表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/278

第51話:代償と使命

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

休息日の翌日、俺は慣れた足取りで冒険者ギルドへと向かっていた。ヴェリディアの朝は爽やかで、木々の間を抜ける風が心地よい。道行く人々の活気ある声や、露店から漂う串焼きの香りが、穏やかな日常を演出している。


この穏やかな日常とは裏腹に、俺の周囲は少しずつ騒がしくなり始めていた。ギルドで囁かれる噂、冒険者たちの好奇の視線。俺の力が、この世界の常識からかけ離れていることを、日々突きつけられているようだった。


先日の魔牙の蝕蔓の一件で用いた「解毒薬の転送」は、少しやり過ぎたかもしれない。もちろん、行為そのものに後悔はない。あそこで何もしなかった時の後悔の方が、アカデミー時代のトラウマも相まって、何倍も精神的ダメージが大きくなるであろうことを、俺は知っているからだ。


ギルドの入口を潜ると、そこは既に朝の活気に満ち溢れていた。依頼板の前には人だかりができ、食堂からは冒険者たちの話し声が響いている。そんな喧騒の中、俺は、入り口近くでたたずむ一人の人物を捉えた。クゼルファだ。彼女はいつもより早くギルドに来ているようだった。


「クゼルファ、おはよう」

俺は声をかけ、近づいた。


「……あ、カガヤ様。おはようございます」


クゼルファは振り向き、いつものように丁寧な挨拶を返したが、その声にはどこか覇気がなく、表情も硬い。顔色が少し悪いように見えた。


どうもクゼルファの様子がいつもと違う。いつもなら、もっと明るい笑顔で、今日の予定を話し始めるはずだ。


「どうかしたのか? 何かあったか?」


俺は率直に尋ねた。それほど、彼女の様子が気にかかった。

クゼルファは口ごもり、視線を伏せる。

その様子は、何かただ事ではないことがあったことを感じさせた。


数秒の沈黙の後、クゼルファは、意を決したように顔を上げ、話し始めた。


「実は……昨日、エラルのお見舞いに辺境伯様のお屋敷に行ったのです」


彼女の声は、やや緊張しているようだった。


やはり昨日の私用というのはエラルへの見舞いだったのか。しかし、それで、ここまで思い悩むものだろうか?


「! もしかして、エラルの様態が急変したのか?!」


「いえ。今のところエラルの症状は比較的落ち着いているようです」


「じゃあ、何が……」


「カガヤ様が採取してくださった聖樹の雫なのですが……その……状態が、あまりにも良すぎるため、お医者様方が扱いに困っていると……。文献に記されている聖樹の雫とは、全くの別物であると。そう仰るのです」


「え?」

思いもよらぬ角度からの言葉に、俺は何を言われたのか一瞬理解できなかった。


「え?何?じゃあ俺があの環境を保存したのは、無駄だった……というか、寧ろ余計なお世話だったって事か?」


「いえ!そんな!そんなことは……、カガヤ様は、あの状態でできるだけの最善を尽くしてくださいました。それは、私も、エラルの医師団たちも、もちろん辺境伯様もご理解なさっています」


とは言え、俺としては結構ショックである。確かに……、この惑星の技術や文化的レベルを見れば、俺が取った採取方法は、荒唐無稽な方法だろうな。それが、太古の文献と比較するとなれば尚更だ。


《マスター。あの時点では、この惑星、少なくともこの街の文化や技術のレベルは正確には把握できていませんでした。最善の行動であったことに間違いはありません》


俺は、アイの慰めにも聞こえる言葉に、心の中で独り納得しようと努める。


「それで、辺境伯様はどうしろと?」

俺がそう聞くと、クゼルファが伏し目がちな目線のまま口を開いた。


「その……、聖樹の雫を採取した者と、その時の状況を詳しく知る人物に会いたいと、辺境伯様と医師団の皆様がおっしゃっていました」


クゼルファの言葉に、俺は、「やはり…」と思った。俺がアルカディア号とアイの力を使って、聖樹の雫を完璧な状態で採取したことが、この世界の常識を超えていたのだ。いや、超えすぎていたのだ。その結果、医師団は適切な使用方法を見出せずにいる。


「私が不用意に聖樹の雫を持ち帰ったばかりに、カガヤ様にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」

クゼルファは深く頭を下げた。その声には、自責の念が滲んでいる。


俺は暫し無言になった。脳裏には、病で苦しげに眠る少女の顔が浮かぶ。

この世界の常識と、自身の持つ知識と技術との乖離……。

俺は暫し考えた後に口を開いた。


「よし、行こう」


静かに、しかし、はっきりとクゼルファに告げる。


クゼルファは徐に顔を上げた。その目は驚きに見開かれている。


「え? よろしいのですか? カガヤ様まで辺境伯様のところにいらっしゃるなんて……ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」


「クゼルファが困ってるんだろう?それに、俺も関わってるしな」


俺はまっすぐにクゼルファの目を見て言った。

「俺も、エラルの治療には最後まで責任持ちたいと思っている。それに……」


俺の脳裏に、アイの声が響く。


《実際にエラルを見れば、その症状をより詳細に解析できるかもしれません》


「そうだな。それに、聖樹の雫が魔力枯渇症にどう作用するのか、その仕組みを解明できれば、何かと役に立つかもしれない…だろ?」


俺は、自分にもメリットがあることを付け加えるように言った。それは、クゼルファへの配慮でもあった。彼女に、自分に過度な負担をかけさせていると思わせたくなかったのだ。


「ありがとうございます」

クゼルファは、安堵と申し訳なさとが入り交じった顔でそう言った。


「それじゃあ、辺境伯邸に行こうか。いつになる?」


俺は、すでに事態を受け入れ、行動に移す覚悟を決めていた。

クゼルファは、まだ少し戸惑いの色を残しながらも、彼の決意を感じ取ったようだ。


「はい……私がすぐに辺境伯様にご連絡を取ってみます。なるべく早く調整いたします!」

彼女の目に、わずかな光が戻った。


俺は、ギルドの喧騒を背に、窓の外へと視線を向けた。先程から、強化された俺の耳には俺の噂話が届いている。自分の能力が周囲に騒がれ始めているこのタイミングで、魔力枯渇症という難病を治癒させてしまうことは、目立ちすぎることになるかもしれない。だが、それでも……。


ここで躊躇している場合じゃない。エラルの命がかかっている。それに、俺が冒険者として活動するのなら、知識や技術を隠し続けることにも限界があるだろう。なら、いっそ……、この力でできることを全てやってやろう。やらない後悔よりも、やってからの後悔の方が何倍もマシだ。


俺は、ある種の決意を胸に、エラルの治療に力を貸すことにした。その目は、新たな使命を見据え、静かに輝いていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

感想やレビューも、心からお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ