第61話:闇の中の牙
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先日、俺を尾行していた連中の気配を感じてから、俺の日常には「監視」という新たな要素が加わった。数日間にわたり、俺は度々、アイからの報告で尾行されていることを知る。朝、ギルドへ向かう道。夕方、宿屋へ帰る道。昼間の買い物の最中。彼らは様々な時間帯や場所で俺の動きを追った。
俺は彼らを振り切るために、様々な行動を試みた。人通りの多い場所を選んで歩き続け、突然露店の商品に興味を示すふりをして立ち止まったり、急に進行方向を変えて細い路地に入り込んだりした。時には、人気の少ない場所を選んで急に立ち止まり、背後を振り返ることもあった。彼らは、俺が気づいていることに気づきつつも、深追いしてこない。まるで、俺の反応を試しているかのようだった。
〈アイ、彼らの特徴をもう少し詳しく分析できるか? いつも同じ連中か?〉
《はい、マスター。追跡者は常に同じ四人組です。全員男性、年齢は20代後半から30代前半と推定。身体能力は一般の冒険者の中堅レベルで、魔力の反応は非常に弱く、魔術師ではありません》
それだけの情報では、一体どこの連中なのかは全く見当がつかない。
《彼らの行動パターンは、偵察と情報収集に特化しているように見えます。直接的な攻撃の意図は、現時点では確認されていません。しかし、彼らはマスターの行動範囲、接触人物、能力の片鱗などを継続的に把握しようとしています》
アイの分析は、彼らの目的が単なる金目当てではないことを示唆していた。
静かな夜だった。宵闇が街を深く覆い、街灯の少ない裏路地は、わずかな月明かりと、遠くの家々から漏れる光にかろうじて照らされている程度だ。薬師ギルドでの研究を終え、いつものように宿屋「古木の憩い」へ帰ろうと、人通りの少ない裏路地を選んで歩いていた、その時だ。
背後に、複数の気配が急速に迫ってくるのを感じた。
《マスター! 複数の接近を感知! 攻撃的意図を確認!》
アイの警告が脳内に響くよりも早く、俺の身体は反応していた。
左右の路地の奥から、覆面を被った男たちが姿を現した。三方から挟み撃ちにする形で、俺を完全に囲い込む。男たちは、それぞれが剣や短剣、あるいは鈍器といった得物を手にしていた。彼らの動きは迅速かつ連携が取れており、ただの盗賊ではないことを示唆している。その瞳には、明確な害意が宿っていた。
「動くな。 抵抗すれば命はない」
先頭に立つ、一際大柄な男が、低い声で脅しをかけた。その声には、冷徹な響きがあった。
俺は静かに彼らを見据えた。覆面で表情は読み取れないが、彼らの呼吸、構え、そして微かな魔力の気配から、練度を分析する。数は六人。装備は軽装だが、動きは訓練されている。
〈アイ、彼らの素性について、何か識別できるか?〉
俺は脳内で問いかけた。
《マスター。彼らの装備は統一されており、ただの盗賊ではありません。また、身体強化用の魔石を隠し持っています。専門的な訓練を受けた者たちのようです》
専門的な訓練……やはり、俺の知識を狙う動きが、ついに武力という形で現れたか。
「何が目的だ?」
俺はあえて、冷静な声で尋ねた。無抵抗を装い、彼らの出方を探る。
「あるお方が貴様に用があるそうだ。付いてきてもらおう。素直に従えば、命までは取らん」
男の一人が、冷たい声で言った。
俺は静かに笑みを浮かべた。
「悪いが、遠慮させてもらう」
その言葉を合図に、男たちは一斉に襲いかかってきた。闇の中で閃光を放つ剣や短剣が、嵐のように俺に降り注ぐ。俺は腰に下げた小刀を抜き放つと、迫りくる刃を寸前で弾いた。キィン、と甲高い金属音が闇に響き、火花が散った。
更に俺は、身体強化とアイの予測能力を最大限に活用し、攻撃を回避し続ける。彼らの動きは速いが、アイのリアルタイム解析はそれをも上回る。一歩の動きで、複数の攻撃を紙一重でかわし、時には相手の武器を自身の体で受け流す。
(な、何だコイツは!?俺たちの太刀筋が、全て見えているというのか!?)
先頭に立つ男が内心で戦慄したのも束の間、彼の視界は急速に地面へと近づいていた。
《マスター。目標は無力化。殺傷は避けてください。後々の問題を招かないためにも命を奪うことは避けなければなりません》
アイの指示が脳内に響く。
〈いやもうこれ、既に問題じゃないか……。ここで仕留める方が楽だが、後が厄介か……仕方ないな〉
俺は、アイの忠告通りに彼らの急所を的確に突いて無力化していく。相手の腕を関節技で固め、剣を奪い取り、足払いで転倒させる。不必要に命を奪わないように慎重に立ち回る。
一分も経たないうちに、六人の男たちは全員が地面に倒れ伏していた。路地には、男たちの呻き声と、荒い息遣いだけが響いている。血と汗の鉄臭い匂いが、路地の湿った空気と混じり合った。意識を失っている者、身体が痺れて動けない者、呻き声を漏らす者。誰一人として致命傷を負ってはいない。
俺は、静かに彼らの顔を覗き込んだ。覆面の下には、怯えと、そして屈辱に歪んだ顔が隠されていた。
〈アイ、彼らの装備や所属について、さらに詳しい分析は可能か?〉
《マスター。彼らの装備に、共通して刻まれた微細な紋章を確認しました。既存の国家、貴族、主要ギルドのデータベース、及び一般に流通している紋章便覧のいずれにも該当がありません。所属不明、未知の組織です》
アイの冷静な報告が、逆に事態の異常さを際立たせる。
「何が目的だ?」
俺は、意識を失いかけている男の胸ぐらを掴み、問い詰めた。男は虚ろな目で俺を見ると、狂気を帯びた笑みを浮かべ、途切れ途切れに呟いた。
「星の…秩序を乱す…偽りの奇跡……。我らが神は…汝を…異端と…断罪なさる…」
その言葉を最後に、男は意識を失った。
俺の背筋を、冷たいものが這い上がるのを感じた。貴族の私兵であれば、まだ動機が読めた。だが、相手は所属さえわからない、狂信的な思想を持つ正体不明の組織だ。彼らは俺の知識を欲しているのではない。俺の存在そのものを「悪」と断じ、理由なく、対話の余地なく、ただ排除しようとしている。
これほど厄介で、これほど予測不能な敵はいない。
平穏な日常は終わりなのかも知れないな。俺は否応なく、この世界の光と影、その深い闇の部分に足を踏み入れてしまったのだと理解した。
「さて、どうしたものか……」
目の前に倒れる狂信者たちと、遠く広がる夜の街を見渡しながら、俺は深く息を吐いた。
まずは、この紋章の手がかりを探すことから始めなければならない。
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