表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/270

第55話:紡がれる未来

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ヴェリディアの朝は、いつも通りの喧騒に包まれていた。宿屋の窓から差し込む陽光が、部屋の埃の粒子をきらめかせ、街の賑やかな声が耳に届く。


ギルドの扉を開けると、いつもの活気に満ちた光景が広がっていた。依頼板の前には、相変わらず冒険者たちが群がり、食堂からは朝食を摂る者たちの陽気な声が響く。そんな中、カウンター付近で誰かを待つように立っているクゼルファの姿が目に飛び込んできた。


「カガヤ様!」


俺の姿を認めると、クゼルファは満面の笑みで駆け寄ってきた。その表情は、かつてのどこか不安げな影もなく、喜びと期待に輝いている。


「すまない。待たせたか?」 俺が尋ねると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。


「いいえ! とんでもございません! 私が待ちきれず早く来てしまっただけですから!」

彼女の屈託のない笑顔に、俺の胸にも温かいものが広がった。


エラルの治療から、一週間が経った。あの劇的な瞬間から、あっという間の一週間だった。


この一週間、エラルは非常に安定した状態を保っているという。辺境伯邸からの報告では、日ごとに体力を回復させ、最近では体を起こして、笑顔で会話を楽しむほどになっているとのことだった。その話を聞くたび、俺の心にも安堵が広がっていった。


治療が終わった後は、それはもう大変だった。


まず、辺境伯からは、深々と頭を下げられ、それはそれは感謝された。そして、過分とも思える謝礼をいただいた。金銭的なものだけでなく、ヴェリディア領内での活動における全面的な支援まで約束されたのだ。まぁ、俺自身はその権利を行使するつもりはないが。


「カガヤ殿! あの光は何だ?! あの治癒魔法は?! これまでの魔術の文献にも、そのような記述は一切ない! 魔力の流れが、複雑かつ精密すぎる!まるで生命そのもののようだったぞ!」


あれほど寡黙で落ち着いていたはずの筆頭魔術師のカルネウスから、治療に使用した魔法について、矢継ぎ早の質問攻めを受けた。でも、魔法じゃないんだよなぁ……。


「カガヤ殿! 聖樹の雫をどう処置したのじゃ?! あの精密な魔力操作はなんじゃ! お前は天才なのか? いや、馬鹿なのか?もはや我々の理解を超えている! まさに、我々が知る聖樹の雫の常識を覆すものだ!」


薬師のアルケムからは、褒められているのか、ディスられているのか分からないお言葉を頂いた。その目には、長年の探求心からくる純粋な驚きと、俺とアイの技術に対する深い畏敬の念が、確かに宿っていた。


二人の勢いに負け、今回の聖樹の雫を使った治療方法を論文にまとめることになった。もちろん、執筆作業は全てアイに丸投げだ。アイは、この世界で超頑張ったら実現するかもしれない程度の「レシピ」に調整したらしい。不可能じゃないけど、現状のこの世界の技術レベルでは実現できる気もしない。そんな絶妙な塩梅に調整したとのことだった。いつか、このレシピを成功させる者が現れるかも知れない。何年先のことかは分からないけどね。


この「魔力枯渇症:生体魔素回路再構築療法」と銘打たれたレシピは、薬師ギルドのギルド長でもあるアルケムの強い推薦で、薬師ギルドに正式に登録されることになった。ついでに、以前、魔牙の蝕蔓デーモンファングの毒を治療した「解毒薬」のレシピも登録しておいた。これもアイが、この世界の薬学で再現可能な範囲に調整してくれたものだ。


おかげで、驚くほどの登録料と特許料が舞い込んだ。俺の口座に、想像を絶するほどのギル(この世界の通貨)が振り込まれた時には、思わず頬をつねってしまったほどだ。


これ、もう冒険者なんてしなくても良いんじゃないか? 一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。ま、それは冗談だ。確かに金銭的な余裕はできたが、この世界の神秘を知るため、そしてこの未知の惑星で、自分の力をどこまで高められるのか試すためにも、まだまだ冒険者は続けるつもりだ。もちろん地球連邦圏に帰ることを完全に諦めたわけじゃないしな。


そうそう、クゼルファは、あの後すぐに彼女の元のパーティーと再びクエストを受けるようになったらしい。彼女も、辺境伯からの推薦という形で、かなり優遇された依頼を受けられるようになったと喜んでいた。俺は基本ソロで行動しているが、クゼルファとペアを組んだり、彼女のパーティーメンバーと共に行動したり、臨機応変に活動している。


そして、もう一つ。冒険者ギルドと薬師ギルドで、なんだか俺の「称号」を出すとか出さないとかの話になっているようだ。冒険者ギルドはともかく、薬師ギルドはなかなか諦めてくれない。おもに、ギルド長のアルケムが……。どうやら俺を薬師ギルドの筆頭研究者として迎え入れたいらしく、日参に近い形でギルドに顔を出すたびに熱烈な勧誘を受けている。正直、少し困っているが、これもアイが「マスターの情報収集に役立つ」と進言するので、完全に無視するわけにもいかない。


そんなことを考えていると、クゼルファが俺の顔を覗き込んできた。


「カガヤ様、今日はエラルのお見舞いですね! 楽しみですね!」


そうそう。今日はエラルのお見舞いだ。クゼルファはあれから何回かお見舞いに行っているらしいのだが、俺は治療後、彼女に会うのは初めてだ。結構楽しみにしている。


俺たちはギルドを出て、辺境伯邸へと向かった。


辺境伯邸に着くと、相変わらず執事のゼドラスが正面玄関で待っていてくれた。彼の顔には、以前にも増して尊敬の色が浮かんでいるように見える。


「カガヤ様、クゼルファ様、お待ちしておりました」


ゼドラスの深々としたお辞儀に、俺は軽く頷きを返した。


ゼドラスに案内され、邸内へと足を踏み入れる。前回訪れた時のような重苦しい雰囲気は薄れ、館全体がどこか明るくなったように感じられた。廊下の絨毯も、壁の絵画も、以前より鮮やかに見える。エラルの病室があるはずの突き当たりの扉へと向かう途中、ゼドラスが微笑みながら言った。


「エラル様は、もう病室ではございません。あちらのお部屋で、お待ちしております」

ゼドラスは、奥の応接間ではなく、さらに庭園に面した陽当たりの良い一室へと案内してくれた。

扉の前で、ゼドラスが静かにノックをする。


「エラル様、カガヤ様とクゼルファ様がお見えになりました」

中から、明るく、しかしわずかにかすれた声が聞こえてきた。

「どうぞ、お入りください!」


ゼドラスが扉を開くと、温かい陽光が差し込む部屋の様子が目に飛び込んできた。窓辺には花瓶に生けられた色とりどりの花が飾られ、部屋の中央には小さなテーブルが置かれている。そして、部屋の中央に置かれた大きな椅子に、穏やかな笑みを浮かべたエラルが体を起こして座っていた。以前のようなか細い姿ではなく、血色が戻り、瞳には強い光が宿っている。


俺たちが部屋に入るのを認めると、エラルは椅子から立ち上がろうとした。


「エラル! だめ、無理しちゃ!まだお身体が万全ではないのだから、座ったままでいて!」


慌ててクゼルファが駆け寄り、エラルの肩に手を添え、座らせようとする。


しかし、エラルは頑として聞かない。クゼルファの手を優しく制し、ゆっくりと、しかし確かな足取りで俺の前まで歩いてきた。その顔は、以前の青白い顔色とはまるで別物で、ほんのりと血色が戻り、瞳には強い光が宿っている。


俺の目の前まで来ると、エラルは病み上がりとは思えないほど美しいカーテシーで挨拶してくれた。ドレスの裾がふわりと広がり、まるで一輪の花が咲いたようだ。


「カガヤ様ですね。初めまして、エラル・ンゾ・ヴェリディアでございます」


その声は、まだ完全ではないものの、力強く、そしてどこか甘い響きを含んでいた。そして、彼女は俺の目をまっすぐ見つめると、頬を赤らめながら、はにかむように言った。


「会いたかったです。私の、救世主様」


その顔は満面の笑みで、まるで春の花が咲き誇るかのように美しく、そして……まるで乙女が恋する相手を見つめるような、熱っぽい視線が俺に向けられていた。


その様子を見て、クゼルファが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。


「え? え? え? なに?なに? え?」


彼女は慌てて、あたふたと宙に手を泳がせる。


すると、エラルは声を上げて笑った。


「ふふふっ。大丈夫よ。あなたのカガヤ様を盗ったりはしないわ」


「え? え? 何を言っているのエラル! わ、わたし、そんなんじゃ、そんなんじゃないですからね!」


クゼルファは、真っ赤な顔で必死に否定するが、その慌てようがまた、エラルを笑わせる。


その二人のやり取りを見て、俺も思わずつられて笑ってしまった。


その様子を、傍で控えていた侍女と執事のゼドラスは、ただただ微笑ましく見つめている。ゼドラスの口元には、滅多に見せない穏やかな笑みが浮かんでいた。


それは、辺境伯邸の一室で繰り広げられる、幸せな、幸せな、そんなひとときだった。エラルの笑顔が、この館の、そして周囲の人々の心を、確かに温かく包み込んでいた。


― 第2章 完 ―

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

これにて第2章、完結となります。

幕間を挟み、第3章へと物語は続きます。

引き続き、お楽しみいただければ幸いです。


「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

感想やレビューも、心からお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ