序章:終わりの始まり(Empty Life)
その時、王国の王子である少年は、城の中庭に敷き詰められた石畳に腰を下ろしていた。王族としてあるまじき無作法だが、この時間だけが彼にとっての安らぎだった。
頭上では、旧世界の遺物技術によって作られた「属性抑制の結界灯」が、薄い青白い光を静かに放っている。この小さな国は、属性に依存する巨大な外の世界から距離を置くため、この結界に守られていた。
少年は、自分の掌を見つめた。何の色も光も宿すことができなかった、「無属性」と断じられた自らの手。力を持たない彼には、王族としての「冠」も、国民を守るための「術」も与えられていなかった。この静けさは、彼が抱える孤独と、無力感の均衡を保つ、最後の時間だった。
数分が経過した頃、彼の服のポケットに忍ばせていた「通信機器」――旧世界の技術を復元した戦術遺物――が、甲高い警告音と共に震え始めた。
少年は慌ててそれを取り出し、耳に当てる。通信相手は、国境の警備に就く者だった。その声は、警告音を鳴らすなという彼の指示を破ってまで伝えねばならない、異変を告げていた。
通信は途中でノイズと共に掻き消えた。警備隊からの報告は、国境の結界灯が「特異な属性」によって吸収されている、という恐るべき内容だった。それは、城の歴史が長年恐れてきた、敵の能力。その力は、触れた属性エネルギーを全て吸い込み、無に帰すと同時に、それを増幅させるという。遺物による通信機器すら、その特異な力の波動の前には無力だった。
少年は、城に迫る世界の脅威を悟り、血の気が引くのを感じた。
彼は即座に通信機器を仕舞い、中庭を飛び出して玉座の間へとかけていった。玉座では、国王である父が既に彼の到着を待っていた。
国王の表情は、既に全てを悟っていた。少年が自国の防衛のための武器を起動させようとするその行動は、無駄であると知っていた。
国王は玉座から立ち上がり、自分の首から下げていた古い金属製の籠手を外すと、少年の手に強く握らせた。それは、少年が今まで見たことがない旧世界の遺物だった。
この籠手こそが、この国が代々守ってきた真の王位継承の証。国王は、少年に対し、この国の真実を継ぎ、ただ生き延びるようにと強く願った。
その言葉から三十分も経たないうちに、城を覆うように、膨大な属性エネルギーの奔流が押し寄せてきた。それは、国境の属性結界を吸収・増幅した敵の圧倒的な力の波動だった。
瓦礫と怒号の中、少年は国王の指示に従い、地下の隠し通路へと滑り込んだ。
城の崩落音、国民たちの悲鳴、そして全てを呑み込むような圧倒的な力の咆哮が、地下深くの通路にも響き渡った。
彼が城門を出た時、故郷の全ては終わっていた。
「敵」によって、国も、父も、国民も、全てが討たれた。彼だけが、「無属性」であるがゆえに、あるいは「属性耐性」という奇妙な体質によって、生き残ってしまった。
少年の目には、夕闇の中で燃え盛る炎の色と、自分だけ生き残ったこと、そして皆を守れなかったことに対する激しい屈辱の色が浮かんでいた。
無属性。無価値だと蔑まれた存在。だが、今、彼は誓いを立てた。
必ず討つ。属性に頼らない、自分だけの技術と意志、そして父から託された遺物の知恵をもって。属性の理不尽が支配するこの世界に、「無」の可能性を証明するために。
託された籠手を握りしめ、少年は燃え盛る祖国に背を向け、夕暮れの闇へと、孤独な復讐の旅路を走り出した。




