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第48話:ギルドマスターの眼差し

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ヴェリディアの冒険者ギルドは、今日も朝から活気に満ちていた。依頼板を囲む冒険者たちの喧騒、食堂から漂う香ばしい匂い、そして受付をめぐる軽快なやり取り。しかし、その賑わいの中に、最近、ある一人の新人の名が頻繁に囁かれるようになっていた。


「おい聞いたか? クゼルファが組んだ新人、ヤバいらしいぞ」


「ああ、影鼠(シャドウマウス)の討伐依頼で、まさかの魔牙の蝕蔓(デーモンファング)と遭遇したって話だろ? それを、あの新人がどうにかしたとか」


「どうにかしたどころか、駆けつけた騎士団を待たずに、魔牙の蝕蔓(デーモンファング)を撃退したって言うじゃないか」


「俺が聞いたのは、毒に侵された仲間を救ったって話だ。しかも、解毒薬は見たこともない奇妙な方法で出したとか……」


「まさか、そんな馬鹿な。あんな危険な魔獣の毒を、新人ごときがどうにかできるわけないだろう。解毒薬だって、そう簡単に手に入るものじゃない」


「いや、それが本当らしいんだ。何でも、異様なほど冷静で、まるでベテランの騎士団長か何かと組んでるみたいだったって、クゼルファが言ってたらしいぞ」


ギルドの片隅で、数人の冒険者が酒を片手に噂話に興じている。彼らの話題の中心は、ここ一週間でギルドに旋風を巻き起こしている新人冒険者、カガヤだった。加入してわずか一週間足らずで、彼の名を聞いたことがない者はいない、というほどにその噂は広まっていた。彼の卓越した能力と、常に冷静沈着な人間性が、冒険者たちの間で半ば伝説のように語られ始めていたのだ。


そんなギルドの喧騒を、奥の執務室から不機嫌そうな顔で眺めている男がいた。ギルドマスター、ゴルバスだ。筋骨隆々とした体躯に、無精髭を生やし、常に仏頂面。だが、その顔の奥には、長年ギルドを率いてきた男ならではの鋭い眼光が宿っていた。


「ったく、朝っぱらからやかましい。まるで子供の集団だな。……しかし、 何やら最近、妙な噂を耳にするが。新しい物好きの連中が騒いでいるだけか?」


ゴルバスは、聞こえてくる冒険者たちの会話に、小さく舌打ちをした。耳にする「新人」という言葉に、眉間に皺を寄せる。最近は、ろくに修行もせず、夢だけ見てギルドに飛び込んでくる若者が多すぎる。どうせまた、ろくでもない半端者が騒ぎを起こしているのだろうと考えていた。


しかし、その噂が耳に入らない日はない。ついには、長年このギルドで働くベテラン冒険者たちの間でも、その新人の名が話題に上るようになった。これはただ事ではない、とゴルバスは内心で訝しみ始める。


「キアラ」


ゴルバスは執務室の扉を開け、受付に立つキアラに声をかけた。キアラは、ギルドの受付嬢の中でも特に有能で、多くの冒険者から信頼されている女性だ。常に冷静で、どんな時も的確な対応を見せる。


「ギルマス。何か御用でしょうか?」


キアラは振り返り、微笑みを浮かべた。その笑顔は、ギルド内の荒くれ者たちをも和ませる不思議な力を持っていた。


「最近、ギルドの連中がやたらと騒いでいる新人冒険者がいるようだが、一体何者だ? クゼルファと組んでいるとかなんとか……」


ゴルバスは、いかにも興味なさげに、しかしその実、鋭い視線をキアラに向けた。キアラはゴルバスの意図を瞬時に察し、すぐに理解したような顔で頷いた。


「ああ、カガヤさんのことですね」


キアラは、穏やかな口調で話し始めた。


「カガヤさんは、先週、ギルドに登録された新人冒険者で、今はクゼルファとペアを組んでいますよ。彼は非常に冷静で、どのような状況でも慌てることなく、的確な判断を下されます。知識も豊富で、魔獣や植物、薬草に関する情報にも非常に詳しい方ですね」


キアラは、カガヤの登録時の様子を思い返しながら、言葉を続けた。彼の落ち着きぶり、そして、ギルドのシステムやこの世界の常識を驚くほど早く吸収していく様子は、キアラにとっても印象的だった。


「えらく、高評価じゃねぇか」


「ええ。それだけの評価に足る人物だと思います」


引き続きキアラがギルマスに話す。


「そういえば、先日、カガヤさんとクゼルファが受けた影鼠(シャドウマウス)討伐のクエスト中、魔牙の蝕蔓(デーモンファング)の毒に侵された冒険者がいた件ですが」


「ああ、報告書は読んだ。魔牙の蝕蔓(デーモンファング)の毒だなんてな。あんなのがいるとしたらとんでもない事態だ」


ゴルバスは腕を組み、記憶を辿るように目を細める。


「それで、カガヤさんはその強力な毒に対し、自身の特殊な解毒薬を提供して救ったのです」


キアラはそこで言葉を区切り、少し声を潜めて続けた。


「そして……その解毒薬を出す時なのですが、助けられた冒険者の一人が証言するには、カガヤさんは聞いたこともない呪文のようなものを唱えたかと思うと、その手が光り輝き、気が付いたときにはその手の中に、解毒薬が入った瓶が現れたそうです」


ゴルバスの眉間の皺が、今度は深い縦皺となって刻まれた。解毒薬の出現方法に、驚きを隠せない。


「馬鹿な……そんなことが……。解毒薬が何もないところから現れたって言うのか?」


ゴルバスは疑念を隠さずに尋ねた。キアラは首を振った。


「そこまでは。ただ、彼は単に能力が高いだけでなく、その人間性も周りの冒険者から信頼を集めています。どんな相手にも常に礼儀正しく、困っている者には手を差し伸べる。しかし、無謀な行動は決して取らない。期間こそ新人のそれですが、その実、ベテラン以上の洞察力と判断力を持っていらっしゃいます。最近では、若手冒険者たちが彼を見習おうとしている姿もよく見かけますよ」


キアラは、カガヤの評判を丁寧に、そして熱意を込めて語った。彼女の言葉には、冒険者ギルドの受付嬢として、多くの冒険者を見てきた経験に裏打ちされた確信があった。


ゴルバスは腕を組み、沈黙した。キアラの言葉は、彼の予想を大きく裏切るものだった。ただの半端な新人ではない。難解な毒を解毒する特殊な薬を持ち、それを常識外の方法で出現させる。そして、人間性も優れていると来た。


(これは、ただの有能な新人というだけではない。何か、底知れぬものを隠している……いや、隠しきれていない、というべきか。だが、その力がギルドに益をもたらすなら……。いや、それとも、いずれ災いの種になるか? 観察する必要があるな)


ゴルバスの口から、低い声が漏れた。その声には、不機嫌さではなく、かすかな興味と、そして「見誤っていた」というわずかな驚き、そして拭い去れない()()()()が混じっていた。それは、長年ギルマスをしているゴルバスの勘でしかなかったが……。


「……ほう。そんなヤツがいたのか。…いや、実に()()()()新人だ。フン……このギルドも、ようやく面白くなりそうだな」


ゴルバスは、初めて会うカガヤという新人に、かすかな期待を抱き始めていた。同時に、その胡散臭さに警戒の念を強め、注意深く見定めることを心に決めた。ヴェリディアの冒険者ギルドに、新たな風が吹き始めた瞬間だった。

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