第77話:仕組まれた選択肢
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翌日、再び教会の審問室に、俺と三人の守護者たちは集められた。
昨日の議論が無駄であったことを示すかのように、サルディウスは冷徹な表情で、俺たちを見下ろしていた。彼は、議論を続けるつもりなど、もはや毛頭なかった。
「もはや、議論の余地はない」
サルディウスは、テーブルを強く叩きつけ、宣告した。
「カガヤ、貴様は神の試練を妨げ、神聖なる儀式を汚した。これは、神と教会に対する、明白な反逆行為である。よって、私はここに、貴様を『異端の嫌疑者』として正式に拘束し、王都中央教会へと護送することを決定する」
「お待ちいただきたい、審問官殿」
辺境伯が、鋭い声で制した。
「貴殿の審問は、まだ終わってはいないはずだ。一方的な判断で、我が賓客の身柄を拘束するなどという横暴、このヴェリディア辺境伯として見過ごすわけにはいかん」
「その通りじゃ」
アルケムも続いた。
「彼の行ったことは、結果として人命を救った、薬師としての責務の全うに他ならん。それを罪と問うなど、本末転倒も甚だしい!」
ゴルバスは黙って腕を組んでいるが、その眼光は「下手に動けば、ただでは済まさんぞ」と、無言の圧力を放っていた。
三人の守護者たちの抵抗。だが、サルディウスは待ってましたとばかりに、口の端に冷酷な笑みを浮かべた。
「ほう。三名とも、この期に及んでまだ、この男を擁護すると申されるか。よろしい。ならば、選択肢を与えよう」
彼は、ゆっくりと立ち上がると、俺たち全員を見下ろしながら言った。
「カガヤ。貴様が、この場での裁きを望むのであれば、私は今この場で、貴様を『異端者』として断罪する。そして、異端者を庇い立てした者たちもまた、その同罪と見なされることを、忘れるな」
その言葉に、三人の顔に険しい色が浮かんだ。これは、巧妙な脅迫だ。俺が抵抗すれば、辺境伯たちまで「異端者の協力者」として、その地位を危うくすることになる。
サルディウスは、俺に視線を戻した。
「だが、もし貴様が、王都へ赴き、大聖堂の神聖なる法廷で、大神官様方の最終審判を素直に受けるというのであれば、話は別だ。そうなれば、この者たちの罪は、私が中央教会に取りなし、寛大な処置を願い出てやらんでもない」
仕組まれた選択肢。
俺の身柄一つで、この街の恩人たち全員の運命を人質に取るという、あまりに卑劣な罠だった。
部屋に、息の詰まるような沈黙が流れる。誰もが、俺の答えを待っていた。
俺は、静かに目を閉じた。
昨夜の、アルケムの言葉が脳裏に蘇る。『禁書』、抹消された歴史、世界の成り立ちに関わる真実。その答えは、このヴェリディアにはない。すべては、王都に。
(…行くしかない、か)
もとより、選択肢など一つしかなかったのかもしれない。
俺は、ゆっくりと目を開けると、サルディウスを真っ直ぐに見据えた。
「分かりました。王都へ行きましょう」
俺の静かな、しかしはっきりとした返答に、辺境伯たちが「カガヤ殿!」と声を上げる。だが、俺は彼らに、静かに首を横に振って見せた。
「皆さんの御厚意には、心から感謝しています。ですが、これは私自身の問題です。あなた方を巻き込むわけにはいかない」
そして、俺はサルディウスに向き直った。
「審問官殿。あなたの招待、謹んでお受けいたしましょう。王都の法廷とやらで、どちらの正義が本物か、決着をつけようではありませんか」
その言葉は、戦いの舞台を敵の本拠地へと移すための、カガヤなりの宣戦布告に他ならなかった。
俺の瞳に宿る光を見たサルディウスは、一瞬だけ、その表情を険しく歪ませた。彼は、俺がただ大人しく断罪されるつもりではないことを、感じ取ったのだろう。だが、やがてその口元に、獲物を見つけた狩人のような、冷たい笑みが浮かんだ。
「…賢明な判断だ。出発は三日後。それまで、身辺の整理を済ませておくがよい」
◇
審問が終わり、宿屋に戻る道すがら、アルケムが俺に追いついてきた。
「カガヤ殿…。すまぬ、我らの力が及ばず…」
「いいえ、アルケム殿。あなた方には、感謝しかありません。それに、これで良かったんです」
俺は、彼の言葉を遮った。
「私は、王都に行かなければならない理由ができましたから」
その言葉に、アルケムはハッと目を見開いた。そして、すべてを察したように、深く頷いた。
「…そうか。ならば、これだけは覚えておいてくれ。王都にも、わしの信頼できる仲間がおる。そして、『禁書』のいくつかは、王立図書館の地下、教会の目も届かぬ『忘れられた書庫』に眠っているという噂じゃ。決して、諦めるでないぞ」
それは、彼が俺に託す、最後の希望だった。
「古⽊の憩い」の自室に戻った俺は、窓の外に広がる、北の空を見つめた。
王都。そこは、俺を断罪しようとする敵の本拠地。そして同時に、この世界の謎を解く鍵が眠る場所。
危険な旅になるだろう。生きて帰れる保証もない。
だが、もう迷いはなかった。
これは、逃走ではない。敗北でもない。
真実を掴むための、俺自身の意志による、新たな旅の始まりなのだ。
俺は、これから始まる過酷な運命を前に、静かに闘志を燃やすのだった。
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