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第19話 怪物の誕生(1)

桜も散り始めた4月、大学2年生に進級した僕は、悶々とした思いに取りつかれて苦しんでいた。


僕の中で絶えず湧き起る、このどす黒い欲求はどうしたら満足できるんだろう。


思えば去年の春は期待で胸がいっぱいだった。


高校の時は担任の先生で欲求不満を解消していたけど、それが学校にバレて問題になってしまい、先生との関係も自然消滅してしまった。


しかも、その噂が広まったせいで、地元の女子たちからは危険人物として距離を置かれ、新しい彼女ができる見込みもない。


でも、きっと地元から遠く離れた東京で大学生になれば、噂を知っている人もいないからやり直せる。

それで素敵な彼女を作ろう。

高校の先生とは違って、誰に後ろ指を指されることのない健全な付き合いができるような同年代の彼女を。


そしたら、僕の心に渦巻くやるせない欲求も充たされるはずだ。


しかし、そんな勝手な期待はすぐに裏切られた。


同年代の彼女はすぐにできた。音楽サークルの他大学との交流会で知り合った同い年の女の子だ。


彼女は田舎から出て来たばかりで垢ぬけない感じではあったけど、屈託のない笑顔が好印象で、僕から告白をして強く押したら、急な話に戸惑ってはいたけど、付き合うことを了承してくれた。

もちろん、当時の僕は彼女のことを本心から好きだと信じていた。


ただ期待外れだったのは、付き合い始めてから後のことだ。

性欲が抑えきれず焦る僕を尻目に、なかなか関係を先に進ませてくれず、いざ関係を結んでも「そんなに毎日のようにできないって!」と、僕の要求を断ることもしばしば。


欲求不満が溜まって性格が粗暴になった僕は、彼女に強く当たってしまうことを繰り返し、次第に気まずくなり、夏休み前には別れることになった。


もちろん僕も反省した。

このまま色欲に支配されていてはいけない、きっと体力を使い果たせば性欲も無くなるはずと考え、夏休みから植木屋さんでアルバイトを始めたけど、肉体労働で疲れ果てても性欲は増すばかり。


結局、植木屋さんでのアルバイトでは、親方の娘さんだった若葉さんと定期的に関係を結ぶようになって、少し発散できるようになったこと以外に成果はなかった。


そして、夏休み明けに音楽サークルの飲み会で、留年を重ねていた大先輩の麻梨香さんと知り合い、ほどなくして関係を結ぶようになった後は、若葉さんと麻梨香さんの二人のローテーションでなんとか欲求不満をごまかすことができていた。


だけど、麻梨香さんとは、僕のせいでバンド解散、メジャーデビューの夢も絶たれ、大学も退学することになり関係は自然消滅。


若葉さんとの関係は続いていたけど、彼女は仕事が忙しいようで週に1、2回くらいしか会えない。

そんな、たまの逢瀬ではとても僕の旺盛な性欲を満足させることはできない。


仕方ないので、新しい相手を探そうと、マッチングアプリを始めてみたけど、それもなかなかうまくいかない。


当時の僕は、それまで立て続けに女性と関係を結べてきた実績から、自分がモテると勘違いしていた。


だけど、客観的に見れば、僕の容姿はよく言って平凡。

人を惹きつけるような趣味や特技もなく、女性を楽しませられる軽妙な会話ができるわけでもない。

冷静に考えれば世間一般の女子にモテるタイプではないことは明らかだ。


でも、そんなことにも気づかなかった当時の僕は、果敢にも同年代の女子に的を絞ってマッチングを狙っていた。

結果、返信がもらえないか、会える前にやり取りが途絶えてしまうことがほとんどで、ごく稀に直接会うことに漕ぎつけても、相手の期待に沿えなかったのか、その後連絡が途絶えてしまう。


僕は、この内なる欲求をどう解消したらいいんだ…。


そんな悶々とした思いを抱えていた時、たまたまマッチングし、会うことができたのが千尋さんだった。



「一郎くん?千尋です!わ~っ、写真のまんまだ~!」


待ち合わせ場所に現れた千尋さんを見て驚いた。

こいつ年をごまかしてやがった!


プロフィールには僕と同じ20歳と書いてあった。


目の前の彼女は、若者風のメイクをしているし、パステルカラーのデニムとヒラヒラしたチュニック、紫のメッシュが入ったボブ、それからキャピキャピした話し方、必死に20歳に寄せようとしている。


だけど、どう見ても僕よりかなり年上、下手したら5,6歳は上じゃないか?


「はい。よろしくお願いします。」


ただ、既にこの頃の僕は、自分がそんなにモテないことを自覚し始めていた。

年齢をサバ読んでたくらいで、せっかく会えた彼女を放置してすぐに帰ろうとは思わなかった。


とりあえず近くのスタバに移って話だけは聞くことにした。


しかし、スタバで彼女の話を聞いたら、さらに失望させられることになった。


「ほら、やっぱり男子も美白って大事じゃ~ん。一郎くんの肌きれ~い。だけど、何かケアしてる~?えっ?洗顔だけ?今は若いからいいけどさ~、その積み重ねが年とったら効いて来るよ~。」


千尋さんは自己紹介もそこそこに、いきなり男性用化粧品の営業トークを始めたのだ。


「しかも…。この化粧品のすごいとこは~、美白効果ってだけじゃないの~。あたしら若者がお金なくても使い続けられるように、特別なサービスがあるのよ~!な~んと、一郎くんがこの化粧品を買って、それで友達にも紹介してくれて、友達が買ってくれたら一郎さんにキャッシュバックがあるんだよ~。すご~い!!パチパチ~!し・か・も、その友達がさらに他の友達に売ったら、さらに一郎さんにキャッシュバック!つ・ま・り、実質タダでこの化粧品を使えて、もしかしたらお金ももらえるっていう鬼すごい仕組み!信じられる~?」


「ああ…、はい信じられないですね…。」


僕はうなずきながらも気づいていた。

これはただのセールスじゃない。

連鎖販売…つまりネットワークビジネスの誘いだ。

大学の講義で聞いたマルチ商法とまったく同じ手口だ。


「一郎くん、インスタやってる?フォローし合おうよ!それで、一郎くんがインスタでフォロワーに紹介して、その人たちが買ってくれるだけでも、キャッシュバックもらえるよ!とりあえず、それだけでもやってみようよ!」


「ごめんなさい…僕はインスタやってないんです…。」


「ああ、そうなんだ…。じゃあグループLINEとかでお友達に紹介してよ。それでも一郎くんにキャッシュバックが…。」


「ごめんなさい…僕、友達ほとんどいなくて。」

「ああ、そうなんだ…。」


千尋さんは、あからさまにがっかりした顔をした。

だけどすぐに気を取り直して、今度はこの商品がいかに優れているかをアピールし始めた。


僕はその話を聞き流しながらも思った。千尋さんは、だいぶ年上だろうけど、色白で勝気そうな目をしていて、見た目は僕の好きなタイプだった。だから、ただただ眼福だと思いながらその顔をじっと見つめた。


「えっ?どうしたの?」


「いえ…。一生懸命ご説明されていて…。お仕事に力を入れられていて素敵だなと思って…。」


「っつ…!いえ、そんな…お仕事とかじゃないです。いい商品だからお薦めしてるだけで…。」


「いいんですよ。マチアプの運営に連絡したりしませんから。ただ、千尋さんが一生懸命説明されている様子が素敵だと思っただけです…。」


「そんな…。えっ、じゃあ続けますね。」


「お願いします。」


千尋さんは戸惑いながらもさらに説明を続ける。僕は微笑んで相槌を打ちながら千尋さんの顔を見つめ続ける。

それをずっと続けていると、徐々に千尋さんの表情が溶け始め、ついには熱い視線で僕を見つめ返すようになった。


「ちょっと騒がしいですね…。ゆっくり二人でお話できるところに行きましょうか。」


「えぇ…。」

千尋さんは僕の誘いに、はにかみながらうなずいた。


そのまま渋谷の古びたラブホに移動したこの日から、千尋さんは僕の関係者になった。


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