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第57話:薬師ギルドでの挑戦

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ヴェリディアの薬師ギルドの研究室は、朝から独特の匂いに満ちていた。薬草の土っぽい香り、調合途中の薬品の刺激臭、そして、熱せられたフラスコから立ち上る湯気。かつて地球連邦で研究に没頭していた頃を思い出させる、どこか懐かしい、そして高揚感を覚える空間だ。


アルケムギルド長からの要請を受け、「特任研究員」として活動を始めて数日が経っていた。当初は様子見のつもりだったが、思いのほか、この環境は俺の知的好奇心を刺激した。この世界の「薬学」は、地球連邦の科学とは全く異なる発展を遂げていた。魔素という概念を中心に構築されたその理論は、時に非論理的で、直感に頼る部分も多かったが、その深奥には未だ解明されていない「法則」が眠っている。


「カガヤ殿、こちらへ」 アルケムギルド長は、まるで長年守り続けてきた宝物庫を披露するかのように、厳かな、それでいてどこか誇らしげな表情で、研究室の奥にある重厚な扉を指し示した。


「ここにあるのは、我が薬師ギルドが数百年かけて収集し、守り抜いてきた知の結晶だ。これらは、君のような真の探求者にこそ、使われるべきなのかもしれんな」


扉の先には、天井まで届く書架に、古びた羊皮紙や分厚い革表紙の書物がびっしりと並んでいた。


薬草の生態、魔素の分類、疾病の治療法、そして未解明な現象に関する記録。その膨大な知識の海を前に、俺の研究者としての魂が、歓喜に打ち震えるのを感じた。俺はそれらの資料を片っ端から読み込み、アイに解析を指示した。


〈アイ、この『エーテル草』の効能に関する記述、どう思う? 魔素を鎮静化させるとあるが、具体的な作用機序(さようきじょ)は?〉


《マスター。『エーテル草』は、特定の周波数の魔素を吸収し、その結合を緩める作用を持つと推測されます。これにより、生体内の過剰な魔素活動が抑制され、結果として精神的な鎮静効果や、特定の魔術的症状の緩和に繋がるものと思われます。この薬草に含まれる主な有機化合物群を解析した結果、地球連邦における神経伝達物質に類似した構造が確認できました》


アイは淡々と、この世界の概念を地球連邦の科学に置き換えて説明してくれる。彼らが「魔素を鎮静化させる」としか認識していない現象の裏には、地球連邦の薬学でいうところの生化学的な作用が隠されている。この世界の薬師たちが経験と直感で掴んできた法則を、アイの解析をもって紐解いていく作業は、まるでパズルを解くような楽しさがあった。


ある日、アルケムギルド長から直々に研究課題として依頼された。それは、とある薬草の「無毒化」だった。この薬草は、微量であれば薬効を持つが、少しでも摂取量を誤ると、内臓機能を麻痺させる猛毒となる。多くの薬師が、この薬草の安全な利用法を見つけようと試みてきたが、成功例は皆無だった。


俺はまず、その薬草の成分を詳細に解析した。アイの解析結果は、地球連邦の科学における神経毒と類似の構造を持つ化合物と、それを中和する別の成分が複雑に絡み合っていることを示した。この世界の薬師たちは、加熱や乾燥といった単純な方法で毒性を抑えようとしていたが、それでは両方の成分が分解されてしまい、薬効も失われていたのだ。


〈アイ、この毒成分を特定の部分だけ分解し、薬効成分は残すことは可能か?〉


《理論上は可能です。特定の周波数の魔素を精密に操作することで、化合物の一部分のみを活性化させ、分解を促すことができます。ただし、この世界の魔術では、そこまでの精密な制御は困難です》


〈それだよな……〉


アイの言う通り、解決策の理論はすぐに見えた。だが、問題は、それをどうやってこの世界の技術レベルで実現するかだ。俺たちの持つナノマシンや量子プロセッサを使えば容易いが、それでは俺の技術がこの世界の理からあまりにかけ離れていることが露見してしまう。この世界の誰もが再現できない方法では、結局、何の役にも立たないどころか、無用な混乱を招くだけだ。やるからには、この世界の法則の中で、彼らにとっても意味のある形でなければ……。


数日間、俺は研究室に籠り、アイとシミュレーションを繰り返した。この世界の魔道具の構造と、俺の科学知識を組み合わせ、分解し、再構築する。だが、どれも決定的な解決策には至らない。精密な制御を求めれば、構造が複雑になりすぎてこの世界の技術では再現できず、再現性を求めれば、精度が落ちて薬効ごと消し飛んでしまう。


「くそっ、堂々巡りだ……」


思考の袋小路に陥り、俺は頭を抱えた。だが、その時、ふと、オルミュエの蜜を採取した時の出来事が脳裏をよぎった。あの時、俺はアイの解析した高周波を、触媒ブレスレットを通して再現した。あれは、魔素の流れを「制御」したのではなく、特定の周波数という「情報」を与えただけだ。そうだ、発想を変えるんだ。


俺は、アイの解析結果を元に、数えきれないほどの試行錯誤を重ねた。そしてついに、この世界の技術レベルで「再現可能な範囲」で、しかし彼らから見れば「常識外れ」な改善策を提案するに至った。それは、特定の魔石を用いて、薬草に特定の「微弱な魔素振動」を与えることで、毒性のみを弱めるというものだった。この方法は、理論上は可能だが、これまでの魔術では、その「微弱な魔素振動」を正確に制御することが不可能とされていた。


アルケムギルド長は、俺の提案を聞くと、眉をひそめた。

「カガヤ殿、それは……机上の空論に近い。微弱な魔素振動の精密制御など、これまで誰も成し得ておらぬ」


「ええ、理論だけならそうでしょう。ですが、もし、その制御を可能にする()()()があれば?」


俺は、そう言って、アイが考案した、ごく単純な構造の魔道具の設計図を提示した。それは、特定の魔石に、わずかながら魔素の流量を調整する機構を組み込んだものだった。この世界の技術からすれば、単なる魔道具の組み合わせに過ぎないが、その発想自体が斬新だった。


アルケムギルド長は、半信半疑ながらも俺の提案を受け入れ、試作品の製作に取り掛かった。数日後、完成した魔道具を用いて薬草を処理する実験が行われた。


研究室には、アルケムギルド長をはじめ、数名のベテラン薬師たちが固唾を飲んで見守っていた。俺が指示した通りに魔道具を操作し、薬草に魔素振動を与える。


すると、信じられないことが起こった。 処理された薬草から抽出された液体は、通常の毒性を全く示さなかった。それどころか、従来の抽出法を遥かに凌駕する薬効を秘めていることが、検査によって明らかになったのだ。


「ば、馬鹿な! これが……これが可能なのか!?」


アルケムギルド長は、震える手で試験管を掲げ、信じられないといった顔で叫んだ。その目は、まるで伝説の秘宝を見つけた子供のように輝いていた。他の研究員たちも、最初は驚きと混乱の表情を浮かべていたが、実験結果を目の当たりにするにつれ、その顔は畏敬と興奮に変わっていった。


「カガヤ殿! あなたは……一体何者なのだ! 我々がどんな方法を試みても成し得なかったことを、わずか数日で……!」


俺は彼らに、詳細な科学的根拠を説明することはできない。だが、アイが調整した「この世界で超頑張ったら実現するかも知れない程度のレシピ」は、彼らにとって新たな研究の方向性を示し、彼らの探究心を刺激するに十分なものだった。


この一件で、薬師ギルド内での俺の評価は確固たるものとなった。特任研究員とはいえ、俺の発言は重みを持ち、他の研究員たちは積極的に俺の意見を聞きに来るようになった。俺は、彼らの持つ知識と技術を吸収しつつ、アイの助けを借りて、少しずつこの世界の薬師学に革新をもたらしていった。


だが、光が強ければ、影もまた濃くなる。その単純な理を、この時の俺はまだ分かっていなかった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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