第13話 代打の代打にちょうどいい
下北沢で麻梨香さんとの関係を清算してから1週間後の日曜日。
僕は自宅のダイニングテーブルに二人分の料理の皿を並べていた。
中央にはコールドチキン、その隣にはコブサラダ、それから買っておいたパテやサラミ。
冷蔵庫にはシャンパンにワインも用意してある。
「料理は…これで十分かな?掃除も完璧だし、準備万端整った!」
最後に指さし確認したとこで、ちょうど僕のスマホにメールの着信通知があった。
「ん…?ああ、そうか急に来られなくなったのか…。」
僕は、『わかりましたお仕事頑張ってください』とメッセージを返す。
困った、この料理どうしようか…?
◇
「え~っ?すご~い!!どうしたのこれ?」
美香さんは部屋に入るなり、テーブルの上の料理を見つけ、目を輝かせて嬉しそうな声を上げた。
「ええ、いつもお世話になっていますので…。」
そんなに素直に喜ばれると心苦しくなって彼女の顔を正視できない。
「なんで突然日曜日に呼び出したの?急な話にしては手のかかる料理が準備されてるし…もしかしてサプライズ?」
「まあ、そんなところです。」
彼女は急にハッと何かに気づいた表情をした。
「…もしかして、知ってたの?あっ、この間、病院で私のマイナンバーカードをチラ見した時か!!」
「あの時はすみません。個人情報なのに…。」
「それはもういいよ。でも嬉しい…。誕生日お祝いされるなんて何年ぶりかしら!!」
心の中には一瞬だけ「はっ?」と疑問符が浮かんだけど、すぐに状況を察した。
偶然にも美香さんの誕生日にヒットしたらしい!
「正確には私の誕生日は来週の水曜日だけど、平日にちゃんとお祝いするの難しいもんね。ありがとう!うれしいっ!!」
「いえ、こちらこそ。美香さんにはお世話になりっぱなしですし、こんなことでしか感謝の気持ちを示せないので…。」
本当は、今日は僕が住んでいるマンションのオーナーで、B級関係者である千尋さんが訪ねて来る予定だった。
だから、千尋さんが好きそうな料理を用意してもらったんだけど、千尋さんは仕事の都合で急に来られなくなって…。
これまでだったらこんな時、若葉さんとか麻梨香さんにまず声を掛け、彼女たちが難しければ近くに待機しているはずの聡美さんを呼び込んでいたけど、もはや彼女たちとの関係を清算することを決意した僕にその選択肢はない。
だから代打の代打で美香さんに声を掛けただけなのだ…。
美香さんの勘違いに乗っかることにした僕は、そんなドタバタな舞台裏が表に出ないよう注意しながら、落ち着いた口調で彼女に席に着くよう促し、向かいに座った。
「まずはシャンパンで乾杯しましょうか?その後は赤ワインがありますよ。あと、デザートにアップルパイも用意してありますので。」
「わ~いっ!やった!誕生日なのに、ホールケーキじゃなくてアップルパイってのがおしゃれだよね。クリームだと二人じゃ持て余しちゃうもんね!なんか一郎がモテる理由がわかってきた気がする!」
僕の言葉を信じ切った彼女の満面の笑みを見ていると、こんないい人で悪魔としてやっていけるのか心配になる。
この間、本城さんが見せた凄みからも、悪魔の世界が騙し騙されの生き馬の目を抜くような世界であることはよくわかる。
そんな中で純朴な美香さんがやって行けるのか心配ではあるけど、そんなことを僕が考えても仕方ない。
あたかも予定通りであるかのように、しれっと「誕生日、おめでとうございま~す!」と言いながらシャンパンで乾杯し、日曜日の午後の食事会は穏やかに始まった。
美香さんは「わ~い、チキン大好き~」とコールドチキンを頬張ったり、ハムやサラミを口に運びながら「ん~っ!おいし~っ!」と頬を押さえたりしている。
そんな無邪気な姿を見ていると、美香さんを都合よく穴埋めに使ってしまった僕の罪悪感も薄れてきた。
「そういえば、関係者との話し合いは進んでいるの?」彼女は頬に料理をいっぱいに詰め込んでモグモグしながら、僕に視線を向けて来た。
「まだ新しく話し合いはできていないですが、お誘いを断ることはできてます。」
本当は千尋さんからの誘いを断り切れず、今日訪ねて来る予定だったことは秘密だ。結果的に来なかったんだからまったく問題ない。結果オーライ。
「ふ~ん。次は誰と話をするつもりなの?」
「そうですね、次はB級関係者の綾乃さんを考えています。」
「綾乃さんって誰だっけ?」
「毎日のように料理を作り置いてくれたり、掃除をしてくれたりする家庭的で優しい人です。」
美香さんはピタリと料理を口に運ぶ手を止めた。
「このコールドチキンも、コブサラダも手作りみたいだけど…。もしかして…?」
「君のような勘のいい悪魔は嫌いだよ。」
「そんなキリッとした顔で漫画の名セリフ言われてもごまかされんよ!綾乃さんって人に作ってもらったんだな!」
「はい…。書き置きでリクエストすると作っておいてくれるのでつい…。アップルパイも綾乃さんにお願いしました。」
「ちょっと!一郎には人の心がないの?これから関係を清算しようって相手にしれっと誕生パーティーの料理を作らせるなんて!!」
「すみません…。綾乃さんはこうやって甘えた方が喜ぶのでつい…。」
「つい…じゃないし!!」
さっきまでの喜びから一転、怒りの色を見せ始めた美香さんは食事の手を止めて、しばらく料理を見ながらためらっている。
だけど、結局料理に罪はないと判断したのか、また料理の皿に手を伸ばし始めた。ただ少し不機嫌になったのは隠し切れていない。
「…それで、綾乃さんってどんな人?どこで知り合ったの?」
「綾乃さんとは、千尋さんの会社が主催するセミナーで知り合ったんです。そこで生命保険に勧誘されて…。」
「ああ、保険の外交員さんなんだ。それで保険の説明を受けているうちにムラムラしてきて…みたいないつものパターンでしょ?」眉をひそめたまま、肉をムシャムシャと食べ、ワインで流し込む美香さん。
「いえ、それが綾乃さん自身は保険の外交員さんじゃなかったんですよね。生命保険も綾乃さんと全然関係のない保険会社の人を紹介されました。それで生命保険に申し込んだら、お礼にと言って手作りの料理とかを差し入れてくれるようになって…。」
「えっ?それっておかしくない?」
「そうでしょうか?そこから、なんやかんやあっていつものように性的関係を持つようになったんですけど、いつも週末も夜も忙しくて会えないって言われて、だから会うのは平日の昼ばかりで…。確かにそこはおかしいと思いましたね。」
「なんやかんやって何だよ!!こちとら、そのなんやかんやの部分が知りたいんだよ!まあ、いいや。それで、なんで週末とか夜は会えなかったの?もしかして家庭のある人妻だったとか?まさか君でもね。ハハッ…!!」
「よくわかりましたね!!さすが悪魔は勘が鋭い!!実は綾乃さんにはご家族がおられるんですよ。」
美香さんは、ブハッと口の中のチキンを吐き出した。
「それ不倫ってことじゃん!!ダメだってそれは、不倫はダメッ!絶対!!ネバーッ!!」顔を真っ赤にしながら指を突きつけて来た。
この人、悪魔のくせに、やけに一夫一妻制にこだわるんだよな。この間も芸能人の不倫についてやけに厳しいこと言ってたし…。
「誤解しないでください。綾乃さんはシングルマザーなんです。ご家族とは小学校3年生の息子さんのことですよ。」
僕がそう答えると美香さんは「なんだ~、それだったらいいや」と表情を緩めた。
「しかし、シングルマザーにも手を出すなんて、手広くやってんね。」
美香さんは、またひょいひょいと自分の皿に料理を取っている。すごい食欲!これなら料理が残る心配はしなくて済みそうだ。
「綾乃さんはかわいそうな方なんです。大学を出てすぐに授かり婚をしたんですけど、旦那さんが亡くなってしまって…。」
「ああ、そうなんだ…。そこから女手一つで子供を育ててるの?」
「はい…。しかもその後、4回ほど再婚したらしいんですが、いずれも旦那さんが早くに亡くなってしまったらしく…。僕と出会ったのもちょうど5番目の旦那さんが亡くなった直後でした。」
「えっ?それ計算おかしくない?綾乃さんて何歳よ?」
「たしか今年で32歳です。」
「私と同い年じゃん!それで5回結婚?しかも5回とも死別?ペース早過ぎじゃない?私なんか1回も結婚してないよ!」
「不幸な星の下に生まれたかわいそうな人っているもんですね…。だから同情して僕にできることはないかって考えて、紹介された生命保険にも加入したんですけど…。」
僕がしみじみと綾乃さんに想いをはせていると、美香さんは腕を組んで首をひねった。
「絶対それおかしいって。ちなみに旦那さんの死因はわかる?」
「ああ、それだったら…。」
僕は席を立ちチェストに手を伸ばした。
あの資料に書いてあるはずと思いながら…。




