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第67話:剣に込めた誓い

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

クゼルファ視点です。

カガヤ様は、強い人だ。

いつだって冷静で、どんな困難にも臆することなく、その圧倒的な知識と機転で道を切り拓いていく。


魔乃森で魔獣に襲われ、死を覚悟した私を救い、そして、あの絶望的だったエラルの病さえ、彼は奇跡のような医術で治してくれた。


数日前、ギルドの酒場で会った時も、街に渦巻く悪意に満ちた噂を前にして、彼は少しも揺らいでいなかった。「俺は大丈夫だ」と、私を安心させるように、力強く笑ってくれた。


でも、本当にそうなのだろうか。


冒険者ギルドの訓練場の片隅で、私は一人、木剣を握りしめながら、彼の言葉を思い出していた。


彼の言葉は、私の不安を和らげてくれた。彼の瞳には、確かに未来を見据える力があった。けれど、彼の背中が、ほんの少しだけ、いつもより寂しそうに見えたことを、私は見逃すことができなかった。


公開証明の後、ヴェリディアの空気は一変した。


カガヤ様を「救世主」と崇める人々がいる一方で、彼を「禍つ者(まがつもの)」と罵り、石を投げつけんばかりの敵意を向ける人々もいる。そのどちらもが、以前とは比べ物にならないほど熱を帯び、街を真っ二つに引き裂いている。


市場を歩けば、彼の噂話が聞こえてくる。ギルドで依頼を探していても、彼の名前を巡って口論している冒険者たちの声が耳に入る。


昨日、一人で受けたフォレスト・インプ討伐の依頼の帰り道だった。森の入り口で、薬草を摘んでいた母娘に出会った。小さな娘さんが足を滑らせて転んでしまい、膝を擦りむいて泣いていた。私は駆け寄り、持っていたポーションで傷を治してあげようとした。


母親は、最初は私に感謝していた。だが、私の顔をじっと見つめると、ハッとしたように顔色を変えたのだ。


「…あなた、もしかして、あのカガヤとかいう薬師と一緒にいる…」


その声には、明らかな警戒の色が滲んでいた。そして、彼女は泣いている娘の手を引くと、私の差し出したポーションを拒絶し、足早に去って行ってしまった。まるで、汚れたものから逃げるように。


ポーションを握りしめたまま、私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。


胸の奥が、氷のように冷たくなっていくのを感じた。


カガヤ様がもたらした恩恵は、計り知れない。エラルだけでなく、魔物の毒に侵された多くの冒険者や街の人々が、彼の薬で救われた。それなのに、人々は目に見えない噂を信じ、確かな事実から目を逸らす。


なぜ。どうして。


悔しかった。そして、何よりも、何もできない自分が歯がゆかった。


カガヤ様は、たった一人で、街全体の蒙昧や悪意と戦おうとしている。私には、彼の言う「分離薬学」の難しい理屈は分からない。噂を打ち消すための、論理的な言葉も持たない。彼が戦っている土俵に、私は上がることさえできないのだ。


彼が私を安心させるために笑ってくれるたびに、私の無力さが、胸に重くのしかかってくるようだった。


「私は、ただ守られているだけじゃないか……」


エラルの病を治してもらった。魔獣から、街の悪意から、いつも彼に守られている。彼がくれた温かい日常に安穏と浸かっているだけで、私は彼のために、一体何ができているのだろう。隣に立つ資格が、今の私にあるのだろうか。


「…違う」


私は、唇を噛みしめ、握りしめた木剣に力を込めた。

違う。そうじゃない。


彼が私を守ってくれるように、私も彼を守る力になれるはずだ。


私には、難しい理屈は分からない。でも、この手には剣がある。冒険者として培ってきた、戦うための技がある。


カガヤ様が、薬師として、彼の土俵で戦うというのなら。

私は、冒険者として、私の土俵で戦う。


彼が安心して研究に打ち込めるように、彼の背後を脅かす物理的な脅威は、すべて私が斬り払う。彼の心を蝕む見えない刃に、私が直接対抗することはできなくても、彼の心が折れないように、いつでも隣で支えとなり、彼の剣となり、盾となることはできる。


それこそが、今の私にできる、唯一の戦い方だ。


「ふっ!」


私は、迷いを振り払うように、鋭い気合と共に木剣を振るった。

空気を切り裂く音が、これまでとは違う、確かな重みと速さを持っているのを自分で感じた。


もう、ただ守られるだけの私じゃない。

彼と、肩を並べて戦うために。彼の隣に立つにふさわしい、一人の戦士になるために。


私は何度も、何度も、汗が流れ落ちるのも構わずに木剣を振り続けた。

目標が、守りたいものが、はっきりと定まった今、私の剣はもう迷わない。


カガヤ様。見ていてください。

あなたの隣には、いつだって私がいる。


あなたがこの街にもたらしてくれた光を、今度は私が、この剣で守ってみせるから。


訓練場の隅で、一人の女剣士の振るう剣が、夕暮れの光を浴びて、決意の色に輝いていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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