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幕間2-2:規格外の冒険者

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

エラルの完治という奇跡から数日が過ぎ、俺に関する真偽不明の噂がギルドの酒場を賑わせ始めた、ある日の午後。


俺は、薬師ギルド長のアルケムからの熱烈な勧誘をどうにか振り切り、冒険者ギルドの食堂で遅い昼食をとっていた。そこに、見慣れた顔ぶれがやってきた。クゼルファのかつての仲間、魔法使いのゼノン、熊人(ベアマン)の重戦士グスタフ、そして弓使いのシファだ。


「よぉ、カガヤ。一人か?」


ゼノンが、少し遠慮がちに声をかけてきた。彼らの顔には、エラルを救った俺への感謝と、その力の正体を知りたいという純粋な好奇が浮かんでいる。


「ああ。クゼルファは今日、別の用事があってな」


「そうか。……なあ、カガヤ。お前に頼みたいことがあるんだが」


ゼノンは、少し言い淀みながらも、一枚の依頼書をテーブルに置いた。


「近くの古代遺跡の調査依頼だ。奥にある祭壇の石版を書き写すだけなんだが、そこを縄張りにしている魔獣が厄介でな。お前の力を見込んで、一緒に来てはくれないだろうか」


それは、実力の品定め、というところだろう。俺も、この世界の冒険者の標準的な戦闘スタイルを間近で見ておくのは、今後のために有益だと考えていた。


「いいだろう。面白そうだ」


俺がそう快諾すると、三人の顔にぱっと安堵の色が広がった。



翌日、俺たちは五人で遺跡へと向かった。苔むした石造りの巨大な建造物は、その半分が土に埋もれ、長い年月の経過を物語っている。内部はひんやりとした空気に満ち、壁には解読不能な古代文字がびっしりと刻まれている。その幾何学的な紋様は、俺が知るどの文明のものとも異なっていたが、そこには明らかに何らかの論理的な体系が存在しているように見えた。


〈アイ、この壁面の文字を全て記録しておけ。後で解析する。何かの技術情報かもしれん〉


《了解しました、マスター。高解像度でスキャン、データを保存します》


そんなやり取りを脳内で行いながらも、俺の意識は目の前の脅威へと集中していた。


「この辺りから、奴さんらが出てくるはずだ。気を引き締めろ」


グスタフが、背負った巨大な盾を構えながら、低い声で警告する。


その言葉に応えるかのように、遺跡の奥の暗闇から、複数の影が姿を現した。石像のような硬い皮膚を持つ、四足の獣。その目は、不気味な赤い光を宿している。


遺跡守り(ガーディアンハウンド)の群れだ!五、六……七体か!総員、戦闘準備!」


ゼノンの鋭い声が飛ぶ。その声に応じ、パーティーは瞬時に、教科書通りの完璧な陣形を組んだ。


最前線に、鉄壁の盾を構えるグスタフ。その後方で、シファが背中の矢筒から矢を抜き、弓を番える。そして、ゼノンは杖を構え、魔力を集中させ、呪文の詠唱を開始した。


「古き風の精霊よ、彼の者の吐息を我が力に……」


ゼノンの周囲に、大気の魔素が渦を巻き始める。強力な風の魔法が放たれる、その直前だった。


俺は、彼らの前に、すっと腕を差し出した。


詠唱はない。魔法陣も、魔力の輝きさえもない。ただ、静かに、一体の遺跡守りに向けて、掌を向けただけ。


次の瞬間、空間そのものが歪んだかのような、不可視の槍が放たれた。斥力スピア。俺の「思考の設計図」に基づき、極限まで収束されたエネルギーの槍だ。


槍は、音もなく遺跡守りの硬い外皮を貫き、その胴体に風穴を開けた。魔獣は、悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちる。


「なっ……!?」


ゼノンが、詠唱を中断し、絶句した。集束しかけていた魔力が、行き場をなくして霧散する。彼の魔法が発動するより早く、敵の一体が沈黙したのだ。


その一瞬の隙を突いて、残りの遺跡守りが一斉に襲いかかってきた。


「させん!」


グスタフが雄叫びを上げ、盾で二体の突進を受け止める。ガギン!と、凄まじい金属音が響き渡り、火花が散る。だが、彼の盾が防げるのは二体まで。残りの四体が、側面からシファとゼノンに殺到する。


「しまっ……!」


シファが、咄嗟にバックステップで距離を取るが、一体の爪が、彼女の肩を浅く切り裂いた。


その時、再び俺が動いた。


今度は、薙ぎ払うように腕を振るう。不可視の刃、斥力ブレードが、遺跡守りの群れを襲った。それは、まるで巨大なカミソリで空間ごと切り裂いたかのように、四体の魔獣の胴体を、綺麗に両断した。


「嘘……でしょ……」


シファが、信じられないといった表情で、目の前の光景を見つめている。彼女の精密な弓の技術をもってしても、複数の敵を同時に、これほど正確に無力化することなど不可能だった。


残るは、リーダー格と思わしき、一際大きな個体のみ。その反撃の爪が、俺の腕を僅かに掠めた。革の上着が裂け、腕に一筋の赤い線が走る。


「カガヤ!」


グスタフが、声を上げた。だが、次の瞬間、彼は自らの目を疑った。俺の腕の傷が、ポーションを飲むでもなく、治癒魔法をかけられるでもなく、まるで時間を巻き戻すかのように、一瞬で塞がってしまったのだ。


「……傷が、消えた……?幻か……?」


グスタフが呆然と呟く。


リーダー格の遺跡守りは、仲間を全て失った怒りからか、咆哮を上げ、俺に最後の突進を仕掛けてこようとした。


俺は、その魔獣に、再び静かに掌を向けた。


今度は、槍でも刃でもない。ただ、不可視の「何か」が、魔獣の動きを縛った。その巨体が、まるで意志に反して全身の筋肉が痙攣するかのように、不自然に強張り、動きが急激に鈍くなる。神経干渉。魔獣の運動神経を、直接ハッキングする、俺の理術だ。


「……今!」


その千載一遇の好機を、クゼルファは見逃さなかった。いつの間にか俺の隣に並んでいた彼女の大剣が、閃光のように走り、動きの鈍った遺跡守りの首を、一撃のもとに刎ね飛ばした。


戦闘は、終わった。パーティーメンバーが、ほとんど何もできないままに。


遺跡の中に、重い沈黙が訪れる。三人は、ただ呆然と、魔獣の骸と、そして平然と佇む俺を、交互に見つめていた。


やがて、ゼノンが、震える声で呟いた。

「……魔法、なのか?いや、違う。詠唱もなければ、魔力の流れも……あれはなんだ?あまりにも無秩序で、それでいて精密な……。何か、全く別の……俺たちの知らない(ことわり)で、動いている……」


グスタフは、大きく息を吐き、天を仰いだ。

「……なるほどな。クゼルファが、あれだけ惚れ込むわけだ」


シファは、悔しそうに、それでいて、どこか憧れるような目で俺を見つめていた。

「……あんな人がいるなんて、ずるいわ……」


彼らは、この瞬間、確信した。カガヤという男は、単なる()()()()()()などではない。この世界の常識そのものを、根底から覆しかねない、規格外の存在なのだと。


そんな仲間たちの様子を、クゼルファは、少しだけ誇らしげに、そして、どこか複雑な表情を浮かべて、静かに微笑んでいた。



その後も、遺跡の奥へ進むにつれて、古代の罠と思しき仕掛けや、残存していた遺跡守り(ガーディアンハウンド)との散発的な戦闘が続いた。だが、それは俺一人の独壇場ではなかった。


「待て、この先の床石の色が違う。罠だ」

シファの鋭い目が、巧妙に隠された感圧式の罠を見抜く。彼女は、まるで踊るように軽やかな身のこなしで罠を迂回し、その解除に成功する。


「グスタフ、頼む!」

狭い通路で、壁から飛び出す槍の罠に対しては、ゼノンが叫ぶ。グスタフは雄叫びと共に巨大な盾を構え、轟音と共に全ての槍を受け止めた。その屈強な背中は、まさにパーティーの揺るぎない壁だった。


ゼノンもまた、古代の魔術的な結界が張られた通路では、その知識を遺憾なく発揮した。

「この紋様は、古代の封印術式だ。……よし、対抗呪文で中和する」

彼の杖から放たれた光が、結界の紋様を無力化していく。


俺は、彼らの見事な連携を感心しながら見ていた。アイの事前察知で危険は分かっていたが、あえて口出しはしなかった。彼らには彼らの戦い方があり、その信頼関係は、一朝一夕で築かれたものではない。俺は後方から彼らを援護し、クゼルファはかつての仲間たちと息の合った連携を見せながら、俺たちは確実に、そして安全に、遺跡の深部へと進んでいった。


やがて、俺たちは遺跡の最深部、目的の祭壇がある広間へとたどり着いた。中央に鎮座する巨大な石版は、高さが5メートルはあろうかという一枚岩で、その表面には、壁に刻まれていたものと同じ、より複雑で緻密な古代文字と、星の軌道図のようなものがびっしりと刻まれていた。


〈アイ、あの軌道図を解析しろ。単なる装飾か?〉


《いいえ、マスター。これは装飾ではありません。極めて正確な天体運行図です。この惑星が属する恒星系、及び、この宙域から観測可能な主要な星座の位置関係を、数学的に正確に示しています》


〈なんだと……?〉


俺は息を呑んだ。この世界の文明レベルは、せいぜい中世から近世にかけてだ。確かに、その時代であれば初期の望遠鏡が存在していてもおかしくはない。だが、この石版に刻まれた星図は、単なる初期の観測機器で描けるレベルを超えている。


《マスターの推測通り、これは異常です。この星図を作成するには、高度な天文学の知識と、長期間にわたる精密な観測技術が不可欠です。この遺跡を建造した文明は、我々が現在観測しているこの世界の文明レベルを、遥かに超越していた可能性を示唆しています》


「これか……。依頼の石版は」


ゼノンが、羊皮紙と木炭を取り出しながら、感嘆の声を漏らす。

「ああ。これだけの情報を書き写すのは、骨が折れそうだ」


シファも、その情報量の多さに、少しうんざりしたような顔をしている。

彼らが地道な書き写し作業を始めるのを横目に、俺はただ、その石版を静かに見つめていた。


〈アイ。3Dスキャンと、テキストデータの完全なバックアップを頼む。壁の文字との関連性も含めて、後で詳細な解析レポートを提出しろ〉


《了解しました、マスター。スキャンを開始。……完了しました。データ照合及び解析には、約3時間を要します》


俺は、仲間たちに気づかれないように、静かに脳内で指示を出す。この世界の知識は、俺にとって最大の武器であり、そして、生き残るための羅針盤だ。


数時間後、ゼノンたちがようやく石版の模写を終えた頃には、俺の頭の中には、すでにアイによる一次解析の結果がインプットされていた。


帰路は、驚くほど静かだった。遺跡の脅威は、俺たちによって完全に排除されていたからだ。無言で遺跡を後にする途中、ゼノンが、意を決したように俺に話しかけてきた。


「カガヤ。……君は、一体何者なんだ?」


その問いに、グスタフとシファも、足を止めて俺の答えを待っている。


俺は、彼らに向き直り、肩をすくめてみせた。


「見ての通り、ただの冒険者さ。少し、得意なことが多いだけだ」


その答えが、彼らを納得させるものではないことくらい、分かっていた。だが、今の俺に、それ以上を語る気はなかった。


ヴェリディアの街の門が見えてきた頃、俺たちは、そこで解散することになった。


「カガヤ、今日は助かった。礼を言う」


「また、何かあったら声をかけてくれ」


彼らは、どこか釈然としない表情をしながらも、それぞれに感謝の言葉を残して去っていった。


「カガヤ様」


一人になった俺に、隣を歩いていたクゼルファが、静かに声をかけた。


「ん?どうした?」


彼女は、何かを言おうとして、しかし、躊躇うように視線を彷徨わせる。そして、やがて、俺の目をまっすぐに見つめ返した。


「……ううん、何でもないです。さ、帰りましょう」


そう言って、彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔に、俺は少しだけ、心臓が跳ねるのを感じた。


「そうだな。明日からはまた、依頼をこなさないとな。薬師ギルドの連中も、何かとやかましいし」


俺がそう言うと、クゼルファはくすくすと笑った。


「カガヤ様は、もうヴェリディアで一番の有名人ですから。仕方ありませんよ」


穏やかな夕暮れの光の中、俺たちはそれぞれの日常へと戻っていく。


冒険者としての生活に、薬師ギルドとの奇妙な関わりが加わった。この惑星での生活が、これからどう転がっていくのか。今はまだ、誰にも分からない。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

次回、第3章スタートです。

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