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第15話 悪魔の追及

水曜日のお昼下がり、有休を取得した僕は、都内にある最高級の外資系ホテルのロビーで美香さんを待っていた。


美香さんの指示で、会って話がしたいと綾乃さんにメッセージを送ったところ、今日この時間、このホテルにあるティーラウンジでの待ち合わせを指定された。


じゃあ何でロビーにいるのかというと、美香さんが「そんな高級ホテルのティーラウンジ怖い…気後れする…」と二の足を踏んだので、いったんロビーで僕と美香さんだけが待ち合わることになったのだ。


最近では、美香さんがかなりの庶民派悪魔であることがわかってきたので、そんなこと言い出すのも別に不思議じゃない。


そんなことを思っていると、ちょうどホテルの外にキョロキョロと周囲を見渡しながらエントランスに足を踏み入れようとする、いつものスーツ姿の美香さんを見つけた。


ただ、なかなか入ってこない。なぜか、ためらいがちにロビーに足を踏み入れては、振り返ってまた外に戻るという謎の行動を繰り返している。


あんな様子じゃホテル側に不審者認定されてしまう。僕は慌てて美香さんの方に駆け寄った。


「美香さ~ん、こっちです。」


僕が声を掛けると、それまで不安げにキョロキョロしていた美香さんの表情がパッと明るくなった。


「こんなとこ来るの久しぶりだからさ~。子どもの頃はよく来てたんだけど…。でも一郎が先に来てて安心したよ。」


「堂々としててください。ほら、彼女を見習って!」


僕が目線を送った先には、堂々と脚を組みながらソファに身を沈めて英字新聞を読む聡美さんがいた。


しかも今日は、いつもの地味で安そうな服とは違い、いかにもハイソという感じのシャネルのスーツに身を包み、ルブタンのハイヒールを履いていてまるで気鋭の若手経営者といった風情。


このホテルのロビーにいても違和感がまったくない。


「それにしても聡美さん、あの服装選んでるってことは、高級なホテルで待ち合わせってことをあらかじめ知ってたってことですよね。いつもながら、どうやって調べてるのか不思議ですよね。」


「ああ、それは私が事前に聡美さんに相談したからだよ。このホテルのティーラウンジで会うってことも伝えたし。」


「そんな相談するなんて、もうすっかりお友達じゃないですか!それともそんなにこのホテルに来るのが不安だったんですか~?」


僕がからかうような口調でニヤリと笑いかけると、美香さんは真面目な表情で手を振った。


「違うって!綾乃さんのこと!報告書に書いてある以外にも知ってるかもしれないって質問したの!!」


「ああ、そうでしたか…。僕もあれから考えてみましたけど、やっぱり綾乃さんが前の旦那さんを殺してたなんて信じられないです。美香さんは綾乃さんに会ったことないからわからないでしょうけど、とてもそんなことできる人じゃないですよ!」


「うん…その話は後で話そう…。」そのまま美香さんが口をつぐんでしまった。


どうやらまだ綾乃さんのことを疑っているようだ。どうしようもないので「じゃあ行きましょうか」とだけ声を掛けてティーラウンジの方へ向かう。


ティーラウンジの入口のスタッフさんに予約の名前を伝え、案内してもらった席には既に綾乃さんが座って優雅に紅茶を嗜んでいた。


少しウェーブがかかった手入れの行き届いた綺麗な黒髪。

控えめなフリルが付いた白いブラウス。

一目でよい生地を使っていると分かるえんじ色のロングスカート。

いつもどおりエレガントな佇まい。


「あら、一郎くん。直接会うのは久しぶりよね。元気だった?」


僕たちに気づいた綾乃さんは、目を細め優し気に微笑みかけてくれた。

相変わらず所作が優雅だな。もし白金や田園調布にいるような富裕層の奥様と言われても違和感がない。


「はい。お久しぶりです。綾乃さんが差し入れてくれるおいしいご飯のおかげで元気いっぱいです。」


「あら、うれしいこと言ってくれるわね。」


綾乃さんが口に手を当てて上品に笑っている様子を見ながら、僕は綾乃さんの向かいに座る。美香さんも隣に座った。


「先週の土曜日にお持ちした料理はいかがでした?お口に合ったかしら?」


「はい…とてもおいしかったです。それで、今日は、お話したいことがあります。」


居住まいを正した僕に対し、綾乃さんは「あらあら」といった感じの表情を見せた後、ニッコリ笑った。


「その前に、お隣にいらっしゃる方をご紹介いただけるかしら?」


「あっ、すみません。この人は…」


僕が紹介しようとする前に、美香さんが口を開いた。


「私は一郎と契約している悪魔だ!一郎は、一生私の家畜になる契約を結んでいる。だから、一郎に害を及ぼすことは悪魔である私が許さない!一郎から手を引くのだ!愚かな人間よ!!」


周囲のテーブルが一瞬黙るくらいの大声だった。

綾乃さんも目を丸くしている。


僕は、美香さんと綾乃さんを交互に見た後、遅れて襲って来た共感性羞恥でいたたまれない気持ちになった。

この人は突然大声で何を言い出すんだ。周りの視線が痛い…。


「美香さん…、唐突過ぎますよ。ちゃんと順を追って説明してくださいよ…。」


「いやっ!こいつにははっきり言ってやらないとわからないんじゃ!!」


美香さんは耳まで真っ赤になってすっかり興奮してしまっている。


いったい何考えてるんだ?さっぱりわからない。


美香さんがこんな醜態を晒しているのに、綾乃さんは平然と紅茶のカップに口を付けている。

さっき一瞬だけ驚いた表情を見せたけど、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。


「ごめんなさい。お話が見えないわ。一郎くん、説明してもらえる?」


「えっと…あの…、美香さんが言っている契約というのは、僕と婚約してて、結婚するという意味です。それを照れちゃって、悪魔とか家畜とか表現してるんだと思います。それで…あの綾乃さんにはこれまで大変良くしてもらったんですけど、これまでと同じような関係を続けるのは良くないと思うんです…。だから…。」


綾乃さんはずっと柔らかい笑顔のまま僕の話を聞き、最後に僕が言葉を濁したところで「まあまあ」と小さく驚いた声を上げた。


「私もちょうど一郎くんに相談しようと思ってたの。実は、私に結婚して欲しいと言ってくれる方が現れたの。色々悩んだけど、一郎くんが結婚するんだったら、そのお話を受けようと思うわ。勝手なこと言ってごめんなさい。」


ソファから腰を浮かせ、ローテーブルに手をついて深く頭を下げる綾乃さんの様子を見て、僕の胸には、うまく関係を清算できそうだとほっとする思いとともに、綾乃さんが僕でなくて他の人を選んだことを寂しく思う気持ちが湧き起った。


でも、綾乃さんを責めることはできない。

僕は綾乃さんと結婚するつもりで関係を続けてたわけじゃない。

むしろ、他に複数の関係者がいる僕の方が不誠実な付き合い方をしてたわけだし…。

そう思って、心の中の勝手な寂しさは無理やり抑え込んだ。


「すごく良くしてくれたのにすみません。綾乃さんには感謝しています。」


「ううん、私の方こそ前の夫が亡くなって落ち込んでいた時に一郎くんに出会えて、心の支えになってもらえてすごく感謝してるのよ。だから、お互いに笑顔で別れましょ。」


屈託なく微笑む綾乃さんの姿を見ていると、心の底からよかったと思えてきた。


今回はうまくいきましたよ!ありがとうございます。


心の中でそう言いながら横目で美香さんの様子を見ると、意外にも美香さんの表情は強張ったままだった。


いや、ただ強張っているだけじゃない。明らかに綾乃さんを鋭い眼光で睨みつけている。


「そうやってうやむやにしようとしても、私は騙されないぞ!おめーは、前の夫を殺して!一郎も殺そうとしてたじゃろ!!」


突然の大声を張り上げ綾乃さんに指を突き付けている。

僕は動転して、美香さんと綾乃さんを交互に見た。

綾乃さんは相変わらず目を細めて優し気に微笑んでいたけど、少しだけ目を開いて美香さんに鋭い視線を向けた気がした。


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