第81話:悔悟の塔
お読みいただき、ありがとうございます。
朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
あの隘路での戦闘いらい、サルディウスは沈黙を貫いている。
俺の力が彼の予想を遥かに超えていたことからか、今後の方針を練り直しているのだろう。あるいは、王都という彼の本拠地で、完璧な罠を仕掛けるための思考に没頭しているのか。いずれにせよ、その沈黙は、嵐の前の不気味な静けさとなって、護送団全体を重く支配していた。
それとは対照的に、周りの神殿騎士たちの俺への態度は少し変わった。以前のような、ただの異端者を護送するという義務的な冷たさはない。かといって友好的なわけでもない。彼らの視線には、畏怖と、戸惑いと、そしてほんのわずかな好奇心が入り混じっていた。俺が振るった、彼らの常識を超えた「理術」という力。それが、彼らの凝り固まった信仰の世界に、小さな、しかし無視できない波紋を広げたのは間違いなかった。
鎧が擦れる音と、馬車の車輪が轍を刻む音以外はしない。息苦しくもある、そんな旅が暫く続いた。
そして、襲撃の爪痕が残る森を抜けて数日、俺たちを乗せた行列の前に、ついにその威容が姿を現した。 フォルトゥナ王国の心臓、王都アウレリア。
その威容は、俺がこれまで目にしてきたどの開拓惑星の首都とも、地球連邦の宇宙コロニーとも異質な壮大さで俺に迫ってきた。地平線の彼方まで続く巨大な城壁は、まるで惑星そのものが自らを守るために隆起したかのようだ。磨き上げられた白い石材で築かれた壁は、ただ陽光を反射しているだけではない。壁全体が、まるで真珠の内側のように、淡く柔らかな光彩を帯びていた。
近づくにつれて、その光の正体が分かってくる。壁の表面全体に、肉眼では直ぐには捉えきれないような微細な魔術的な紋様が無数に刻まれており、その一つ一つが淡い光の粒子を絶えず放っているのだ。個々の紋様は見えずとも、その集合体が織りなす光のヴェールが、城壁そのものを神々しい存在へと昇華させていた。
城壁の上には、天を突くほどの高さの尖塔が、等隔に林立している。その先端には巨大な魔石がはめ込まれており、街全体を覆う巨大な防御結界のエネルギーノードとして機能しているのだろう。その光景は、神話の時代の産物と設計思想が同居する、奇妙で、しかし圧倒的な美しさを湛えていた。
〈アイ、分析を〉
《了解。城壁の材質は、高密度の魔素を含む石英と、未知の金属繊維の複合材です。物理的な強度に加え、魔術的な攻撃に対する高い耐性を持つと推測されます。尖塔の魔石は、街の地下を流れる魔素からエネルギーを吸い上げ、都市全体に供給する、巨大な動力源兼、防御システムとして機能しています。地球連邦の都市が持つシールドシステムとは、根本的に異なるエネルギー体系です》
一行が王都の正門に近づくと、その巨大さに改めて圧倒された。門だけで、ゆうに30メートルはあろうかという高さがある。門の上部には、王家の紋章である「天翔ける獅子」が勇壮に彫り込まれていた。
〈これほどの高さなら、伝説の巨人でも頭をぶつけずに通れそうだな〉
《マスター、その伝説の出典は何ですか?データベースに該当が見当たりません》
〈知るかよ。空想だよ……〉
門をくぐると、そこは喧騒と活気の渦だった。広く、清潔に保かれた石畳の道。行き交う人々の服装は、ヴェリディアのそれよりも明らかに洗練されており、貴族や富裕な商人と思しき者たちの姿も多い。道の両脇には、壮麗な石造りの建物が隙間なく立ち並び、その一つ一つに、精緻な彫刻や装飾が施されている。時折、通りを駆け抜けていくのは、鱗に覆われた四足の獣が引く馬車だった。
だが、俺はその活気を楽しむ間もなく、一直線に街の中心、巨大な白亜の大聖堂がそびえ立つ、中央教会へと連れて行かれた。
大聖堂は、王城と並び立つほどの壮大さで、その威容は見る者をただただ圧倒する。中に入ると、天井の高いドームから差し込む光が、床の大理石に反射して、神々しいまでの空間を創り出していた。
サルディウスは、この大聖堂を統括する大司教との面談に入った。俺は、その間、窓が一切ない、簡素な石造りの小部屋に通された。
これではまるで罪人だな。まぁ、この世界じゃ罪人みたいなものか……。だが、考えようによっては悪くはない。いや、むしろ好都合だ。この静かな孤独は、思考を巡らせるには最適だ。
この王都で行われるのは恐らく審問……宗教裁判のようなものだろう。これは、力ずくで道を切り拓くことはできないはずだ。頼りになるのは、情報。そう、情報こそが、ここでは絶対的な力になる。
〈アイ。王都での情報収集網を構築する。スティンガーをこちらへ向かわせろ〉
《マスター。ヴェリディアを出発した時点で、既に先行部隊を王都へ向けて発進させています。現在、王都アウレリアの主要施設の構造スキャン、及び魔素の流れの可視化を完了。市井の情報の収集を開始しています》
〈おいおい、いくら何でも早すぎないか?いや…流石だよ、アイ。〉
《マスターの思考パターンを予測し、最も合理的と判断される行動を先行して実行したに過ぎません》
その淡々とした声が、今は何よりも頼もしい。
◇
どれほどの時間が経っただろうか。扉が開き、戻ってきたサルディウスに連れられ、俺はある場所へと案内された。
一歩外に出ると、空はインクを溶かしたような深い藍色に染まり、街の家々には温かな光が灯り始めていた。
移動の間も、サルディウスは一切喋らない。異様な雰囲気が、俺たちの間に漂っていた。
暫く歩くと、俺たちは大聖堂の裏手にある、ひときわ高く、そして古びた塔の前に立った。他の建物とは明らかに違う、どこか陰鬱な空気を纏っている。
「悔悟の塔。我々はそう呼んでいる。その最上階。そこが君の部屋だ、異端者カガヤ」
サルディウスは、侮蔑を隠そうともせずに言い放った。
そして、サルディウスを先頭に、俺は二人の神殿騎士に挟まれる形で、塔の内部へと足を踏み入れた。
ひやりとした石壁の空気が肌を刺し、俺たちの足音だけが、狭い螺旋階段をどこまでも反響していく。壁には等間隔に松明が掲げられているが、その光は頼りなく、上へと続く闇を完全には払い切れていない。
時折、壁に穿たれた矢狭間のような細い窓から、眼下に広がる王都の夜景が断片的に覗く。家々の灯りが、まるで遠い星々のように瞬いていた。
サルディウスは一言も発さず、ただ黒い法衣の裾を翻して、迷いなく階段を上っていく。その背中が、これから俺を待ち受ける孤独と監禁を象徴しているかのようだった。
どれほどの段を上っただろうか。息が切れ始めた頃、ようやく最上階の、重厚な木の扉の前にたどり着いた。石造りの部屋は質素だが、決して牢獄ではなかった。寝台も清潔だし、食事は時間通りに運ばれるらしい。
そして、壁にはめ込まれた巨大なはめ殺しの窓からは、王都の壮大な営みが一望できた。
(……まるで鳥籠だな)
全てを見渡せるが、どこへも行けない。
この国の中枢は、俺という異物をどう扱うべきか、その価値を値踏みしているのだろうか。
暫くはここで、異端者としての生活が始まる。さて、これからどうしたものか。
俺は、眼下に広がる壮大な、しかしどこか冷たい街並みを見下ろしながら、静かに思考を巡らせ始めた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。
感想やレビューも、心からお待ちしています!




