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第58話:『魔導王』と『賢者』と『面倒事』

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

薬師ギルドでの研究に没頭する日々が続き、久しぶりにまとまった時間が取れた。今日は、クゼルファと二人で冒険者ギルドのクエストをこなすことにした。研究室に籠もりきりだった俺にとって、それは良い気分転換になるはずだった。


ギルドの扉を開けると、いつもの活気が俺たちを迎える。依頼板の前で、クゼルファが楽しそうに依頼書を眺めていた。


「カガヤ様! 二人きりでのクエストは久しぶりですね! 少し手強そうな魔獣の討伐依頼はどうですか?」


彼女が指差したのは、「岩鎧蜥蜴(ロックリザード)」の討伐依頼。その名の通り、岩のような硬い鱗を持つ厄介な魔獣だ。


「いいな。最近、体を動かしたくてうずうずしていたところだ」


俺たちが依頼書を手に受付へ向かうと、キアラがいつもの笑顔で迎えてくれた。その笑顔に、ほんの少しだけ、何かを面白がっているような色が混じっていることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。



討伐地である岩場の荒野に、岩鎧蜥蜴(ロックリザード)の群れが姿を現す。その数、十体以上。一体一体が小型の鎧竜のような威圧感を放っている。


「来ます!」


クゼルファが警告の声を上げ、大剣を構える。俺は彼女の前に立ち、意識を集中させた。


以前の俺なら、一体ずつ確実に仕留めるか、あるいは斥力ブレードで広範囲を薙ぎ払っていただろう。だが、今の俺は違う。


〈アイ、複数対象の斥力フィールドを展開。対象の四肢の動きを個別に拘束しろ〉


《了解しました、マスター。思考を同期。斥力フィールド、展開します》


俺が右手を軽く前に突き出すと、岩鎧蜥蜴(ロックリザード)の群れ全体が、まるで見えない泥沼に足を取られたかのように、一斉に動きを鈍らせた。一体一体の動きを精密に阻害する、多重斥力フィールド。以前は脳にかなりの負荷がかかったこの理術が、今は驚くほどスムーズに、そして強力に発動できる。


「今だ、クゼルファ!」


俺の声に応じ、クゼルファが躍り出た。動きを封じられた岩鎧蜥蜴(ロックリザード)は、もはやただの的だ。彼女の大剣が閃くたびに、硬い鱗が砕け散り、一体、また一体と、確実にその数を減らしていく。それは、もはや戦闘というより、訓練された兵士による掃討作戦のようだった。


全ての岩鎧蜥蜴(ロックリザード)を仕留め終えた後、俺は自身の力の向上をはっきりと実感していた。


〈アイ、最近、力の制御が楽になった気がする。前よりも少ない思考で、より精密な結果が出せる〉


《継続的な活動により、マスターの生体情報とこの惑星の魔素との親和性が向上しているものと推測されます。斥力フィールドの精度が飛躍的に高まっているのも、その影響でしょう》


〈なるほどな。イメージが大切、というのも満更でもないみたいだな〉


この世界に来てから、俺の身体も、そしてアイのシステムも、この星の環境に適応し、進化を続けている。その事実が、俺に確かな手応えを感じさせていた。



ギルドに帰還し、素材の換金と報酬の受け取りを済ませると、受付のキアラが、やはりどこか面白そうな顔で俺に声をかけてきた。


「カガヤ様、お疲れ様です。ギルドマスターがお呼びです。執務室でお待ちかねですよ」


「またか……」


俺のうんざりした呟きに、クゼルファが「また何か面倒事でしょうか…」と心配そうに俺を見る。


「まあ、いつものことだろ」


俺は肩をすくめ、一人でギルドマスターの執務室へと向かった。重々しい扉をノックし、中に入る。


執務室では、ギルドマスターのゴルバスが腕を組み、これ以上ないというほど苦虫を噛み潰したような顔で待っていた。


「カガヤ、座れ。面倒な話だが、重要な話だ」


(あれ? 聞いてたのか?)

俺が廊下でクゼルファと話していたのが聞こえていたのか、あるいは、ただの偶然か。いずれにせよ、俺の予感は的中したらしい。


ゴルバスは、単刀直入に本題を切り出した。


「……お前に、ギルドから『称号』を与えようという話が正式に持ち上がっている」


「はあ」


「一つは『魔導王』。魔法を極め、その力が国家の命運すら左右すると認められた者に与えられる、最高の栄誉だ。お前のあの訳の分からん力は、それに値すると考える連中がいる」


「いりません」


俺は食い気味に、即答した。


「名前が長くて面倒くさいし、悪目立ちするだけでしょう。却下で」


「……だろうと思ったわ!!」


ゴルバスの額に、太い青筋が浮かび上がる。彼は大きなため息をつくと、もう一つの案を口にした。


「もう一つは『賢者』だ。エラルの治療法、魔牙の蝕蔓(デーモンファング)の解毒薬、薬師ギルドでの数々の功績……。お前の知識は、もはやただの冒険者の域を超えている。薬師ギルドのアルケムからも、辺境伯様からも強い推薦があってな。これならどうだ」


俺は、椅子に深くもたれかかり、心底呆れたようにため息をついた。


「それも結構です。俺はただの冒険者で、しがない特任研究員。称号なんて肩書きは、動きにくくなるだけで何のメリットもないですよ」


「これはギルドからの、いや、この街からの評価の証だ。そう無下にするな」


ゴルバスは、深く、長いため息をついた。その顔には、怒りよりもむしろ、どうしようもない厄介事を抱え込んだ男の疲労が色濃く浮かんでいる。


「この話、前にも断ったはずですよね?」


俺は、冷めた目でゴルバスを見返した。


「あんまりしつこいと、ギルド辞めますよ。薬師ギルドの連中も毎日『筆頭研究員に』って誘ってくれてるし、最悪、辺境伯様に直接雇ってもらってもいい。俺、ご存知の通り、金には困ってないんで。別に冒険者ギルドにこだわる必要、ないんですよ?」


俺の言葉に、ゴルバスは口をあんぐりと開けて固まった。その顔は、怒りを通り越して、もはや愕然としている。数秒の沈黙の後、彼は、まるで全身の力が抜けたかのように、椅子に深く沈み込んだ。


「……わかった、わかった!辞めるのだけは勘弁しろ!お前みたいな金の卵、いや、もはや魔石の塊みたいなヤツに逃げられたら、俺の首が飛ぶわ!」


ついに、ゴルバスが本音を漏らした。その情けない姿に、俺は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、この話はなしで」


俺がそう言って席を立とうとすると、ゴルバスが慌てて俺を制した。


「待て!称号はともかく、お前の力は色々なところから注目されている。特に、王都の連中がな……。下手に断り続けると、逆に面倒なことになるかもしれんぞ」


王都。その言葉に、俺の眉がぴくりと動く。


「面倒事はごめんですけどね」


俺はそれだけ言い残し、執務室を後にした。


廊下で心配そうに待っていたクゼルファに「どうでしたか?」と聞かれ、俺は肩をすくめて答える。


「相変わらず、面倒な話だったよ」


俺の言葉に、クゼルファは「まあ、カガヤ様ですから」と、なぜか納得したように微笑んだ。


ゴルバスの最後の言葉が、少しだけ気にかかったが、今はまだ、考える時ではない。俺たちの平穏な?日常は、まだしばらく続きそうだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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