第59話:麗らかな午後と不協和音
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今日は久しぶりの休日。俺とクゼルファは、すっかり元気になったエラルからの招待を受け、辺境伯邸の庭園を訪れていた。
陽光が降り注ぐ美しい東屋には、純白のテーブルクロスがかけられたテーブルが用意されている。その上には、銀の三段トレイに美しく盛り付けられた、街でも評判の店の焼き菓子と、透き通った琥珀色の紅茶が並べられ、甘い香りを漂わせていた。庭園に咲き誇る花々の香りと混じり合い、まるで夢の中にいるかのような心地よさだ。
「カガヤ様、クゼルファ、お待ちしていました!」
椅子から立ち上がり、満面の笑みで俺たちを迎えたのは、他ならぬエラルだった。病に伏していた頃の儚げな面影はなく、その頬は健康的な血色に染まり、瞳は生命力に満ちてキラキラと輝いている。その屈託のない笑顔に、俺もクゼルファも自然と表情が和らいだ。
「カガヤ様は、こちらへどうぞ」
エラルは、ごく自然に俺の手を取り、自分の隣の席へと導く。その積極的な姿に、俺は少し戸惑いながらも、勧められるがままに席に着いた。
「このお菓子、とても美味しいのですよ。カガヤ様は、どれがお好きですか?このタルトも、こちらのパイも絶品です。それとも、甘いものはお苦手でしたか?」
「いや、どれも美味そうだ。ありがとう」
「まあ、嬉しい!では、今度ヴェリディアの街をご案内しますね!きっとカガヤ様がお気に召す場所がありますから」
エラルの、好意を隠そうともしない真っ直ぐな視線と、矢継ぎ早の質問に、俺は少しタジタジになる。そんな俺たちの様子を、向かいの席に座ったクゼルファが、何とも言えない表情で見つめていた。お茶を飲むでもなく、お菓子に手を付けるでもなく、ただじっと、俺とエラルのやり取りを観察している。その視線は、まるで獲物を狙う鷹のようだ。
そのクゼルファの様子に気づいたエラルが、悪戯っぽく微笑んだ。
「あらあら、クゼルファ。そんなに怖い顔をして。カガヤ様が逃げてしまいますよ?」
「べ、別に、怖い顔などしておりません!」
そう言いながら紅茶に口をつけるグゼルファ。
「ふふっ。それにしても、クゼルファはカガヤ様といつもご一緒で、本当に羨ましいですわ。ねぇ、クゼルファは、カガヤ様のどこが好きなの?」
「ぶっ!?」
クゼルファが、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出しそうになる。かろうじて飲み込んだものの、激しく咳き込み、その顔は見る見るうちに真っ赤に染まった。
「なっ、何を言いますの、エラル! わ、わたくしは、そのような不純な動機でカガヤ様とご一緒しているわけでは…!そもそも、好きだなんて、一言も…!」
「あら、顔が真っ赤ですわよ?まるで炎トカゲの鱗のようですわ。わたくし、そんなクゼルファは初めて見ました。いつもは冷静沈着な剣士なのに」
「そ、それは…!エラルこそ、病み上がりなのですから、あまりはしたないことを言うものではありません!体に障ります!」
俺は、二人のやり取りを苦笑しながら見守る。女性同士の会話というのは、斥力フィールドの制御より難しいらしい。少し離れた場所で控えていたメイドたちが必死に肩を震わせて笑いをこらえ、鉄面皮の執事ゼドラスの眉が僅かにピクリと動いたのが見えた。
穏やかで、平和な時間。このまま、こんな日が続けばいい。俺がそんなことを考えていた、その時だった。
「茶会の邪魔をして無粋ですまんが」
その穏やかな空気を破るように、辺境伯カレムが硬い表情で東屋に現れた。場の空気が一瞬で引き締まる。
「カガヤ殿と少し話がある。後で私の執務室に来てくれ」
努めて穏やかだが、有無を言わせぬその口調。エラルとクゼルファが、不安そうな顔で俺と辺境伯を交互に見つめる。麗らかな午後のティーパーティーは、不穏な空気を残して、終わりを告げた。
◇
辺境伯の執務室は、重々しい沈黙に支配されていた。革張りの椅子に深く腰掛けた辺境伯は、しばらく窓の外を眺めていたが、やがて、重い口を開いた。
「カガヤ殿が開発した『魔力枯渇症:生体魔素回路再構築療法』。あの治療法が、王都の中央薬師ギルドでも正式に認められた」
「はあ」
「そして、その前代未聞の功績は、ついに王の耳にまで届いた」
〈あ、これヤバいヤツだ〉
俺の脳内で、警報が鳴り響く。面倒事の予感が、最悪の形で確信に変わる瞬間だった。
「王は貴殿の功績を高く評価され、王都にて『賢者』の称号を授けるための式典を執り行うと決定された」
「決定?!マジか……。これって断れます?」
思わず、素の口調で尋ねてしまう。辺境伯は、俺の言葉に表情一つ変えず、非情な現実を突きつけた。
「断れば、王への反逆と見なされる。そうなれば、このフォルトゥナ王国にはいられなくなるだろうな」
〈やはりか……。この流れは逃げられないか?どう思う、アイ?〉
《政治的状況を鑑みるに、受諾することが最もリスクの低い選択です。マスターが今後、この惑星で安定した活動基盤を維持するためには、王家との関係を良好に保つことが不可欠です。また、王都へ行くことで、アルカディア号の修復に繋がる新たな情報や技術を得られる可能性も期待できます》
アイの冷静な分析が、俺に逃げ場がないことを冷徹に告げる。これまで散々、面倒事はごめんだと、目立つのは避けたいと、そう言って逃げ回ってきた。ギルドマスターからの称号の話も、けんもほろろに断ったばかりだ。だが、今度は王命。辺境伯の言う通り、これを断れば、敵と見なされる?冗談じゃない。俺はただ、この未知の惑星で生き延び、あわよくばアルカディア号を修理して、故郷への万に一つの可能性を探りたいだけだ。それがどうしてこうなる。賢者?俺が?地球連邦の官僚主義から逃れてきた俺が、この世界でまた、権力という名の鎖に繋がれるのか。
俺は深く、深く椅子に沈み込み、ぐしゃぐしゃと自分の髪をかきむしった。どうしようもない無力感と、自らの行いが招いた皮肉な結果に対する苛立ちが、腹の底で渦を巻く。やがて、その全ての感情を吐き出すかのように、俺は天を仰ぎ、観念したように、大きな、大きなため息をついた。
「ハァ……」
俺は辺境伯に向き直り、できるだけ恭しい態度を装って答えた。
「……分かりました。謹んで、お受けいたします」
「うむ。まぁ、これは内示の内示だ。近いうちに、王家からの正式な使者が来ることになるだろう」
辺境伯はそう付け加えた。(使者まで来る…、ね。ご丁寧なこった)
「授与式は、おおよそ一ヶ月後になる見込みだ。それまでに、王都へ向かう準備を整えておけ」
執務室を出た俺の頭の中は、これから始まるであろう、更なる面倒事への憂鬱でいっぱいだった。先ほどの、華やかで穏やかな庭園の光景が、やけに遠い昔のことのように感じられた。
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