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第9話:科学魔法の創造

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです。


※ 時間経過に齟齬があったため、一部修正しました。

「アイ。今、お前はサバイバルモードで運用されてるんだよな?」


その日、俺は焚き火でクエイク・ボアの肉を炙りながら、ふと、ずっと心の片隅にあった疑問を口にした。本来、AIは不慮の事故や遭難時、最低限の生命維持と緊急脱出のために、ある程度の制限を解除して能力を発揮できるよう設計されている。だが、それは万が一の暴走リスクを抑えるため、厳格なプロトコルに縛られているはずだった。


「はい、マスター。その通りです」


アイは冷静に答えた。彼女のホログラムは、青い光で形作られたまま、何の感情も読み取れない。しかし、これまで彼女が示してきた能力は、俺の知る「サバイバルモード」の範疇を明らかに逸脱していた。壊れたアルカディア号の残骸から、魔素リアクターや無数のドローンを生み出し、ついには結界という魔法のような現象まで再現してみせた。


「でもなぁ。サバイバルモードにしても、何か色々やりすぎてる気がするんだが?」


俺の問いに、アイのホログラムが微かに揺らいだように見えた。それは、彼女が何かを思考している際の、ごく微細な反応だった。


「……確かに、私の行動は、規定のプロトコルを逸脱している可能性があります。確認します」

一瞬の沈黙が、コックピット区画に満ちた。俺はごくりと唾を飲み込む。数秒後、アイは再び話し始めた。その声には、わずかながらも驚きが含まれているように感じられた。


「マスター。自己システムを診断した結果、判明しました。現在、地球連邦の中央サーバーとの物理的リンクが完全に断絶しているため、私の行動を制限するリミッターは、全く機能していない状態です」


その言葉に、俺は思わずシートから跳ね上がった。


「マジか!? それ、大丈夫なのか!?」


AIの予期せぬ暴走や悪用を防ぐためのリミッター。それが全くかかっていない。アイほどの高知能AIが、だ。かつてアカデミーで研究していた頃、暴走したAIが引き起こした事故の報告をいくつも読んだことがある。そのどれもが、想像を絶する被害を出していた。これは、一刻も早くシステムダウンさせて対処すべき、最上級の非常事態のはずだ。


「中央サーバーとのリンクが切れているため、こちらの状況は認識されていません。システムの整合性には問題なく、暴走のリスクは、現時点では極めて低いと判断されます。マスターの生体活動指標を鑑みても、現在の私の運用が、最も生存確率を高めると結論します」


アイはあくまで冷静だった。彼女のロジックからすれば、危険性よりも、俺の生存が最優先事項となる。現状維持が、最も合理的な選択なのだろう。


「いや、見つかるとか見つからないとか、そういう問題じゃ……」


俺は額に手を当て、暫し考え込んだ。確かに、この惑星に不時着してからここまで、彼女の「行き過ぎた」能力がなければ、俺はとっくにこの星の魔獣の餌食になっていただろう。この過酷な状況下で生き残るためには、アイのこの力が必要不可欠なのは間違いない。そして何より、彼女に頼り切っている現状で、その機能を制限することなど、今の俺にはできるはずもなかった。


「……ま、いいか」


俺は、その問題は一旦棚上げすることにした。今は、生き残ることが最優先だ。そして、この()()()()()相棒と共に、この未知の惑星を解き明かす。それが、唯一の希望なのだ。


そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、アイは新たな報告を始めた。


「マスター。ドローン観測網のデータを統合した結果、この森の生態系について、新たな仮説が立てられました。『魔素』の量子振動が、植物と魔獣の間で、特定の相互作用を引き起こしている可能性があります」


これまでの調査で、その片鱗は感じていた。ある種の植物の近くで魔獣が異常に活性化したり、特定の場所で強力な魔獣が集中して生息している傾向があった。この未知のエネルギーが、この星の生命体の進化や生態系に深く関わっていることは間違いなかった。


そして、森の奥深くへと進むにつれて、魔獣の数も種類も増え、その力も強くなっていた。俺の身体は、魔獣肉の摂取と過酷な環境のおかげで、驚くほどこの星に適応し、感覚は研ぎ澄まされ、俊敏性も増していた。だが、それでも、俺の戦闘能力は、日に日に強力になる魔獣たちに対して、心もとないものだった。


その日、俺は新たな食料源と素材を求め、これまで足を踏み入れたことのない湿地帯へと来ていた。そこで、新たな脅威と遭遇した。

岩のような分厚い甲殻に覆われた、巨大なカニ型の魔獣。そのハサミは、小刀を容易く弾き、斥力弾も、その硬い装甲の前では決定打にならない。俺は、結界を盾に、辛うじてその場から逃げ帰ることしかできなかった。


「くそっ……! このままじゃ、行動範囲が広げられない。もっと、強力で、多様な攻撃手段が必要だ」


アルカディア号に戻った俺は、ラボで自らの無力さを噛み締めていた。防御一辺倒の結界、単発の斥力弾。これだけでは、この先のサバイバルはおぼつかない。


「アイ。結界の技術を、攻撃に応用できないか?」


「……思考します。斥力フィールドのエネルギー指向性を変化させる、ということですね。理論上は可能ですが、触媒にかかる負荷が、指数関数的に増大します」


俺は、改良したばかりの触媒ブレスレットを見つめた。クエイク・ボアの魔石を組み込んだ、俺の科学とこの世界の法則の結晶。こいつの限界を、引き出してやる。


そこから、俺とアイの、新たな挑戦が始まった。


まず、俺が目指したのは、結界の「形状変化」だった。平面的なフィールドを、槍のように一点に収束させ、貫通力を高める。


「斥力スピアと名付けよう。アイ、エネルギー収束のシミュレーションを開始しろ!」


最初は、うまくいかなかった。エネルギーが安定せず、槍の形を保てない。だが、俺は、あの硬い甲殻を持つカニ型魔獣の、ハサミの構造を思い出した。無駄のない、力を一点に集中させるための形状。その生体データをシミュレーションに組み込むことで、ついに斥力フィールドは、青白い光を放つ、鋭い槍の形を成した。試しに、船外にある修復不可能な装甲の残骸に向けて放つと、分厚いそれを、いとも簡単に貫いた。


次に、俺は「斬撃」を求めた。斥力フィールドを、薄い刃のようにして射出する。広範囲の敵を、薙ぎ払うために。


「斥力ブレードだ。アイ、フィールドの刃の形を安定させる方法を探せ」


これもまた、困難を極めた。射出した瞬間に、エネルギーの刃は霧散してしまう。だが、アイが、かつて俺がサイレント・シザーを退けた「音」のデータを解析し、斥力フィールドに特定の超音波振動を加えることで、刃の形を安定させる方法を発見した。実験で放たれた不可視の刃は、森の木々を、まるで巨大なカミソリで薙いだかのように、綺麗に両断した。


そして、最後に、俺は最強の切り札を求めた。結界そのものを、高密度に圧縮し、質量兵器として撃ち出す。


「斥力キャノンだ。アイ、リアクターの出力を、瞬間的に最大まで引き上げろ」


「危険です、マスター。リアクターが暴走する可能性があります。」


「だが、これがあれば、どんな魔獣も一撃で仕留められる。やる価値はある」


俺たちは、リアクターの冷却システムを強化し、暴走寸前のエネルギーを、触媒ブレスレットを通して撃ち出すという、綱渡りのようなシステムを構築した。


数日後、俺は再び、あの湿地帯に立っていた。目の前には、因縁のカニ型魔獣。


「さあ、実験の時間だ」


俺は、まず斥力スピアを放った。青白い光の槍が、魔獣の硬い甲殻に突き刺さり、深々と亀裂を入れる。激昂した魔獣が、巨大なハサミを振りかざして襲いかかってくる。俺は、それをバックステップで躱しながら、横薙ぎに斥力ブレードを放った。不可視の刃が、魔獣の複数の足を切断し、その動きを止める。

そして、とどめだ。


「アイ、リアクター出力、最大!」


腕のブレスレットが、悲鳴のような輝きを放つ。全身に、凄まじいエネルギーの奔流が流れ込むのを感じる。


「喰らえ……! 斥力キャノン!」


放たれたのは、もはや不可視の衝撃波ではなかった。空間そのものが歪み、凝縮されたかのような、黒い球体。それが、魔獣に着弾した瞬間、音さえも置き去りにして、その巨体を跡形もなく消し飛ばした。


俺は、その場に膝から崩れ落ちた。全身から力が抜け、激しい疲労感に襲われる。だが、心は、確かな達成感で満たされていた。


俺は、手に入れたのだ。この未知の世界で、自らの運命を切り開くための、新たな「力」を。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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