇ?」

 「アハハ、大丈夫だヨ」

 もな美は嬉しそうに望遠鏡を覗き込むと、溜息をつき、時々歓声を上げている。

 何が見えるのだろう、宇宙にどんなものがあるのだろう……

 何だかワクワクしてきた。

 太陽の愛する宇宙を私も見てみたい。彼と同じ気持ちを私も楽しみたい……

 「あースゴかった。凸凹までよく見えるのねぇ。私、星がこんなふうになってるって知らなかったワ。あ、マリサちゃんごめんネ。お待たせー」

 「ううん、いいの」

 私の胸はいよいよ高鳴り、地震みたいな鼓動で体が揺れるのを感じている。

 この天体望遠鏡の向こうに何があるのか、未知への期待を噛み締めながら、片目を閉じて宇宙の入り口へ瞳を近づけてみた。

 「わあ―――」


   ――黒いベルベットに 不思議なパンがいくつも浮かぶ

   望遠鏡を動かせば パンが流れて行く 右へ 左へ

   これは何? 月と言う名のパン まぁるいお山がいくつもあって

   真ん中のくぼみは湖かしら?

   湿りの海 虹の海 ためいきの入り江

   陽が沈む頃はとてもきれいでしょうね

   紅い波のきらめきを受けて 私も航海に出てみたいわ

   金色の飾りの ゴンドラに乗って

   おしゃれな星たち 真っ赤なドレスの火星(マース)

    ボーダー柄がカラフルな木星(ジュピター)

   プロメテウスもスバルも スパンコールのコスチューム

   どれも面白そうに笑って くるくる踊るのが私にはわかるわ

   宇宙のリズムに乗って 規則正しく廻っているのが

   私には見えるわ――


 レンズの向こうの世界で遊ぶ私の心に、こんな詩が生まれた。

 その夜忘れないうちにノートに書きとめ、後日この詩は学校の勧めで地域のコンクールに出展したら、何と金賞を受賞する事になる。

 彼が見せてくれたはじめての宇宙は、私の心に自信と喜びを育ててくれたのだ。

 

 太陽ともな美と三人で星を見た帰り道、曇りのない澄んだ冬の夜空はいつまでも私達を魅了し続けていた。

 その頃は三人共、この空のように天真爛漫で無垢でいられて、いつまでもこのままだと信じられたものだった。

 「科学の本で見たケド、将来宇宙ステーションなんか出来て、宇宙旅行も気軽に行けるようになるんだってね」

 「ソウソウ、他の星に植民地つくって地球から人が移住する事もできるんダッテ」

 「じゃあ、そうなったら3人でちがう星へ行こうよ」

 「うん、イイネ。私も行きたい。デモ、他の星ってタコみたいな変なのいたらイヤだなぁ。気持ちワルイ」

 「アッハハハ、大丈夫ヨ。食べられたりしないでしょ」

 「デモぉ、人喰い生物だったら」

 「バカねェ、そんなのありえないありえなーい。大体ねぇタコみたいな宇宙人なんて地球の人の想像ヨ。実際いるわけないワ」

 「そうかなぁ‥‥」

 「でもすごい事だよね。遠いところにある星に行けるようになったら‥‥夢みたいだなぁすばらしいよ」

 「そうね、いつか遠くの星へ行きましょう。3人で」

 「そうだね。行こう!この3人で」

 もう一度見上げた空は十二等星までが鮮やかで、星の海からさざ波の囁きが聞こえてきそうだった。

 子供の頃に三人で見た他愛もない夢―――

 まさか大人になってから嫌が上にも思い出させられるなんて、太陽にも、もな美にも、そして私にも誰も予想だに出来なかったのだ。

 「あー寒い。はやく帰ろ」

 「うち、今夜はビーフシチューよ。はやく食べたーい」

 「あー、いいなー」

 「アハハハ……」



   

    ★魅惑の惑星


 「しかし、あのトピーという青年には迷惑な話かも知れんが、いいという事だから任せておくか……」

 「パパあれは?」

 「おお、次のステーションが見えて来たな。あんまりウロウロせずに着くまでは座っていなさい」

 車窓の外には少し変わった輝きの星が、だんだん光を強めてこちらに近づいて来るのが分かる。

 不規則に点滅しながら赤→橙→黄色→黄緑→緑→青→紫と色を変え、虹色になり銀色になりオパールのように光ったりと、なんとも神秘的な雰囲気だ。

 

 『間もなく惑星ミラージュ、惑星ミラージュに到着致します。プラネットに着星します際揺れますのでお立ち歩きのお客様はお席にお着き頂きますようお願い申し上げます。停車時間は10時間でございます。惑星観光をなさいますお客様は6−αゲートよりミラージュ・サイトシーイングトレインにお乗換え下さいませ』

 「わあ、キレイだな……」

 ディムの瞳もクリスマスイルミネーションのように光り輝いている。

 「ねえ、ママが言ってたケド、この星で愛の告白をすると相手は自分のとりこになって必ず恋が結ばれるって、ホントかな?」

 「ああ、そんな言い伝えもあるが、それはこの星での話であって、一旦星の外に出たらそれは知らんぞ」

 「じゃあ、星から出たら恋もいっぺんにさめちゃうの?」

 「まあそういう事だろうな」

 惑星ミラージュ――

 それは魔力を秘めた不思議な蜃気楼の星。 

 至る所に幻と、芳しい薫りと、心安らぐ音楽がある花園のような星で、人々を高揚させ、あまりの居心地良さに他の星が地獄に見えてしまい、そこを離れない人も多いという。 

 幻が全てを覆い隠して真実を見る事が出来ないある意味恐ろしい星だが、それでもいいから一生ここで暮らしたいなら、それはそれでひとつの人生なのだろう。

 

 「失礼致します、宜しいですか?」

 どうやらフレードとディムの専属サービス係であるらしいトピーが、何やらキャンディーの様なものを手にしてやって来た。

 「メンタルヒーリング・タブレットでございます。どうぞ」

 「トピーさん、これはいったい何ですか?」

 差し出されたキャンディーを、ディムはいぶかしげに見つめ、匂いを嗅いでいる。

 「これは一種の精神安定剤です。惑星ミラージュは誘惑も多く、皆様の旅に支障が出てはいけませんので、到着前にこちらをサービスさせて頂いております。これを噛まずにゆっくりお口に含みますと気持ちを冷静に保つ事ができ、幻惑に取り込まれる事なく次の目的地へとまた旅立てるのです」

 「トピーさん、あなたはこれをなめなくて大丈夫なのですか?」

 「大丈夫です。私達職員はホスピタルで予防接種を受けていて、もう免疫が出来ています。ですが免疫の無い方がこの星に来る時は、この予防薬を服用して頂かないと、列車が到着した後の事は保障できません。蜃気楼の美しさに憧れ過ぎて、連れ戻そうとする人を殺し、みずからも自害した、なんていう悲惨な事件もありましたから」

 ブルッ。

 ディムの毛穴が冷水を浴びたように引き締まっていく。 

 美しい事は罪な事と言うけれど、美しさの裏側には危険が潜んでいるのかも知れない。

 トピーからメンタルヒーリング・タブレットを受け取り、二人は口にしてみた。

 「?」

 味があるのか無いのか分からない微妙な感覚が舌を走る。

 「パパ、これっておいしいの?何だかソースのかかってないフラーゴン(肉)みたいな………ん?」

 初め殆ど味が無かったのに、そのうち口の中に煎じ過ぎた漢方薬のような味が広がり始めた。

 「ナニコレ!ま、マズーイ!!」

 「ははは……良薬は口に苦しと太古の昔から言うのだよ。ディム我慢しなさい。それともお前ミラージュで一生さまよいたいか?」

 こんな不味いものを舐めていてもシタリ顔で笑っているフレードを見て、ディムはとても不思議に思えてならなかった。

 今すぐ吐き出してしまいたいけれど、幻の囚われ人になるのは勘弁して欲しいので、グッと我慢を決めた。

 「24時間は効果が持続しますので発車には問題ないでしょう。その間惑星観光でもなさればいかがですか?……ほら近づいてきました。間もなく停車しますので私は失礼致します。では後ほど……」

 厄介な星ではする事が山ほどあるのか、トピーは忙しそうに去って行った。

 窓の外には星を縁取る.金色の光。

 そしてオーロラのカーテンの揺らめき。

 虹のアーチ。

 緑豊かで、花は咲き乱れ、鈴を転がした声で鳥は歌う――美の都 惑星ミラージュ。 

 眼下に見える白亜の城に、ディムは興味を覚えた。

 「わぁ、きれいな建物。冬のお祭りで見た雪の彫刻みたい。おひさまの光でキラキラしてるー」

 「あれはステーションだよ。さぁ、準備をしなさい。降りたらどこかでひと休みしよう」

 ディムは窓に張り付いたまま惑星ミラージュの風景に魅せられていた。

 その傍らでは本が頁を進められず同じ文字を映し続けている。

 『あー寒い。はやく帰ろ』

 『うち、今夜はビーフシチューよ。はやく食べたーい』

 『あー、いいなー』

 『アハハハ……』



   

   ★プチ恋煩い?


 「ちょっとォ、聞いたわよ。茉莉沙ちゃん。今度のピアノの発表会出るんですって?!」

 「ウ…ウン」

 「じゃあ見に行かなくちゃ。ネェ、太陽君も行くでしょ?」

 「そうだな……」

 「何か用事でもあるの?!」

 「あ……は、はい、行きマス」

 「行ける子みんなに声かけて応援するからガンバッテネ〜♪」

 「あ、アリガト……」

 私は恥ずかしいから内緒にしてたのに、もな美はどこから情報を仕入れてきたのだろう。

 応援なんていらないのに集団で横断幕なんか引っ下げて“茉莉沙コール”なんてされた日には顔からどころか全身から火が出て焼け死んでしまいそうだ。

 そうでなくてもステージに上がると思っただけで胃のあたりがキュッと苦しくなり心臓はバクバク………

 ペダルなんてとても踏めそうにない。

 そんな事だから出来れば発表会なんて出たくないのだが、周りに逆らえない私は、先生や親の勧めで半ば強引に出させられたという感じだ。

 別にピアノが嫌いな訳ではないからいいけれど大勢の人前に出るくらいなら、針のムシロに座る方がマシかも知れない。

 いやいや、そんなことより今はレッスンだ。

 弾く事に集中すれば観客だってみんなカボチャに見えてくるだろう。

 (余計なことは考えない考えない……)


 1日3時間はピアノと向き合い、両手の指に(スピリット)を染み込ませたい、作曲者の想いをピアノに宿す事が出来たらと、私の中の自然発生的に湧いてくる想いは、どうしても私をピアノに向かわずにいられなくしてしまう。

 或る日ピアノ教室に行くと、先生が練習しているのをふと耳にした。

 

 #♪♪♪.♪♪♭♪―――

  

 踊るように弾んだリズムが気に入って、私はこの曲が一篇に好きになってしまった。

 「あら茉莉沙ちゃん今日は。発表会の曲どうするの?決めた?」

 「先生、今弾いていらした曲、何ていうんですか?」

 「アンダルーサよ」

 アンダルーサ――

 それはスペインの町アンダルシア風にという意味。

 美しき踊り子たちがフリルをひらめかせて、板張りの床を踵で打ち鳴らす音が聞こえてきそうだ。

 この曲の持つエネルギー漲る活気を、私も感じてみたくなった。

 「私、この曲発表会で弾いてみたい」

 「いいけど、ちょっと難しいわよ。でも茉莉沙ちゃんなら手も大きいし他の子より上手だし、憶えたら案外いけるかも。やってみる?そのかわり、キツイわよ」

 「ハイ、がんばります」

 この日から私とこの曲の奮闘が始まった。

 練習のかたわらスペインの本を読んでみたり、午睡(シエスタ)をとったり、食事はスペイン料理にするよう母に頼んだり、苛々しそうな時は「Que sera sera」と唱えてみたり、私は暫く日本人の気持ちを忘れて、気が長いけれど情熱的な国民の心を掴もうと努めてみた。

 或る日TVの劇場中継でオペラ「カルメン」をオンエアするのを知り、DVD録画して繰り返し繰り返し観た。

 

 魔性の女・カルメンの誘惑と裏切り。

 カルメンを殺したい程愛してしまうドン・ホセ。

 そしてミカエラとエスカミーリョを交えての四角関係。

 

 やはり忘れられないのは、カルメンが艶やかに「ハバネラ」を歌う場面だ。私は背中に戦慄が走った。

 (これだ!)

 恋する女性・カルメンの気持―――

 これこそがスペインの情熱だと私は思った。

 (私がカルメンなら、ドン・ホセはいったい……)

 そのとき胸の中をよぎって行った優しげな影は、音楽室で歌ったり笛を吹いたり、水飛沫あげて泳いだり、グラウンドを走り回っている太陽の姿だった。

 人前に立った訳でもないのに、鼓動は激流を発生し、血潮が身体中を駆け巡っている。

 

 (頬が熱いわ、なんだか苦しい。私、病気になっちゃったの?)

 少女の私に、初恋が萌える。

 もうすぐ淡雪が花の香りに変わる季節。

 私も胸騒ぎ覚える春を迎えはじめていた――――



   

    ★極度の緊張


 『まもなく開演になります。演奏者の方が見えましたら、拍手をもってお迎え下さいませ』

 「太陽君、いよいよ始まるネ。茉莉沙ちゃん何番目だったかなぁ」

 「24番目だヨ」

 「ウッソー最後じゃなーい。いいポジションねェ。じゃあがんばって応援しなきゃ」

 発表会当日、私達の街の区民ホールにはクラスメイトの顔が幾つか見えていて、その中にはやはり太陽ともな美の顔もあった。

 みんなさぞかしワクワクしながら私の出番を待っている事だろう。舞台裏で、私がどんな気持でいるかも知らずに……

 『皆様大変お待たせ致しました。これよりピアノ演奏発表会を開始致します。まずはじめに、エントリーNo.1番。泉麻美さんの演奏で、エステン作曲”お人形の夢と目覚め”です』

 

 その頃、私は俯いてじっとしながら、緊張と戦っていた。

 演奏する曲はかなり弾き込んでいて、もうすっかりつかんではいたのだが、ステージの上だと話は別だ。

 沢山の人が聴くのかと思うと、何だかお腹がシクシクしてくる。

 (どうしよう、具合が悪いという事で帰らせてもらおうかな‥‥)

 こんな思いをするくらいなら、いっそ棄権する方向へと私は考え始めていた。

 そんなとき―――

 「どうなさったのあなた。気分でも悪い?会場の人に言ってどこかで休ませて頂くようにしましょうか?」

 ひとりの少女が冴えない顔の私を見て、大人の人を呼んで話しをつけてくれた。

 その少女はベルベットのドレスがしっとりと似合って、綺麗な巻き髪で華やぎのある優しい雰囲気の人だ。

 周りが知らない子供だらけで不安を抱える中、この気遣いはとてもありがたかった。

 ソファーのある部屋に連れて行かれ横にならせてもらうと、この静かな部屋の空気に緊張がほんの少し溶けてゆくような気がしてきた。

 「そう、あなたグラナドスの曲が気に入って発表会で弾こうと思ったのですね。レッスン大変だったでしょう?ほんとお偉いわ……」

 この少女は私の側で話をしてくれたりするお陰で、気持ちが随分ほぐれて何だか体がスーッと風船のように軽くなっていく感じがする。

 「まぁ、あなた順番が最後なの?じゃあ最後までずっと緊張しっぱなしですのね。かわいそう。でも、やってみたら案外どうって事ないのよ。私も初めての発表会の時、倒れそうになってね、それでも無理して弾いたの。無我夢中でやったら終わった途端、スーッと楽になって元気になったわ。うふふ……」

 癒し系とはこういう人を指す言葉なのだろう。 

 暖かな陽溜まりがそこに当たっているようで、私の緊張もどこかへ飛んで行ってしまったのかしらと思っていた。

 

 「あら、松葉谷さん、ここだったの。もうすぐ出番だから準備お願いします」

 「はい、只今参ります……では私は行きますので、あなたもお加減宜しいならがんばって」

 「ありがとうございます」

 

 “清楚”

 “たおやか”

 

 ――そんな憶えたての言葉を思い出していた。

 その少女はお嬢様と呼ぶにふさわしい立ち居振る舞いで、取り囲む空気を魔法のようにあやつり、私の身体を蝕んでいた不安を排除の溝へと導いていたようだ。

 「福本さんももうすぐですから、そろそろ良いですか?具合は大丈夫かしら?」

 「はい……大丈夫です」

 「そう、じゃあステージの袖まで来て下さいね」

 やっと落ち着いてきた私はソファーから起き上がり、長い廊下を渡って舞台の裏あたりまで来た。

 微かに流れているピアノの音……ちょうど曲が終わったようで、演奏が止まると喝采が湧き起こりはじめた。

 (この向こうに大勢の人が……)

 沢山の顔、沢山の目。それを思い浮かべると、再び緊張の糸がぐーっと引っ張られ、拍手の波に呑まれ私は溺れてしまう気がした。

 「あら、もう宜しくなったの?私は次が出番なので行ってきます。あなたもがんばって」

 少女は私に微笑むとステージへと進んで行ってしまった。

 (この次は私、ああどうしよう……)

 振り向きざま見せたその微笑に心が少し和んだが、残された私は、やはり不安を拭い切れないままでいた。

 

 『野上美由紀さんの演奏でベートーベン作曲“月光”でした。続きまして、エントリー?.23番、松葉谷翠子さんの演奏で、リスト作曲“愛の夢 第3番”です』

 翠子というその少女はライトを浴びるとひときわ美しく輝いて、身体の周りに虹色のオーラを纏っているようだ。

 (きれい……)

 区民ホールがまるでオペラハウスになったような錯覚に陥ってしまう。

 そしてスッと細い白魚の指は、静かにキーの上に降りて行った。

 (はぁ、なんて上手………)

 紡ぎ出された音が、私を夢想の世界へと誘っている。


  あたたかな南風が美しい花をそっと揺らしてる庭園

  薔薇色の花びらの舞い

  鳥は囀り

  蝶も踊る

  むせるような薫りに抱かれていとしいひとを想うとき、

  めくるめく甘い感情が胸のなかを満たしてゆく

  愛の夢

  愛の喜び

  熱くいきづく愛の生命


 翠子は白い手でピアノに生命を吹き込んで、私達に微笑み、語りかけている。

 私はしばらくの間、何もかも忘れて彼女の奏でる世界に酔いしれていた。


  そのひとは葡萄酒の華やかさに似て

  「こちらにいらっしゃい」と私を招く

  この世の楽しさをひとところに集めたような

  その花園で私は遊ぶ

  水のようにしなやかに

  風のように自由に

  私の心は気球になって

  どんどん雲へと近づいていく

  あの飛行機にも負けない位もっと高く

  さらに高く――


 (はっ!)

 やがて喝采の波が湧き起こった。

 いきなりあらわれた現実が私を一気に地上へ墜落させ、腹黒く哂っている。

 サーッと血の気が引いていくのを感じて、再び胃のあたりに不快感が蘇ってきた。

 (とうとう、私の番だ……)

 『松葉谷翠子さんの演奏で、リスト作曲“愛の夢 第3番”でした。それではいよいよ最後のプログラムとなります。エントリー?24番。福本茉莉沙さんの演奏で、グラナドス作曲“アンダルーサ”です』

 (やっぱりダメ!体調が優れないと言って帰らせてもらおう……)

 舞台の袖からチラリと覗いてみると、会場は満席になっている。

 あんなに沢山の人々の前で、指なんて動きそうにない。

 動いたとしても全然違うキーに触れまくって、小さな子のピアノ遊びみたいにメチャクチャになるのが関の山だろう。

 それ以前に頭がクラクラしてお腹も気持が悪くて吐きそうなほどだ。

 係の人に訳を話して出場棄権を申し出ようと踵を返しかけたが、鈴を転がすような翠子の声が私の背中を引き止めた。

 「さぁ、あなたの番よ。緊張するのは始めだけ、弾いていると楽しくなるわ、行ってらっしゃい」

 「はいーがんばって!」

 係の人も元気づけようと肩をポンと叩いてくれたが、勢い余って前にのめり、私の身体はそのまま舞台の端に飛び出してしまった。

 (ああ駄目だ!もう後戻りできない。絶体絶命よぉ)


  

   

   ★わたしとあなたとアンダルーサ


 「あっ見て!茉莉沙ちゃんよ。キャーマリサちゃーん!ファイト、ファイト、オーッ!」

 聞き慣れた声がしたと思ったら、もな美だ。

 しかもあんなに大声で手を振って。本当に穴があったら入りたい。奈落の底でもいいから……

 そう思っていたら、もな美の隣にいる太陽と私の視線が絡み合った。

 一瞬、あんなに満席だったホールから人がみんな消えてしまったように、見つめあうとこの目には太陽だけしか映らなくなってしまったのだ。

 

 (茉莉沙がんばれ、ここで見てるからな)

 (ウン、ありがとう太陽クン。私精一杯やるわ)

 

 私たちはお互い頷きあい、瞳と瞳でこんな会話をしていたようだ。

 やはり私のドン・ホセは太陽なのだろうか?

 はっきりと答えは分からなかったが、このとき私はカルメンに変身して、太陽の為に弾こう――そう決心したのだ。

 (できる、出来るわ!今ならアンダルーサを表現できる。太陽君、聴いてね)

 舞台の袖では、翠子が両手を組んで見守っている。

 彼女にも大きく頷いて見せると、翠子は微笑を返してくれた。

 私の顔にも笑みが戻ってきたら、自分の中で突然発生した自信が数秒の間に急成長し、さっきまでの重い気持ちや腹痛から嘘のように解放された気がする。

 台風一過の青空が見えてきた気分だ。

 私の背筋はいつしかピンと伸びていて、足取りも軽やかになり、そのままステージ中央のグランドピアノに向かって行った。

 (もう、どんなに沢山の人が見てても恐くない)

 写真でしか見たことのないアンダルシアの碧い空が、ホールの天井に広がっているのを感じながら私は演奏を始めた。


 (あ、練習のときとまったく違う。この感じ、何なのかしら……)

 右手は鍵盤の上でフィギアスケートを滑り、左手は鍵盤の床にタップのリズムを刻んでいる。魔法にかかったみたいに指がとても軽く、滑らかな動きでアンダルーサを表現できている。

 私は、真紅のドレスを着て情熱的に踊るカルメン。

 夢のように金色に輝きながら、客席で見ているドン・ホセの瞳に移ることが出来たらと願いながら燃ゆる想いを送り続けている。


 「みんなも上手だけど、茉莉沙ちゃんすごいわねぇ。ナンカ迫力が違うわァ。私何だかあのピアノで踊りたい気分になってきたわ」

 「うん、すごいね………」

 私には分かる。

 太陽は私のピアノの世界に引き込まれ、虜になっている。

 もっと私を見て、フラメンコは踊れないけれど、私のピアノを聞いて欲しい。

 (太陽クン………)

 そう、演奏していくうちはっきりと確信が持てていった。

 私だけのドン・ホセは一体誰なのかを――――


 曲が終わった。

 拍手が激しい嵐みたいに私を包み込む。

 ほんの区民ホールの発表会なのに、世界の大舞台でのコンサートを終えたように、私は感激で涙まで溢れてきてしまった。

 この日の私は、二つの生き甲斐を見つけたのだ。

 ピアノと太陽(あなた)。私の心のファイルに新しく夢が書き加えられたのだ。

 「茉莉沙ちゃーん、良かったわよ。はい、どうぞ花束よ」

 「素晴らしい演奏でしたわ」

 もな美も太陽も翠子もみんな私の演奏の成功を祝福してくれて、私の目は再び潤んできた。

 「ありがとう……」

 (翠子さん、太陽クン、あなたたちのおかげよ)

 自分に負けて放り出さなくて良かった。

 あのまま帰っていたら、この喜びを味わう事もなかっただろう。


 この時の気持ちが羅針盤になり、今後の私の人生の舵を取る事となったのだ。

 忘れることが出来ない春の日、あたたかな南風の囁きが聞こえ、桜の蕾も密かに綻び始めていた。



  

    ★蜃気楼の幻惑


 “ルルルールル……ラーララララー……ドゥドゥルドゥルドゥル……ダダダダー……”

 不思議な歌が聞こえてくる。ハミングする鳥でもなく空耳のようにかすかな歌声。

 霧が晴れたと思ったら魚の姿がよく見える清らかな湖が現れる。

 ほとりを渡る風がさざ波を生み、白樺の枝を揺さぶると、ハープの優しい音楽が躍り出した。

 回転木馬の遊園地、大きな観覧車は万華鏡、色と光がくるくる変化してとても綺麗。

 万華鏡の“マ”はマウンテンの“マ”雪の冠をかぶってとても誇らしそう。

 “マ”は万頭の“マ”美味しそう。しっとりとお茶室で過ごしましょうか。

 “マ”はマイタイの“マ”。バーでお洒落にグラスを傾けたい。

 レストランではおいしいお肉、散歩に出るなら陽だまりの並木道、向こうのエメラルド色の海も見える。

 茜雲、七色に変わる黄昏、鮮やかなイルミネーション、巨大な花火と舞い散る風花……

 美しいものが入れ替わり立ち替わり変化している。

 目を凝らしていると、ほらほら見えてくる。見たいもの、欲しいもの、会いたい人、恋しい人etc,etc………


 「パパ、すごいね。この星は景色がキレイだし何でもあるよ、うらやましーなー。一生ここで暮らしたいキモチ、わかるなァ」

 「何を言ってるんだ、メンタル・ヒーリングタブレットのおかげで冷静かつ客観的でいられるんだぞ。そうでなければ今頃幻に取り込まれてとんでもないことになってるところだ。観光が終わったら早々に列車に戻るからな。全くお前ときたら、道草好きだから困るわい」     『間もなく、“水の丘”に到着いたします。こちらは想像上の動物達と触れ合えるエリアでございます。危険はございませんのでご安心くださいませ。なお、この丘に生えている植物にはお手を触れないようご注意下さいませ』

 観光列車ビュートレインがカーブを曲がると小高い丘が現れ、その先の小さなステーションに着くと二人は、ターミナルすぐ側のカフェで一休みすることにした。

 

 「私はメラタージュを」

 「ボク、ソーブレロが食べたい」

 二人はカフェテラスで紅茶とパフェを楽しみながら、風に揺れるたびに光る銀緑の草をながめ、動物達のたわむれに微笑んでいる。

 「あ、あの動物、図鑑で見たコトある。確か……ドル何とかだったかな」

 「あれはドラゴンと言うんだよ」

 「じゃあ、アレは?」

 「麒麟だ。草むらに見えたのは一角ウサギ、その隣は魔女の縞馬、一緒に遊んでるのはユニコーンで向こうのはクリスタル・エレファントだ。みんな可愛いだろう?」

 「何だかサファリパークにいるみたい。楽しいなぁ(^^)あっ、ソコの猛獣みたいなの、こっちにらんだよっ」

 「あははー、大丈夫だよ。もし噛まれても実体のないものだからケガなんてしないさ。……ちょっと私は、トイレに言ってくるから、動物を追いかけて遠くに行ったりするんじゃないぞ」

 「ハーイ」


 フレードが席を外した後、ディムはしばらく楽しげに動物たちを眺めていたが、ふと側にある木に何かが光っているのを見つけた。

 (何だろう?……何か実がなってるぞ!)

 近づいてみると、それは銀色の林檎だ。

 (わぁ、大きな果物 どんな味だろ、毒にやられて死ぬーなんてコトないみたいだしちょっとだけ味見しちゃお^▽^)

 ディムは銀の林檎をひとつもぎ取り、かじってみた。

 シャリッ。モグモグ―――

 (ん?味が……無い?やっぱり幻だから味なんてあるわけないか)

 期待はずれの林檎を放り捨てるとカフェのテーブルに戻ろうとした。

 その時、白い影が横切ったと思ったら影がこちらを振り向いて笑った。

 それはコスモ・エクスプレスの列車にいる筈のトピーの姿だ。

 (トピーさん?!どうして?地球に到着するまで列車で仕事があるって行ってたのに)

 トピーはさらに笑いかけて近づいてくると、ディムを強く抱きしめてしまった。

 トピーの胸は大きく暖かくディムは思わず目を閉じて体中の力が抜けていくのを感じた。

 二人は草の中に倒れこんで絡み合い、ディムの意識は、睡眠薬を服用したようにぼんやりと遠のいてゆく。深い海の底へと、沈んでいくように……


 「ディム、悪かったな。いやーすまんすまん、ところで……ん、ディム?」

 カフェテラスのテーブルは誰もいなくて溶けかけたパフェだけが雫を垂らしている。

 「ディム、どこだディム!」

 フレードの顔はさーっと土色に変わり、姿なき息子を想うと切り裂かれるような痛みが心に走り、悶絶し始めた。

 「ディム!ディム!ディ……」

 ディムは木の下の草むらに倒れ込んでいた。うつろな目で、何かを呟くように口元がパクパク動いている。

 「ディム大丈夫か、しっかりしろ!」

 「う…ん、トピーさ……ん?パパ?や、やめて、連れて行かないで!」

 何だか様子がおかしい。

 席を外している間に何かが起こったと直感してフレードはディムを揺さぶった。

 「ディム、聞こえるか?気をしっかり持つんだ、ディム!」

 フレードはふと側にある木に目をやると、銀の林檎が陽射しに煌めいているのが見えた。

 「お前まさか、あのタムポムの実を食べたのか?!」

 「味見しただけ……でも味なんかしなかった。それよりもパパ、邪魔しないで。ボクは今幸せなんだから……」

 「何言ってるんだ。あの木の実はな、幻に対する免疫を無効にしてしまう作用があるんだぞ!兎に角来い。ホスピタルに行くんだ!タクシーを呼ぶから、一緒に乗るんだぞ」

 「イヤだ!」

 ディムはフレードの手を振り払いそのまま駆け出して行ってしまった。

 蜃気楼のふわふわ漂うこの星は重力が少しばかり軽くて、ディムはあっという間に遥か向こうへと遠くなってしまった。

 「ディム!ディ……」

 フレードはもう見えなくなった息子を追いかけられずに膝から崩れ落ち、暗雲のように垂れ込めてきた失望にすっかり包み込まれてしまった。

 美しい景色も色を無くして、それはただの空虚な陽炎でしかない。

 正気をなくしたディムはどうなるのだろう?

 エクスプレスが発車するまであと、八時間程―――

 フレードはディムを連れてこの惑星ミラージュから無事出発できるのだろうか?

 (ああ、ディム……)

 風はそよ風。暖かくそして空しく、フレードの髪を乱し通り過ぎて行った。




   ★卒業、そして進学


 「ねえパトラちゃん、この問題わかる?」

 「ナニナニ……A駅から電車が出発して、途中で何度も減速したり、1分間の信号待ちがあったりしましたが、平均時速60キロで走っているとB駅には7分後に到着しました。A駅からB駅までの距離を求めなさい。ふーん、こんなのカンタンよ。電車が走った時間は信号待ちを引いて6分間、時速は平均で60キロだから時速を分速にして6をかければいいのヨ」

 「デモ、途中でスピード落としたって書いてあるケド」

 「平均だから遅いときと速いときの中間よ。問題に惑わされちゃダメよ。全くマリサちゃんはこの手のひっかけサギ問題にヨワイんだから。それじゃ入試本番でどんなひねくれた性悪な問題が出るかわかんないからヤラレちゃうわヨ」

 「ウン……」

 「ところでさァ、お犬様がナントカっていうの、アレ何だっけ?」

 「生類憐みの令の事かしら?定めたのは徳川綱吉よ」

 「じゃあ、世界4大文明は?」

 「エジプト文明・黄河文明・インダス文明・メソポタミア文明」

 「フランス革命が起きたのはいつ?」

 「1789年7月14日」

 「東ローマ帝国の首都は?」

 「コンスタンチノープル」

 「はぁ、スゴイ……私歴史弱いからソンケーしちゃう。茉莉沙ちゃん記憶力イイからきっと女優になれるわヨ。私は踊りしかダメだけど……アーなんか疲れてきちゃったネ。おやつ欲しいなぁ。ママー、ママァ!」

 「はいはい何ですか騒々しい」

 

 もうすぐ中学入試が迫っていて、私ともな美は同じ私立の“フューゲンドリッヒ学園”を志望していた。

 ヨーロッパにいくつも姉妹校があって、高等部以上は文学科・美術科・音楽科・舞踊科を設けたアーティスト育成をコンセプトにした学校で、成績優秀者にはヨーロッパ校への留学制度もあるので、私達は是が非でも入学したいと日夜大奮闘している。

 「あーグッドタイミング(^▽^)ママありがと、あと私がやるわ。茉莉沙ちゃーん一息いれましょ、お茶が入ったわ」

 カップの中で金色に波立つカモミールティーとシナモンドーナツに心和み、私達は微笑みあった。 

 希望にふくらむ小さな二つの蕾は、この微笑がずっと永く続くものと思い込んでいたのだ。


 やがて、暖かな陽差しに花が綻ぶ季節が巡り来る頃、私ともな美は抱き合って涙にむせんだ。

 「あ、あったよ。私達の番号、ちゃんと書いてある!」

 「やったあ!これでこの学校に行けるのね。毎日しんどかったけど頑張って良かった、ホントによかった……」



    ?仰げば尊しわが師の恩 教えの庭にも早幾とせ

     思えばいととしこの年月 今こそ別れめ いざさらば


 「パトラちゃん、みんなと離れるのさみしいネ」

 「あら、私がいるじゃない。そんなに泣かないでよ」

 「パトラちゃんこそ」

 「茉莉沙、パトラ、僕たち別々になるけど、新しい学校でもガンバレよ」

 「太陽クン……」

 彼は公立中学へ、私達は私立の女子中へ。

 この卒業式が今生の別れでもないというのに、涙が壊れた水門のように止められない。

 太陽の顔みる事ができないと、やはり寂しくて胸が締めつけられるようだ。

 「電話してネ、メールでもいいワ。時々会いましょう」

 「………」

 私はもな美のようにお喋りする事がもう出来なかった。

 自分の中で何かがつかえてて、苦しくて言葉など出てこない。

 「じゃあ」

 太陽は手を差し伸べて、私達に握手を求めてきた。

 彼の手の温もりを感じて、二人とも更に激しくしゃくり上げていた。

 いつまでも………

 

 憧れの制服に身を包んで迎えた春。

 薄紅の花びらのシャワーを浴びて、私達の夢もどんどん育っていくようだ。

 桜の園では、チャペルの鐘も祝福してくれている。

 「あれが有名なフューゲンドリッヒの鐘なのね」

 「……きれいな音。心が洗われていくみたい」

 黄金に輝く鐘は水晶のように透き通った声で『おめでとう』と語りかけ、迎えてくれているようだ。

 眺めていても聴いていても美しいこの学園のチャペルの鐘は“時を告げる癒し”という称号も持っている。

 人は皆、教会の鐘は時計の音みたいに聞いているようだが、私は目に映らないより高貴な存在の声のように感じてしまい、背筋が伸びずにはいられない。

 「さ、急ぎましょ。遅れちゃうわ」

 「ええ」


 風は温み、草木は萌えてゆく。

 この学びの園に渦巻いている夢膨らむ乙女達を、季節は目覚めさせている。

 天使が鳴らす音を聴きながら、私はもな美と微笑みあった。私達は永遠に微笑みあっていられるとそう信じながら―――


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