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第92話:フォルトゥナの賢者と聖女の契約

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

狂気の法廷の終焉を告げたのは、誰の言葉でも裁定でもなかった。砕かれたステンドグラスから静かに差し込む夕暮れの光が、血と硝煙の匂いに満ちた大審問室を赤く染め上げていた。その光は、まるでこの惨劇の舞台に幕を引くかのように、全てを等しく照らし出していた。


神殿騎士団が負傷者の救護と狂信者たちの亡骸の処理に追われる中、俺は聖女セレスティアの肩を支え、椅子へと座らせた。彼女は力を使い果たし、蒼白な顔で浅い呼吸を繰り返していたが、その瞳に宿る光は、以前のどの時よりも力強かった。自らの意思で力を行使し、人々を救ったという事実が、彼女をただ守られるだけの少女から、確かな意志を持つ一人の人間へと変貌させたのだ。


「……ありがとう、ございます。カガヤ、様」


か細い声だったが、その言葉には明確な感謝と信頼が込められていた。


「いい。今は休んでください」


俺がそう言うと、彼女は小さく頷き、気を失うように意識を手放した。


俺たちの周りでは、この国の権力者たちが、それぞれの立場で事後処理を開始していた。南の公爵は配下の騎士に何事か指示を出し、第二王子ゼノンは冷静な目で現場の状況を分析している。そして、筆頭異端審問官サルディウスは、ただ一人、血に濡れたまま立ち尽くしていた。彼の信じた神聖な法廷は、今やただの惨劇の現場と化している。その光景を前に、彼の信仰は音を立てて崩れ去ろうとしていた。


異端審問は、もはや継続不可能だった。その混沌とした状況に、終止符を打ったのは、第二王子ゼノンの、静かだが有無を言わせぬ声だった。


「この神聖なる場を穢した罪は、万死に値する。だが、今日の出来事は、誰が真に人々を救い、誰が混乱を招いたかを、我々の目に焼き付けた。この審問、これ以上の続行は無意味だ。カガヤ殿の処遇については、王家が預かる!」


その宣言は、教会から王家へ、この盤の主導権が完全に移ったことを意味していた。


この襲撃事件は、皮肉にも、俺を「教会を救った英雄」として、良くも悪も王都中にその名を轟かせることになった。


数日後、王都の空気は奇妙な落ち着きを取り戻していた。だが、それは嵐の前の静けさに他ならなかった。狂信者集団「炎の紋章」という新たな脅威の存在が、王家と教会に重い課題を突きつけていたからだ。彼らは、遥か古に正教会から分派した過激な思想を持つ者たちだという。神の理を人の手で解き明かそうとすること全てを「冒涜」と断じ、俺の「分離薬学」も、聖女の「奇跡」さえも、彼らにとっては等しく排除すべき「偽りの光」なのだそうだ。今のところ俺が掴んでいる情報はそこまでだが、理屈の通じない狂信者ほど厄介な敵はいない。今後のことを考えても、この「炎の紋章」という組織、徹底的に調査する必要がありそうだ。


そんな中、俺は第二王子ゼノンの名で、王城へと正式に招かれた。悔悟の塔から解放され、教会が用意した客室から、今度は王家の馬車に乗って王城へと向かう。皮肉なものだ。


通されたのは、華美だが落ち着いた謁見の間だった。そこには、第二王子と共に、日常を取り戻した聖女セレスティアの姿もあった。彼女は簡素なドレスを身にまとっていたが、その佇まいには、以前にはなかった凛とした気品が備わっている。


「カガヤ殿。先日の働き、見事であった。心から礼を言う」


第二王子の言葉には、純粋な称賛が込められていた。


「国を、そして何より聖女セレスティア様を救ったその功績に、我が父王も深く感謝しておられる。よって、君に相応の褒賞を与えたいと考えている」


彼は、そこで一度言葉を切り、俺とセレスティアを交互に見た。


「カガヤ殿。君に、正式な『賢者』の称号「フォルトゥナの賢者」を授けよう。受けてくれるな」


それは、俺の予想の範囲内だった。この公式な立場は、俺を王家の庇護下に置き、サルディウスのような強硬派が容易に手出しできないようにするための、政治的な防壁となるだろう。だが、それは同時に、俺をこの国の秩序という名の籠に縛り付けることにもなる。


俺は、第二王子と、そして不安そうに俺を見つめるセレスティアに対し、丁重に、しかしハッキリと首を横に振った。


「殿下。そのお申し出、大変光栄に存じます。ですが、私は一介の冒険者であり、世界を探究する旅の者。いずれこの地を去るかもしれないこの身が、王国の名を冠した地位を拝命するなど、恐れながら私には不相応かと存じます」


俺の言葉に、セレスティアの表情が不安に曇るのが分かった。彼女をがっかりさせたいわけではない。だが、俺はこの国に仕えるために王都に来たわけではないのだ。


すると、それまで黙っていたセレスティアが、意を決したように口を開いた。


「ならば、カガヤ様。国にではなく、この私、セレスティア個人に、あなたのお力を貸していただけませんか?」


彼女は、王家や教会の後ろ盾ではなく、自らの意思で、俺にまっすぐな瞳を向けていた。


「私は、あなたをもっと知りたいのです。あなたの言う『理術』とは何なのか、あなたがどこから来て、どこへ行こうとしているのか。そして、私に視えた『神託』が何を意味するのか……。そのためには、あなたの力が必要です。どうか、私の傍にいてはいただけませんか?」


彼女は、俺を「聖女セレスティア専属の協力者であり、護衛」として、個人的な形で「契約」を結ぶことを提案してきたのだ。それは、俺という個人を、聖女自身の権限と、彼女を支持する王家や教会の力を通じて、全面的に支援するという対価を伴う、対等な者同士の取引だった。


「…それは良い案だな」


ゼノンが、静かに、しかし満足げに頷いた。


「カガヤ殿を国の役職に縛り付けることなく王都に繋ぎ止め、かつ聖女を守ることができる。これ以上の妙案はあるまい。では、改めて伺おう。カガヤ殿、聖女セレスティアの守護の任、受けていただけないだろうか」


俺は、彼女のあまりにも真摯な申し出に、思わず笑みを浮かべていた。一介の宇宙商人が、一国の聖女とビジネス契約を結ぶ。これほど面白い話があるだろうか。


「面白い。その契約、謹んでお受けしましょう、セレスティア様」


俺は、商人らしく芝居がかった仕草で一礼した。


「これより、俺はあなたの『守護者』です。あなたの身に迫る理不尽は、俺の理術ちからで排除いたしましょう。その代わり、私の手伝いも、きっちりしてもらいますよ」


その言葉に、セレスティアの顔が、花が咲くように輝いた。俺と彼女は、王子の見守る前で、固い握手を交わした。


こうして、異世界に漂着した孤独な宇宙商人は、一人の少女の、そしていずれ知ることになる世界の真実の「守護者」となった。


しかし、王都の喧騒の奥底では、未だ見ぬ敵が次なる陰謀を巡らせている。その気配を、俺の研ぎ澄まされた五感は、確かに捉えていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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