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第56話:薬師という名の冒険者

お読みいただき、ありがとうございます。

これより第3章スタートです。薬師兼、冒険者としてのカガヤを描いていきます。

第3章も、お楽しみいただければ幸いです。


朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

ヴェリディアの朝は、いつも通りの喧騒に包まれていていた。エラルの治療が成功してからというもの、俺の日常は、良い意味でも悪い意味でも、目まぐるしく変化していた。


冒険者ギルドでの活動は続けているが、最近は、日々の時間の多くを薬師ギルドで過ごすようになった。辺境伯、そしてアルケムギルド長からの熱心な要請を受け、薬師ギルドでの活動を始めることになったのだ。しかし、流石に「薬師ギルドの筆頭研究員」という肩書きは固辞した。筆頭研究員ともなれば、その責務は重く、行動も大きく制限されるだろう。何より、俺の持つ技術は、この世界の科学レベルを遥かに超越している。それを軽々しく表に出せば、混乱を招き、あるいは俺自身が危険に晒される可能性だってある。


代わりに、俺は「特任研究員」という形での活動を提案した。と言うよりも、アイからの提案だが……。


薬師ギルドの勧誘を受けた際、俺はアイに尋ねた。


〈アイ、特任研究員として活動することのメリットは何だ?〉


《マスター。特任研究員という立場は、正式な役職に就くよりも自由度が高く、研究活動の裁量を確保できます。これにより、マスターの本来の目的であるアルカディア号の修復に必要な情報や資源の収集に加えて、ギルドのネットワークを活用することが可能になります。契約期間は原則1年。給与も支払われます。また、薬師ギルドという公的な組織に属することで、不必要な詮索を避け、一方で、その庇護を得ることも期待できます》


アイの冷静な分析は、俺の懸念を払拭するには十分だった。確かに、孤立した状態で活動を続けるよりも、公的な後ろ盾があった方が何かと有利だろう。そして、何よりも、この世界の「魔法」や「魔素」に関する情報を、より深く、体系的に収集できる機会だと感じた。


こうして、俺の奇妙な二重生活が始まった。午前中は薬師ギルドで研究に没頭し、午後は冒険者ギルドで簡単な依頼をこなすか、街で情報収集に勤しむ。そんな毎日だ。


薬師ギルドの研究室は、ヴェリディアで最も大きく、最先端の設備が整えられている。といっても、俺がいた地球連邦の科学基準から見れば、その設備で可能な分析や実験は、基礎的な領域を出ないが……。それでも、この世界の薬草や魔素に関する豊富な資料、そして意欲的な研究者たちが集まっているのは、俺にとって大きな魅力だった。


アルケムギルド長は、俺に惜しみなく情報を提供してくれた。太古の文献から、最新の研究成果まで、様々な資料が俺の元に届けられる。


その中にあった創世神話の一節に、俺は思わず目を留めた。


『万物は遥か天空より降り注ぎし星の涙より生まれ、魔力はその記憶の残滓なり』


実に詩的な表現だが、アイの分析と照らし合わせると、奇妙な一致を見る。この惑星の生命の起源となったアミノ酸塩基は、太古の昔に降り注いだ彗星群にもたらされた可能性が高い。彼らは真理の一片を、科学とは全く異なる、直感と伝承という形で掴んでいたのかもしれない。


そう考えると、彼らが経験と直感、そして膨大な試行錯誤の末に積み上げてきた知識にも、侮れない重みを感じた。


だが、アイの解析能力をもってすれば、その知識の根源にある「法則」を読み解くことは可能だった。例えば、特定の薬草が持つ「治癒効果」も、アイにかかれば、その薬草が含む特定の分子構造が、魔素とどう作用し、生体組織にどう影響を与えるか、というレベルで解析できる。


俺の仕事は、アルケ-ムギルド長から与えられた未解明な現象や、既存の薬の改良に関する研究が主だった。例えば、特定の薬草の効能を最大限に引き出すための抽出方法の改善や、より効率的な魔素の安定化技術などだ。俺は、アイが解析したデータを元に、この世界の技術レベルでも「再現可能」な範囲で、しかし、彼らから見れば「常識外れ」な改善策を提案していった。


初めて俺が提案した改良案を、アルケムギルド長が試した時の反応は忘れられない。


「カガヤ殿! な、何と! この薬草の抽出液は、これほど純粋な魔力を引き出すことができたのか! まさに革命的だ!」


アルケムギルド長は、興奮して震える手でビーカーを掲げ、叫んだ。その目は、まるで宝物を見つけた子供のように輝いていた。


他の研究員たちも、最初は懐疑的な目を向けていたが、俺の提案が次々と成果を出すにつれ、彼らの視線は驚嘆と尊敬へと変わっていった。俺は彼らに、詳細な科学的根拠を説明することはできない。だが、アイが調整した「この世界で超頑張ったら実現するかも知れない程度のレシピ」は、彼らにとって新たな研究の方向性を示し、彼らの探究心を刺激する十分なものだった。


彼らは、俺の知識を「天賦の才」あるいは「稀代の魔術師の秘術」として受け止めているようだった。それは、俺にとっても都合が良かった。俺の真の技術、つまり地球連邦の科学技術の存在を隠すためには、この誤解は渡りに舟だったからだ。


薬師ギルドでの活動が増えるにつれて、冒険者ギルドでの活動時間は自然と減っていった。クゼルファとは、以前のように毎日ペアを組んでクエストに出ることはなくなったが、それでも週に何度かは一緒にギルドに顔を出し、簡単な依頼をこなすこともあった。


クゼルファは、俺が薬師ギルドで活躍していることを純粋に喜んでくれていた。


「カガヤ様が、ご自身の力を存分に発揮できる場所が見つかって、私も嬉しいです!」


彼女はいつも、そんな風に言ってくれる。俺が薬師ギルドでの研究の話をすると、目を輝かせて熱心に耳を傾けてくれた。彼女は俺の秘密を知らないが、俺がこの世界で特異な存在であることを、誰よりも理解し、受け入れてくれている。そんな彼女の存在は、俺にとって大きな支えとなっていた。


しかし、俺の心の中には、常に警戒の念が張り付いていた。俺の持つ知識は、確かにこの世界にとって計り知れない価値がある。魔力枯渇症という不治の病を治療し、魔牙の蝕蔓(デーモンファング)の毒を解毒する薬を作る。今までに無い薬品の生成方法を示し、新しい学問を創り出す。これらは、まさにこの世界の常識を覆すものだ。それを独占しようとする勢力が現れても、不思議ではなかった。


《マスター。我々の知識や技術は、この世界の既存の権力構造に大きな影響を与える可能性があります。特に、権力を持つ貴族たちは、その力を欲する可能性が高いです》


アイの分析は、常に俺に現実を突きつける。


俺は、できるだけ行動に気を付け、身の回りの警戒を強める。薬師ギルドでの研究内容も、アイに指示して、この世界の技術レベルから大きく逸脱しない範囲に調整させることにした。不必要に目立つ行動は避ける。だが、完全に自分の活動を制限するわけにはいかない。アルカディア号の修復、そして、ほとんどあり得ないことは承知しつつも、故郷への帰還という、捨てきれない望みがあるからだ。


日々の研究と冒険。一見すると平穏な日常が続くが、俺の心には、常に薄い膜のような緊張感が張り付いていた。それは、いつかこの平穏が破られるかもしれないという予感。


そして、その予感は、間もなく現実のものとなる。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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